うつ病診療におけるShared decision making(SDM)の普及と展望~うつ病治療ガイドのもつ意義~ 精神医学クローズアップ Vol.4

坪井 貴嗣 先生(杏林大学医学部精神神経科学教室 准教授)

Shared decision making(SDM)は、治療選択において医療者が複数の選択肢とそのメリット・デメリットを紹介し、当事者や家族、医療者の双方向のコミュニケーションを通じて治療を決定していく手法です。近年うつ病診療においては、SDMの実践のためのDecision Aid(DA)の検討が積極的になされています。今回、DAとしての活用が期待されている『当事者・家族のためのわかりやすいうつ病治療ガイド』1(以下、うつ病治療ガイド)作成において中心的な役割を果たされた杏林大学医学部精神神経科学教室 准教授 坪井貴嗣先生に、うつ病診療におけるSDMの普及と展望について伺いました。

―SDMにおけるDAとしての活用が期待されるうつ病治療ガイドの発刊の背景にある、うつ病診療、ひいては精神科医療の課題について、先生のお考えをお聴かせください。

『日本うつ病学会治療ガイドラインⅡ.うつ病(DSM-5)/大うつ病性障害 2016』2(以下、うつ病治療GL)は初版が2012年に発表され、2回の改訂を経たのちに、2019年には序文に「本書はこの SDMをより円滑に進めるための情報提供の役割も担う」とSDMに関する記載が追加されました。改訂によりそれまで言及されていなかった睡眠障害や児童・思春期への対応などが記載され、当事者のアンメットニーズが満たされつつあり、さらにSDMに活用できるようWebで公開もされています。しかし、実臨床におけるうつ病治療GLの普及は十分とはいえないと感じています。GLで推奨されていない治療法や「患者さんが希望したから」という理由による適切でない薬剤処方が臨床現場では時に行われており、残念ながらうつ病治療の均てん化には至っていない現状があります。Evidence Based Medicine(EBM)でない治療が行われることによる治療期間の長期化や多剤併用は、当事者に不利益なだけでなく本邦の医療費の増大にもつながるため、介入すべき課題だと考えていました。

またSDMについては、言葉自体は普及しているものの、実施内容については施設・医療者間で差があると感じています。例えばSDMを、患者さんへ治療方針を丁寧に説明し理解を得ることだと認識している医療者や、当事者が医療者を信頼し治療方針を「お任せ」することだと認識している医療者もいるようです。確かに、当事者が治療方針を医療者に「お任せ」することは、当事者と医療者の間の信頼関係の表れでもあります。しかしながら、この「お任せ」については注意が必要だと考えています。なぜなら「お任せ」せざるを得なかった当事者もいると、臨床で感じることがあるためです。うつ病治療経験者2,020名を対象とした国内のWebサーベイ(調査期間:2010年12月7日~13日)では、対象者の70.2%が「医療者に本当のことを言わなかった経験がある」と回答しており、その理由として、「話しにくい」(49.0%)、「話しても真剣に受け止めてもらえないと思った」(36.5%)などを挙げています3。特に、病状がまさに良くない当事者が、主体的に自身の症状や治療方針について発言するのは難しいと思います。医療者はそのような当事者の状況や心情を配慮して、疑問や反対意見を述べやすい環境づくりを行い、当事者の気持ちを汲みとる必要があります。そういった環境づくりや気持ちを汲みとる力が不足しているために、当事者に「お任せ」と言わせてしまっている可能性もあると考えています。

上述した課題を解決し、うつ病治療の均てん化やSDMの普及を図るためには、医療者と当事者双方にとっての、「うつ病治療の指標」になるようなものが必要だと考えました。しかし、うつ病治療GLはあくまで医療者向けであり、当事者にとっては理解が困難な内容も多く掲載されています。そうした背景から、当事者・家族向けに内容を構成したうつ病治療ガイド作成の発案に至りました。

―うつ病治療ガイドは特定非営利活動法人 地域精神保健福祉機構COMHBO(COmmunity Mental Health & welfare Bonding Organization)*の賛助会員向け機関誌「こころの元気+」**で2017年8月号より連載されたうつ病治療GLの解説記事をベースとして作成されていますが、本誌で解説記事を執筆された経緯や注意されたことについて教えてください。

私は、2016年の国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の研究課題として採択された「うつ病性障害における包括的治療ガイドラインの標準化および普及に関する研究」(研究開発代表者:杏林大学医学部精神神経科学教室 渡邊衡一郎)のうち、「当事者・家族に向けたガイドラインの開発」の研究分担者として参画していました。日本医療機能評価機構事業の一環であるEBM普及推進事業(Minds)では、「患者向けガイドラインは、医療者向けに作成された診療ガイドラインの推奨をわかりやすく『翻訳』し、患者・市民が理解し用いることができるようにしたもの」4と定義しているため、当初はうつ病治療GLを「翻訳」したものの作成を検討していました。

ちょうどそのころ、AMEDの研究への協力を仰いだことをきっかけに親交のあったCOMHBO の機関誌「こころの元気+」において、うつ病治療GLの解説記事執筆のお話をいただきました。本企画についてCOMHBOの担当者と議論を重ねるなかで、ただうつ病治療GLを「翻訳」するのではなく、本企画のシリーズタイトルを「でも先生、ガイドラインにはこう書いてあるんですが…」として、当事者や家族が医療者に疑問や反対意見を述べやすくなるような内容を目指し、連載に着手することになりました。

内容については「こころの元気+」のバックナンバーを参考に、当事者や家族が受け入れやすいであろう視点や分かりやすい表現を用いるだけでなく、イラストや図を多用し、理解しやすいよう注意して執筆を行いました。

*特定非営利活動法人 地域精神保健福祉機構COMHBO(COmmunity Mental Health & welfare Bonding Organization)は、リカバリー理念の普及や科学的根拠に基づくプログラムを推進する啓発事業を行う5

** 「こころの元気+」は、COMHBO企画・制作のメンタルヘルス情報誌。統合失調症、うつ病、双極性障害、発達障害などをもつ当事者や家族、支援者、医療者に対して幅広い情報を掲載6

―2022年4月に発刊されたうつ病治療ガイドですが、作成時に注力されたことや印象的だったことはありますでしょうか。

上述のように、うつ病治療ガイドは2016年のAMEDの研究課題の一環として、日本うつ病学会の「当事者のためのガイド小委員会」を中心として作成が進められました。内容は「こころの元気+」の連載記事をベースとしていますが、より多角的な視点を取り入れるため、うつ病治療GL執筆者の先生方に、連載記事を全て監修していただきました。GL執筆者の視点から内容や表現方法についての精査・アドバイスをいただき、内容をブラッシュアップさせていきました。また、今回の研究で調査した内容から当事者の質問や意見を抽出し、同じくGL執筆者の先生方にエビデンスや経験に基づいた回答をいただきました。さらに、当事者団体の方々にも執筆内容全般に対してご意見を求め、その内容や表現方法の修正を行いました。そのなかで印象的だったのが、「心理教育」という表現についてです。我々医療者は良かれと思ってその表現を使っておりましたが、一方で当事者は「心理教育」と聞くと自身が「再教育」されているようなネガティブな印象を抱くという意見をいただきました。最終的に「心理教育」はテクニカルタームであるため、今回変更は行いませんでしたが、当事者のリアルな声を聴く貴重な機会となりました。こうして、連載記事に当事者や医療者のあらゆる視点・意見が加わったうつ病治療ガイドが発刊されたことで、当事者・医療者それぞれにとってよいものができたと自負しています。

―うつ病治療ガイドをDAとしてSDMを実践する際の活用方法や注意すべき点について教えてください。また、SDMの実践により当事者・家族、そして医療者にどのような意義をもたらすとお考えですか。

うつ病治療ガイドをDAとしてSDMを行う場合、医療者はうつ病治療ガイドの内容を全て把握しておく必要があると考えています。「SDM実践は時間を要する」という懸念がSDMの普及の障壁となっている場合もあるようですが、優れたDAは当事者の判断をサポートし、説明に要する時間を短縮してくれると考えています7。しかし、医療者がDAの内容を把握していないと効率的なSDMは行えないため、まずは予めうつ病治療ガイドの内容を把握することが必要になります。

私がうつ病治療ガイドをDAとしてSDMを行う場合は、2回目以降の診察時から積極的に活用しています。例えば、初めて精神科に来院された当事者にとって、診立てやその後の治療継続には初診こそが重要だと考えているため、30~60分を費やして当事者のつらさを労うとともに情報収集や信頼関係の構築に注力します。初診だけで当事者の全てを把握することは困難ですが、十分時間をかけることで大まかな方向性を共有することができます。そして初診時の最後にうつ病治療ガイドの紹介や今後の治療方針の説明を簡単に行い、2回目以降の診察から本格的にうつ病治療ガイドを用いたSDMを行います。2回目の診察では、その当事者が読むべきうつ病治療ガイドのページを、初診時に得た情報からピックアップし、印をつけたり、説明を書き加えたりして、自宅で読んできてもらうようお伝えします。こうすることで、当事者が得るべき正しい情報を診察時に全て説明する必要なく、効率的に提供することが可能となります。こうして3回目以降の診察・SDMの際には、なぜ医療者がこの治療を勧めるのかなど、2回目で共有したDAの解説箇所を予め読んでもらっているため、SDMにおける対話や当事者の理解がスムーズだと感じています。

もちろん重症度や当事者の希望次第で上記のようにスムーズにいかないこともありますが、多くのケースではうつ病治療ガイドをDAとして活用することで、効率的かつ充実したSDMを行うことができていると考えています。充実したSDMの実践はパーソナル・リカバリーの実現だけでなく、当事者が納得したうえで治療の継続ができるためアドヒアランスの向上にもつながる可能性があります。

―うつ病治療ガイドやうつ病治療GL、そしてDAを活用したSDMの普及により期待されるうつ病診療の今後の展望について、先生のお考えをお聴かせください。

繰り返しになりますが、うつ病治療ガイド作成にあたって、新たに日本うつ病学会では、「当事者のためのガイド小委員会」を設置しました。今後はうつ病だけでなく、全ての精神疾患に当事者・家族向けのガイドが作成されたらよいという思いからです。精神科領域において、当事者・家族向けのガイドの作成・使用が推進されるように、「当事者のためのガイド小委員会」の一員として、今後のさらなる活動につなげていきたいと考えています。

またうつ病治療GLにおいても、『Minds 診療ガイドライン作成マニュアル2020』で「診療ガイドラインは医療者からの視点だけではなく、当該疾患に罹患した経験のある人や家族などの視点を反映することが求められる」8と記載があるように、次回改訂時には当事者からの意見を取り入れることで、「真のガイドライン」に近づけばよいと考えています。

全国の 270 以上の精神科医療施設が参加する「精神科医療の普及と教育に対するガイドラインの効果に関する研究」であるEGUIDE (Effectiveness of GUIdeline for Dissemination and Education in psychiatric treatment)プロジェクトや日本うつ病学会総会をはじめとした様々な場面を通じて、うつ病治療GLとうつ病治療ガイドがさらに臨床に普及し、正しいSDM実践やうつ病治療の均てん化が推進されることにも期待を寄せています。

医療者は、精神医療の専門家である一方で、当事者や家族に最も寄り添うべき立場でもあります。そのため、治療の判断に悩む場面や不安を抱く場面も多くあると思います。そんな医療者にとって、うつ病治療GLやうつ病治療ガイドは医療者をサポートしてくれる「味方」のような存在になり得ると感じています。そういった「味方」を参考・活用し、日々の臨床では目の前の当事者や家族に対して、真摯によりよい医療を提供してほしいと思います。

 

取材:ルンドベック・ジャパン Progress in Mind Japan RC
取材日:2022年5月25日
取材場所:ルンドベック・ジャパン株式会社

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参考文献
  1. 日本うつ病学会, 当事者のためのガイド小委員会. 当事者・家族のためのわかりやすいうつ病治療ガイド. 認定NPO法人地域精神保健福祉機構.
  2. 日本うつ病学会. 日本うつ病学会治療ガイドライン Ⅱ.うつ病(DSM-5)/ 大うつ病性障害 2016.
  3. Sawada N, et al. J Clin Psychiatry. 2012 Mar;73(3):311-7.
  4. 矢口 明子. G-I-N PUBLIC Toolkit 改訂および患者向けガイドラインの作成方法について. https://minds.jcqhc.or.jp/docs/minds/guideline/report/yaguchi_201701.pdf (2022年7月13日閲覧)
  5. 特定非営利活動法人 地域精神保健福祉機構COMHBO HP https://www.comhbo.net/?page_id=31748(2022年7月13日閲覧)
  6. 特定非営利活動法人 地域精神保健福祉機構COMHBO HP ComhboIntros2020-09ver.pdf (2022年7月13日閲覧)
  7. 渡邊衡一郎. 臨床精神薬理. 2022; 25:2: 181-91.
  8. Minds診療ガイドライン作成マニュアル編集委員会. Minds 診療ガイドライン作成マニュアル2020 ver. 3.0
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