復職支援におけるMBCの実践~SDMの基盤として~ 精神医学クローズアップVol.32
吉丸 和宏 先生
(久喜すずのき病院)
2025年12月に公開された『うつ病診療ガイドライン 2025』では、トピックスの一つとして労働者のうつ病が取り上げられており、復職準備段階における支援として「休業中の状態を定期的に把握しながら、疾病の回復状況と職場再適応の準備状況を評価する必要がある」1と記載されています。MBC(Measurement Based Care)は「SDM(Shared Decision Making)をデータに基づいて実践する基盤」であり1、復職支援においても重要な役割を担うと考えられています。
そこで本稿では、地域医療の基幹病院において、日々、あらゆる患者さんの診療を行い、復職支援にも取り組んでいる吉丸和宏先生に、数多くの患者さんと向き合い多忙な診療であってもSDMとMBCをどのように実践しているのか。そのポイントや注意点について、ご自身の経験を踏まえてお話しいただきました。
うつ病診療におけるSDMの実践
―まずはこれまでの歩み、臨床での取り組みについてお聞かせいただけますか。
私は京都府立医科大学を卒業後、同大学の精神医学教室に入局し、現職に至るまで、さまざまな現場で多くの先生方やスタッフの皆さんに育てていただきました。大学病院ではリエゾン精神科業務や重症入院例に携わり、医療過疎地域である京都府北部地域の総合病院有床精神科や、高知県内の精神科単科病院などで、スーパー救急を含む入院診療や精神科外来を担当してきました。また、この高知県の病院では、管理職として病院経営や労務管理といった雇用側の業務に関わる経験にも恵まれました。これまでの臨床医としてのキャリアを振り返ってみると、特定の疾患や年代を専門としてきたというよりは、児童思春期から高齢者、カニ漁師から霞が関の官僚まで、さまざまな年代や背景の患者さん、幅広い疾患の診療に携わってきました。私自身は自分のことを何でも診る精神科医であり、街の専門家だと思っています。
現在は精神科救急を担う医療機関で診療にあたっています。当院のあるエリアは都内への交通アクセスも良く、周辺には主要な高速道路のジャンクションやインターチェンジがあり、物流拠点や工場も多いため、就労年齢層の患者さんが比較的多くいらっしゃいます。外来では、1日に再診を50~60件、さらに新患2~3名に対応しています。
「外来の限られた時間でSDMを実践するには、患者さんの全体像から、そのニーズをしっかり把握することから始まります」
―多様な疾患の患者さんを診ているとのことですが、うつ病の診療ではどのようなことを心がけていますか。
『うつ病診療ガイドライン 2025』でSDMの実践の重要性が明記されていました。外来の限られた時間でSDMを実践していくために、初診では「今日はどのようなことでいらしたのですか?」とオープンクエスチョンで始めるようにしています。患者さんはだいたい一番困っていることを最初に言われるので、このようなやり取りのなかで患者さんのニーズをしっかり把握することがSDMの第一歩だと考えています。また、話を聞きながらアピアランスを含めた全体的な患者さんの様子を見て診断の目星を付けていきますが、診断をつけるのは後回しで、まずその方に必要なケアを優先して考えます。初診の最後に「いったんこの方向性で治療をしてみて、経過をみて相談しながら考えていきましょう」とお伝えし、その後は、毎回の診療で相談しながら治療方針を決めています。
―患者さんと相談しながら意思決定していく際のポイントがあれば教えてください。
よく指摘されることではありますが、選択肢を1つしか示さないパターナリスティックな意思決定は患者さんの納得感が得られず、結果として離脱につながってしまう可能性があります。そのため、こちらが一方的に決めたと受け取られないよう、複数の選択肢を提示するようにしています。人間の意思決定には損失回避などのバイアスが関係しており、複数の選択肢があると、患者さんは「説明を尽くしてもらって自分で選んだ」と感じやすくなります。その体験が治療へのモチベーションや継続率に後々大きく影響すると考えています。ただし専門家として、「現在の状態から、最も推奨されるのはこの治療法です」と重みづけは必ずするようにして、患者さんの利益になるよう、選び取りやすいようにしています。
また、「この治療法で効果が不十分だったり、副反応などで継続が難しかったりした場合は、次のステップとしてこういう選択肢がある」という将来の見通しを事前に提案しています。最初の治療でうまくいかなかったとしても、患者さんが「もうどうしようもない」という絶望感に陥らずに済むかもしれません。それも複数の選択肢を挙げることのメリットだと感じています。
このほか、限られた診察時間で情報提供の質を上げるには視覚的な情報があったほうがいいので、ディシジョンエイドなどのツールも活用しています。日本うつ病学会が作っているディシジョンエイド2は特に診療の場面で活用しやすく、「あなたの症状にはこの治療が適していると思う」「この薬はやめておこう」など、診察室で患者さんと一緒に見て、書き込みながら使っています。
「スコアで得られた情報をもとに治療の見直しを行い、SDMを実践しながらリカバリーを支援していくことにこそMBCの本質がある」
復職支援におけるMBCの役割
―すずのきメンタルケアクリニックで復職支援にも取り組まれています。復職支援で気をつけるべきポイントを教えてください。
前提として、就労準備には段階があると私は考えています3。うつの治療をして回復し「日常生活ができるようになる」ことと、「仕事に行く生活(職業生活)ができる」ことの間にはかなりのギャップがあります。「職務ができる」はさらにその先です。患者さんの主観的な寛解と実際の症状が異なることは珍しくないので、職業生活に復帰できる状態であるかを医療者がしっかり評価する必要があります。そのために重要なのがMBCだと考えています。
回復の状態を甘く見て「明日から仕事に行ける」とおっしゃる方もおられますが、そうしたケースで客観的な指標を提供できるだけでなく、自身の回復度合いを過小評価している方にも有効です。スコアの改善が自信につながります。
ただスコアを取って「良くなった、悪くなった」で終わりではなく、MBCの「ケア」の部分、つまりスコアで得られた情報をもとに治療の見直しを行い、SDMを実践しながらリカバリーを支援していくことにこそMBCの本質があると考えています。
―臨床においてはどのような評価尺度を、どのように使っていますか。評価尺度を活用する際の工夫があれば教えてください。
基本的にQIDS-J(簡易抑うつ症状尺度)とWPAI(Work Productivity and Activity Impairment Questionnaire)の2つを状況に応じて使っています。質問数が増えると答える側も管理する側も大変になってしまうので、使い慣れたスコアを頻回にとることのほうが大事ではないかと思います。
スコアの収集は、AIを活用しながら自作した、患者入力・自動採点・二次元バーコード生成・スコア記録までを行えるシステムを使っています。患者さんに待合室でスマホから質問に答えてもらい、答え終わって「採点する」を押すと、その場で点数と重症度が表示される仕組みです。人と接触したくないうつ病の患者さんにとっても、自分のスマホだけで完結するため、好評をいただいています。この結果を見て、「自分で思っていたよりも症状は結構重い」とか、「ずっとしんどいのかと思っていたけど、回復してきている」という気づきが患者さん自身にもあるようです。
スコアの収集を始めてみて分かったのですが、患者さんは自分の状態に関心を持ち、医師にそれを伝えたいという気持ちをお持ちです。「このページをブックマークしたら次回以降もそのまま使えますからね」とお伝えすると、次の受診の時にはこちらが促さなくても「やってきました」と提示される患者さんが多くいらっしゃいます。
「手法を簡便にすればMBCへのハードルが下がる。社会的実装を目指して、現場での実践を積み重ねていきたい」
―限られた診察時間のなかでMBCを実践する素晴らしい取り組みですね。
MBCがなかなか実践できない理由の一つは、スコアの収集や評価に人手や時間を要することだと思っているので、私はそれを解消するためにAIを活用して自分でシステムを構築しました。
今使っているシステムでは、回答が終わると同時に二次元バーコードも生成されるので、診察室でそれを読み取ると表計算ソフトウェアの専用ファイルに自動でスコアが転送されます。紙媒体では回収や入力に人の手が必要ですが、このシステムでは下位項目スコアまで一覧表で記録され、過去のスコアとの比較も簡単にできます。アプリのダウンロードは不要で、Webサーバー上ではなく、ブラウザ内で、患者さんの端末内の処理のみで完結する設計なので、個人情報がWeb上に残らないことも本システムの利点といえます。バーコードリーダー代にかかる程度のローコストで運用できています。バーコードリーダーが接続できれば、記録する端末がオフラインであっても導入が可能です。医療機関ごとのIT環境に左右されにくい仕組みを目指しました。
まだ始めたばかりで、病院の許可を得たうえで私ひとりで運用しているのですが、こうした取り組みが広がって普及していけば、MBCに対するハードルが下がると考えています。現在、この自作のMBCシステムを、系列のリワーク施設での就労評価にも導入しようと準備を進めています。それを最終的にはより多くの患者さんと医療者に提供できるよう、地域医療の現場で実践を積み重ねていきたいと思っています。
これからの復職支援のあり方と展望
―最後に、今後の展望や挑戦したいことをお聞かせください。
復職支援に関わっていて思うのは、職場と医療者の連携が不可欠であるということです。ただ、職場の支援体制は企業の規模や事業特性、地域事情によっても幅があります。まず、患者さんがどのような環境で働いているかをしっかり把握して、医療者として何ができるかを考えていくプロセスが重要だと考えています。
また、職場の環境に不適応をきたしてうつに至った場合には、どんなに復職支援を行っても元の職場への復職はうまくいかないことが少なくないと感じています。元の職場に戻りたい方に対しては最大限サポートし、そうでない方は転職や就労移行支援など別の道につなぐというように、本人の希望や意向を丁寧に確認しながら「復職するか、別の道に進むか」を一緒に考えることも、復職支援のひとつの形ではないかと思います。そうしたさまざまな形での復職支援を行うクリニックがあってもいいのではないかと考えており、将来的にはそうした取り組みに何かの形で関わっていけたらと思っています。
取材/撮影:ルンドベック・ジャパン Progress in Mind Japan RC
取材日:2026年5月18日
取材場所:三高サロン(埼玉県久喜市)
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