労働者の睡眠障害を考える ~睡眠と覚醒のバランスから~ 精神医学クローズアップVol.19

小曽根 基裕 先生
(久留米大学医学部 神経精神医学講座 教授)

日本人は国際的にも睡眠時間が短いことで知られており、慢性的な睡眠不足からくる作業効率の低下などの社会的損失が注目されています。また、不眠などの睡眠障害がうつ病などの精神疾患に多く併発することから、睡眠障害の適切な評価も不可欠と考えられます。

本稿では、睡眠研究のエキスパートである小曽根基裕先生に、労働者にみられる睡眠障害の考え方や評価方法、産業衛生的な対応や治療についてお聞きしました。

 

睡眠における社会的状況と、労働者に関連する睡眠障害

―はじめに、わが国における睡眠の現状についてお聞かせください。

小曽根 日本人は世界的に見ても睡眠時間が短く、2013年の全米睡眠財団(National Sleep Foundation)の調査では平均6時間22分と主要6か国と比較して最も少ないというデータが報告されました1。日本人は慢性的な睡眠不足に陥っており、こうした睡眠不足は睡眠負債として蓄積します。毎日1時間程度であっても、その蓄積が続くようであれば、遂行機能や作業記憶、気分にも影響を及ぼします2。さらに厚生労働省の国民健康・栄養調査では日本の成人の約2割が「睡眠で休養が十分にとれていない」と回答しています3。不眠を含めさまざまな健康問題を抱え、業務効率が低下しながらも出勤している状態はプレゼンティズムと呼ばれ、その社会的損失に対する関心が高まっています4

―日本ならではの背景もあるのでしょうか。

小曽根 日本では、もともと、遅くまで仕事や勉強をするのが美徳で長く寝ていると怠慢というような、睡眠が軽視される風土があります。近年では技術革新が進み、業務が効率化したことから、本来ならば労働時間が減ってしかるべきなのですが、空いた時間にまた新たな仕事を詰め込まれてしまっています。技術の進歩によって獲得した時間を働き手に還元して必要な睡眠をとれるようにしていかないと、本来のパフォーマンスを発揮することができなくなってしまうのではないでしょうか。

「自分の”オフのツボ”を知り、そのオフ時間を大切にしていくことが重要です」(小曽根先生)

―睡眠時間を増やすようにすれば、睡眠障害は解決するのでしょうか。

小曽根 労働時間を短縮し睡眠時間を増やすことは重要な側面ではありますが、睡眠というのは、睡眠と覚醒のバランスで成り立っているものです。ですから例えば、趣味や好きなことをする時間を削って無理やり眠るというような、みせかけの睡眠時間を長くしたとしても、ご本人の生活はどんどんつらいものなってしまい健康的とはいえないでしょう。生活の中にインターバル、すなわち「間を空けてあげる」というのが重要な概念だと考えています。

―具体的にはどのようなことでしょうか。

小曽根 睡眠と覚醒のバランスを維持するためには、1か月の残業時間を何時間までと制限するだけでなく、毎日一定の時間に帰宅できるようにして、一日の中でオンとオフの時間をしっかりとれるようにすることが大切です。睡眠時間はオフの時間と思われがちですが、休むだけの睡眠というのはオフではなく、オンの延長線上の“オンダッシュ”なので、これではオン、オンダッシュ、オン、オンダッシュと、仕事モードが継続してしまいます。

オフの時間というのは「自分らしく生きられる時間」ということです。寝るのが好きでしたら寝ることでも構いませんし、絵を描くのが好きだったら絵でもいい。アニメやおしゃべり、スマホをさわっていることでもいい。自分がどういう”オフのツボ”を持っているかを知って、そのオフ時間を大切にしていく。そのほうが仕事の生産性も上がるでしょうし、健康にもよいはずです。このような考え方を基に、2019年4月1日に施行された働き方改革関連法案の中で「勤務間インターバル制度の普及促進」が盛り込まれたのは大きな進歩だと思います。

※勤務間インターバル制度5
1日の勤務終了後、翌日の出社までの間に、一定時間以上のインターバル(休息時間)を設けることで、働く方の生活時間や睡眠時間を確保する制度。欧州連合で取り入れられている考え方を参考に、厚生労働省では終業時間から始業時間までに最低11時間のインターバルを設定することを推奨し、企業の努力義務としている。

「患者さんの日中生活全般を知ることで、睡眠障害の背景を把握し適切なアプローチへとつながります」(小曽根先生)

覚醒をみて睡眠を評価する ~睡眠障害診療のポイント~

―睡眠障害を訴えて受診される方々への問診のポイントについて教えてください。

小曽根 睡眠障害とは、正確にいえば「睡眠-覚醒障害」、つまり寝ているときと起きているときが合わさっての障害です。睡眠だけを見ていると、寝つきが悪い、日中に眠くなるという話に焦点がいくことが多いのですが、睡眠と覚醒はつながっているので、覚醒の状態を知ってはじめて睡眠のリズムが分かってきます。覚醒とは「日中の活動」と考えていただくとイメージがしやすいかもしれません。

また、睡眠障害はしばしば精神疾患と併存します4ので、眠気の背景に、うつ病などの病気が隠れていることもあります。そうしたことを念頭に置いて、患者さんの日中の生活全般についても視野を向け、どのような仕事をしているのか、ストレスはあるか、どれぐらい残業しているかなどと合わせて睡眠のことも聞いていきます。

―日中の生活に視野を向けることで、その後の介入の選択肢が広がっていきそうですね。

小曽根 話のなかで、「最近上司が代わってパワハラで困っている」ということが分かれば産業医への相談を進めます。あるいは「何にも問題がなくこれまでと全く同じ仕事をしているのに、気分が落ちてきて朝に起きられなくなった」ということならば、うつ病の可能性を考えて精神科と連携します。日中の活動を知ることで不眠の背景を把握して、薬物治療だけに留まらないさまざまなアプローチが可能になっていくのではないかと思います。

 

睡眠障害への治療介入の考え方

―睡眠障害で休職されている方の復職時期やフォローについてのアドバイスをいただけますか。

小曽根 復職判定の基準は個々の施設で異なると思いますが、生活全般の改善度を把握するための方法として、睡眠日誌を書いてもらう方法をお勧めしています。日中の活動と睡眠状態をきちんと記録していくと、例えば週に3回は朝に起きられなかったり、もしくは昼寝をして休んでしまったりということが見えてきます。復職した場合の一定のスケジュールを継続できるかどうかを確認して復帰時期を見極め、フォロー体制を整えていくのに有効な方法です。また、復職後にも継続して睡眠日誌を付けてもらうことで、再発の予兆を察知し対応することが可能になります。

適切な睡眠とは、朝起きたときに回復感、睡眠休養感があればよいと考えます。途中で起きてしまったから、あるいは短時間しか眠れなかったから良くないということではなく、疲れや眠気が取れ、気分良く起きられたのであれば睡眠の機能は果たしています。睡眠障害から回復していくと質の良い睡眠がとれるようになって、短時間でも回復感が得られるようになっていきます。

睡眠について考える場合、私たちはどうしても「その長さ、時間」が重要であるという思い込みがあり、世代や生活に合わせた睡眠時間があるということを忘れてしまいがちです。特に、年齢を重ねていくと睡眠時間が減っていくのはごく自然なことです。睡眠時間や不眠の症状にとらわれすぎず、オフの時間を大切にして、睡眠と覚醒のバランスをどう維持していくかに焦点を当てるということは、医療従事者にとっても必要な視点ではないかと思います。

 

取材/撮影:ルンドベック・ジャパン Progress in Mind Japan RC
取材日:2024年12月3日
取材場所:久留米大学医学部 神経精神医学講座 会議室(福岡県久留米市)

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参考文献

  1. National Sleep Foundation: 2013 International Bedroom Poll -Summary of Findings-
    https://www.thensf.org/wp-content/uploads/2021/03/2013-International-Be… (2024年12月25日閲覧)
  2. Belenky G, et al: J sleep. 2003; 12(1): 1-12.
  3. 厚生労働省:平成29年 国民健康・栄養調査結果の概要,2018.
    https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/000351576.pdf(2024年12月25日閲覧)
  4. 水木慧ほか:公衆衛生. 2022; 86(1): 12-18.
  5. 厚生労働省 東京労働局:勤務間インターバル制度をご活用ください
    https://jsite.mhlw.go.jp/tokyo-roudoukyoku/hourei_seido_tetsuzuki/inter…(2024年12月25日閲覧)