薬の登場と発展、他領域からの精神科診療への参入により、精神医学の在り方は大きく変わった―その現場に立ち会えたことはとても幸運だったと思います。
薬の登場と発展、他領域からの精神科診療への参入により、精神医学の在り方は大きく変わった―その現場に立ち会えたことはとても幸運だったと思います。
そのうちに薬物療法の時代が来ました。でも、薬物療法が他科と同様に効果をもって完成できたのは「外来」での「軽症うつ病」治療に際してでした。
いつも不思議に思うのですが、薬の効果がそんなに認知されたわけでもないのに、早くも外来にはそれに見合う病人が数多く訪れます。とくに「うつ病」の場合は著明でした。当時ドイツの留学から帰ったばかりの平沢一(ひらさわはじめ)*aという一級上の先輩が「これからはうつ病の時代だ」と言って外来の体制を整えたことで、外来はにぎやかになりました。その頃の記録を読むと、軽症うつ病は3ヵ月ぐらいで治る、と私自身書いています。いや3ヵ月では開業医たちが困る、6ヵ月くらいにしてくれ、といった声のあったことも同時に記入されています。
私の「小精神療法」はこの頃に始まるのです。薬だけではだめだ。もう少し長く診る必要がある。初めは外面的な「7項目」を言っていましたが、やがてもう少し内面的な「小精神療法」へと「格上げ」しました。たとえば、少し良くなると仕事に行きたくなるのですが、それはまずい。なぜなら、本当によくならないと仕事に出ることはマイナス以外の何物でもないからです。「内因性」という独特の原因性の所以、と私は思います。
しかし、いちばん厄介なのは、「自殺」の危険が折にふれて出没することなのです。これさえ防げたら、治療は大方成功と私は考えていました。あとは一定の時間待っていただければよいのですから。
「3ヵ月から6ヵ月で『うつ』は消えても、しばらくは医師のもとへ通って下さい。半年に1回でもよいから」と、私は患者さんに伝えています。要は病人の方が医師のもとを訪れることを嫌がらないように医師が主導することです。丁寧に治療して、職場の上司にも入念な報告を怠らなければ、1ヵ月から2ヵ月くらいの欠勤なら許容してくれます。私は「うつ病」の人には結婚し「子供」をもうけることをすすめます。子供を持つと(多少ですが)自殺率が減るように思うのです。統合失調症の場合は、子供を持つことを勧めませんが、敢えて止めもしませんでした。それは大勢の人の「病後の生活史」を追いかけていると、意外に「健康な子供」を持つ人が少なからずいるからです。
ある大企業で何百人といる万年係長の1人で、定年をなんとか迎えた精神病の男性が、立派な奥さんをもち、2人の青年を育てたのには驚かされました。2人とも大学を出ました。奥さんは夫よりもこの2人にすべてのエネルギーを注ぎました。2人にはこれから先がまだありますが、30歳近くまでno problemであったことは注目するに足ります。同様の例はいくつかあります。統合失調症の緊張型の場合、とくに京都学派のいう非定型精神病*bの場合は当然です。非定型精神病のある男性は英語の先生で、高校の教師になり、さらに組合の委員長を勤め上げ、70歳で退職しました。50歳くらいのとき、この人は結婚しました。「結婚相手に会ってくれ」と言うので、女性とその母親に会いました。20年後の今日、平和に暮らしています。最近の遺伝の論文を読んでいないので、責任のある発言はできないのですが、巷間言われるほど精神病の遺伝は強力ではないのではないか。楽観すぎる、と叱られそうですが、薬物療法後の統合失調症の病後についてのそういう観察者もいる、ということくらいは知っておいて下さい。
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「その後、外来への傾斜度が増すにつれ、「軽症系」に関心が移った。すなわち「双極型うつ病」「外来分裂病」「境界例」というように。これはすべて「小精神療法」下での産物です。」へ
注釈
*a
京都大学医学部出身の精神科医。日本で初めて「軽症うつ病」の概念を用いた。参考:鈴木南音、「1960年代以後の日本社会におけるうつ病の概念的変遷(1)」、千葉大学人文公共学研究論集、38号、160-177頁。
*b
1940年代に満田久敏先生により提唱された概念。急性精神病状態を呈し、短期間で寛解するものの周期性の経過をとり、予後が良好な一群を指す。
参考:兼本浩祐、精神科臨床 Legato、2016年7月号(Vol.2 No.3)
取材/撮影:ルンドベック・ジャパン Progress in Mind Japan RC
取材日:2022年7月27日(水)
取材場所:ヒルトン名古屋(愛知県名古屋市)
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