COVID-19パンデミック下で問い直される災害時のメンタルヘルス対策~COVID-19感染拡大を精神科医の視点で考える Vol.14

富田 博秋先生(東北大学大学院医学系研究科精神神経学分野 教授)

未曽有の混乱を社会に引き起こしている新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックを契機に、緊急時・災害時のメンタルヘルス対策のあり方が問い直されています。東日本大震災被災者のメンタルヘルスケアについて多くの臨床実践と研究成果を積み重ねてこられた富田博秋先生より、COVID-19パンデミックのメンタルヘルスへの影響をどうご覧になっているかお話を伺いました。

―富田先生は、東日本大震災被災者の継続的な調査データに基づいて、災害時のメンタルヘルスケアのあり方を模索し、災害精神医学として知見を蓄積してこられました。その観点から、COVID-19パンデミックが人々のメンタルヘルスに及ぼしている影響の特徴をどうみていらっしゃいますか。

人々の生活と社会に大きな打撃を与えている昨今のCOVID-19パンデミックも、災害の一つに数えられると思います。災害というと、2011年3月11日に発生した東日本大震災は記憶に新しいところです。このような災害とCOVID-19パンデミックとでは、就労や経済状況への打撃が二次的にメンタルヘルスへの悪影響をもたらすなどの共通点も多いものの、異なる点がいくつかあると考えています。

大震災では通常、地震というイベントが発生し、その直後が災害のピークとなり、時間の経過とともに被害は終息に向かいます。これに対し、COVID-19パンデミックは陽性者数増加の波が繰り返し訪れ、次にどのような波がくるのか、またはいつ終息に向かうのか先が見えない状況にあります。さらに、震災では一般的に被災地と被害のない地域があり、遠方から被災の中心地への人的・物的支援が可能となります。しかし、今回のCOVID-19パンデミックは、日本国内の全域、そして世界規模での発生であり、被害の拡大のしかたや影響の出方が大きく異なります。

そして、人と人とのつながりに及ぼす影響という点で、COVID-19パンデミックと震災では大きく異なっていることで、両者のメンタルヘルスへの影響にも違いが生じていると考えています。東日本大震災の被災者を対象とした東北大学の継続調査1から、人と人とのつながりが震災被災者のメンタルヘルスの維持に重要な役割を果たしていたことが示唆されました。震災直後に建てられた仮設住宅はプライバシーが保たれず、住まいの環境としては良好とは言えなかったと思われます。しかしその半面で、常に人の気配があり、隣人に気軽に声がかけられる状況でした。また、コミュニティースペースが設けられ、そこで定期的に催し物が開かれるなどして人が集まる機会もありました。このような環境下で、震災直後の不安や不眠などの様々なメンタルヘルスの問題は、次第に改善していきました。しかし、震災から3、4年が経過したタイミングで、災害公営住宅への入居や高台移転が進み、再び環境が変化したことに伴い、メンタルヘルスの一時的な再増悪がみられました。新居では住宅環境は改善されましたが、新たな隣人との関係を再構築する必要が出てきたのです。それに伴い、仮設住宅でのコミュニティーで構築された人と人とのつながりが希薄になってしまったことが影響したと思われます。

他方、COVID-19パンデミック下では「3密を避ける」を合い言葉に、都市部を中心に人と人とのつながりが希薄になってしまっていると思います。仕事上のコミュニケーションについては、オンラインツールの活用でより活発に、円滑になっている側面もあるでしょう。しかし、冗談を言ったり、たわいもない雑談を交わしたりする機会は減っていると感じられます。東日本大震災被災者の調査からの示唆1として、そうした仕事上ではない日常的なコミュニケーションや人と人とのつながりの減少は、COVID-19パンデミック下で人々のメンタルヘルスを悪化させる要因になっているのではないかと考えています。

そして、自分が感染してしまうことに対する不安や恐怖に加え、知らずに感染して他人に伝播させてしまう懸念、さらに普段の生活や人との交流の制限によるストレスが蓄積され、人によっては抑うつや不安といった症状をきたしやすくなっているのだろうと思います。

―災害時のメンタルヘルスを考慮したときに、COVID-19パンデミックではどのような人々に特に注意を向けてケアすべきですか。

本邦で災害時のメンタルヘルスの重要性が認識されるようになったきっかけは、1995年の阪神淡路大震災であったと思います。阪神淡路大震災後、孤独死の問題や、被災地域での心理社会的な問題が表面化し、被災者のメンタルヘルスに対するケアの重要性が注目されるようになりました。一方、世界では2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)、2012年以降流行した中東呼吸器症候群(MERS)など様々な感染症のパンデミックが発生してきたものの、本邦においては大規模な被害がなかったこともあり、本邦における感染症パンデミックに対するメンタルヘルス対策はほとんど準備がなされてきていませんでした。

COVID-19 パンデミックの発生を受け、メンタルヘルス対策についても一定の対策指針を立てて対策を進めることが必要になるとの考えから、2020年6月、日本精神神経学会や日本災害医学会などが共同し『新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行下におけるメンタルヘルス対策指針 第1版』を策定しました2

この指針では、今回の COVID-19 パンデミックについて「CBRNE(chemical、biological、radiological、nuclear、high-yield explosives;化学・生物・放射性物質・核・高性能爆発物)に起因する緊急事態を総称する特殊災害に分類される」としています。そして、自然災害とは異なり、五感で感知できず不確定な要素が多いために不安や恐怖が強まりやすいという問題点を指摘し、COVID-19パンデミックがメンタルヘルスへ与える影響の特徴や、支援方法などのガイダンスをまとめています。また「メンタルヘルスへの影響を受けやすいハイリスク者」について、具体的なカテゴリーを列挙し、それらの人々に対しどのように支援していくかについても提唱しています。

私がハイリスク者として特に注意しているのは、COVID-19罹患者に直接対応する医療従事者のほか、感染症対策に従事する行政の方々です。COVID-19罹患者に直接対応する医療従事者は、休みも満足に取れずに患者さんの治療にあたっています。また、感染症対策に従事する行政の方々は、対策に追われる日々を送る中で、COVID-19に関する行政や社会体制全体への不満まで含めて、前面に立つ職員個人に向けられる形で社会からのバッシングにさらされるという、非常にストレスのかかる状況下で仕事をしています。限られた人員、限られた時間など、さまざまな制約がある中で過酷な仕事に従事していること自体、非常に困難な状況であることを社会の人が広く認識して、これらの方々に礼節と敬意を持って接することが重要と思っています。

加えて、上記指針でハイリスク者に挙げられている「女性」について、最近、女性の自殺がCOVID-19パンデミック以前と比べて顕著に増えているというデータ3が示されていることからも、注視していく必要があると思っています。

―COVID-19パンデミックがメンタルヘルスに与える影響を実態解明していくために、検討されていることはありますか。

COVID-19パンデミックのメンタルヘルスへの影響を継続的に観察していくことは、東日本大震災と同様、必要なことだと考えています。ただ、東日本大震災では被災が東日本の地域にある程度限定されていたのに対し、COVID-19パンデミックは全国的に広範囲にわたり影響を及ぼしています。そのため、実態調査の対象や目的をどこに置いて計画・実施するかが非常に難しいと感じています。

考えられる調査設計の進め方の一つとして、まずどのような背景を有する人が大きな影響を受けているかを網羅的に洗い出し、その上で詳細な情報を収集していくという選択肢があると思います。東日本大震災でも、東北地方在住者全員が大きな影響を受けたわけではなく、被災の程度によって受けた影響には違いがあります。COVID-19パンデミックでは、感染者または隔離された人を追跡対象とすることが考えられます。また、治療により症状が安定していた精神疾患患者さんのうち、COVID-19パンデミック以降に症状悪化をきたした患者さんにはどのような特徴があるのか、といった視点での検討も考えられます。

―今後、感染症パンデミックも視野に入れた災害時メンタルヘルス対策のあり方を考えていく必要があると思われます。行政や医療保健機関などが現状で抱えている課題を踏まえ、どのような方向性の対策が望まれますか。

まずは平時からの精神保健活動として、地域住民のメンタルヘルスの状況把握に努め、問題を抱えた人々に重点的な対策を行って効果の評価を行い、対策の見直しを行うというPDCAサイクルを実践していくことが必要と考えられます。現状の日本の精神保健施策は、こうした取り組みが十分ではないと言わざるを得ません。実現するには、行政の精神保健施策として企画・実施するのではなく、医療保健機関、大学などの学術機関、ヘルスケア関連企業などの関係者が日頃から連携していくことが不可欠ではないかと思います。特に感染症パンデミックによるメンタルヘルス危機への備えには、メンタルヘルス、感染症、救急医療の各種関連領域の専門家が、日頃からスムーズに情報交換・意見交換を行える柔軟な連携体制を構築しておくことが重要だと思います。感染症パンデミックの場合、病原体の特徴次第で、社会や人々に及ぼす影響や必要な対応は大きく異なりますから、あらゆる事態をあらかじめ想定して緻密かつ万全な備えをすることは、不可能に近いので、その時にあわせて迅速に方針を固めていく組織・人材の基盤が必要なのです。

他方、地域の精神科医療を担う精神科病院について、感染症パンデミック下における診療体制の脆弱性が浮き彫りになりました。社会生活に困難をきたすような精神症状を呈する精神疾患罹患者の方にCOVID-19感染が確認された場合、一般の感染症指定医療機関へ移送して感染症と精神疾患の両治療を適切に行うことは非常に困難です。このような患者さんを受け入れる体制も地域ごとにある程度は準備されていますが、その病床にも限りがあります。各精神科病院には自施設でのCOVID-19感染者発生に対する備えを十二分に行うことが求められ、もし集団発生した場合には自院で感染症診療まで含めた対応が必要になることも想定されます。しかし、各施設が独力で万全な感染症対策を進め、感染症の集団発生に備えることは、容易ではないと思われます。対策として、地域単位で医療圏を構成する全ての精神科病院間で情報を共有し、対策方針を策定することや、地域の感染症専門医を含む感染症対策に関わる諸組織との緊密な連携を構築しておくことが必要と考えます。加えて、施設内での感染予防管理体制、感染者隔離などの施設内のゾーニング、施設外からの支援スタッフの受け入れ体制の構築、さらにシミュレーションを行っておくことで、不測の事態への備えを持つことも重要であると考えます4

 

取材/撮影:ルンドベック・ジャパン Progress in Mind Japan RC
取材日:2020年12月4日
取材場所:オンライン形式

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参考文献

  1. 富田博秋, 他. 七ヶ浜町における被災者の健康状態の推移に関する研究. 宮城県における東日本大震災被災者の健康状態等に関する調査 令和元年度総括・分担研究報告書. 2020年3月.
  2. ⽇本精神神経学会, 他. 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流⾏下におけるメンタルヘルス対策指針 第1版. 2020年6月25日. https://www.jspn.or.jp/uploads/uploads/files/activity/COVID-19_20200625…(2020年12月4日閲覧)
  3. 警察庁. 令和2年の月別の自殺者数について 11月末の速報値. (令和2年12月7日集計)
  4. 令和 2 年度厚生労働科学特別研究「新型コロナウイルス感染症に対する院内および施設内感染対策の確立に向けた研究」研究班. 精神科医療現場における新型コロナウイルス感染症対策事例集 第1版 . 2020年12月7日. http://www.tohoku-icnet.ac/covid-19/mhlw-wg/images/division/psychiatric…(2020年12月7日閲覧)