COVID-19感染拡大で表面化した日本の女性を取り巻く問題~増加する女性の自殺を防ぐために~COVID-19感染拡大を精神科医の視点で考える Vol.11
加茂 登志子先生(若松町こころとひふのクリニック PCIT研修センター長)
2020年7月以降、女性の自殺者数が増えており、COVID-19感染拡大との関連が指摘されています。COVID-19感染拡大は人々、とくに女性のメンタルヘルスにどのような影響を及ぼしているのか、女性のメンタルヘルスケアに尽力されている若松町こころとひふのクリニック PCIT研修センター長 加茂 登志子先生にお話を伺いました。
―コロナ禍で女性の自殺者数が増えていますが、日本では、COVID-19感染拡大は人々、とくに女性に、どのような影響を及ぼしているのでしょうか。
今般のCOVID-19感染拡大は、私たちの世代にとって未だかつて経験したことのない災害だと考えています。これまでの日本の災害は、被害は甚大であっても、被害が少ない地域や海外からの救助や支援に頼ることができました。しかしCOVID-19パンデミックでは、どこからも救助や支援はなく、自助努力をしなければならない状況にあります。世界的に感染終息の見通しが立たず、人々は徐々に精神的余裕がなくなっているように思います。
私は若松町こころとひふのクリニック(以下、当院)だけでなく、女性相談センター*などでも女性を診ていますが、ここ数年、家族からの暴力被害や生活困窮を理由として、18~23歳の若い女性の保護が増加しており、コロナ禍でさらに増加しているように思います。つまり感染拡大が始まる前から、日本には若い女性の「生きづらさ」があり、コロナ禍でさらにその「生きづらさ」が深刻化したためと捉えています。
女性の「生きづらさ」を理解するうえで注目すべき指標として、日本のジェンダー・ギャップ指数**があります。日本のジェンダー・ギャップ指数は153ヵ国中121位と低く、これは中国や韓国より低く、中東と同水準です。これには日本社会における政治・経済的なジェンダー格差、例えば政治的な施策を決定する場に女性が少なく、女性の意見が反映されにくいことや、男女の賃金格差などが反映されていると思います。「育児は女性がするもの」という考えが日本社会に存在しており、なおかつ育児をしていると正規雇用として働くことが難しいため、子を持つ女性はしばしば非正規雇用を選択せざるを得ません。とくに母子家庭の場合には、世帯収入が減少し相対的貧困へ陥りやすい社会構造も立ちはだかっていると思います。
これまで、女性は家事や仕事、子育てや介護など複数の役割を期待されても、なんとか乗り越えてきました。しかし、コロナ禍でそれぞれの負担が重くなり、感染終息の見通しが立たないなかで経済的・精神的に追い詰められ、女性に関する問題が、若い女性の保護の増加や女性の自殺者の急増というかたちで表面化してきていると考えています。
注釈
*性行、または環境に照らし、売春を行うおそれのある女性の保護・更生、およびDV被害女性の保護を行う行政機関。
**社会におけるジェンダー間の格差を国際比較するための指標。経済、政治、教育、健康の4つの分野のデータから作成され、0が完全不平等、1が完全平等を示しています。2020年の日本の総合スコアは0.652。
―コロナ禍ではテレワークの推進や外出自粛により人々の生活様式が大きく変わりました。これらの変化も女性に与える影響は大きかったのでしょうか。
当院の女性患者さんから、夫やパートナーの男性がテレワークとなって以降、家での居場所がなくなり、ストレスを感じているという話をよく聞きます。なかには、夫やパートナーの男性のテレワークでリビングを占拠され、仕事の邪魔だからと子どもとともに外へ出されるというケースも聞かれます。また、外出自粛の影響もあり、食事もすべて女性が用意しなければならず、女性の家事負担はさらに増加しているようです。共働きであっても、主に女性が家事・育児をする家庭が多いため、同様に女性の負担が増加しており、コロナ禍で生じた様々な変化のしわ寄せが女性に集中しているように思います。
在宅時間が増加することについて、家族の時間が増えるなどのメリットが注目されがちですが、一方で、女性の身体的・精神的負担が増加しているだけでなく、DVや虐待も増加しています1,2。DVと虐待は関連が深く、DVが起きている家庭では、 子どもに対する虐待が同時に行われている場合があります3。日本でのDVはこれまで身体的暴力が中心でしたが、2001年に『配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律』が施行されたため、警察の介入が可能になり、被害女性は保護・支援されるようになりました。しかし、DVの本質でもある心理的暴力に対しては法整備が進んでおらず、被害女性は保護や支援を受けにくい状況にあります。
2018年3月に東京都目黒区で5歳の女児が虐待死した事件や、2019年1月に千葉県野田市で小学4年生の女児が虐待死した事件では、どちらも母親は父親から心理的暴力を受けていたといわれています4,5。しかし、心理的暴力ではDVとして保護や支援を受けにくい現状によって、結果的に子どもが亡くなっているのです。虐待に対しては様々な施策が進められてきていますが、DVへの対策は不十分だと感じています。とくにDV・虐待リスクの高いコロナ禍では、国として女性支援、とくにDV対策により注力するべきだと思います。
―コロナ禍で生じた様々な変化が負担となり、女性の自殺者数の増加に影響を与えたと思われますが、その他にも、自殺者数の増加をもたらした要因は考えられるのでしょうか。
2020年10月の日本の女性自殺者数は852人、前年同月比で82.8%増でした6。この女性の自殺の増加には、家事・育児の負担やDV・虐待の増加だけでなく、先に少し述べた非正規雇用に関わる経済的理由など、複数の背景があると思います。総務省統計局による労働力調査によると、2020年5月は前年同月と比べ非正規労働者は61万人減、うち47万人が女性でした7。さらに、経済的に困窮した女性の収入源の受け皿として役割を果たしていた風俗店なども経済的に大きな打撃を受けました。このようにコロナ禍で生活が困窮した女性や母子家庭は多くいると思われ、精神的にも影響を与えていると考えています。
また、芸能人の自殺の影響も大きかったと思います。俳優の自殺が報じられた直後の2020年7月から9月頃まで、1日に何人もの女性患者さんがこれを話題にし、「私も死んじゃってもいいんだ、と思えた。」などの発言がよく聞かれました。コロナ禍で身体的・精神的に疲れがでていた女性の希死念慮を後押ししてしまった可能性があると考えています。
さらなる感染拡大が続くなかで、女性たちが抱いていた漠然とした不安が、徐々に具体的な絶望へと変わっているように思います。また、最近女性患者さんのなかでアルコールに関する問題が増加しています。希死念慮をもつ患者さんでは、過度の飲酒が契機となり自殺に至るケースもあるため、今後さらなる自殺者数の増加の可能性もふまえ、注意が必要だと思います。
―感染拡大第3波がきており、外出自粛が求められているなか、オンライン診療などは実施されていますか。
当院で実施している親子相互交流療法(以下、PCIT)のセラピスト・トレーナー資格取得のスーパービジョンを、試みで一部2019年からオンラインで実施していました。そのため、コロナ禍で実際にPCITをオンラインで行うハードルは低く、一時期は100%オンラインでPCITを実施しました。これが自信となり、外来でもオンライン診療を行うようになり、感染拡大下ではオンライン診療の割合が増加しています。
コロナ禍では、感染予防のため単に外来の頻度を減らすよりも、オンラインや電話を積極的に活用して、診療の頻度を維持するほうが、大量服薬リスクを回避できる点からもよいと考えています。とくに女性患者さんは、こまめな生のインタラクションが重要だと日々の診療で実感しているため、診療頻度は維持するようにしています。しかし2020年に改定された診療報酬上では、オンライン診療は月1回までしか算定されません。女性の自殺増加抑制の観点からは、せめて月2回、つまり2週間に1回のオンライン診療が算定可能になることが必要だと思います。もちろん本来は対面診療のほうが望ましいですが、コロナ禍では診療頻度維持のために、オンライン診療も積極的に活用していくことが必要だと考えています。
―最後に、女性のメンタルヘルスケアに尽力されている加茂先生より、精神科診療に携わる方々へメッセージをお願いいたします。
女性の希死念慮をしっかりと聞いてほしいと思います。日本の精神科診療はこれまで、男性の自殺防止により注力してきた一方で、女性の自殺率の低さや自傷行為との紐づけから、女性の希死念慮は深刻に捉えない傾向があったように思います。DVや虐待、性被害などの経験があると複雑性PTSDを発症することがあり、対人関係や感情調節に関する問題が生じやすくなります。しかし、複雑性PTSDと境界性パーソナリティ障害の症状表出が似ているため、表面的な言動からパーソナリティ障害として捉えられてしまうことがあるように思います。女性患者さんのベースに存在している可能性のあるPTSDやトラウマについて配慮したうえで、女性の希死念慮をあまり軽く考えないようにすることが大切だと思います。また、先に述べたように、コロナ禍では女性の貧困化が深刻になっているため、経済状況への配慮もしてほしいと思います。
インタビュー(取材、撮影):ルンドベック・ジャパン Progress in Mind Japan RC
取材日:2020年12月1日
取材場所:若松町こころとひふのクリニック
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