うつ病診療ガイドライン2025~Behind the Story(後編)ガイドラインの質向上が治療環境改善につながる 精神医学クローズアップVol.33

2025年12月に『うつ病診療ガイドライン2025』1が公表されました。これまでのガイドラインとは大きく形を変えた大改訂のBehind the Storyを、改訂の中心的役割を担われた渡邊衡一郎先生、馬場元先生、加藤正樹先生に語り合っていただきました。

前編はガイドライン改訂に込めた先生方の思いや、過程でのエピソードが中心でしたが、後編では、改訂の中心となったメンバーだからこそ語ることができるガイドラインの特徴のほか、今後の展望についてもお話しいただきました。

渡邊 衡一郎 先生
(杏林大学 医学部精神神経科学教室 教授)<ファシリテーター兼ディスカッサント>

馬場 元 先生
(順天堂大学医学部附属順天堂越谷病院 メンタルクリニック 順天堂大学大学院医学研究科 精神・行動科学 教授)

加藤 正樹 先生
(関西医科大学 医学部精神神経科学講座 主任教授)

 

「ガイドラインを読む人の多くは図で納得するため、図の多さと分かりやすさにこだわった」(加藤先生)

加藤先生

ガイドラインの特徴①治療の全体像がひとめでわかる図表

渡邊 おかげさまで、出来上がったガイドラインは各方面の方に喜んでいただいています。特に好評なのが、加藤先生が作成された各章の治療総論CQ X-2に入っている図です(図1)。あの図を出版社やデザイナーが作ったと思っておられる方も多いのですが、加藤先生がご自身で構成から色合いまでデザインされたと知ると驚かれます。読む人に分かりやすいように、図表中で「イイね」マークや「パズル」マークを使っているのですが、これも加藤先生が考えたものです。また、図表の話ではありませんがガイドライン全体を二段組みにして体裁を整えてくださったのは馬場先生でした。手作りには見えない出来栄えではありますが、私たちがすべて手作りで作り上げたのが今回のガイドラインです。

 

図1 軽度うつ病に対する治療

図1 軽度うつ病に対する治療

日本うつ病学会:うつ病診療ガイドライン2025

加藤 ガイドラインを読む人の多くは図を見て納得するので、図をふんだんに使用して分かりやすくしてほしいと各章の担当者には依頼しました。CQ X-2に掲載した図については、もともとは、中等度/重度うつ病の執筆グループがこのベースとなるような図を考え始めていて、図を含めてCQ X-2だけ読めば全体像が分かるようにしたいと考え、ブラッシュアップしたものを作成しました。各章の原稿が最初はまちまちの構成だったので、CQ X-2でSRの結果だけでなくエビデンスがない部分も含めた治療の全体像を図で示す、というひな型を作ることで全体に統一感を持たせる目的もあって会議で提案しました。

馬場 Mindsの手法を念頭に入れつつも、実際にガイドラインを使う人の有用性を優先した構成となったことに満足しています。改めて読み返すと、第1章の治療計画の策定はすごくコンパクトにできており、ミニ教科書のような治療ガイドになりました。私自身、何度が各地の医師会でガイドラインについて話す機会がありましたが、最初はガイドラインの見方から説明しました。具体的には、「まずは第1章を読んで、それから該当する章のCQ X-1とCQ X-2だけ読んでください。これで概要が分かりますから」と紹介しています。かかりつけの先生方にもぜひ見ていただきたいですね。

渡邊 私は内科の先生からも読みやすいと言われました。うつ病は精神科医だけが治すものではないので、他の科の先生方にもぜひ見ていただきたいと思います。

 

ガイドラインの特徴②SDMのための情報提供ツール

渡邊 加藤先生も序文に書いていらっしゃいますが、このガイドラインはまさに、患者さんとのSDM(Shared Decision Making)を推進するための実用的資料です。ガイドラインの情報をもとに、エビデンスのある・なしに関わらず治療法を提示して、患者さんがその内容を理解したうえで自分にとって何が望ましいかを選ぶことができるというものです。より個別性の高い診療支援を実現できるように構成されているところも特徴のひとつだと考えています。

加藤 「ガイドライン=標準治療」となりがちですが、今回のガイドラインはライフステージや重症度、睡眠障害やDSM-5以降用いられている特定用語などこれまで以上に詳細に分類したサブタイプに対応した横軸と、治療過程のフェーズに対応した縦軸によるマトリクス構造になっていて、患者さんに当てはまるところをいくつか読んで、カスタマイズして使っていただけるように考えました。ガイドラインに書いてある治療を実施すればよいということではなく、標準的な治療を理解したうえで、SDM、MBC(Measurement Based Care)を実践しながら患者さんと相談して決めていくというのがこのガイドラインの使い方だととらえています。

馬場 従来のガイドラインは「この治療が奏功しなかったら、次はこの治療」、という1本道が基本でしたが、このガイドラインは選択の幅を広くとっています。実臨床では周産期の方もいれば高齢者もいて、時には睡眠障害を伴う方もおり、さらに重症度もそれぞれ異なります。細分化したらきりがないのですが、ガイドラインにはそれぞれの情報がありますので、患者さんと医療従事者がそれぞれの状況に合わせた選択肢を考えていくための資料として活用していただければと思います。

「身体科のようにバイオマーカーで白黒つけられる疾患とは違うため、グラデーションによる推奨の示し方はうつ病の本質をよく表している」(馬場先生)

馬場先生

ガイドラインの特徴③推奨をグラデーションで提示

渡邊 選択肢を広くとるということに関連して、推奨の示し方にも新たな工夫を加えました。GRADE grid法に基づく推奨は、①行うことを強く推奨する、②行うことを弱く推奨する、③行わないことを弱く推奨する、④行わないことを強く推奨する、の4分類で示されています。今回は、「推奨」に加えて、「提案」「選択肢のひとつ」というグレードを新設しました(図2)。これは加藤先生の発案でしたね。

 

図2 推奨グレードの図

図2 推奨グレードの図

日本うつ病学会:うつ病診療ガイドライン2025

加藤 推奨も提案も何もないと、特に若手の先生方にとっては行った方がよいのか、行わない方がよいのかすら分からなくなってしまいます。治療法の中には、十分なエビデンスがありながらも推奨決定に至らなかったもの、また十分なエビデンスはないものの有用性を示す一定のエビデンスがあるもの、やることが間違いではないものもあります。これらの方向性を示そうとした結果、推奨・提案・選択肢のひとつ・非推奨というグラデーションができました。うつ病はまだ病因も分かっていない症候群で、YesかNoかだけではとらえきれない部分が多いと思うので、現在の形式になりました。

馬場 たしかにうつ病は身体科のようにバイオマーカーで白黒つけられる疾患とは違いますから、このグラデーションによる推奨の示し方は、うつ病というものの本質をよく表していると思います。

渡邊 推奨度にグラデーションをつけて示すことで、サプリメントを含めさまざまな選択肢が誌面に載ることになりました。うつ病はレジリエンスが刺激されると自然に回復していく要素もあって、その意味でも統合失調症とは異なります。絶対に駄目なものはありますが、当事者が「これがいい」と思えるものを選べる、希望が持てる内容になっていると思います。

 

「ガイドライン改訂は大変な作業だったが、参加した皆さんが誇りをもって取り組み、完成を喜び、次につなげようと思っていることを心から嬉しく思う」(渡邊先生)

渡邊先生

ガイドライン改訂を次につなげる動き

渡邊 約4年の歳月をかけて、私たちがうつ病の診断・治療で心がけてもらいたいことはほとんど全て入ったガイドラインができあがったように思います。全体に統一感があるし、本当に誇らしいです。今後の展望について馬場先生からお話しいただけますか。

馬場 直近の取り組みとして3つの動きがあります。ひとつ目は当事者・家族向けの手引書の作成です。これについては坪井貴嗣先生(杏林大学医学部精神神経科学教室)を委員長とする小委員会・ワーキンググループがすでに発足し、理事会の承認も得て動き始めています。二つ目は書籍版の刊行、三つ目は英語版の国際誌への全文掲載で、こちらはすでに決定しています。

渡邊 前のガイドラインではSDMのディシジョンエイドを作成していますが、より分かりやすく、よりビジュアルを多くして、当事者の方が医師と一緒に治療を選んでいく際の具体的な道具として使えるものも作りたいと考えています。

馬場 あとは改訂ですよね。今回のSRは大体2021年のデータをベースにしていて、すでに5年が経過しています。新薬も出ていますし、内容をアップデートしていく必要があります。また、今回のガイドラインを当事者・ご家族がどのように評価するかをテーマにしたシンポジウムを次の日本うつ病学会総会で行うので、そこでフィードバックされた内容も踏まえて、改訂に向けた議論をしていければと考えています。

加藤 先日、執筆メンバーに改訂の話をしたところ、みなさん前向きな返事をくださいました。

渡邊 それは心強いです。大変な作業だったと思うのですけれども、各パートのリーダーをはじめ皆さんが誇りをもって取り組まれて、完成を喜んでくださり、次につなげようと思っておられることを心から嬉しく思います。

馬場 今回のガイドラインがここまで評価を受ける内容になったのは、加藤先生のリーダーシップと、その背後に渡邊先生の存在があったからだと私は思っています。私を含めガイドライン改訂に参加したメンバーにとって、本改訂に貢献できたことは大きな誇りになったと思います。

渡邊 私自身もガイドライン改訂に対して、かなり強い思いがありました。というのも、改訂の議論の最中に、以前のガイドラインについて文献の引用の不一致やダブルチェックの不備が指摘されるという出来事が起こりました。指摘を受けて馬場先生にその内容を検証していただいて、検証結果をすべて公表し、ガイドラインの修正も行いました。次はこのようなことを起こしたくないという思いは、改訂に向けた原動力のひとつになっていたと感じています。内部査読や合宿を含む統括校正会議など莫大な時間と労力を要しましたが、私たちコアメンバーがそれだけエフォートを割いていることが関わるメンバーにも噂で伝わっていたようで、皆さんがその情熱を理解して協力してくだった結果、多くの方から評価いただけるガイドラインを作り上げることができました。

加藤 本改訂では、終始私の意見を尊重していただき感謝しております。私自身も大先輩である渡邊先生、馬場先生からは多くのことを学びました。お2人を中心として改訂に関わったメンバー全員がガイドラインの質が上がることで、日本の治療環境が改善し、うつ病患者さんが救われ、より良い治療を受けられるようになるという思いを共有できていたからこそ、大変なことも乗り越えられたのではないかと思います。私自身もこれまでのうつ病の研究や臨床のなかで培ってきた知識をできるだけ反映させたいという思いでいましたが、皆さんとの議論の過程で新たに気づくことも多く、もっと知りたい・勉強したいという気持ちが改めて湧いてきています。皆さんと話し合って、さらに自分の考えを客観視したりまとめ直したりすることで、より腑に落ちたこともたくさんあったので、ガイドライン改訂の責任者という大役ではありましたがやらされている感はなかったというのが振り返っての正直な感想です。

また、映画のように皆で一つの作品を作り上げていく感覚があって、完成に近づくにつれてさらに精度を上げたくなっていきました。きっと今見直せば、修正したい箇所も出てくるとは思うのですが、それは改訂で積み重ねていけばいいと思っています。そうした積み重ねによって、先生方が現場で使いやすい、本当に役立つガイドラインにしていきたいです。

 

 

座談会

<プロフィール>

渡邊 衡一郎 先生
杏林大学 医学部精神神経科学教室 教授

慶應義塾大学医学部卒業。立川病院神経科、大泉病院、慶應義塾大学医学部精神神経科学教室を経て、2012年に杏林大学医学部精神神経科学教室に着任、2014年より現職。
2022年7月より日本うつ病学会理事長に就任。『うつ病診療ガイドライン2025』においては統括を務めた。

馬場 元 先生
順天堂大学医学部附属順天堂越谷病院 メンタルクリニック
順天堂大学大学院医学研究科 精神・行動科学 教授

順天堂大学医学部卒業。同大医学部精神医学講座助手、講師、准教授、先任准教授を経て、2018年より現職(順天堂越谷病院メンタルクリニック科長兼任)。2022年より日本うつ病学会ガイドライン検討委員会委員長に就任。『うつ病診療ガイドライン2025』においては統括を務めた。

加藤 正樹 先生
関西医科大学 医学部精神神経科学講座 主任教授

関西医科大学卒業。みずき会芸西病院、関西医科大学助教、イタリアボローニャ大学精神神経科、関西医科大学精神神経科学講座講師、准教授などを経て、2024年より現職。
『うつ病診療ガイドライン2025』においては代表・責任者を務めた。

 

取材/撮影:ルンドベック・ジャパン Progress in Mind Japan RC
取材日:2026年5月10日
取材場所:コモレ四谷 タワーコンファレンス(東京都新宿区)

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お話の内容は、すべての患者様や医療従事者に当てはまるものではなく、またそれらの内容は弊社の公式見解として保証するものではありません。

参考文献

  1. 日本うつ病学会:うつ病診療ガイドライン 2025
    https://www.secretariat.ne.jp/jsmd/iinkai/katsudou/data/guideline2025.p…(2026年5月25日閲覧)