座談会「精神科医療における早期介入と、地域社会との連携」 精神医学クローズアップ Vol.6

ストレス社会とよばれる現在、うつ病をはじめとする精神疾患への対応が世界的に求められ注目されています。2022年10月に開催された座談会では、日本の精神科医療でご活躍されている3人の先生方に、精神科における早期介入と地域社会との連携について議論していただきました。

内田 裕之 先生
(司会・慶應義塾大学医学部 精神・神経科学教室 教授)

根本 隆洋 先生
(東邦大学医学部 精神神経医学講座 教授)

藤井 千代 先生
(国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 地域精神保健・法制度研究部長)

 

内田 本日の座談会にご参加いただき、ありがとうございます。うつ病をはじめとする精神疾患の経済的損失が世界的に問題視されており、わが国でも2013年度から、従来の4疾病(がん、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病)に精神疾患を加えて5疾病と位置づけ医療計画が策定され1、さまざまな対策が進められています。こうした現状を踏まえ、本日の座談会では、社会精神医学的な視点から、精神疾患における早期介入の取り組みと、地域社会との連携のあり方について議論したいと考えております。

 

精神疾患における早期介入の重要性
 

「精神疾患領域について、人と社会の関係や、社会がどうあるべきかは、非常に関心・興味があります」
(内田裕之先生)

 

 

内田 はじめに、うつ病における早期介入の意義や現状についてお話しいただけますか。

根本 以前は精神科の疾患の早期介入といえば統合失調症を主体に検討されていましたが、最近では統合失調症に限らず他のさまざまな精神疾患に対しても、リスクの低い段階から働きかけを行えばより良い予後が望めるということで、早期介入が行われるようになってきています。
特にうつ病は、精神疾患の中では患者数が多く、誰でもなりうる身近な疾患ですから、予防すること、また罹患した際においても速やかに軽快・改善して社会復帰できるようにすることは、国の政策としても最重要課題であると思います。精神疾患の好発年齢である若年者へのアプローチの有効性が注目されており、世界でも取り組みが行われています2

内田 精神疾患の早期介入の1つの政策として、厚生労働省主導で「精神障害にも対応した地域包括ケアシステム(以後 「にも包括」という)」の構築が進められています3。藤井先生は、この構築に尽力しておられますね。

藤井 「にも包括」以前、国が指導している精神保健医療福祉施策のほとんどは「長期入院の人の地域移行」でした。それももちろん重要なのですけれども、まず長期入院を発生させないことを目指していくべきですし、そのためには早期介入が必要だということを、現場でずっと考えていました。「にも包括」において、精神障害の有無や程度にかかわらず必要な人にはケアをしていくという考え方が出てきてから、施策として早期介入にも焦点が当たり始めたのは、1つの大きな前進といえるのではないかと思います。

 

若年者への早期介入を目指した取り組み
 

「精神疾患の早期介入には、これまで様々な取り組みを行ったものの、当事者にアプローチしにくいという課題がありました」
(根本隆洋先生)

 

 

内田 根本先生が中心となって開設された「あだち若者サポートテラスSODA(Support with One-stop care on Demand for Adolescents and young adults in Adachi)」(https://www.soda-adachi.com/home)は、まさしく若年者への早期介入を目指した取り組みですね。
※旧名:ワンストップ相談センターSODA

根本 SODA4は若年者に向けたメンタルヘルスの早期相談・支援窓口で、藤井先生にもご参加いただいた厚生労働科学研究費事業MEICIS(Mental health and Early Intervention in the Community-based Integrated care System)5の一環として、医療法人財団厚生協会と協働して2019年7月に東京都足立区に開設したものです。若年者たちのさまざまな相談を、たらい回しにすることなく「ワンストップ」で受け付けて、必要に応じて各種専門機関への橋渡しを行い、支援の入り口となることを目指したサービスです。精神科医や精神保健福祉士などによる多職種専門チームが対応します。

内田 テレビでも紹介されていましたが、古民家を改装したカフェのようで、入りやすい雰囲気ですね。

根本 精神疾患の早期介入を社会実装するうえでは、アクセスのしやすさが必須です。日本にはこれまでも、例えば保健センターの思春期相談のような窓口はあったのですが、精神疾患のスティグマの問題などから当事者がアプローチしにくく、ニーズに十分応えることができていませんでした。そこで、オーストラリアやシンガポールなど海外の取り組みを参考にして、本人もご家族も気軽に相談できて、かつ専門的な支援にもつながるような地域の窓口を実現しようと考えました。
開所から2022年7月時点で1,000名を超える方から相談が寄せられ、延べ910,000回以上の相談支援を行ってきました。2022年7月1日からは、足立区の委託事業として活動しています。

藤井 私は病院に来る手前の方々と関わることが多いのですが、根本先生が話されたようにメンタルの支援を必要としている人は増えていると感じます。しかしその方々が必要としているものは、必ずしも医療的な支援とは限りません。特に若年者の相談を受けていると、ストレスを多く抱えており、診断はつかないけれどメンタルケアが必要だと感じる場合が非常に多いです。
精神的な不調というのは社会的な背景と密接に関わってきますので、むしろ、医療に入る手前の保健の部分を充実させることが、「にも包括」の肝の1つです。ただし、保健の領域だけでできることには限りがあります。例えば精神科医療によるアセスメントが必要な場面も少なくないので、地域における精神科医療の役割がきわめて重要です6

内田 精神科医療と地域社会が連携していくということですね。システムを構築されているなかで、どのようなことが課題になっているのでしょうか。

藤井 従来の4疾病に精神疾患がプラスされ、ようやく精神疾患についても医療計画が立てられるようになりましたが、まだまだ試行錯誤の段階であることは否めません。医療計画を実現するためには、医療機関がどのように役割分担して地域に貢献していけばよいのかを皆で考えていくことが必要ですが、その体制が整備されておらず、各々ができることをやっているというのが現状です。例えば、地域の拠点になる精神科医療機関をいかに作るかという点についても、現在はまだ機能していません。がん医療やへき地医療、災害医療といった分野では拠点病院が機能しているので、そうした事例から学びつつ、精神科特有の問題も検討していくことが必要だと思います。政策誘導でインセンティブを付けていくことも効果的な手の1つかもしれません。また、大きな医療機関だけでなく、クリニックが地域の中でどのように貢献できるか、といった仕組み作りも大事なのではないかと考えています。

 

社会実装を見据えた精神科教育を
 

「社会や制度を変えるには資源の有効活用が不可欠です。専門医だけでなく非専門家の活用や、様々なチャネルでの情報提供を」
(藤井千代先生)

 

 

内田 今後、ますます重要になると考えられる精神科医療と社会や制度との関わりについて、学生や若手医師に対してどのように教育していくべきか、先生方のお考えをお聞かせください。

根本 以前は、大学病院は学問重視で、大学の診療科の収支やベッドの稼働率などを重視するのはあまり良くないという考え方もあったと思うのですが、私は、医療というものは経済的裏付けがあってはじめて持続可能になるものだと考えています。ですから、社会実装という視点と、実装のためには法令や制度を変えていく必要があるということを若い先生方に繰り返し伝えています。

藤井 研修などの初期教育でいろいろな現場を見てもらえるといいですね。また、この分野の業績について評価方法を見直すことも重要です。社会実装には時間がかかりますし、普及のためには、実践報告をインパクトファクターのある海外雑誌に掲載することにこだわらず、あえて日本語で国内に発信した方が良い場合もあります。そういうことも踏まえて、業績評価の在り方を社会のニーズに合わせて変えていくことが必要ではないかと思っています。

 

ICT(Information and Communication Technology:情報通信技術)の可能性に期待

 

内田 近年は新型コロナウイルス感染症の大流行という未曽有の事態に見舞われましたが、そのような中で、何か気付かれたことなどがあればお話しいただけますか。

藤井 若年者向けの保健相談での印象では多くの学生が調子を崩していて、学校に行けないのは結構なストレスなのだろうと感じました。一方、オンラインでの相談や会議の可能性を実感できたのはよかったと思います。対面とオンラインを選べるようになったことで、地域ケアの可能性が広がりました。

根本 MEICISでは以前から、秋田県を地方過疎地のモデル地区として、ICTを使った遠隔相談のシステム構築に取り組んでいましたが、今や、インターネットを用いた会議・面接システムは当たり前になりました。コロナ禍は非常に大変な時期でもありましたが、それによっていろいろなアクセスのチャンネルが実用的になったという側面は確かにあります。藤井先生がおっしゃったように、今後は対面とICTをうまく組み合わせてやっていくことが重要になると思います。

 

現代型の相互扶助の仕組みと普及啓発

 

内田 最後に、精神疾患や精神障害に関する普及啓発の推進について、先生方のアイデアをお聞かせください。

藤井 専門家だけがメンタルケアを担うのは限界があるので、非専門家の方々の力を活かした現代型の相互扶助の仕組みが必要であると考えています。例えば、厚生労働省では、2021年度から、「心のサポーター養成事業」として、正しい知識と理解に基づき、家族や同僚など身近な人に対してできる範囲での支援を行う「こころサポーター」の養成研修を始めています(https://cocoroaction.jp/7。また、現役の慶應義塾大学生が理事長として運営している「あなたのいばしょ」(https://talkme.jp/)という24時間対応の無料チャット相談8をはじめ、自分たちで支え合いをしていこうという若年者のネットワークがいくつかあります。このようなグループと、SODAのような多職種の専門家がいる組織が必要に応じて連携できるようになると良いと考えています。
その前提としては、まず、多くの人々に精神疾患や精神障害に対する関心をもっていただくことが重要です。10月10日の「世界メンタルヘルスデー」に関連して主催したイベントもその1つです。こうした取り組みを通して、メンタルヘルスに関心をもつ人を少しずつでも増やし、そこから次世代の担い手が育ってくれることを期待しています。

根本 最近実施したアンケート調査結果9から、メンタルヘルスに対する関心は高いのに、不調を来したときにはどこに相談したらよいかわからず、相談することができないと感じている人が非常に多いということを実感しました。SODAに相談に来た人に聞いてみても、「ようやくSODAにたどり着きました」という人が半数以上でした。ニーズはあり、対応するいろいろなサービスも実はあるのですが、その2つがつながっていないのです。
例えば、これは経験豊富なソーシャルワーカーの方に伺ったのですが、役所などにはいろいろな啓発のためのリーフレットが置いてありますが、手に取る人はほとんどいないそうです。皆が見ている前で、「メンタル」と書いてあるものを手にするのはハードルが高いのでしょう。そこで、女性に関するメンタルヘルスのリーフレットを女子トイレの扉の裏に箱を付けて置いておいたところ、通常よりも手に取ってもらえたというエピソードがありました。小さなことかもしれませんが、地域社会の一人一人に対してどうすれば情報が届くのかを考えて、ニーズとサービスをつなげていく必要性を感じました。そう考えると、いろいろな次元で取り組むべき工夫はあるのだと思います。

内田 人と社会の関係は魚と海の関係と同じで、環境が整っていないと元気に過ごせないというところがあるように思います。精神科医療は、究極的には、今あるこの社会をどう良くしていくか、ということにつながるのかもしれません。本日は先生方のお話を伺って、ニーズが出てくるのを待つのではなく、ニーズを掘り起こし、それに対応する方策を考えておられる姿勢に感銘を受けました。ありがとうございました。

 

座談会取材、撮影:ルンドベック・ジャパン Progress in Mind Japan RC
取材日:2022年10月11日
場所:ホテルローズガーデン新宿(東京都新宿区)

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お話の内容は、すべての患者様や医療従事者に当てはまるものではなく、またそれらの内容は弊社の公式見解として保証するものではありません。

参考文献

  1. 厚生労働省:第五回 医療計画の見直し等に関する検討会
    https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000139038.html (2022年12月7日閲覧)
  2. Hetrick SE, et al.: Med J Aust. 2017; 207(10): S5-S18.
  3. 厚生労働省:これからの精神保健医療福祉のあり方に関する検討会 報告書 2016
    https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000152029.html (2022年12月7日閲覧)
  4. 根本隆洋ほか:Depression Strategy 2021; 11(1): 13-16.
  5. 根本隆洋:臨床精神医学 2020; 49(2): 195-202. 
  6. 藤井千代:日精協誌 2021; 40(2): 101-107.
  7. 久我弘典ほか:臨床精神医学 2021; 50(9): 949-955.
  8. あなたのいばしょチャット相談【厚生労働省支援情報検索サイト登録窓口】
    https://talkme.jp/ (2022年12月7日閲覧)
  9. Uchino T, et al.: Needs of early intervention services in community based integrated mental health care systems in Japan. (under review)
    https://www.researchsquare.com/article/rs-2243084/v1 (2022年12月7日閲覧)