神経変性疾患の原因となるタウ凝集を防ぐタンパク質を特定
タンパク質の品質管理(protein quality control;PQC)に関わる因子の中に、アルツハイマー病(AD)などの神経変性疾患の原因となるタウ凝集を防ぐ働きを有するものがある、との研究結果が報告された。研究を実施した米国ペンシルバニア大学のZi-Yang Zhangらによると、この知見からADなどの発症機序を説明でき、根本的な治療法の開発につながることも期待されるという。詳細は「Science」2023年7月28日号に掲載1。
ADの発症には、タウと呼ばれる微小体関連タンパク質の凝集体により惹起される神経原線維変化が関与している。こうした神経変性疾患は20種以上見つかっており、タウオパチーと総称される。タウオパチーにおいて、可溶性のタウ単量体が不溶性の凝集体を形成する機序は不明だが、タンパク質を機能的に安定した形で維持するために働くPQC系の機能低下が関与していると推測されている。ヒトのPQCには70種以上のタンパク質が関与し、ミスフォールディングや凝集などを防ぐ分子シャペロンはその一例である。
最近の研究で、TRIM(tripartite motif)タンパク質ファミリーに属する一部のタンパク質がPQCに関与しており2-5、一方で別のTRIMタンパク質は凝集を悪化させることが示された6。そこでZhangらはTRIMタンパク質に着目し、系統的に機能解析を行うことで、タウオパチーにおける役割と治療への応用可能性を検討した。
75種のヒトTRIM遺伝子をそれぞれ培養細胞に過剰発現させて、タウ凝集体の形成度を調べたところ、ほとんどのTRIMはタウ凝集体を減少させる効果を示さなかったが、TRIM10、TRIM11、TRIM55の3種はタウ凝集体をほぼ完全に除去した(N=3、P<0.001、unpaired Student’s t test)。逆に、これらのTRIMをノックアウトするとタウ凝集体が増加したことから(N=3、P<0.01、unpaired Student’s t test)、これらのTRIMタンパク質はタウ凝集体を除去する強い活性を持っていることが示された。
次に、AD患者23人および性別・年齢をマッチさせた健常対照者14人の死後脳組織を採取し、これら3種のTRIMの発現量を調べたところ、mRNAレベルではほとんど差が見られなかったのに対し、TRIM11のタンパク質濃度のみ、AD患者で有意に低く(P<0.05、unpaired Student’s t test)、平均で約55%減少していた。このことから、TRIM11の発現量低下はタウ凝集体の形成を促進し、ADの病態形成に強く関与していることが示唆された。
タウはユビキチン・プロテアソーム系の基質であり、その蓄積は同系の活性を損い、タウオパチーの進行を促進することが既に報告されているが7、タウがプロテアソーム系に認識される機序は従来不明であった。ZhangらがTRIM11のタウに対する作用機序を検討した結果、以下の3つの役割が判明した。1)TRIM11はタウをユビキチンでなく、SUMO化の促進によってプロテアソーム系に認識させる。2)TRIM11はタウの可溶性を促進して凝集体の形成を防ぎ、タウの分子シャペロンとして機能する。3)TRIM11はタウの分解酵素であり、既に形成されたタウ凝集体を分解する。さらに、TRIM11は神経保護因子であり、発現上昇により神経細胞の健全性とシナプス形成を促進する可能性も示された。
こうした結果から、TRIM11はタウオパチー発症に重要なPQC関連因子であることが分かった。最後にZhangらは、さまざまなタウオパチーモデルマウスにTRIM11を導入し、治療効果を検証した。その結果、アデノ随伴ウイルスによる海馬への局所的投与、あるいは脳脊髄液を経由した脳全体への投与により、TRIM11はタウオパチーの発症と神経炎症を抑制し、認知機能と運動機能を改善したことが観察された。
Zhangらは「今回の研究結果から、TRIM11は重要なタウオパチー抑制因子であり、その発現低下は発症につながる可能性が示された」と結論。「TRIM11の発現は高度に制御されているようであり、小分子による発現上昇は可能かもしれない。今回の知見は、TRIM11遺伝子そのものが治療手段となる可能性があり、それによりPQCの機能を強化すれば、さまざまな神経変性タウオパチーの根本原因に対処し得ることの概念実証であると考えられる」と述べている。(編集協力HealthDay)
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