子ども・若者の抑うつ、自殺防止(前編)分子研究や臨床研究に基づく、個々の環境や背景に踏み込んだケアの重要性 精神医学クローズアップVol.29

わが国における10代と20代の死亡原因の第1位は自殺です1。自殺が10代の死亡原因の第1位となっているのはG7のなかで日本が唯一であり1、非常に深刻な状況と言えます。

本対談では、内閣府のムーンショット型研究開発事業において「子どもや若者の虐待・抑うつ・自殺ゼロ化社会」プロジェクトのプロジェクトマネージャーを務める菱本明豊先生と、ひきこもりの世界的研究者で精神疾患におけるミクログリアの基礎研究にも取り組んでおられる加藤隆弘先生に、子ども・若者の抑うつや自殺防止をテーマに議論いただきました。

前編では、抑うつや自殺に関する分子生物学的研究や臨床研究についてお話しいただきました。

菱本 明豊 先生
(神戸大学大学院医学系研究科 精神医学分野 教授)

加藤 隆弘 先生
(北海道大学大学院医学研究院 神経病態学分野精神医学教室 教授)

 

「アメリカに留学し社会的背景の違いを理解したことで、当時のDSMをそのまま日本で適用すると、ひきこもりの人が救われないことに気づいた」(加藤先生)

加藤先生

 

現在の研究テーマとの出会いと原点

菱本 今日は、日本の子どもや若者のメンタルヘルスをテーマに、精神科医としての視点から、課題や介入のあり方、さらには分子生物学的研究から社会実装まで幅広くお話しできればと思います。加藤先生は長くひきこもりの研究をされていて、生物学的研究から臨床診断まで幅広く活動をされています。はじめに、加藤先生がひきこもりの研究を始められたきっかけを教えていただけますか。

加藤 医学部を卒業後、精神分析や集団精神療法を学んでいたのですが、精神分析で最初に担当したケースがひきこもりの患者さんでした。その方は最終的に11年ほどかけて社会復帰されたのですが、その経験を通じてひきこもり支援の重要性を実感したのが始まりです。ただ正直なところ、そのときはバイオロジーの研究についてはまったく考えていませんでした。

その後、大学に戻って脳内免疫細胞であるミクログリアへの抗精神病薬の影響に関する基礎薬理研究にも取り組んでいましたが、アメリカへの留学が第二の転機となりました。文化的な差もあるのでしょうが、アメリカでは「ひきこもり」という概念自体が全く話題になっておらず、当時はDSM(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)にも掲載されていませんでした。しかし、日本には多くのひきこもりの方がいて、さまざまな問題を抱えています。彼らは非常に傷つきやすく、その背景には日本の教育の影響などもあります。現在の学校教育では子どもたちにあまり失敗をさせませんが、社会に出たら誰もが失敗を経験するものです。初めての失敗体験のため、周囲からすれば大したことがないような出来事でも大きく傷つき、時にはトラウマになってしまって、会社を辞めてしまうケースもあります。そうした社会的背景もひきこもりにつながっていると言えるでしょう。

こうした背景から、当時のDSMを日本にそのまま適用すると、ひきこもりの人が診療体系の外に置かれてしまって救われないことに気づきました。ならば自分が「日本人のための精神医療」をやろうと思い、帰国後は、ひきこもり度を評価できる自記式質問票の開発や、ひきこもり専門外来を立ち上げるといった活動を始めました2

菱本 もともとは臨床に軸足を置かれていたのですね。私も現在取り組んでいる自殺の遺伝学的研究を始める前は、精神病理学に5年ほどどっぷり漬かっていました。今でも、精神分析や精神病理の視点は私の原点になっています。

加藤先生が開発されたひきこもりの診断評価ツールでは、併存疾患の有無を問わず、6か月以上外に出ないことや、本人または周囲の苦悩あるいは機能障害を有していることなどに該当すれば、病的ひきこもりと診断できます3。また、3か月以上外に出ない人を「プレひきこもり」として定義された3ことも、早期介入が可能となるため非常に有意義だと思います。

こうしたツールが普及して、対策の必要性が認知されていくことを期待しています。子どもや若者のメンタルケアについては社会としてエビデンスをまとめ、支援に向けた環境を醸成していく必要があります。そのためにも私たちは研究者として自分たちの研究内容を広く社会に発信していくことが求められていると改めて感じました。

 

「以前から自殺とセロトニンの関係は指摘されていたが、キヌレニンも強く関係している可能性がある」(菱本先生)

菱本先生

 

うつ病と自殺の生物学的基盤

菱本 続いて、分子生物学的研究の話題に移ります。ひきこもり状態が続く方々は、脳と身体とのインタラクションに何らかの不具合が生じていると考えられます。ひきこもりの生物学的基盤について、どのようなことがわかっているのでしょう。

加藤 私たちが行った小規模のパイロット調査で、うつ病でひきこもりの人は、うつ病でひきこもり状態にない人と比較して、高感度CRPの値が高くなっていました3。つまり、うつを伴うひきこもりでは体内の炎症反応が強まっている可能性があります。

さらに、ひきこもり者をフォローした前向き研究をしているのですが、ひきこもりからの回復度合いとトリプトファン-キヌレニン系(セロトニンの副経路にあたる物質)の増減が関連しているのではという萌芽的な知見を得ています(未公開)。
 

菱本 キヌレニンは自殺との関連でも注目されています。なぜトリプトファン-キヌレニン系が増減するのかまでは解明されていませんが、自殺未遂者でキヌレニンが上昇していたという報告があります4。以前から自殺とセロトニンの関係は指摘されていましたが、キヌレニンも強く関係している可能性があります。

加藤 そのキヌレニン系を悪性に傾けるのが脳内の免疫細胞であるミクログリアですから、自殺が免疫と関係している可能性もありそうですね。私たちの研究でも、血中のキヌレニン系代謝物が自殺念慮と関連していました5

菱本 昔からうつ病の方は自殺しやすいと言われていますが、うつ病から自殺に至る人もいれば、そうでない人も多くいます。つまり、うつ病イコール自殺ではなく、うつ病の中でも自殺リスクが高い群が存在すると考えられます。私たちはその背景にある遺伝的要因や体質的素因を探っていて、自殺行動も他の疾患と同様にPolygenic Risk要因を有することが分かってきました6。多数の遺伝子(SNPなど)が複合的に関わる病気(多因子疾患)の発症のしやすさを、遺伝情報から総合的に数値化したポリジェニックリスクスコア(Polygenic Risk Score)によって自殺のリスクが判定できれば、予防につながります。ただ、最終的には環境要因などが重なってトリガーが引かれるため、個々の環境や背景にも目を向けたケアが必要だと考えています。

 

「子どもや若者の自殺やうつを予防するには、生育歴や環境要因にまで踏み込んで支援する必要がある」(菱本先生)

 

子ども・若者の抑うつ、
自殺防止に向けた臨床での取り組み

菱本 ひきこもりと精神疾患、自殺の関係については、どのようにお考えですか。

加藤 持論ではありますが、ひきこもりはつらい状況からの逃避の手段であり、究極的な逃げ場所は自殺だと言えるのではないでしょうか。ですから、ひきこもり行動と自殺には関係がありそうだと私自身は考えています。

ひきこもりと精神疾患、自殺の関係について、特にポストコロナ時代においては、ひきこもり状態が病的かそうでないかを適切に見極める必要があると考えています。物理的にひきこもりであってもうつ病などの精神疾患を伴わず、本人または周囲の苦悩あるいは機能障害を有していないケースを私は「幸せな(非病的)ひきこもり」と定義しています7

一方で実際には、精神疾患を抱えるひきこもりの方も少なくありません。私たちがDSM-IVに基づく構造化診断面接を用いて調査したところ、ひきこもり者の7割程度がうつ病、回避性パーソナリティ障害、妄想性パーソナリティ障害、社交不安障害、気分変調性障害、心的外傷後ストレス障害(PTSD)といったさまざまな精神疾患を合併していました3。診断閾値未満のグレーゾーンを含めると、7~8割が精神医学的な問題を抱えていると考えられます。特に、「ディスチミア親和型うつ病」、いわゆる「新型/現代型うつ」のようにうつ病の診断がつきにくい人たちは、医療機関を受診しても「病気ではない」と言われて支援につながらず、学校や職場に行けない状態が長期化することもあります。うつの兆候が見えた段階で、早期になんらかの支援を提供することが重要です。
 

菱本 うつ病と診断されず、支援が得られないままひきこもりに移行するケースも多いということですね。現在、俗に新宿・歌舞伎町界隈の「トー横」と呼ばれるような繁華街スポットをたまり場としている子どもたちが社会問題化しています。彼らは家庭や学校には居場所がないと感じているものの、「トー横」のような繁華街スポットでコミュニティをつくって居場所を見つけ、守られているのです。彼らへの支援なしに無理やり解散させたら、逃避行動としてひきこもりや自殺につながってしまう懸念もあります。

子どもや若者がうつになる背景にはどのような要因があるのでしょうか。

加藤 ひきこもりの方を対象に、小児期の虐待、新型うつ病特性、身体的孤立(物理的ひきこもり)の関係を多群パス解析で調べたところ、幼少期の虐待が新型うつ的な気質を形成し、それがひきこもりや自殺傾向につながるという関連が見えてきました8

菱本 やはり、幼少期の体験が大きく影響するのですね。私たちも現在、内閣府が主導するJSTムーンショット研究の一環として、「2050年までに自殺や抑うつ、虐待をゼロにする」ことを目指すプロジェクトに取り組んでいますが、そこでも、幼少期の虐待がその後の抑うつや自殺行動に深く関わっていることを示唆する結果が出ています9,10

以前はうつ病というのは40代と60代の二峰性に発症すると言われていましたが、2000年前後には20~30代の若い世代に多く見られるディスチミア親和型うつ病の存在が明らかにされました。社会の変化に伴い、現在では10代で社会に適応できずうつ状態を呈する子どもたちもいます。その背景には生育環境や子どもの感受性、神経発達症などさまざまな要因が存在しています。子どもや若者の自殺やうつを予防するには、生育歴や環境要因にも踏み込んで支援を考える必要があると感じています。

(後編へ続く)

 

 

 

<プロフィール>

菱本 明豊 先生
神戸大学大学院医学系研究科 精神医学分野 教授

1996年、神戸大学医学部卒業。その後、神戸大学医学部精神科に入局。米国国立衛生研究所、薬物乱用研究所客員研究員、神戸大学大学院医学研究科精神医学分野講師、横浜市立大学大学院医学研究科精神医学部門主任教授を経て、2023年より現職。専門はうつ病、依存症、児童・思春期のメンタルヘルス、司法精神医学。日本生物学的精神医学会評議員、日本うつ病学会監事、日本統合失調症学会評議員、日本精神科診断学会理事。

加藤 隆弘 先生
北海道大学大学院医学研究院 神経病態学分野精神医学教室 教授

2000年、九州大学医学部卒業。その後、九州大学医学部精神科に入局。日本学術振興会特別研究員、九州大学先端融合医療レドックスナビ研究拠点特任助教、精神科分子細胞研究室グループ長、米国ジョンズホプキンス大学精神科 日本学術振興会「日米脳」研究員、九州大学先端融合医療レドックスナビ研究拠点特任准教授、九州大学病院精神科・神経科講師、九州大学大学院医学研究院精神病態医学准教授を経て、2025年より現職。専門は気分障害、ひきこもり、精神分析、集団精神療法、精神免疫学、デジタル精神医学。日本生物学的精神医学会理事、日本精神分析学会医療問題委員長、日本精神分析協会運営委員、アジア精神医学会(AFPA)President-Elect。
 

 

取材/撮影:ルンドベック・ジャパン Progress in Mind Japan RC
取材日:2025年10月30日
取材場所: ルンドベック・ジャパン株式会社(東京都港区)

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参考文献

  1. 厚生労働省:令和7年版自殺対策白書. https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsu… (2025年12月12日閲覧)
  2. 加藤隆弘: みんなのひきこもりー繋がり時代の処世術. 2020; 木立の文庫(京都)
  3. 加藤隆弘: 医学のあゆみ. 2024; 288(7): 555-562.
  4. M Elizabeth Sublette, et al.: Brain Behav Immun. 2011; 25(6): 1272-1278.
  5. Setoyama D, et al.: PLoS One. 2016; 11(12): e0165267.
  6. 菱本明豊:横浜医学.2021; 72, 83-87.
  7. 加藤隆弘:日精協誌. 2025; 44(11): 1115-1122.
  8. Masuda R, et al.: Journal of Affective Disorders. 2024; 360: 50-54.
  9. 国立研究開発法人科学技術振興機構:菱本明豊PM 成果概要. https://www.jst.go.jp/moonshot/program/goal9/files/9F_hishimoto_ap.pdf(2025年12月12日閲覧)
  10. 国立研究開発法人科学技術振興機構:実施状況報告書 2023年度版(菱本 明豊). https://www.jst.go.jp/moonshot/program/goal9/files/9F_hishimoto_report2…(2025年12月12日閲覧)