多機能型精神科診療所の取り組み ~精神障害患者が安心して暮らせる街づくりを目指した「錦糸町モデル」とは~

地域によっては精神医療・福祉ネットワークの中核的存在になりつつある「多機能型精神科診療所」。その日本におけるパイオニア的存在である「クボタクリニック」、「錦糸町クボタクリニック」を開業し、「錦糸町モデル」を構築した医療法人社団草思会 理事長 窪田 彰先生と、錦糸町モデル内の各施設をつなぐ役割を担う同法人 錦糸町クボタクリニック 地域ケア部長/錦糸町相談支援センター 所長 東 健太郎氏にお話を伺いました。

多機能型精神科診療所と錦糸町モデルの成り立ち

窪田:「クボタクリニック」と「錦糸町クボタクリニック」(以下、当院)は、外来診療だけでなく、デイケアや訪問看護、就労支援などの諸機能を有した多機能型精神科診療所(以下、多機能型診療所)です。私は1978年から、東京都墨田区の東京都立墨東病院で、日本で最初の精神科救急病棟の立ち上げメンバーとして、墨田区、江東区、江戸川区等の13区から成る東京都区東部医療圏の重症患者の診療を行っていました。精神科救急病棟の平均在院日数は当時としては短く約1ヵ月半で、1年間に約150人の患者さんが退院していました。当時はこれらの地域に精神科診療所や障害者支援施設はほとんどなく、退院後、地域に居場所のない患者さんが病院に遊びにきたり、再発・再入院して再び救急で運ばれてきたりするようになりました。このことから、地域での患者さんの居場所づくりや再発・再入院予防のためのリハビリテーションや支援の必要性を感じ、現在のすみだ地域生活支援センター「友の家」の前身となる施設を1981年にメンバーや仲間と共に寄付金を募って開設しました。これが、多機能型診療所や錦糸町モデルのはじまりです。その後、1986年に当院を開業しましたが、当時、診療所内でのデイケアは保険診療としては提供できませんでした。デイケアは患者さんに必要なサービスであるという考えから当時の厚生労働省に働きかけ、1988年に保険適用となったためデイケアの提供を開始しました。デイケア設置に伴って診療所の職員を増やしたことで、患者さんに必要な支援をさらに充実させて提供していくようになり、訪問看護や就労支援などの機能も拡充していき、現在の多機能型となりました。現在では、歩いて行ける範囲に同一法人で運営している診療所や訪問看護ステーション、就労支援センターや社会復帰施設などが点在しており、患者さんが地域で暮らすための様々な支援を提供しています。この取り組みは「錦糸町モデル」と呼ばれ、2008年に日本精神神経学会より「精神医学奨励賞」を受賞しました。

多機能型診療所の特徴と多職種でのチーム形成の重要性

窪田:当院の特徴の1つ目に、精神保健福祉士や臨床心理士や看護師などのコメディカルによる外来診察前面接(以下、ミニインテーク)が挙げられます。ミニインテークの実施によって、事前に患者さんの訴えを把握できるため、スムーズに外来診療が行えるだけでなく、コメディカルとの情報共有も図ることができます。
特徴の2つ目には「職員の相互交流」として、診療所やデイケアなど各施設の職員が週1回程度他施設で勤務をしています。「職員の相互交流」導入前は各施設が独立してサービス提供する状態となっており、施設間の連携が取りづらくなっていましたが、導入後は各施設の職員同士が自然とコミュニケーションをとるようになりました。職員の意識にも変化がみられ、所属施設だけを職場として捉えるのではなく、同一法人で運営している全施設を「私たちの職場」だと捉えるようになり、施設の垣根を越えた多職種のチーム形成につながったと感じています。また、職員は自分の職場以外の施設についても、より詳細な情報を患者さんに提供できるようになったことで、患者さんがデイケアや社会復帰施設に新たに通い始めるケースや、既にいずれかの施設に通所している患者さんが別の施設の利用も開始するケースなどがみられるようになりました。このように、様々な支援が1つのチームから受けられることは、患者さんの安心感にもつながっていると思います。

東 :私は当院の地域ケア部長兼錦糸町相談支援センター所長として、相談支援業務や各施設と患者さんをつなぐ業務を行っています。重症患者さんほど必要な支援も増え、それに伴い支援する側の関係者も増えるため、職種間の連携がとても重要になります。職員間の連携維持のために、診療所職員による毎日のレビューミーティングや全施設の職員による定期的な全体ミーティングなどを行うことで、情報共有を徹底しています。必要時は、地域の他の医療機関や区役所、保健所などの外部施設とも話し合いの場をもち、連携を図ります。職種の異なる関係者が意見をすり合わせ、共通の目標をもって支援体制を維持していくことは簡単ではありませんが、それぞれがその重要性を理解し取り組んでいると思います。

窪田:多職種が参加するミーティングでは、各職種の専門性からくる考え方の違いにより、意見が異なることもあります。しかし、みている対象は同じ1人の患者さんであり、解決すべき課題は共通してくるため、各職種の専門性を活かした意見が積極的に挙げられたほうが、より質の高い支援を行うことができると考えています。無理に同じ方法で職員を考えさせるのではなく、むしろ多職種間での積極的な意見交換の機会をいかに多くつくるかが重要だと思っています。

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東 健太郎 氏(左)と窪田 彰 先生(右)

特色のあるリワークプログラムと多機能型診療所だからこそできる支援

東 :当院のリワークプログラムでは、復職だけでなく復職後の再発・再燃予防も目的として、うつ病やその治療について学ぶ教育プログラムや、認知行動療法などの精神療法を行う心理プログラムなどを実施しています。当院のリワークプログラムの特徴としてサイコドラマがあります。サイコドラマでは、個人の心の中の現実を即興劇にします。アクションによる自己表現が演者や観客の情動を活性化させます。役割を交換して演じてみたり、外からドラマをながめてみたりすることで、今までにはなかった自分の気持ちや考えに気づくことができます。サイコドラマでの情動体験を通して自発的で創造的な自分になることをめざします。
治療やリワークプログラムによって復職しても、調子に波があったり対人関係などの問題からうつ症状が悪化したりするケースもあるため、再発・再入院予防を見据えた継続的な支援が必要になります。当院では、患者さんの状態に応じて支援方法を選択できるため、継続的な支援を受ける患者さんにとってよい環境であると感じています。

窪田:外来時のミニインテークで医師以外のコメディカルが患者さんと話すことは、多面的に患者さんの変化に気づける機会にもなっており、再発・再入院予防にもつながっていると思います。また「職員の相互交流」によって職員間の情報共有ができていると、患者さんにとっての相談のしやすさにもつながっていると感じています。

東 :相談する職員を上手に選ぶ患者さんや、調子が悪いと仕事が休みの日にデイケアに参加する患者さんなど、様々なケースがみられますね。

全ての患者さんに支援を行うためのキャッチメントエリア構想と錦糸町モデルの将来展望

窪田:主要先進国では精神保健の責任担当地域制(以下、キャッチメントエリア)が制度化されています。キャッチメントエリアとは、人口約10~20万人あたりに1ヵ所設置されている地域精神保健センターが地域に責任を担い、その地域の精神保健に関する情報把握や支援を行う制度です。日本にこのような制度はなく、患者さんは地域を越えて全国どこへでも治療を受けに行くことができます。これは治療を受けたい患者さんにとってはよいことですが、逆に治療を受けたくない患者さんに対してはアプローチする方法がないため、放置されてしばしば入院になっていることが日本の課題となっています。私は独自に患者さんをα型とβ型に二分してみています。α型は病識があり、治療や支援を受けたい患者さんのことを指し、β型は病気であることを認めず、治療や支援を受けたくない患者さんを指します。支援の手が届かないβ型の患者さんは地域に潜在していると思われ、さらに重症化すると暴力行為や自殺企図のリスクも懸念されます。約30年前は錦糸町モデルではα型の患者さんを対象として支援を行っていましたが、近年では診察室で患者さんを待つだけでなく、こちらから出向いてβ型の患者さんにも支援が行えるキャッチメントエリアのような制度が必要だと感じています。各市町村に「(仮)地域精神保健センター」の設置が必要と思いますが、それには当院のような多機能型の民間医療施設に自治体から事業委託をすることで、地域精神保健センターによるキャッチメントエリアは実現可能だと考えています。2018年には「精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築」を推進する、国としての施策が打ち出されました。これは私が描くキャッチメントエリアの構想と近しいものがあり、日本の精神保健はよい方向に進んでいると感じています。
今後は事業委託も見据えて、入院までは必要ない発症・再発初期の患者さんを一時保護できるようなグループホームを設置したいと思っています。夜間対応も可能にすることで、入院が長期化している患者さんや重症患者さんでも受け入れられるような街づくりを目指したいと考えます。
さらには、この錦糸町をより楽しい街にしたいと思っています。例えば、デイケアでの制作物を販売するお店や、患者さんが働く喫茶店をつくり、地域の人々と交流できる場を設けることで、地域の人々が当院や患者さんのことを自然と認知し、精神障害の理解につながればよいと考えます。

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取材/撮影:ルンドベック・ジャパン Progress in Mind Japan RC
取材日:2020年9月17日
取材場所:錦糸町クボタクリニック(東京都墨田区)

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