睡眠障害の治療におけるMBCとうつ病治療への活用の可能性~睡眠専門クリニックでの取り組みから~ 精神医学クローズアップVol.34
有吉 祐 先生
(有吉祐睡眠クリニック 院長)
近年、精神科領域において、うつ病を中心にMBC(Measurement-Based Care)の概念が注目されており、症状や治療の効果をデータに基づいて評価し、患者さんと情報を共有しながら治療を行うことの重要性が高まっています。一方、睡眠医療の分野では、多様な検査や評価ツールを用いて客観的に状態を評価しながら治療を行うことが浸透しています。この睡眠医療での手法は、うつ病治療でのMBCを円滑にすすめる示唆を与えてくれるかもしれません。
そこで今回は、国内でも珍しい診療所型の「日本睡眠学会専門医療機関」を開業し、睡眠に関する悩みを持つ多くの患者さんと向き合っている有吉祐先生に、診療の場面で検査や評価を「患者さんとの対話ツール」として活かす取り組みなどについてお話を伺いました。
睡眠クリニックの取り組み
―まず、精神科のなかでも特に睡眠を専門とし、クリニックを開設された経緯をお話しいただけますか。
私は、佐賀医科大学(現:佐賀大学医学部)を卒業後、久留米大学神経精神医学講座に入局したのですが、そこに日本で初めて睡眠外来を開設された中澤洋一先生がおられて、研究チームでご指導を受ける機会に恵まれたのが睡眠の研究に携わるきっかけでした。睡眠で悩む方々を医療につなげようと尽力されている姿を目の当たりにして、自分も睡眠を専門にしたいという気持ちが強くなっていきました。その後、市中病院へ出向して研究から少し離れた時期もありましたが、日本睡眠学会には継続して参加するなど、学びの機会は持ち続けていました。
2003年に地元で開業を考えた際、当初はメンタルクリニックを開院して、その一環として睡眠も診ていくつもりだったのですが、中澤先生の研究チームで兄弟子にあたる内村直尚先生(現・久留米大学学長)に相談したところ、「睡眠を扱うのであれば『睡眠クリニック』にしたほうがいい」と助言をいただいたのです。日本睡眠学会の睡眠認定施設制度が2002年からスタートしており、内村先生からの勧めもあって、睡眠に特化したクリニックを開業することに決めました。振り返ってみると、巡り合わせというか、人との出会いに恵まれていたのだなと改めて感じています。
睡眠に特化するからには、大学病院と同レベルの睡眠検査を行える体制を整えました。睡眠医療のゴールドスタンダードである終夜睡眠ポリグラフ検査(PSG)のほか、ナルコレプシー等の診断に用いる反復睡眠潜時検査(MSLT)や覚醒維持検査(MWT)にも対応しています。また、開業当初から臨床心理士が多数在籍し多職種で診療にあたるなど、専門性の高い治療を提供できるよう努めています。
「対話による目標共有を出発点に、患者さんとともに治療を進めるようにしています」
―「睡眠クリニック」の先駆けとして開業されましたが、どのような患者さんが来院されるのでしょうか。
開業当初はうつ病など一般精神科の患者さんが中心でしたが、睡眠障害への社会的関心が高まってくるとともに徐々に紹介患者さんが増え、現在では睡眠医療を目的に受診される方が大半を占めます。長年通っている患者さんに「先生、最近うつのような症状も出てきたので心療内科を紹介してください」と言われて、「ここも心療内科ですよ」と答えることもあるくらいで、睡眠医療のイメージが定着していることを感じます。
また、スマートフォンの普及以降、「朝起きられない」「授業中に居眠りをしてしまう」といった悩みを抱える中高生の受診が増えていて、今では新患のおよそ5人に1人を占めるまでになっています。親御さんに連れられて嫌々来院する学生も多く、初診時には治療に前向きでなかったり、そっけない態度を取られたりすることも少なくありません。一見扱いにくいと思われがちな彼らですが、私は昔からこのような子どもたちと接することが大好きなのです。診察では現在の生活の状況や困っていること、症状が改善したら叶えたいことなどを話したうえで、「生活リズムを取り戻すために、先生と一緒に頑張ってくれるか?」と伝えると、素直に治療に向き合ってくれます。対話の中から目標を共有するところから始めて、睡眠日誌などを活用しながら治療を進めるようにしています。思春期のリズム障害は成長とともに改善することも少なくありませんが、一時的なことであったとしても学校生活や進学に大きな影響を及ぼしますから、生活リズムを立て直すことには大きな意味があると考えており、私自身もやりがいを感じています。
睡眠医療における検査・評価の意義
―実際の診療では検査や評価の結果をどのように活用されていますか。
疾患や患者さんの状態によって、検査や評価の役割は異なります。例えば、先ほどお話しした睡眠日誌の場合、患者さんがきちんと記入してくれれば「この時間に起きるためには何時までに寝なければならない」ということがわかってくるので、それ自体に治療効果があります。診察の場面では睡眠日誌を一緒に見ながらフィードバックを行っており、本人の行動変容につながるツールとして活用しています。
睡眠時無呼吸症候群では、治療の効果を可視化するのに検査が有用です。しばらく治療をしているとご本人が「治った気がする」とおっしゃることが少なくないのですが、それだけでは治療効果が出ているか、持続陽圧呼吸療法(CPAP)を中止できる状態かどうかは判断できません。そのため、PSGなどによる客観的な評価を行ったうえで、「この数値だとまだ治療が必要ですね」と伝えれば、患者さんも納得しやすいと感じています。
一方、不眠症では考え方が異なります。「睡眠状態誤認」といって、実際には十分に眠れている状態でも「眠れていない」「眠りが浅い」と感じている患者さんが少なくありません。そのような方にPSGを実施することについては保険適用でないこともありますが、実際ほとんど行っていません。それは、検査結果を根拠に「実際には眠れています」と説明しても、かえって傷つけてしまうからです。そういうケースでは検査結果を示すよりも、その方がなぜ眠れていないと感じているのかを丁寧に聞くことが大切だと考えています。
「病の『ものさし』は医師と患者さんでは異なる。医師のものさしを押し付けたところで患者さんの悩みは解決しない」
―検査による客観的な評価と患者さんの実感が一致しないこともあるのですね。
不眠症に限らず、睡眠障害ではそのようなことは珍しくありません。PSGでは脳波などをもとに睡眠状態を評価していますが、患者さんは「翌朝疲れが取れたか」「よく眠れた実感があるか」「夜中に起きずに継続して眠れたか」などを基準にしています。つまり、睡眠を評価する「ものさし」が医師と患者さんでは異なるのです。
「眠りが浅い」と訴える患者さんに、「なぜ浅いと思うのですか」と問いかけると、「夜中に何度も目が覚めたから」「夢をたくさんみたから」などさまざまな答えが返ってきます。医師の立場からすれば、「何回か起きても、その間に深い睡眠がとれていることもある」「夢を見ている時間も睡眠ではないのか」と思うわけですが、患者さんには患者さんの捉え方があり、医師側のものさしで論破したところで患者さんの悩みは解消されません。
医師のものさしを一方的に押し付けるのではなく、「あなたが感じているほど悪い状態ではないかもしれません」「睡眠とは脳が動いていない状態のことで、必ずしもあなたが感じている『眠れない』という感覚と、検査などをもとに私たちが判断する『眠れない』状態は一致しないかもしれませんね」といったことは患者さんの様子を見ながら対話のなかで少しずつお伝えして、不眠の背景にある認知の偏りなどにも目を向けながら診療しています。
MBC実践のための考え方とポイント
―睡眠障害はうつと密接に関連しますが、不眠症状を伴ううつ病はどのように評価していますか。
新規のうつ病患者さんには基本的にQIDS-J(簡易抑うつ症状尺度)による評価を実施しています。実は導入を勧められた当初はあまり積極的ではありませんでした。限られた診療時間のなかで、評価票を渡して説明して、患者さんに書いてもらうというのは、患者さんにも負担をかけるしこちらも大変だろうと思っていたのです。ただ、SDM(Shared Decision Making)を進めるうえでMBCが重要であることは私自身も理解していましたし、患者さんのためになるのであれば取り入れてみようと考えました。
そこで、患者さん・医師双方の負担を軽減して実行可能なものにするために、診察室ではなく受付で評価票をお渡しし、待ち時間に記入してもらって、診察前に看護師に結果を届けてもらうシステムに改めました。スタッフにも診療に欠かせないものであることを説明して理解してもらい、チーム全体で取り組むことで定着させることができました。
今は、記入してもらった評価票を見ながら「この項目は良くなりましたね」「この項目は少し悪くなっていますが、何かありましたか」と患者さんと一緒に確認しています。評価尺度で注意すべきなのは、同じ点数であっても前回と同じ重症度とは限らないということです。その患者さんが結果をどのように捉えているのか、よくなっていると感じているのかも非常に重要な指標であり、点数の取得だけが重要なのではありません。今では評価尺度が診察になくてはならない会話のツールになっています。
「評価尺度による結果をもとに、患者さんと一緒に治療を考え続けていくことが大切」
―MBCの実践が難しいと感じている先生やこれから取り組もうとされている先生にアドバイスをいただけますか。
以前の私のように、MBCの重要性は理解していても、患者さんに毎回スコアをつけてもらうのが難しいと感じておられる先生が多いのかもしれません。ご自身の状況に合わせて、無理なくルーティン化できるシステムを作ることが実践の鍵になるのではないかと思います。自分だけで取り組もうとせず、周りを巻き込むのも力になります。
また、うつの評価についてQIDS-Jが有用なツールであることは間違いありませんが、患者さんの状態を共有し、対話につなげられるものであれば何でもよいのです。 例えば、私が長年診ている統合失調症の患者さんのなかに、ご自身の日記を持参される方がおられます。それを読むだけでも症状や生活の変化が分かり、状態に合わせた診療を行うことにつながっています。評価はあくまでも出発点ですので、いろいろなやり方があって構いません。大切なのは、評価をもとに患者さんと一緒に治療を考え続けていくことだと思います。
―最後に、今後の展望についてお聞かせください。
睡眠医療はうつなどの精神領域も含めて、今後ますます発展していく分野だと考えています。ニーズも確実に高まっており、それだけ社会的な意義も大きいとやりがいを感じています。臨床心理士による不眠症認知行動療法が保険適用になったり、ウェアラブルデバイスを活用した睡眠状態の把握についての多施設共同研究も進んだりと、新しい取り組みも広がってきています。これからもそうした変化を柔軟に取り入れながら、患者さんにとってより良い睡眠医療を提供していきたいと考えています。
取材/撮影:ルンドベック・ジャパン Progress in Mind Japan RC
取材日:2026年6月18日
取材場所:ルンドベック・ジャパン株式会社(東京都港区)
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