新型コロナウイルス感染症がもたらすデイケアへの影響~COVID-19感染拡大を精神科医の視点で考える Vol.8

石郷岡 純先生(医療法人石郷岡病院 理事長)

精神科デイケアの現場では、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大によって、提供するプログラムについて感染予防の観点から見直しや変更を行う工夫を余儀なくされています。一方、精神疾患を抱える患者さんのみならず、一般の人でも先行きが見えない漠然とした不安から何かとストレスを感じるコロナ禍では、行動や活動の制限がある中でのストレスコーピングにも工夫が必要になっています。千葉県千葉市で地域の精神医療に貢献してきた医療法人石郷岡病院の理事長・石郷岡純先生に、これらの諸問題への取り組みについてお話を伺いました。

―COVID-19の拡大に伴って、精神疾患を有する患者さんを対象としたデイケアへの影響は出ていますか。

2020年4~5月の緊急事態宣言が発令されていた頃は、以前は週に2~3回当施設のデイケアを利用していた患者さんで、しばらく利用を中断した方も見受けられました。現在は、それらの患者さんも緊急事態宣言以前と同様に利用を再開しています。ただ、ソーシャルディスタンスの確保を目的に、1回のプログラムへの参加人数を絞っているため、患者さん1人あたりのプログラム参加回数は減っています。また、エクササイズなどのプログラムを少なくした影響で、患者さんの身体活動量が低下している傾向があります。
以前は、カラオケやレストランでの食事会、貸し切りバスを利用しての日帰り旅行など、比較的大人数で患者さん同士触れあえるプログラムが人気を集めていました。そのなかでも一番人気であったカラオケは、カラオケ店でのCOVID-19クラスターの発生が報道されて以降、控えています。レストランでの食事会は、ソーシャルディスタンスや人数制限を考慮し、できる範囲内での少人数での食事会にとどめています。貸し切りバスを利用しての日帰り旅行は、車内での密や、出かけた先での密を回避しにくいため、取りやめざるを得ない状況です。結果として、当施設のプログラムを楽しみに参加していた患者さんからは、「昔はワイワイにぎやかにやっていたのに、人数が少なくなり少し寂しい」といった声が聞かれるようになりました。

―そのような中で、プログラムを行う上で工夫されていらっしゃることがあれば教えていただけますか。

なるべく多くの患者さんが少人数で密を避けつつも楽しめるように、これまでに行っていたプログラムの見直しと多様化を図りました。そのために、以前は主に精神科ソーシャルワーカーと看護師がプログラムを考えていましたが、作業療法士や臨床心理士も加わり、多職種共同でプログラムを作成するようになりました。各職種ならではの従来はなかった視点からの意見が加わったことで、これまで実施してこなかったようなプログラムが考案・実施されています。例えば、マインドフルネスやヨガのプログラムを新たに取り入れてみたのですが、これらに興味を持ち積極的に参加してくれる患者さんが現れています。また、当施設の作業療法プログラムには統合失調症の患者さんが多いのですが、とくに陰性症状が顕著にみられる患者さんは不活発なため、従来は活動を促すプログラムの提供が重要と考えていました。しかし、多種多様なプログラムを提供しはじめたところ、そのようなプログラムに限らずとも一定の成果を上げられるという手ごたえが得られています。
一般的な感染予防策としては、デイケアに参加する患者さんに、施設に入るときの手の消毒を徹底していただいています。どの患者さんも感染症予防の重要性をきちんと理解し協力してくれています。ただし、ソーシャルディスタンスの確保のため、職員の患者さんへの接し方を変えざるをえなかったことについては、職員に少し戸惑いが生じたようでした。以前は、言葉だけのコミュニケーションだけでなく、例えば肩に軽く触れて挨拶を交わしたり、肩をもんであげたりなど、直に触れあうコミュニケーションも大事にしてきました。コロナ禍になり、触れあうどころか、一定の距離を保ち接しなければならなくなったことにより、以前のような気さくなコミュニケーションは取りにくくなってしまいました。

―コロナ禍で、入院患者さんの社会復帰に際して苦労されたことはありますか。

退院後の生活の基盤をつくる上で、準備に時間を要するといった問題が生じています。例えば、単身の患者さんの退院後の住居探しを当施設の職員がサポートするにあたり、普段は行政機関のサポートも受けることが可能なのですが、コロナ禍では迅速な連携がとりにくく、関係者のスケジュール調整に通常より時間を要し、退院のタイミングが遅れてしまった患者さんがいます。ご家族のいらっしゃる患者さんでも、ご両親が高齢であったり、病気などの健康面での不安があったりすると、退院の時期を延ばしてほしいという要望があったりします。
退院に際して、感染症予防についての教育はきちんと行っています。それでも、患者さん自らで対応可能な範囲は限定的ですので、ご家族がいらっしゃる患者さんの場合には、ご家族の支援が欠かせません。

―COVID-19がメンタルヘルスに与える影響について、危惧されていらっしゃることはありますか。

例えば社交不安障害などの不安症群/不安障害群の疾患を併存しているうつ病の患者さんの場合には、症状の寛解がしばらく維持できていたとしても、気質的に持っている不安が表面化してくることがありました。うつ病の診断歴があり寛解を維持していた患者さんからは、何か気分が晴れない、うつ病が再発したのかもしれないといった相談を受けることがあります。話を聞くと、ストレスコーピングの方法を持ち合わせていない、またはコロナ禍でこれまでストレスコーピングに役立っていたアクティビティができないなどの状況があることがわかります。こうした患者さんに対し、ストレスへの対応について一緒に話し合う機会が増えています。
最近では、これまでにうつ病と診断されたことがない方で、自分はもしかしたらうつ病になってしまったかもしれないと訴えて受診に来られる方が増えました。COVID-19が拡大する前にはこのような方はあまりみられませんでした。マスコミの影響もあるかもしれません。多くの場合には、話を聞いて「あなたはうつ病ではありません」とうつ病の可能性を否定すると、安心して帰っていきます。これらのケースでも、ストレスコーピングがうまくできていないことが背景にある可能性が考えられます。そのため、こうした方とも、どのようなストレスコーピングの方法が合っているのかを話し合う機会が最近増えてきています。COVID-19が拡大する前は、気軽に飲みに行ったり、旅行へ出かけたりと、それぞれのストレスコーピングがあったと思います。それが、コロナ禍で自粛生活を強いられ、これまでの方法が封じられてしまった人は、うつ病とまではいかないまでも、気分が晴れない状況に陥ってしまう可能性があるのかもしれません。
先行きが見えない漠然とした不安が生じてしまう昨今、何となく不調を感じてしまう人も多いと思います。活動の幅が制限されている中でも、うまくストレスコーピングさせ、マネジメントする方法を見いだすことが重要であると思います。

取材/撮影:ルンドベック・ジャパン Progress in Mind Japan RC
取材日:2020年11月4日
取材場所:ルンドベック・ジャパン株式会社

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