うつ病診療ガイドライン2025~Behind the Story(前編) 多職種や当事者・家族の視点も取り入れ、臨床で本当に役立つガイドラインを 精神医学クローズアップVol.33

2025年12月に『うつ病診療ガイドライン2025』1が公表されました。日本医療機能評価機構による『Minds診療ガイドライン作成マニュアル2020 ver.3.0』2に則ってゼロベースから全面的に構築されたほか、全章においてCQ提示、図表や治療のフローチャートも示されるなど、これまでのガイドラインとは大きく形を変えた大改訂となっています。

改訂において中心的役割を担われた渡邊衡一郎先生、馬場元先生、加藤正樹先生にガイドライン改訂の背後にある膨大な議論のプロセスや、ガイドラインに込めた思いなどを語り合っていただきました。

前編では、ガイドライン改訂の基本的な方針や作成過程でのエピソードを中心にお話しいただきました。

渡邊 衡一郎 先生
(杏林大学 医学部精神神経科学教室 教授)<ファシリテーター兼ディスカッサント>

馬場 元 先生
(順天堂大学医学部附属順天堂越谷病院 メンタルクリニック 順天堂大学大学院医学研究科 精神・行動科学 教授)

加藤 正樹 先生
(関西医科大学 医学部精神神経科学講座 主任教授)

 

うつ病診療ガイドライン改訂の背景

渡邊 日本うつ病学会では昨年12月25日、足かけ4年の作成過程を経て『うつ病診療ガイドライン2025』を公表しました。おかげさまで当事者の方を含め各方面から高い評価をいただき、本当にいい仕事ができたなとうれしく思っております。これもガイドライン検討委員会の委員長として、また本ガイドラインの統括としてこれまでのご経験を発揮しプロジェクト全体をまとめてくださった馬場先生、そしてシステマティックレビュー(SR)からナラティブな内容まで三百数十ページにわたる膨大なガイドラインを、見事なリーダーシップを発揮して完成へと導いてくださった加藤先生のおかげだと思っています。

本日は、これまであまり語られてこなかった、ガイドライン改訂の裏側で何が起きていたのかを当時を思い返しながらお話ししたいと思います。

まず、ガイドライン改訂の背景、ワーキンググループ発足までについて振り返ります。2012年の旧ガイドライン作成時、私は「軽症うつ病」の章の担当として参加していました。エキスパート・コンセンサスに基づいてうつ病治療の指針を示す内容は、当時としては画期的で説得力もあったのですが、その後、『Minds 診療ガイドライン作成マニュアル』の基準に則ったガイドラインが主流になる中で、時代に合わせた改訂が必要だという思いがガイドライン検討委員会の中で高まっていました。

2020年にはガイドライン検討委員長を拝命し、いくつかのガイドラインの改訂に携わりました。日本うつ病学会で初めてMindsの基準に則った『日本うつ病学会治療ガイドライン 高齢者のうつ病治療ガイドライン』3を見事にまとめてくださったのが馬場先生でしたので、今回の統括を担っていただけるのはこの先生しかいないと考えてご依頼しました。

馬場 『高齢者のうつ病治療ガイドライン』に携わる中で、うつ病のガイドライン編纂に関わることは自分にとってライフワークのように感じていました。重責ではありますが、このような大きな事業のお手伝いができることは精神科医としてとてもありがたいことで、喜んでお引き受けしました。

渡邊 その後、私の方でガイドラインの構成と執筆メンバーを考えました。今回の改訂では、これまでのうつ病診療ガイドラインのよいところは残しつつも、大きく形を変えたいと思っていたので、責任者選びは非常に重要だと考えていました。思いを巡らせていたところ、SRの経験も豊富で、うつ病に造詣が深い加藤正樹先生しかいないと考えました。ガイドライン編纂に関わった先生方の意見も聞いたうえで、やはり加藤先生が適任ということで声をおかけしました。

加藤 最初は、渡邊先生と直接会ってお話をいただきました。『日本うつ病学会診療ガイドライン 双極性障害(双極症)2023』4の「躁病エピソード」のパートでSRのリーダーをしていたので、今回もSRのリーダーをというお話かと思っていて、まさか「責任者を」と依頼いただくとは思っていませんでした。そのとき、渡邊先生が「なんでも手伝いますから」と言ってくださったのですが、あまりの大役でしたので、そのときは「少し考えさせてください」とお答えしたことを覚えています。

渡邊 最終的にお引き受けいただいて本当によかったです。当時はまだ准教授でいらっしゃいましたが、将来必ずこの分野を代表する先生になられると確信していました。

私と馬場先生が統括、加藤先生が作成ワーキンググループ代表・責任者という布陣でプロジェクトが始動し、執筆者のリストを固めていきました。打診メールを一斉送信したところ、どなたからも二つ返事でご了承をいただき、2カ月後の2021年12月17日にキックオフ会議を開きました。

その当時は完成の目安として2024年の第21回日本うつ病学会総会(大阪国際交流センター)でドラフトを公表、その後、年内あるいは遅くとも2025年の年明けすぐには完成版を出したいという話をしていたように記憶しています。実際には、紆余曲折あり1年遅れでの公表となりました。

 

「当たり前のことしか言えないエビデンス一辺倒のガイドラインでは、患者さんの知りたいことに答えられない」(加藤先生)

加藤先生

臨床で本当に役立つガイドラインを

渡邊 キックオフ会議では、ガイドラインの基本方針を確認しました。旧ガイドラインのナラティブなものを大切にした記載は私たちが誇りに思っていた部分ですので、私からはこうした要素は残してほしいとお願いしました。馬場先生、加藤先生、あらためて、当時の思いをお聞かせいただけますか。

馬場 『高齢者のうつ病治療ガイドライン』作成の経験から、うつ病のガイドラインはエビデンスだけでは作れないと考えていましたので、SRとナラティブをうまく共存させる手法が必要だと確信していました。高齢者のガイドラインではうつ病ガイドラインを見据えたプロトタイプ、パイロットテストという意識をもって取り組んでいたので、今回は高齢者のガイドラインでの取り組みを拡大し、SRとナラティブの融合をどう実現するかという大きな道筋を一緒に作っていきたいという気持ちでした。

加藤 改訂にあたって、「エビデンスベースだけれど、臨床で本当に役立つガイドライン」を作りたいと思っていました。当たり前のことしか言えないエビデンス一辺倒のガイドラインでは、患者さんの知りたいことには答えられないという思いがあったからです。これを実現するためにも、責任者に就任するにあたり、次世代を含めて臨床に力を入れている方、大変な作業になるため一緒に乗り越えてくれる方、率直に意見を言い合える方に参加していただきたいと意見をお伝えしました。人選にこだわったこともあり、実際に使う方の有用性を優先して作ろうという方針はコアメンバーの中で最初から共有できていたと感じています。

 

当事者・家族や多職種の視点を取り入れる

渡邊 「臨床で使える」いう意味では、精神科医だけではなくうつ病の診療に関わるさまざまな職種、さらに当事者やご家族の視点を盛り込むことも大切です。以前から当事者の方からは「きちんと患者とコミュニケーションを取ってほしい」「MBC(Measurement Based Care)でもSDM(Shared Decision Making)でも何でもいいけれど、コミュニケーションをとってくれないと困る」という声をいただいていたので、ガイドラインではコミュニケーションの重要性を強調しています。具体的には、うつ病の基本的な診療姿勢として、旧ガイドラインからあった心理教育と支持的精神療法にMBCとSDMを加えて、4つの柱としました。

馬場 当事者団体や他の学会にご協力いただいて、CQ設定会議や推奨決定会議には、当事者の方やご家族、看護師、薬剤師、心理士、作業療法士といったメディカルスタッフにも参加していただきました。皆さん活発に発言してくださって、特に当事者やご家族のお話には改めて気づくことが多くありましたね。

加藤 うつ病の方は外来を受診するだけでクタクタで、自分が言いたいことも言えなかったり、医師から言われていることもよく理解できなかったりする方もいるといったお話は、なるほどと思いました。また、薬物療法に関しても、予想していたよりネガティブな反応は少なくて、勉強になりました。

「海外のガイドラインを参考にはしても、真似では終わらない。日本人のための日本独自のガイドラインは私たちの誇り」(渡邊先生)

渡邊先生

海外の真似では終わらない、独自のガイドライン

渡邊 加藤先生は海外のガイドラインも幅広くご覧になっていると思いますが、今回、海外のガイドラインとの違いという点ではどんなことを意識していましたか。

加藤 Canadian Network for Mood and Anxiety Treatments (CANMAT)のガイドラインはひとつのロールモデルとして参考にはしましたが、日本の臨床により合った内容にすることを意識しました。海外のガイドラインで引用されているメタ解析は日本人のデータが少ないので、岸太郎先生(藤田医科大学医学部精神神経科学講座)にお願いして、抗うつ薬の効果と副作用について、日本の治験データを用いたメタ解析とネットワークメタ解析を複数行っていただきました。ガイドライン自体のためにメタ解析をやり直すという試みは、海外ではほぼ例がないと思います。

馬場 海外のガイドラインで引用されているメタ解析は日本で使えない薬や用量が異なることが少なくありません。ですから、ガイドライン改訂のために日本人のデータを用いたメタ解析を行ったことは、実臨床において非常に有意義であると思います。

渡邊 海外のものを参考にはしても真似では終わらない、日本人のための日本独自のガイドラインにできたことは、私たちの誇りですね。

 

「合宿を機にガイドライン全体の統一感と質が大きく変わった。あの作業があったから、最終的な完成度の高さにつながった」(馬場先生)

馬場先生

合宿があったからこそ質の高さにつながった

渡邊 2025年の春には内部査読を終え、日本精神神経学会ガイドライン検討委員会の校閲も受けました(注)。ただ、章ごとには整って見えても、全体を見ると用語や表記、構成などに統一感に欠ける部分がありました。そこで第121回日本精神神経学会学術総会に合わせてホテルの部屋で、加藤先生、馬場先生、統括補佐の堀輝先生(福岡大学医学部精神医学教室)、田近亜蘭先生(京都大学大学院医学研究科)と私の5人で合宿(統括校正会議)を行い、全文を声に出して読み返す作業を行いました。これは馬場先生のご提案でしたね。

(注)今回のガイドラインには、日本精神神経学会ガイドライン検討委員会が「協力」団体としてキックオフの段階から正式に関与している。作成過程では進捗状況が当委員会に報告され、委員会の意見がフィードバックされる。

馬場 『日本うつ病学会診療ガイドライン 双極性障害(双極症)2023』4の実務統括を務められた松尾幸治先生(埼玉医科大学医学部精神医学・埼玉医科大学病院神経精神科・心療内科)から「読み合わせは絶対にやった方がいい」と聞いていたのです。3〜4日あれば全部読み終えられるだろうという見込みだったのですが、第1章の治療計画の策定だけで4日間が終わってしまって、正直、途方にくれました。でも、最初から関わっており、全体を俯瞰して見られるメンバーでないとMBCがどこに載っているか分かりづらかったり、判定基準が各論の中に入っている章があったりと、読み合わせしてみると気づくことがたくさんあり、この合宿を境にガイドライン全体の統一感と質が大きく変わりました。あの作業があったからこそ、最終的な完成度の高さにつながったと思っています。

加藤 ホテルの一室で、皆で丸テーブルにパソコンを持ち寄って読み合わせをしていったのですが、文章を読み上げたり、文言を修正したり、文献を探したり、という役割分担が自然にできていました。中でも馬場先生は、皆が読み飛ばしそうな細かい箇所にも気づいて、「ちょっと待ってください」とストップをかけ、的確な修正案を考えてくださって、とても助けられました。

渡邊 まさに寝食を共にして、ずっと一緒にいましたね。合宿の後も5人で読み合わせを重ねて、最終的に20回を超える会議をしました。私たちが同じ方向を向いて団結して取り組んでいる様子を見た他の先生方から「この雰囲気ならいいガイドラインができそうですね」「大変でしょうけれども、ちょっと羨ましいです」と言われたことを思い出します。

 

ベータ版の公開、パブリックコメントを経て

渡邊 2025年7月の日本うつ病学会総会でベータ版を公開し、そのときにタイトルに「2025」を付けて年内完成というタイムリミットを自分たちで設けました。そうしなければずるずると延びていたと思います。

馬場 2025年10月末にパブリックコメントを実施しました。1カ月ぐらいしか期間がなかったのですが、たくさんコメントをいただくことができて、ありがたく感じるとともに、関心の高さを改めて実感しました。中には、推奨撤回のご提案もあり、根拠となる文献も紹介してくださって、それを受けて記載が大きく変わった箇所もあります。

加藤 専門にしている領域はどうしても思い入れが強くなりやすいですし、それは執筆者の先生方の熱意の表れでもあります。とりまとめる側としても記載の順番やボリュームなど判断に迷うところが当時はあったのですが、パブコメで客観的な視点からご意見をいただくことで、バランスの取れた内容に仕上げることができました。


(後編へ続く)

 

座談会

<プロフィール>

渡邊 衡一郎 先生
杏林大学 医学部精神神経科学教室 教授

慶應義塾大学医学部卒業。立川病院神経科、大泉病院、慶應義塾大学医学部精神神経科学教室を経て、2012年に杏林大学医学部精神神経科学教室に着任、2014年より現職。
2022年7月より日本うつ病学会理事長に就任。『うつ病診療ガイドライン2025』においては統括を務めた。

馬場 元 先生
順天堂大学医学部附属順天堂越谷病院 メンタルクリニック
順天堂大学大学院医学研究科 精神・行動科学 教授

順天堂大学医学部卒業。同大医学部精神医学講座助手、講師、准教授、先任准教授を経て、2018年より現職(順天堂越谷病院メンタルクリニック科長兼任)。2022年より日本うつ病学会ガイドライン検討委員会委員長に就任。『うつ病診療ガイドライン2025』においては統括を務めた。

加藤 正樹 先生
関西医科大学 医学部精神神経科学講座 主任教授

関西医科大学卒業。みずき会芸西病院、関西医科大学助教、イタリアボローニャ大学精神神経科、関西医科大学精神神経科学講座講師、准教授などを経て、2024年より現職。
『うつ病診療ガイドライン2025』においては代表・責任者を務めた。

 

取材/撮影:ルンドベック・ジャパン Progress in Mind Japan RC
取材日:2026年5月10日
取材場所:コモレ四谷 タワーコンファレンス(東京都新宿区)

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参考文献

  1. 日本うつ病学会:うつ病診療ガイドライン 2025
    https://www.secretariat.ne.jp/jsmd/iinkai/katsudou/data/guideline2025.p…(2026年5月25日閲覧)
  2. 日本医療機能評価機構:Minds診療ガイドライン作成マニュアル2020 ver.3.0
    https://minds.jcqhc.or.jp/methods/cpg-development/minds-manual/(2026年6月12日閲覧)
  3. 日本うつ病学会:日本うつ病学会治療ガイドライン 高齢者のうつ病治療ガイドライン
    https://www.secretariat.ne.jp/jsmd/iinkai/katsudou/data/guideline_20231…(2026年6月12日閲覧)
  4. 日本うつ病学会:日本うつ病学会診療ガイドライン 双極性障害(双極症)2023
    https://www.secretariat.ne.jp/jsmd/iinkai/katsudou/data/guideline_sokyo…(2026年6月12日閲覧)