COVID-19第一波感染拡大下における都立松沢病院の取り組み~COVID-19感染拡大を精神科医の視点で考える Vol.9
齋藤 正彦先生(東京都立松沢病院 院長)
2020年4~5月のCOVID-19感染拡大第一波の時期に院内体制を整備し、「医師や看護師の指示に従えない、安静にできないCOVID-19感染の認知症/精神科患者さんを引き受けるのが都立松沢病院の使命」のお考えのもとに、診療の陣頭指揮にあたった東京都立松沢病院の齋藤正彦先生が2021年3月にご退官されます。ご退官前に今回のご経験を踏まえての全国の精神科診療施設へのメッセージをいただきました。
―松沢病院では感染拡大第一波の時期からCOVID-19陽性患者さんを多く受け入れています。当時の状況と齋藤先生のご判断についてお聞かせください。
2012年に都立松沢病院病院長に就任して8年間を経た2020年初めには「最後の1年をどう過ごそうか」と考えていましたが、思いがけないCOVID-19パンデミックのなかでそんな余裕はなくなっていました。「感染症発症患者さんは、精神疾患の有無にかかわらず、感染症専門医療機関で診療を受けるべき」は正論ですが、実際には徘徊する認知症患者さんや医師の指示を守るのが難しい統合失調症の患者さんなどは一般病院では診ることが難しく、当院へ照会が相次いだため、2月中旬から当院で精神疾患を有するCOVID-19陽性患者さんの受け入れ準備を始めました。
3月初旬の各部署の責任者が集まる定例会議において、私は「一般の病院が『受け入れは難しい』と躊躇している精神科患者さんを受け入れることが税金で運営されている都立松沢病院の使命であり、納税者にも納得していただける医療の提供」と説明し、職員の理解と協力を得ました。精神科患者さんが感染し、一般の病院で治療できなければ、松沢病院は積極的に治療を引き受けなければならないのです。
―ご著書『都立松沢病院の挑戦』1には、院長ご就任から時間をかけて職員の意識改革に取り組まれたことがつぶさに記されています。この9年間に先生が取り組まれてきたことが結実したと言えそうですね。
クルーズ船における感染報道の頃から危機意識をもって事態の推移を見守っていた職員が早くから準備してくれたおかげと考えています。皆が納得して取り組んでくれたのであり、特に3月に異動した看護部長が整備計画を進めてくれたおかげで、4月に新任した看護部長がうまく引き継げたことは大きかったですね。
当初は結核病棟の陰圧室18床を感染者用に転用していましたが、COVID-19が空気感染しないことがわかってからは、それ以外の病床も追加し27床まで増やしました。また、保健所の対応が遅いことで、院内にPCR検査体制を整えました。
COVID-19に対応する内科医は5名いますが、感染症指定病院ではない当院ではこうした人員確保は容易ではありません。個人防護具(PPE)やサージカルマスクの入手も困難でした。こうしたなかで他院から引き受けた患者さんの数は瞬く間に増加し、2021年1月半ばまでに130人を超えるCOVID-19陽性患者さんを入院させ、1,000人近い疑い患者さんの検査や治療に当たりました。陽性患者さんの病棟は他の病棟と隔離したことで、COVID-19対応を行いながら病院全体のパフォーマンスを維持できました。病院職員および協力企業のスタッフは本当によく頑張ってくれたと感謝しています。
紹介元施設も混乱していたことで、紹介状の記載も十分でなく、病状がよくわからない方も少なくありませんでしたが、職員が紹介元まで出向いて「松沢病院が必要としているのはこうした情報です」「明日は症状の重いAさんを先に送ってください。Bさんは明後日にお願いします」などと具体的に説明することで転院も円滑に運びました。当院職員が紹介元施設のゾーニングなど感染対策のお手伝いをしたことも信頼感の醸成に役立ったと思っています。8月にはNHKが当院の取り組みについてのドキュメントを放映しました2。
―6月には初めて職員の感染が確認され、すみやかに情報公開して、当該職員を勤務から外しています。
職員は2021年1月半ばまでに7人感染しています。ただ、確実に院内で患者さんから職員へ、また、職員から患者さんへ感染したとわかっている例はありません。
市中感染が広がるなかでの感染は防げないこともあり、また、患者さんから感染したとしても、精神科患者さんは疾患特性から一般に比べて感染拡大予防対策が十分にコントロールしにくい状態にあり、事実、いくつかの精神科施設で院内感染が発生しています。第一線でこうした患者さんを診る医療従事者が、十分に注意したつもりでも感染してしまうのは十分にあり得ることであり、感染したこと自体を責めることはできません。私も3月までは「感染しないように」と言っていましたが、4月からは方針を変え、自分が感染していることを考えて、マスクを着ける、大声で会話しないなど、感染を広げない対策を徹底させました。精神科医療は身体的な接触がほとんどないため、診療ごとの手指衛生などはそれほど厳格ではありませんでしたが、COVID-19感染症対策として、患者さん1人の対応ごとに手洗い、手指衛生、環境消毒を強化しました。
医療従事者への、あってはならない差別が問題視される以前の5月末に当院では、協力企業のスタッフも含めた全職員に「同僚が感染したとしたら、あなたはどう思いますか?」などのアンケートを行いました。その結果、やはり「差別してはならないことはわかっているけれども、そうはいかないだろう」との回答が多かったことから、当院の産業医がこまめに研修会を開き、最新の知見を伝えることで職員の不安解消に努めました。
また、私を含めて全職員が毎日の行動を記録し、感染が確認された場合に「誰と接触したか」「どの会議に参加していたか」がわかるシステムを導入しました。これによって感染者行動が速やかにわかります。
―現在も先生は病院ホームページで、患者さんと地域に向けて定期的にビデオメッセージを発しておられます。
1本目である「新型コロナウイルスへの感染防止のため、東京都立松沢病院 齋藤院長から外来患者さんへのお願いです」3は電話診療に切り替えたことで顔を見ることができなくなった患者さんに向けて発信しました。これ以降、「東京都立松沢病院 齋藤院長から患者さんとご家族の方へのお願いです」4、「精神科病院とCOVID-19 継続する課題」5などのメッセージを発信しており、ホームページでいつでも視聴できます。患者さんと地域や社会の信頼を得るためには、尋ねられる前に情報を開示することが非常に重要なのです。
―冬には第三波がやってくることが危惧されています。精神科診療施設はどのように備えるべきか、今回のご経験を踏まえてのアドバイスをお願いします。
精神科患者さんのなかには、自宅に閉じこもること自体が幻聴や幻視にさいなまれるリスクになることがあります。また、経済的にゆとりのない患者さんには、密を避ける環境を保つこと自体が難しいと想定されます。つまり、我々がケアしている方々は感染リスクが高い可能性があるということを改めて認識する必要があります。
我々は「あなたが重症な肺炎になるといけないから」「他の人に感染させるといけないから」と丁寧に説得して自宅や施設内にとどまるように指導を続ける必要があります。ただ、これも成功する例もあれば、しない例もあるでしょう。こうした指導は、感染が終息するまで徹底して繰り返し行い、方針を貫くところと変えていくところをリーダーが適切に判断し、指示・指導していく必要があると思います。
インタビュー(取材、撮影):ルンドベック・ジャパン Progress in Mind Japan RC
取材日:2020年12月1日(2021年1月18日時点の情勢に基づき加筆・修正しました)
取材場所:東京都立松沢病院
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