感染拡大の影響による自殺の増加への対策が急務~勤労者に対しては組織内のメンタルヘルス・リテラシー醸成を~COVID-19感染拡大を精神科医の視点で考える Vol.13

河西千秋先生(札幌医科大学 神経精神医学講座 主任教授/日本自殺予防学会 副理事長)

2020年の全国の自殺者数は2万919人(2021年1月時点の速報値)1と、リーマン・ショック後の2009年以来、11年ぶりに前年を上回りました。自殺件数の増加はCOVID-19感染拡大が社会と経済に影響を与えていることの反映と推測されており、分析が待たれるところです。精神医学と行動科学、そして地域精神保健学の視点から自殺予防のための介入活動と研究に取り組んでおられる河西千秋先生に、COVID-19感染拡大と自殺との関係、日本自殺予防学会の取り組み、そして今求められる自殺防止対策のあり方についてお伺いしました。

―2020年に自殺件数が増加に転じたのはCOVID-19感染拡大による影響と考えてよいのでしょうか。

大規模災害の後の自殺の増加は、それぞれケース・スタディとして報告されています。リーマン・ショック後の自殺増加についても系統レビューがあります。経済危機の後に福祉を削減しなかったら自殺は増えなかったという報告もありますが、災害の多様性・地域性などのさまざまな因子が関与しているため、必ずしも一般化できません。また、災害や危機が生じてから遅発性に自殺が増加するとの事例があり、長期的で詳細な調査が必要です。災害や危機の後の精神疾患有病率についても丁寧に調べる必要があります。

ただ、多くの人が抑圧され追い詰められている今の状況を、実際、医療や地域にかかわる者として見ると、メンタルへルス不調に陥っている人は間違いなく増えているはずですし、そこから精神疾患に移行してしまう人や自殺関連行動も増加していることは間違いないと考えています。

―COVID-19感染拡大が自殺未遂者医療にどう影響しているか、把握されている状況のなかでのお考えと、日々の外来診療のなかでの所感をお聞かせください。

当院の救命救急センターは、広範な北海道全域から致死性の高い重症患者がヘリコプターで搬送されてくる高度救命救急センターであり、3次救急においてもかなり特殊な施設であることで、今のところは何とも言えないのですが、自殺企図者の中には、感染拡大下でなければ異なる経過であったのだろうと考えられる事例はあります。厚生労働科学研究費補助金事業により、自殺未遂者における感染拡大の影響に関する調査・研究が開始されたところであり、我々も共同研究施設として研究を分担しています。

一方、感染拡大初期の頃は、感染を避けるための医療機関への受診控えがあり、電話再診も一般的になりました。その後の精神科診療の変化の全体像を把握することは難しいのですが、外来患者数も病棟入院患者数も減少していると聞いており、前述したように、困窮の中にある方々の多くは「受診などしていられない」と、健康管理が後回しになっている人や、そもそもメンタルへルス不調や精神疾患の疑いについて、自分自身はもとより誰からも気付いてもらえない人も多いのではないでしょうか。

―COVID-19感染拡大を受けて、日本自殺予防学会など関係機関の取り組みをご紹介ください。

日本自殺予防学会はまず、2020年5月から学会HPトップに張賢徳理事長からの「自殺しないでください」との緊急メッセージと、常務理事によるリレーメッセージを掲載しています2。International Association for Suicide Prevention(IASP 国際自殺予防学会)による緊急提言の和訳も掲載しています。このうち「感染拡大時の職場や職能団体への支援」の提言は職場のリーダーやマネージャーに向けたものであり、従業員への感謝の気持ちの表明、従業員を大切に思い話を聴くことの推奨、そして帰属意識の醸成が大切であることや、経済的支援が自殺抑制の助けになることが書かれています。また、従業員が精神的に不安定になったときには「前向きに取り組めるものを見つけよう」とアドバイスし、「この厄災もいずれは通り過ぎる」と語り聞かせることが有効としています3

一方、報道の仕方によっては自殺のクラスターを引き起こしてしまうことが危惧されることから、自殺報道のあり方についても発信しています。これまでにも世界保健機関(WHO)などが報道ガイドラインを作成しています4。IASPの提言「感染拡大期間中の自殺報道のあり方」でも、自殺に至った複合的な背景を視聴者が理解できるように報道する、感染拡大が自殺の唯一の原因であるかのような飛躍した報道は避けるなど、報道手法のあり方が明記されています5
日本自殺予防学会では、国内の著名人の相次ぐ自殺を受ける形で独自の提言を緊急発信しましたが、そこでも、「自殺報道をむやみに繰り返さない、憶測で物語らない、広げない」、「COVID-19の自殺への影響、月別の自殺者数の原因は安易に解釈しない」、「自殺事件直後に警察は動機や具体的手段を知らせない」など注意喚起しており6、報道関係者には是非目を通していただきたいと思っています。

2020年9月には、「『つながれない』時代の自殺対策~ウィズコロナをどう生きるか~」をテーマにオンラインシンポジウムを開催しました。学会員に加えて医療・行政関係者など、当初の定員を大きく上回る560人以上にご参加いただきました。2021年3月にも同様のイベントを行う予定です。

―もともと日本の自殺率は先進7ヵ国でもっとも高いのですが7、これには日本の精神文化も関係しているのでしょうか? 

「他人の厄介にはなれない」、「最期はいさぎよく」など、古くからの日本人の精神文化が現代に残っていることも、精神的な不調を周囲に相談しにくいことにつながっていると考えています。また、精神的な事柄について相談できないことの根っ子には、残念ながら精神疾患や精神科受診に対する偏見も強く存在していると思います。

北欧などでは義務教育の段階からメンタルヘルス教育が行われており、近年の日本でも学校教育現場におけるメンタルヘルス教育が試験的に取り入れられています。国の自殺総合対策大綱はSOSの出し方教育を推奨しています。ただ、かねてから学校教育での自殺予防教育は、ともすると大綱で言われてきた「命は大切」を教条的に、一方的に伝えて終わりになりがちでした。私は、子どもから見ればゲームのようなものでもよいので、スマホを横に置いて、ワークショップを通じて人とつながることの心地よさを感じてもらうような、そういう実践的な教育もよいと思います。

これに加えて、医療者の卒前教育には自殺予防の教育プログラムの導入も必要です。国民全体のメンタルヘルス・リテラシー向上のためにも、まずは医療のプロ、あるいはその予備群が率先して学ぶべきであり、これがなされていない現状を憂慮しています。自殺の多い日本で、しかも現代の医療者の教育カリキュラムにこのことが明記されていないのは大きな問題とも言えます。

―COVID-19感染拡大以降、働き方も変わってきています。産業医のご経験から、企業内におけるメンタルヘルス・リテラシーを高める有効な方法があればご教示ください。

横浜市立大学在職中に、神奈川県下の企業や団体、横浜市役所において長らく精神科嘱託医として、企業や団体の中で起きているメンタルへルス問題とその所在を見てきました。時代は変わりつつあるとはいうものの、実際のところ、本当の意味でメンタルへルスを大事に考え、それを支援の形で実践している企業・団体などはほとんどありません。むしろ成果主義がはびこり、状況は悪くなっていると思います。現在広く行われているストレスチェックは、元はと言えば自殺対策として出てきた施策ですが、援助希求能力・行動が低下しているメンタルヘルス不調者に自ら面接を希望せよという制度であり、本質的に有用ではない制度です。

横浜市立大学の保健管理センター長をしていたことがあります。当時、法人内でメンタルへルスに関わる深刻な問題が続発しており、望ましい保健管理システムを再構築し、社会に貢献するために、科学性と道義性に基づき、学内の情報収集と相談対応の集約と統括・強化、管理職に対するメンタルへルス教育とゲートキーパー教育、休学者や休職者が再発を繰り返すことなく修学・就業できるようにしていくための、きめの細かい復帰プログラムの運用など、多くの新制度導入による抜本的な改革に乗り出しました。学生と教職員に向けたオリエンテーションでは「今の時代は、悩みごとを抱え込んで我慢するよりは、積極的に人に相談したほうが評価されます」と発信しました。

こうした改革の結果、1年後に学生から保健管理センターに寄せられた相談は前年度(33件)を大きく上回る936件、翌年は1,061件に達しました。また、教職員からの相談が新たに制度化され、1年後には921件、2年後に1,408件に上りました8。学生・教職員併せて約8,500人規模の大学でこれだけの相談が寄せられたことは世界的にも類を見ないと考えています。
学生・教職員ともに、まったく相談ができない環境よりも多く相談できる環境のほうがよいことは自明の理です。「メンタルヘルスについて相談したい」との、隠れていた真の需要を適切にすくい上げるシステム作りがうまくいったと言えるでしょう。個別性を重視して必ず問題を解決する、とことん支援するというマインドを堅持したことで成功を収めたと考えています。こうした経験を活かして、ここ北海道でも再び取り組んでみたいと思っています。

職場におけるメンタルヘルスの管理には、①上司から部下へのライン・ケア、②職場内の資源(産業医や保健師)の活用、③職場外の資源(医療機関や相談機関)の活用とともに、④従業員自身のセルフケアの支援(セルフケアのための情報提供)の4つの原則があります。言ってしまえばこれだけなのですが、これをどれだけ実際に、当事者の困りごとや健康問題に現実的に対応できるかというところが重要であり、それを動かすことのできるような人材の招聘や育成が大事です。

―COVID-19感染拡大による生活制限が長期化することが懸念されています。自殺対策において医療者へのメッセージをお願いします。

かねてから自殺対策について啓発してきた先達がおられ、2000年初頭からは、我々を含め多くの医療者が医療モデルの構築に取り組み始め、併せて自殺予防研究も発展しました9。今や精神科関連学会や学術誌の特集で自殺対策が取り上げられるのは特別なことではなくなりました。精神症状悪化の最悪のシナリオが自殺であることは、精神科医なら皆知っていることです。自殺対策がことさら重要視されている今、「日常診療がすなわち自殺予防対策」であることを今一度再認識し、正面から捉えていただきたいと思っています。

また、プライマリケアにおける研究において「自殺者の多くはかかりつけ医の目の前を通り過ぎている」ということがよく知られています。自殺総合対策大綱が公表された頃にはそのことを啓発する機会も多かったのですが、感染拡大下で地域の研究会や研修会などができない状況であり、その普及・啓発の方法も考えなければなりません。

取材、撮影:ルンドベック・ジャパン Progress in Mind Japan RC
取材日:2021年1月14日
取材場所:オンライン形式

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参考文献
  1. 警察庁. 令和2年中における自殺の状況.
    https://www.npa.go.jp/publications/statistics/safetylife/jisatsu.html
    (2021年2月8日閲覧)
  2. 日本自殺予防学会(JASP)ホームページ
    http://www.jasp.gr.jp/
    (2021年2月8日閲覧)
  3. IASP. 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)感染拡大時の職場や職能団体への支援.
    http://www.jasp.gr.jp/pdf/IASP2020_Briefing_Statement_Workplaces(Japanese).pdf (2021年2月8日閲覧)
  4. WHO, IASP. Preventing Suicide A Resource for Media Professionals. 
    https://www.who.int/mental_health/prevention/suicide/resource_media.pdf
    (2021年2月8日閲覧)
  5. IASP. 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)感染拡大期間中の自殺報道のあり方. ;
    http://www.jasp.gr.jp/pdf/IASP2020_Briefing_Statement_Reporting(Japanese).pdf (2021年2月8日閲覧)
  6. 日本自殺予防学会(JASP). 報道機関はじめ情報発信に関わる全ての皆様
    http://www.jasp.gr.jp/ (2021年2月8日閲覧)
  7. 厚生労働省. 令和2年版 自殺対策白書;
    https://www.mhlw.go.jp/content/r2h-1-10.pdf (2021年2月8日閲覧)
  8. 河西千秋. 職場におけるメンタルヘルス支援体制の構築. 日本うつ病センター(JDC)メンタルヘルスセミナー2020(2020年12月4日にオンライン開催)
  9. 日本自殺予防学会.救急医療から地域へとつなげる自殺未遂者支援のエッセンス HOPEガイドブック.2018. へるす出版
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