うつ病の真の回復を目指して~うつ・リカバリー外来での取り組みから~ 精神医学クローズアップVol.31
西田 圭一郎 先生
(大阪医科薬科大学医学部 神経精神医学教室 准教授)
うつ病は多様な原因・症状を有する個別性が高い疾患で、標準治療を行っても十分な改善が見られない難治性症例が存在し、問題とされています。
本稿では、うつの方を対象として社会への復帰を支援する「うつ・リカバリー外来」で診療にあたっておられる西田圭一郎先生に、多様な病態を示すうつ病に対する治療のあり方について、ご専門である脳機能研究の最新の話題も踏まえて伺いました。
多様性を示すうつ病の背景と治療の課題
―現在のうつ病診療において、どのような課題を感じていらっしゃいますか。
うつは文化や時代の影響を強く受ける疾患です。私は社会人になってから、複数回、異なった国で海外生活を経験しましたが、仕事観やうつ病の発症形態、捉え方が国や文化によって大きく異なることを改めて感じました。日本国内でも、私自身はいわゆる氷河期世代のど真ん中にあたりますが、世代により働き方への考え方、時代における経済状況、世界情勢などはさまざまです。社会的要因も含めて非常に多様な背景の中でうつ病は発症するため、既存の評価尺度だけで一律に診断・評価することには限界があります。
特に悩ましいのが、治療のゴールをどこに置くかという点です。従来の精神科医療では、「寛解(症状の評価スコアが基準値以下になること)」が治療のゴールとされてきました。しかし、実際にはその状態に至った患者さんから、「復職はできたが、帰宅すると疲れ果ててすぐ寝てしまう」「休日は部屋にこもっている」「自信がなくなってつらい」といった切実な声が聞かれます。治療としては「良くなっている」という評価だったとしても、注意力や認知機能の低下が残存しているケースは多く、これが社会復帰や日常生活の大きな壁になっていると思われます。
そもそも、何をもって「真の回復(リカバリー)」とするかはその人によって異なります。症状のスコアだけでなく、実際にどのように生活できているのか、どれぐらい力を発揮できているのかまで含めて考えていく必要があります。
このように考えるようになった背景には、身内がうつ病にかかっていた経験があります。当事者家族として、「寛解」と評価をされていても不安感が強く、実際に再発を繰り返す中、なかなか仕事や日常生活に前向きになれない姿をみてきました。この経験から、仕事や日常生活の充実などの評価をきちんとしていくことが真のリカバリーではないかと思うようになりました。
「患者さんの生きてきた背景や文化を尊重し、『その人にとっての回復』を一緒に探っていく姿勢が大切」
―そうした課題に向き合うために、医療者にはどのような姿勢が求められるとお考えですか。
100点を目指すことがゴールではありません。大切なのは、医療者が「自分には見えていない部分がある」という前提に立って謙虚になるということではないかと思います。医療者は疾患の専門家かもしれませんが、患者さんはご自身の人生と体験、価値観の主役です。医療者の疾患の治療論からの理想を押し付けるのではなく、患者さんの生きてきた背景や文化を尊重し、対話を重ねながら、「その人にとっての回復」を一緒に探っていく粘り強い姿勢が大切ではないかと思います。
それを実践するうえでは、医療者が視野を広げて、ひとつのものさしではなくさまざまな軸で評価をできるようにする必要があります。また、多様な視点を取り入れるという意味で、多職種での関わりも不可欠です。実際、私自身は看護師やケースワーカーなどと協働して患者さんに携わっています。長い視点での治療目標を設定することができるのが、多くの患者さんと接している医療者の強みです。適切な時間軸の見立てを、患者さんに共有することの大事さを実感しています。
回復・復帰までを支えるうつ・リカバリー外来の挑戦
―2025年に開設されたうつ・リカバリー外来について教えてください。どのような支援をされているのですか。
うつ病の真の回復を目指したいという思いで立ち上げた外来で、患者さん一人ひとりの背景を捉えた個別化された多角的アプローチ(Psycho-Bio-Socialモデル)を核にしています。まだ整備途中ではありますが、急性期を過ぎた後から回復・復帰までを支える「バッファー(緩衝)」の場として、包括的な支援を提供しています。社会復帰に向けては、就労支援をはじめその人に合った適切な社会的支援につなぐコンシェルジュのような役割を果たすことも目標の一つとしています。
うつ・リカバリー外来では、医師だけでなく精神科専門看護師、心理士、薬剤師、ケースワーカーなど多職種が連携し、患者さんの症状やニーズに合った支援を行っています。一例として、トラウマに対する評価や治療として心理士と協働したEMDR(Eye Movement Desensitization and Reprocessing:眼球運動による脱感作と再処理法)などを取り入れているほか、看護部(精神科専門看護師)と協力したケースマネジメントによる心理的支援も計画しています。
EMDR:PTSDに対するエビデンスが確立された心理療法で、トラウマへのアプローチとして注目されている。眼球運動などを取り入れながらトラウマの記憶を想起することで、苦痛を和らげ、適切な記憶の処理を促すことを目指す1。
―うつ・リカバリー外来での診断・治療において西田先生が重視していることを教えてください。
最初に申し上げたとおり、うつ病は多様な背景、さまざまな症状を呈することから、見立てが重要であると考えています。見立てにおいてはまず、標準的な診断プロセスをきちんと踏むことを大切にしています。従来のDSM(精神疾患の診断・統計マニュアル)によるカテゴリー診断は、エビデンスの豊富さや、共通言語としての治療者間の共有性において、依然として不可欠な基盤であると考えられます。不安症や器質的疾患を鑑別し、双極性障害や発達特性の評価を丁寧に行います。必要に応じて心理検査を併用しながら、薬物療法に加えて認知行動療法や経頭蓋磁気刺激(TMS)なども組み合わせつつ、評価と治療を何回も繰り返し見直していきます。
こうした見立てをより客観的に支えるものとして、MBC(Measurement-Based Care)の考え方に基づく評価尺度も取り入れています。特に集中力や認知機能は重要な指標なので、自記式評価と組み合わせ薬物療法の効果判定にも活用しています。ただ、スコアだけでは見えない部分も多く、特にトラウマなどは診療を重ねる中で明らかになることも多いので、実際にどのように生活しているかをできる限り時間をかけて聞き取っていくようにしています。最近教えてもらった、Goal Attainment Scale for Depression(目標達成尺度:GAS-D)の目標設定は、日常の生活に具体的に落とし込める現実的なものであり、新しいmeasurementの手法として注目しています。
一方で、現在の人が行う評価手法だけではどうしてもある一点を切り取るものにとどまってしまうという課題を感じています。その限界を超えるため、私達は、脳波を使って脳の状態の切り替わりを読み解く研究を進めています。
「脳の状態の切り替わりの測定という、その時々の状況に応じた『時間軸の評価』が加わることで、より精度の高い見立てと治療につながるのではなかろうか」
―研究内容を具体的に教えていただけますか。
私たちの思考や感情は、意識的であれ無意識的であれ、一定の時間継続していたり、滑らかに変化したりしているように感じられます。しかし実は、脳波の空間的な電位分布を分析する、マイクロステイト解析を用いて観察すると、実際の脳活動は50〜120ミリ秒というごく短い時間だけ特定のネットワーク状態を保ち、瞬時に別の状態へと切り替わる動きを繰り返していることが分かっています。こうした脳の動きを研究することで、患者さんの頭の中で急速に変動する不安や、否定的な思考を繰り返す反芻など目に見えない心の動きを客観的に捉えられる可能性があります2。
患者さん本人や周囲の人が把握することが難しい、この数十ミリ秒単位の脳状態の切り替え(ネットワークの動態)という瞬間的な「時間軸」の評価が加わることで、「自分や周りには見えていない」思考や感情の動的な変化をより正確にとらえられるようになり、精度の高い見立てと治療につながる可能性があると考えています。
脳機能研究が拓く「真の回復」への道
―脳機能に関する研究の今後の展望についてお聞かせください。
我々の施設では現在、TMSや電気けいれん療法(ECT)といった、ニューロモデュレーション(脳修飾作用)をもつ治療を積極的に導入しています。近い将来の目標としては、この枠組みをさらに広げて、在宅で使用できる微弱な経頭蓋直流電気刺激(tDCS)デバイスによる治療の臨床研究を進めていくことです3。tDCSは、電極を頭皮に装着し微弱な電流で脳の神経細胞の興奮性を変化させることで脳のネットワーク動態そのものに変化をもたらし得ることが示されており4、脳状態に直接アプローチする治療の可能性が示唆されています。働きながらでも実施でき、副作用も比較的少ないことから、薬物療法で急性期を改善した後、うつ・リカバリー外来で提供する「最後の一押し」の治療として位置づけています。特定臨床研究として進め、今後は多施設研究、そして保険収載などにつなげていくことを目指しています。
このアプローチの根底にあるのは、「治す」というのは力ずくで症状を消し去ることではないという考え方です。うつ病の脳内では全体のネットワークのバランスが崩れている状態にあります。木を強引に曲げようとすると折れてしまうのと同じで、ゆっくり、ゆっくりと時間をかけて「脳のバランスを整える」ことが重要で、tDCSをはじめとするニューロモデュレーションは、そのための有力なアプローチのひとつです。
そうした治療を在宅で受けられるようになれば、ニューロモデュレーションによる治療に時間的、距離的制限でアクセスしづらい方でも必要な時に必要な治療を受けられる環境整備につながります。結果として、治療の持続可能性につながると考えています。
「その人なりのバランスを取りながら本来の力を発揮できるよう、メンタルヘルスを『整える』支援をしていきたい」
―最後に、今後の活動を通して先生が実現したい精神医療についてお話ください。
ひとつは、当事者やご家族が望む真の回復を目指すうつ病治療を前進させていくことです。個別化医療を実現するためには、薬物療法でも精神療法でもニューロモデュレーションでも、その方に合っていて効果が見込めるものであれば、幅広く取り入れていくつもりです。
もうひとつ、これは予防医療の分野にもつながる話ですが、不安やストレスとの向き合い方を追究したいと考えています。ストレスや不安は悪いものとして見られがちですが、自分を守る力にもなるので、取り除けばいいという単純な話ではありません。不安に突き動かされるのでもなく、かといって抑制を失うのでもない、その人なりのバランスを取りながら本来の力を発揮できるように、メンタルヘルスを「整える」ための支援をしていけたらと思っています。
取材/撮影:ルンドベック・ジャパン Progress in Mind Japan RC
取材日:2026年4月17日
取材場所:高槻城公園芸術文化劇場(大阪府高槻市)
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