新型コロナウイルス(COVID-19)によるストレスの蓄積と自殺の連鎖に注意を~COVID-19感染拡大を精神科医の視点で考える Vol.12

太刀川 弘和先生(筑波大学 医学医療系臨床医学域 災害・地域精神医学 教授)

災害時のメンタルヘルスについて研究を重ねてこられた筑波大学の太刀川先生は、現在の新型コロナウイルス(COVID-19)のパンデミック下の状況は災害時の状況と酷似している、とおっしゃいます。太刀川先生を中心とした研究グループが実施した「新型コロナウイルス感染症に関わるメンタルヘルス全国調査」により得られた情報を含め、コロナ禍におけるストレスの蓄積と自殺の連鎖についてご意見を伺いました。

―COVID-19による自粛期間から2~3か月経過した夏ごろより自殺者数が昨年同時期よりも増えていることについて、先生のお考えをお聞かせいただけますか。

2020年7月以降の自殺者数が昨年同時期と比べて増えており1、特に女性や若年層での増加がニュースで取り上げられています。自殺未遂者が救急医療機関や精神科に搬送されるという話を耳にする機会も増え、自殺者数の増加を実感しています。その原因の1つに、新型コロナウイルス(COVID-19)の流行による経済的不安などがあると考えられます。政府からの経済支援がなされていますが、倒産や負債などの問題が解決できず、将来への希望を見出せない状況に陥っている可能性が示唆されます。また、女性の場合には、一概には言えませんが、ドメスティックバイオレンスの問題などを含めて、仕事やプライベートで外に出かけることが当たり前であった日常ではさほど問題になっていなかった夫婦仲や子育てなどの家族間の問題が、ストレスとして表面化したことなどが挙げられます。また、母子家庭で生活保護に頼らず接待を伴う飲食店などでなんとか生計を立てていた女性の場合には、行政からの営業自粛や営業時間の短縮要請などの影響から、収入が大きく低下した方もいらしたことと思います。このコロナ禍の状況は、災害時の状況と酷似しています。災害弱者といわれる、女性、若者、高齢者、障害者、生活困窮者などが必要とする支援を得られず、また大きな不安やストレスを抱えているものと推測されます。

ソーシャルディスタンスに代表されるように、コロナ禍で人々のつながりが希薄になってきているのも心配です。先ほど女性の自殺者数が増加傾向にあることを述べましたが、一般的に女性は社会的なつながりによって困難を乗り切ろうとします。しかし現状では、本音を言い合える、共感できる仲間と集まりにくいという行動上の制限がかけられ、社会的なつながりを維持しにくい状況に陥っています。一方、男性は社会的役割によってストレスに対する耐性を発揮できると考えられ、実際に私たちが実施した全国調査の結果からも、男性よりも女性でストレスをかかえていることがわかりました。また若年層では、セルフコーピングの力が十分に備わっておらず、大きなストレスに対する十分な対応ができていないのではないかと推測します。主なストレスの原因は行動を制限させられていることで、若年層に憂鬱になったりストレスを感じたりする理由を聞くと、「外出できない」と回答する人が多く見受けられます。

現在、日本ではCOVID-19による死亡者よりも自殺による死亡者が多いという状況です。COVID-19への対策も重要ですが、自殺の増加は日本の社会的問題として対処が必要であると考えます。

―COVID-19の治療に従事する医療者には大きなストレスがかかっていると考えられますが、医療者のメンタルヘルスの維持についてどのようにお考えになりますか。

コロナ禍の状況は災害時の状況と同様に、医療者に対する社会からの期待や要請は大きなストレスになっていることが少なくはなく、医療者のメンタルヘルスのサポートは必要不可欠です。しかし現状では、施設により差があり、内科専門の産業医や、看護師が1人で多くの医療者のメンタルヘルスのサポートを行っている場合もあります。総合病院でも、これまでに精神科病棟や外来精神科の閉鎖が相次いでおり、医療者が相談できる環境のない施設が多くあると思います。一方で、精神科がある病院の多くは、精神科医が産業メンタルヘルスのサポートを担い、各科をまわり医療者の相談に乗っていると伺っています。筑波大学には、産業精神医学を専門とする産業精神医学・宇宙医学グループがあり、災害・地域精神医学のグループと連携してストレスチェックなどのスクリーニング、不調がみられた場合にはカウンセリングなどを行うとともに、啓発活動にも力を入れています。

医療施設でクラスターが発生し、医療者でもCOVID-19への陽性反応が出るような状況も現実としてある中、COVID-19陽性となった医療者に対し、感染症の治療と共にメンタルケアも必要です。実際、COVID-19陽性患者のケアにあたっていた中で陽性となり、搬送先病院で治療後にうつ症状を訴えた医療従事者に、電話でのカウンセリングを実施しました。病院でクラスターが発生し、その原因が自分にあると思い込んでしまい、憂鬱でつらい、と訴えるようになったのです。陽性となったこと自体は罪ではありません。このように、毎日メディアでCOVID-19の話題が取り上げられる中、COVID-19の話題を聞くと辛いと訴える陽性後の医療者を、メンタルヘルスの観点からどう支えていくかは非常に重要な課題であると思います。

医療者のケアでは、置かれた状況を理解し、共感を持つことも大事だと思います。COVID-19の治療にあたる医療者は、一日中防護服を着用し自由を奪われながらも強い使命感を持って患者の治療に当たっています。一生懸命やっているのに病院の経営状態の悪化で給与が減ったり、COVID-19患者のケアにあたっているだけで誹謗中傷や差別偏見の対象になる、誹謗中傷や差別偏見の対象が家族にまで及ぶ、医療者不足で十分なケアができなくなることから休めない、という状況下では、使命感とやるせなさ、怒りなどのジレンマが生じるのです。ジレンマを理解せずに通常のうつ病診療と同じ対応を行っては相手の怒りを助長させてしまう危険性があります。私自身も、COVID-19の治療にあたる医療者から「休みましょうとか相談しましょうと言われても、それができないから憂鬱になってるのに、単純なストレス対策を言われても困る」と語られたときに、認識を改めました。

―先生は「新型コロナウイルス感染症に関わるメンタルヘルス全国調査」を行い、解析結果をホームページに公開されていらっしゃいますが、その概要と結果の考察についてお話いただけますか。

海外では、COVID-19に関連する大規模な調査が多数行われています。そこで、筑波大学災害・地域精神医学では、Ahorsuらが開発した新型コロナウイルス恐怖尺度(Fear of Coronaviruss-19 Scale:FCV-19S)2を原著者の承諾を得て日本語版を作成し、この尺度を用いてCOVID-19拡大のメンタルヘルスへの影響について検討するウェブ調査を実施しました。

主な質問内容は、性別や年齢、職業、地域などの基本的な項目、COVID-19に関する不安などの心理状態、それに加えて差別や自粛など社会問題への考え方、自宅で生活する上で健康を維持するためにどのような工夫をしているかなどの情報について収集しました。2020年8月~9月の期間における回答を解析し、解析結果としてまとめました。過去1か月間でCOVID-19に関連したストレスについての質問では、「とても感じた」が38%、「少し感じた」が41.8%と、ストレスを感じていたとの回答が80%を超えました。またCOVID-19拡大期間に「自分や家族が感染する危険があった」、「自粛で仕事や学校に支障が生じた」との回答が多くみられた一方で、自粛に伴い「自分の生活を見直すことができた」「ゆっくり休むことができた」といったポジティブな変化を経験したとの回答も多くみられました。

新型コロナウイルス恐怖尺度の結果からは、COVID-19に対する恐怖や不快感を有する人が約半数を占めましたが、「手汗をかく」「眠れない」「動悸がする」といった身体症状を有する人は10%程度と一部にとどまりました。

自粛期間中に有効だった生活上の対処法として、「自宅でできる活動を楽しむ」といったポジティブな試みをしたとの回答が最も多く、十分な睡眠や生活リズムを維持するという回答も多く見られました。興味深いのは、「COVID-19に関する正しい情報をとりいれる」という回答が上位にあり、正しい情報をとりいれることで不安や恐怖を抱くのを予防できる可能性があり、感染症対策のみならずメンタルヘルスの向上にも寄与すると考えられました。

本調査の限界としては、年齢層や回答者の在住地域に大きなばらつきがあったことが挙げられます。ウェブ調査のため、インターネットへのアクセスが容易な20代~40代の回答者が大多数を占め、かつ、回答者の在住地域は、東京と神奈川で大多数を占めており、比較は困難でした。しかしながら、COVID-19恐怖尺度は世界中で使用されている尺度ですので、調査時期が異なるものの、国別の比較は参考になると思います。イタリアやスペインでの調査結果と比較すると、日本ではこの時期COVID-19に対する恐怖は低かったようです。日本では皆がマスクをしていますし、恐怖も大きいかと推測しましたが、そこまでではなかったようです。なお、本調査の結果はウェブ上に公開しており、詳細についてもご覧いただけます(https://plaza.umin.ac.jp/~dp2012/covid19survey.html*

本調査に用いたCOVID-19恐怖尺度の日本語版の妥当性や信頼性、カットオフ値などの検証はできておらず、結果の解釈には注意が必要ですが、今後、これらを検討したいと考えています。我々が作成した日本語版(https://plaza.umin.ac.jp/dp2012/data/fcv19sj.pdf)も公開中ですので、自由にご利用ください。

 

*掲載日2021年2月時点で論文が公開されたため、原著を引用。

取材/撮影:ルンドベック・ジャパン Progress in Mind Japan RC
取材日:2020年11月27日
取材場所:茨城県つくば市内

Progress in Mind Japan Resource Centerは、会員の皆様が安心して自由に意見交換できる場を提供することを目指しています。
本コンテンツに登場する先生方には、Progress in Mind Japan Resource CenterのWebコンテンツ用の取材であることを事前にご承諾いただいたうえで、弊社が事前に用意したテーマに沿ってご意見・ご見解を自由にお話しいただき、可能な限りそのまま掲載しています。
お話の内容は、すべての患者様や医療従事者に当てはまるものではなく、またそれらの内容は弊社の公式見解として保証するものではありません。

参考文献

  1. 警視庁. https://www.npa.go.jp/publications/statistics/safetylife/jisatsu.html(2021年1月8日閲覧)
  2. Ahorsu DK, et al. Int J Ment Health Addict.  https://doi.org/10.1007/s11469-020-00270-8 (2020年11月27日閲覧)