子ども・若者の抑うつ、自殺防止(後編)産官学の連携による研究成果の社会実装化に向けて 精神医学クローズアップVol.29

日本における10代と20代の死亡原因の第1位は自殺です1。自殺が10代の死亡原因の第1位となっているのはG7のなかで日本が唯一であり1、非常に深刻な状況と言えます。

本対談では、内閣府のムーンショット型研究開発事業において「子どもや若者の虐待・抑うつ・自殺ゼロ化社会」プロジェクトのプロジェクトマネージャーを務める菱本明豊先生と、ひきこもりの世界的研究者で精神疾患におけるミクログリアの基礎研究にも取り組んでおられる加藤隆弘先生に、子ども・若者の抑うつや自殺防止をテーマに議論いただきました。

後編では、研究成果の社会実装化やこれからの時代の精神科医に求められることなどをお話しいただきました。

菱本 明豊 先生
(神戸大学大学院医学系研究科 精神医学分野 教授)

加藤 隆弘 先生
(北海道大学大学院医学研究院 神経病態学分野精神医学教室 教授)

 

「子どもや若者のメンタルヘルスにおいて、今カギを握っているのは『自己肯定感』」(菱本先生)

菱本先生

 

研究成果の社会実装化に向けて

菱本 分子生物学的研究や臨床研究の結果、子どもや若者の抑うつや自殺の背景には、生育歴や環境要因があることが分かってきました。つまり、子どもや若者の抑うつや自殺を減らしていくには、そういった部分にまで介入していくことが必要です。

その点、加藤先生が2013年に開設された「ひきこもり専門外来」は、医療と行政の壁を取り払い、ひきこもりに関する研究成果を社会実装していく画期的な試みだと考えています。ひきこもりの方への介入を行いたいと考えている若手の精神科医や、ひきこもりの方への対応に尽力している教師、行政担当者もたくさんいると思いますので、外来を開設し、継続していくうえでのポイントを教えていただけますか。
 

加藤 九州大学時代に福岡で開設した「ひきこもり専門外来」が比較的うまくいったのは、市の精神保健福祉センターと協力体制が構築できたからだと考えています。最初、飛び込みのような形で協力依頼にいったのですが、センターに併設しているひきこもりの方を支援するNPO団体の方々と出会い、そこで思いを伝えるうちに意気投合して、さまざまな関係機関を紹介してもらいました。そこから理解者や協力者を得て、ひきこもり専門外来をスタートすることができたと思っています。

これまで継続できた要因はいくつかあるとは思いますが、重視していることのひとつが「門前払いをしない」ことです。ひきこもりの方の中にはDSM(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)に照らし合わせると診断基準に該当しない、いわゆるグレーゾーンの方もいます。実際に、精神科を受診しても「あなたは病気じゃない」と言われ、そのまま帰されてしまったという傷ついた経験をしている方もいます。そこで、ひきこもり専門外来では、診断基準に当てはまらなかったとしても、何らかの支援を提供する方針を最初に打ち出しました。

ひきこもりの方は来院が難しいケースが多いため、ひきこもり専門外来ではご家族だけでの相談も受け付けていますし、「親御さんがまず笑顔を取り戻す」をキャッチフレーズにして、ご家族向けの介入プログラムも用意しています。相談にきたご家族からは、しばしば「先生、自宅に来て本人を診てください、支援者を寄越してください」と依頼されることがあるのですが、現実には訪問のハードルは高く、ご家族に「いえいえ、あなたが最初の支援者になることができますよ!」とお話ししています。「まずご家族が支援のスキルを身につけてください。そうすれば、やがてご本人が自身で病院に来てくれるようになります」とお伝えし、ひきこもりがどのようなものなのかを説明したり、声かけのコツなどもレクチャーしたりしています。たとえば、ご本人を目の前にすると厳しい言葉をまくしたててしまうご家族に対しては、どうしたら丁寧に共感ができるかを伝えます。ご本人に伝えるセリフやシナリオなどのマニュアルも用意し、ご家族がひきこもりの方を支援できるようサポートを行っています。セリフの中には「大学病院のひきこもり外来へ行けば、いろいろ助けてもらえるよ」という一文も入れています。

菱本 ひきこもりのお子さんを抱える親御さんの不安や焦り、ストレスは非常に大きいですからね。私も児童・思春期のお子さん向けの外来で、インターネットやゲーム依存について親御さんから相談を受けることがあるのですが、そのときには「好きなだけひきこもらせてください」「ゲームも飽きるまでさせてください」とはっきりお伝えしています。親御さんの多くは「こうあるべき」という考えがあるため、最初のうちは「どれくらいの期間ですか」とか、「学校を退学になってしまうのではないですか」とさまざまなご意見をいただくのですが、「今はいろいろな方法で学校を卒業できます」など根気強く伝えています。親御さんのプレッシャーを取り除くことが大切だと考えています。

加藤 「ひきこもりを改善します」と最初から言わないことも大切ですね。家族相談で私たち支援者と話すうちに親御さんが安心し、少しずつ変化が生まれ、やがてお子さんにもその変化が波及していくのだと思います。

先ほど、菱本先生からゲームの話が出ましたが、私も同じく「好きなだけゲームをさせてください」と言っています。さらに私の場合、「ぜひ親御さんも一緒にやってください」と勧めています。実際に一緒にゲームをするとほとんどの場合はお子さんのほうがゲームが上手で、親御さんに勝ったり、やり方を教えたりするようになります。そのなかでこれまでとは異なる関係性での会話が生まれ、お子さんに自己肯定感が芽生えて状況が改善していくケースもあります。

菱本 子どもや若者のメンタルヘルスにおいて今一番のカギは「自己肯定感」だと私は思っています。それは高ければ高いほどいいということではなく、上がったり下がったりする“しなやかな”自己肯定感を生み出す介入の方法を模索しているところです。

また、自己肯定感は幸福度に関係すると私は考えています。世界幸福度報告書によると、日本はOECD(Organisation for Economic Co-operation and Development:経済協力開発機構)のなかで下から数えたほうが早い位置にいます2。経済と幸福度はリンクしておらず、ブータンが最も有名ですが、GDPが低くても幸福度が高い国はいくつもあります。現在の日本は人口も減少し、これから発展していくというフェーズではありません。そういう世の中で、国民が幸せになっていくにはどうしたらいいか。メンタルヘルスを通じて社会のあり方も幸せにしていくことに貢献できたらと思っています。

 

「ゲームやオンラインのつながりは非対面での支援を可能にする側面がある。排除するのではなく使い方を工夫することが重要」(加藤先生)

加藤先生

 

今後求められる産官学連携での取り組み

菱本 ゲームやスクリーンタイムの話題が出ましたが、最近「Nature Medicine」に掲載された論文では、10〜15歳の子どもを追跡した結果、将来の精神疾患発症のリスクを高めていた唯一の因子が「10歳時の不眠」だったと報告されていました3。血清データも、MRIの神経画像データも関係ないというのです。その論文を読んで感動し、ゲームやスマホの長時間使用を見直し、睡眠を支援することで、案外自殺は減らせるのではないかと、少し楽観的に考えています。

実際、私が担当しているゲーム依存の専門外来の患者さんを入院させると、意外にもゲームをせずに過ごしている様子をしばしば目にします。病棟では消灯後にスマートフォンを預かるのですが、夜間は寝るしかない環境に置かれることで十分な睡眠を得られていることがプラスに働いているのかもしれません。

加藤 一方でインターネットを介したゲームやオンラインのつながりは、外に出られないひきこもり者にとって非対面での支援を可能にするという側面もあります。困ったときや、孤独なときに頼る窓口のひとつになり得るので、完全に排除するのではなく、使い方を工夫することが重要です。たとえば、スマホアプリやゲームに使用時間を知らせるアラームを搭載したり、1日の使用時間が一定以上になったら支援機関につながる機能を組み込んだりするなど、企業と連携して仕組みづくりができれば、依存を防ぎつつ、ひきこもりからの脱出を早めることも可能ではないかと考えています。

産官学が連携し、実情に合った取り組みを実行していくことで将来が変わると考えています。

 

「病気だけではなく、病気を持つ「その人の物語」に向き合うことこそが、精神科医の本質」(加藤先生)

 

AI時代の精神科医に求められる資質とは

菱本 私たちは医学部を出てすぐ精神科に進んだ世代で、精神分析からバイオロジカルまで幅広く学びながら、それを臨床にも活かすという、ある意味「泥臭く」患者さんと向き合ってきました。現在は初期研修で一般医学を経験することが標準になっているためか、「診断をいかに早くつけるか」に集中する傾向があるように思います。もちろん、それが有意義な場面もありますが、精神科に関していえば、患者さんの全体を見て治療する「職人」的な資質が育ちにくくなっていると感じています。

加藤 私も同感です。診断基準に症例を当てはめるだけでは、患者さんの全体像は見えてきません。DSMを満たしていても、同じ病態とは限らない。発達や家庭環境、トラウマなど、患者さんの背景を丁寧に捉えることが欠かせません。病気だけでなく、病気を持つ「その人の物語」に向き合うことこそが、精神科医の本質だと思います。

菱本 今後、AIが膨大なデータを解析して、個々の症状に合わせた治療を提案する時代が来るかもしれません。そうなると、診断基準に当てはめるだけの仕事は着実に減っていくことになります。そのような時代に精神科医が担うべきなのは、「病気ではなく人を診る」こと。特に若い先生方には、自分が向き合う患者さんの「生きざま」に興味を持ってほしいと思います。そうすることで、その方のバックグラウンドへの理解が豊かになるはずです。

加藤 そうですね。患者さんに向き合うことに加えて、社会の変化にもしっかり目を向けること大切だと考えます。コロナ禍では一過性に外出ができなくなり、誰もが「ひきこもり」になりました。例えば、2050年に別のパンデミックが起こるかもしれませんし、大気汚染や気温上昇などの影響で外に出るのが危険な状態になる可能性もあります。そうなれば、今は社会問題とされているひきこもりが普通になります。外出が危険にもかかわらず外に出ることをやめられなければ「外出病」と呼ばれる疾患が生まれる時代がくることもあり得るのです4。社会や環境の変化により、精神疾患も変化します。それに応じて精神科医は治療や診断のあり方を見直していくことが求められているのではないでしょうか。

 

 

<プロフィール>

菱本 明豊 先生
神戸大学大学院医学系研究科 精神医学分野 教授

1996年、神戸大学医学部卒業。その後、神戸大学医学部精神科に入局。米国国立衛生研究所、薬物乱用研究所客員研究員、神戸大学大学院医学研究科精神医学分野講師、横浜市立大学大学院医学研究科精神医学部門主任教授を経て、2023年より現職。専門はうつ病、依存症、児童・思春期のメンタルヘルス、司法精神医学。日本生物学的精神医学会評議員、日本うつ病学会監事、日本統合失調症学会評議員、日本精神科診断学会理事。

加藤 隆弘 先生
北海道大学大学院医学研究院 神経病態学分野精神医学教室 教授

2000年、九州大学医学部卒業。その後、九州大学医学部精神科に入局。日本学術振興会特別研究員、九州大学先端融合医療レドックスナビ研究拠点特任助教、精神科分子細胞研究室グループ長、米国ジョンズホプキンス大学精神科 日本学術振興会「日米脳」研究員、九州大学先端融合医療レドックスナビ研究拠点特任准教授、九州大学病院精神科・神経科講師、九州大学大学院医学研究院精神病態医学准教授を経て、2025年より現職。専門は気分障害、ひきこもり、精神分析、集団精神療法、精神免疫学、デジタル精神医学。日本生物学的精神医学会理事、日本精神分析学会医療問題委員長、日本精神分析協会運営委員、アジア精神医学会(AFPA)President-Elect。
 

 

取材/撮影:ルンドベック・ジャパン Progress in Mind Japan RC
取材日:2025年10月30日
取材場所: ルンドベック・ジャパン株式会社(東京都港区)

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参考文献

  1. 厚生労働省:令和7年版自殺対策白書.https://www.mhlw.go.jp/content/001581171.pdf (2025年11月18日閲覧)
  2. University of Oxford: Wellbeing Research Centre:World Happiness Report 2025. https://files.worldhappiness.report/WHR25.pdf?_gl=1*wyyo2z*_gcl_au*NjMw…(2025年12月19日閲覧)
  3. Hill ED, et al.: Nature Medicine. 2025; 31: 1840-1846.
  4. 加藤隆弘: 精神療法. 2025; 51(4): 534-539.