ダイヤモンド・プリンセス号の乗客・乗員受け入れから今へ 大学病院下での精神科医療と職員のケア、そして、医学教育について~COVID-19感染拡大を精神科医の視点で考える Vol.10
岩田 仲生 先生(藤田医科大学 副学長・医学部学部長/精神神経科学講座 教授)
2020年2月、当時開院前であった藤田医科大学岡崎医療センターは、国の要請を受けて、横浜港で検疫中のクルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号のCOVID-19感染者および濃厚接触者を受け入れました。
大学教育、医学部長、そして、精神神経科教授として藤田医科大学にて受け入れ決定と体制づくりに関わった岩田仲生先生に、当時の状況と、COVID-19感染禍における精神科医療および医学教育についてお伺いしました。
―厚生労働省から要請を受けたダイヤモンド・プリンセス号船内におけるCOVID-19陽性者受け入れの当時の様子についてお聞かせください。
厚生労働省からの要請は2020年2月16日の日曜日で、3日後の19日に受け入れが開始されました。当時はCOVID-19の感染経路や身体への影響や治療について情報が限られていましたが、本学には困難に遭っている人々に尽くす気風が息づいており、国からの要請に対して反対の声はなく、「頼まれたからには是非やるべき」と即断しました。海外で感染対策に携わった経験を持つスタッフの協力を得て、院外へのウイルス漏出を防ぐ体制を全学挙げて協力し整備したことで、19日に第一陣(32人)および第二陣(25人)を受け入れることができました。
受け入れにあたり、地域社会への説明が不可欠でした。19日には近隣住民対象、21日には隣接する小学校の保護者・関係者対象の説明会を行いました。病院長や感染症対策の責任者が長時間かけて誠意を込めて説明し、その中で、受け入れ期間中に対応する病院スタッフを院外へ出さないことなどを伝え、実際、スタッフには病院に滞在して業務を行っていただきました。今は情報がある程度浸透していますが、当時は未知なる感染症を受け入れる対策の徹底を理解いただくことが必要でした。
―精神神経科においても早い時期から対応を行っています。当時のサポートについてお聞かせください。
2月20日に岡崎医療センターから本院精神科に「滞在者の話を聞いてほしい」との支援要請が入り、精神科医を派遣し調査を行いました。そこでは滞在者の健康状態に対する不安感などの精神面のサポートを想定していましが、何よりも多国籍・多言語の滞在者の対応、言葉で意思疎通できない状態に看護師が疲弊していることがわかりました。
そこで、まずは援助物資として貸与された自国語のまま対話できる音声翻訳機を多数持ち込みました。高齢者が多く、クルーズ船内で長期間にわたり孤独な滞在を余儀なくされたことで、不安と精神的な苦痛を訴える方は多かったのですが、音声翻訳機を貸し出してからは、それまで言葉が通じなかった滞在者どうしが交流し、互いの心情を語り合うようになりました。困難のなかで滞在者は、ある意味で「同志」のようになり、コミュニケーションが促進されたことで自然発生的なピアカウンセリングができる状態になったのです。対話が可能となったことで滞在者のストレス軽減に大いに役立ったように思います。
一方、言葉の通じない滞在者に対して、主にメンタルケアに当たっていた看護師は、物資の支援への感謝を示しつつも、突然の勤務地変更による戸惑い、生活圏での風評被害(スティグマ)、勤務環境への不安などで多大なストレスがかかっていました。リアルタイムに入る情報から現場の状況を把握していたので、すぐにスタッフを集めて現地に赴いて面談を行い、医療スタッフへのメンタルケアが急務との結論に達しました。
当初は現地で個別カウンセリングを行いましたが、厳戒態勢にある現地に頻繁に往来するわけにもいきません。また、本院との情報インフラが整備されていることから、オンラインに切り替え、面談を継続的に実施できる環境を整えて支援しました。「言葉が通じず、滞在者が何を欲しているのかがわからない」などの相談には、非言語的なサポートの仕方などをアドバイスしました。
―過去に前例がなく情報が錯綜するなか、また、国民が注視するなかで対応された今回のご経験について、先生の所感をお聞かせください。
精神神経科として、初期から滞在者と現場スタッフのメンタルヘルスに介入できました。さらに、COVID-19という未知のウイルスに対しいち早く最前線で臨床対応した藤田医科大学として、感染症科等と相談しながら、いくつかの臨床的疑問を解こうと研究が進んでいます。今回の受け入れにより岡崎医療センターの開院が予定より遅れましたが、受け入れ施設としての提供は、未知の疾患に取り組む医療提供者・研究者の役割として正しい判断と考えており、国と国民が期待した役割を果たせたと思っています。
―2020年の藤田医科大学における精神医療の状況、感染対策などについてお聞かせください。
不要不急の外出の自粛が要請されながらも、実は当科の外来患者数・入院患者数ともに減らずに、ほぼ例年並で推移しています。これは我々精神科が日頃から不要不急の診療ではなく、必要な医療の提供を行っていることの証左と考えています。電話での診療に切り替えた方はそう多くなく、ほとんどの患者さんが外来受診を継続しています。患者さんの要望と医療側の客観的な必要性を擦り合わせて外来受診のスケジュールを決めているので、こうした事態においても大きな変更なく受診が継続できています。
また、岡崎医療センターの経験は当院にも活かされ、愛知県で率先してCOVID-19感染患者を受け入れ、院内で迅速にPCRを行う体制が整っています。外来受診前に検温し、発熱していれば別棟でPCR検査を行うルートを確保し、安心して診療を受けられる環境を提供しています。
最近では経済的理由でメンタルの不調を訴える方の受診が増えています。精神疾患患者さんの多くは経済的に厳しく、セーフティネットで支えられている方も少なくありません。しかし、COVID-19感染症により収入が激減した方は、精神的な不調を相談する余裕もないのが実情です。こうした方々が気軽にアクセスできる心理的支援のマニュアル(心理的応急処置 Psychological First Aid: PFA)を広く展開していくことを考えており、これについては政府も対策に乗り出しているところです。
―2020年は医学教育の現場も混乱しました。感染禍のなかで医学教育はどうあるべきかについて、医学部学部長としてお考えをお聞かせください。
参加型の臨床実習は医学教育に不可欠であり、COVID-19感染禍ではやらなくてよいということにはなりません。したがって、要請によって大学は休校したものの、藤田医科大学病院は医学生をスチューデントドクター、つまり病院スタッフとして受け入れて臨床実習を継続しました。
ウイルスを絶対に院内に持ち込ませてはならない立場であることについて、私はWeb上で学生を集め「臨床実習を継続する。ついては君たちの行動を自身で律してほしい。軽率な行動で感染しないことを約束してほしい」と伝えました。
医学部生は医学部に入った時点で医師という職業を選択しており、医師は社会からの信頼を託されています。今回は、その信託を得られる人物でなければ医師になるべきではないことを学生が身をもって体得できた機会です。意気に感じた学生諸君はしっかりやってくれており、こうした経験を積んだことで、貴重な戦力となれると期待しています。
インタビュー(取材、撮影):ルンドベック・ジャパン Progress in Mind Japan RC
取材日:2020年12月2日
取材場所:名古屋市内
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