治療抵抗性のうつ病に対する反復経頭蓋磁気刺激治療(rTMS)の有用性と治療の実際
うつ病患者の3割程度が薬物治療抵抗性であることが知られており、こうした患者に対する反復経頭蓋磁気刺激療法(repetitive Transcranial Magnetic Stimulation :rTMS)が本邦でも2017年に承認されました。薬物治療抵抗性うつ病治療の新たな選択肢のひとつとして期待されており、早くから研究に取り組んでこられた東京慈恵会医科大学精神医学講座の鬼頭伸輔先生に、rTMSの臨床効果と課題、今後の可能性などについてお話を伺いました。
―先生がrTMSに取り組むことになったきっかけをお聞かせください。
研修医時代の1999年に読んでいた電気けいれん療法の本に、これからの治療法としてrTMSの可能性が紹介されていたことがきっかけです。当時から薬物治療抵抗性のうつ病患者に行われてきた電気けいれん療法は、治療効果が高い半面、入院と静脈麻酔・筋弛緩剤を要する治療法であり、特に高齢者では記憶障害を引き起こすことがあります。
これに対して低侵襲で麻酔科医の助けも不要であるrTMSは、通院で治療できることに加えて、電気けいれん療法で起きる副作用を伴わないと紹介されていました。当時はrTMSはまだ研究段階であり、日本でもあまり知られていませんでしたが、私は「これが本当にうつ病治療に使えるのであれば」と考えて取り組むこととしました。
― rTMSの概要と精神科医療における可能性について教えてください。
rTMSは磁気誘導による非侵襲的な神経刺激(neurostimulation)を与えることによって脳の特定部位を活性化させる治療法です。頭部に専用のコイルを押し当て、瞬間的に電流を流すと頭蓋内に磁場が生じます。この原理(ファラデーの電磁誘導の法則)を用いて脳内局所に電流を誘導して、低侵襲的に大脳皮質や皮質下の活動を修飾します(図1)。
1990年代初頭に海外で試験的に用いられ始めた当時は単発的な刺激のみの治療であったため、治療成績も十分ではありませんでした。その後、90年代半ばに連続的(repetitive)に刺激できる装置の登場により反復経頭磁気刺激療法(rTMS)が可能となり、臨床的有用性が報告されるようになりました1。
図1 rTMSの治療原理
―欧米で知見が集積されたことで、日本でも導入の動きが始まり、2017年に承認された経緯についてお聞かせください。
米国、カナダ、オーストラリアの23施設の大うつ病301人をTMS治療群とシャム治療群に割り付けた検討で、第一選択薬に反応しない患者群ではTMS治療がシャム治療に比べて有意に抗うつ効果を示したこと2などを受けて、米国食品医薬品局(FDA)が2008年に第一選択薬に反応しないうつ病患者についてrTMSを認可しました。その後、このような条件はなくなり、その適応が拡大しました。認可後は米国内で広く普及しています。同時に、すぐに熱くなってしまうコイルを効率的に冷却するなど機器の改良も進みました。
2011年頃からわが国にも導入しようとの動きが始まり、私も米国留学から帰国後の2012年頃に治療装置を大学に導入し、メディアでも取り上げられたことで、多くの問い合わせをいただきました。
そして、わが国でも2017年9月に薬物療法に反応しないうつ病患者に対する新規治療法として承認されました。適応は「既存の抗うつ薬による十分な薬物療法によっても期待される治療効果が認められない中等症以上の成人(18 歳以上)のうつ病」です。
双極性障害のうつ病エピソード、持続性気分障害、精神病症状を伴う重症うつ病エピソード、切迫した希死念慮が認められる場合には適応はありません。
―うつ病治療におけるrTMSの作用機序をご説明ください。
うつ病患者を対象とした神経画像学的研究から、背外側前頭前野、前頭葉眼窩野、膝下部帯状回、扁桃体などの領域の異常が報告されており、なかでも認知を司る左前頭前野の機能が低下することが知られています。我々は、治療抵抗性うつ病患者の左前頭前野に高頻度(10ヘルツ)rTMS を行った結果、これらの部位の血流が増加し、血流増加と抗うつ効果が相関することを報告しています3。
また、うつ病では情動を司る膝下部帯状回、前頭葉眼窩野などが過活動をきたすことで感情がコントロールできなくなることも知られています。これらは脳の深部にあり、磁気によって直接刺激することはできないのですが、低頻度(1ヘルツ)rTMSで右前頭前野を刺激することでこれらの部位の血流が減少し、活動が正常化することも報告しました4。
磁気刺激できる部位を刺激することで脳深部の機能を改善しているのであり、やる気が起きないなどの典型的なうつ病には左前頭前野への高頻度rTMS、情動障害の傾向が強ければ右前頭前野への低頻度rTMSと使い分けることによって、より有効性が高まると考えられます(図2)。
本治療では週5日の治療を3~6週間繰り返す必要があり、通常は通院いただいていますが、COVID-19の影響下にある8月現在では感染リスクを鑑み、入院による治療を受けていただいています。
図2 rTMSの2つの刺激方法
―承認後には、先生も参加されている日本精神神経学会のワーキンググループが「反復経頭蓋磁気刺激(rTMS)適正使用指針」5を出しています。安全な導入を促す適正使用指針の趣旨をお聞かせください。
近年では特殊な医薬品や医療機器については学会が中心となって適正使用指針を作ることが承認条件となっており、日本精神神経学会が適正使用指針を作ったのは今回が初めてのことです。
適正使用指針は実施施設基準として、精神科専門医が施行日に勤務していること、禁忌事項の事前評価を適切に行えることなどの条件を付加しており、また、同学会が行う講習会および企業による治療装置の実技講習会の受講を求めています。承認されたばかりの新規の治療法を育てていくためにも、実施基準を満たす施設が対象患者さんを適切に選択し治療していくことが大切と考えて設定しました。
―rTMS治療中・治療後に薬物治療はどのように行うのですか。
適正使用指針5は「治療中は薬物療法を中止する必要はないが、向精神薬の多剤併用によってけいれん閾値を低下させるリスクがあるため、単剤治療が望ましい」としており、当院でも中止はしていません。また、多剤併用薬が用いられている患者さんでは、rTMS導入によって減薬できる可能性があり、薬物療法を見直す契機にもなります。
―日本うつ病学会のワーキンググループが2020年7月に出した「高齢者のうつ病治療ガイドライン」6では、高齢うつ病患者へのrTMSについて有用と示されています。高齢うつ病患者におけるrTMSの効果をお聞かせください。
同ガイドラインは、薬物治療の効果が得られない高齢うつ病患者に対するrTMSはうつ症状の軽減に有効であり、認知機能障害を伴わないとしています。電気けいれん療法は、特に高齢うつ病患者では一時的に認知機能障害を伴うことがあります。
前頭前野は加齢に伴い萎縮することが知られています。高齢うつ病患者では通常のrTMSでは脳実質に十分な刺激が届きにくい可能性があるため、より深部を刺激することで治療効果が高まるかもしれません。
--rTMSの課題と将来の展望についてお聞かせください。
課題としては再発が挙げられます。rTMS反応例における再発率については「治療6~12ヵ月後の再発率は10〜30%と推定される」との報告があります7。治療対象となる治療抵抗性うつ病自体が再燃・再発しやすい疾患であり、薬物治療、非薬物治療、精神療法などを集学的・統合的に組み合わせての治療が求められています。rTMSによる症状改善例を対象に、治療後の薬物療法、認知行動療法などの導入、あるいは維持療法としてのrTMSによる再発防止の研究が行われています。
一方、刺激条件の改良でより短期間で奏効させる試みもあり、数年以内に効果的なプロトコルが登場するかもしれません。
rTMSは現在、うつ病に加えて、強迫性障害、不安障害、摂食障害、統合失調症などの精神疾患にも応用が試みられており、我々も双極性障害抑うつエピソードへの適応拡大の可能性を追究しています。さらには脳卒中、パーキンソン病、脊髄損傷の中枢神経疾患など、精神疾患以外の領域でも研究が行われているところです。
治療装置についても、現在は診療室のなかでかなりのスペースをとっていますが、技術が進んでサイズがよりコンパクトになれば、将来的にはあるいは在宅でrTMSができるようになるかもしれません。
取材/撮影:ルンドベック・ジャパン Progress in Mind Japan RC
取材日:2020年8月22日
取材場所:東京慈恵会医科大学附属病院
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