うつ病診療における患者主観の評価尺度を用いた臨床の実践 インタビューシリーズ~精神科領域における評価尺度を読み解く vol.1

渡部 芳德 先生
(医療法人社団 慈泉会 市ヶ谷ひもろぎクリニック 理事長)

近年、うつ病の重症度の評価は、医師による評価尺度とともに患者による自己記入式の評価尺度が多くの臨床試験で用いられるようになりました。また、日常臨床においても、自己記入式の評価尺度を用いる有用性が議論されるようになってきています。そこで、簡便に使用可能であるQuick Inventory of Depressive Symptomatology(QIDS)をはじめとする自己記入式の評価尺度についてご意見を伺いました。

―うつ病の重症度を評価するにあたり、自己記入式の評価尺度を用いた症状の定量化の有用性についてお考えをお聞かせください。

従来、うつ病の重症度は、医師評価による評価尺度を用いて客観的に患者さんの状態を評価することが主流でした。しかし、私は、東京女子医科大学の山中寿先生が関節リウマチの患者さんに長年にわたり自記式調査を行い1、日常生活動作と痛みについて自己記入式の評価尺度を用いた有用性を報告2していることなど、患者さんの声を医療に反映する一連の取り組みについて話を伺う機会がありました。当院でも日常診療で独自に作成した自己記入式の評価尺度を用いてうつ病患者さんの症状の重症度を評価する試みを十数年前から行っており、山中先生の話を聞いて、自分のやっていることが正しい方向へいっていると自信を深めました。さらに、海外の臨床試験においてQIDSなどの自己記入式の評価尺度が使用されるようになり3、日本のうつ病治療においても自己記入式の評価尺度を日常診療で用いる意義が広がり始めているように思います。

 

*2021年現在:国際医療福祉大学医学部リウマチ・膠原病内科学教授

 

―QIDSについて教えてください。

QIDSは、アメリカ精神医学会が提唱するDSM-IVの診断基準に対応して作成されており、16項目から構成される質問に対し患者さん自身に回答してもらうことで、うつ病の重症度を評価できます4。合計点(0~27点)を算出し、11~15点を中等度、16点以上を重度と判定でき、約5~7分の短時間で簡便だという特徴を有しています。

臨床試験においては、抑うつ症状の重症度の推移を適切に評価することが重要ですが、近年ではQIDSをはじめとした患者の自己記入式の評価尺度も用いられるようになってきています。医師による評価尺度は、客観的に患者さんの状態の評価が可能である一方で、バイアスがかかる可能性も否定できません。たとえば、臨床試験に患者さんを組み入れたいという意向が働くと、本来組み入れ基準を満たさない重症度の患者さんに重症度の高い評価をしてしまう可能性があり、期待される結果や事実を得ることができなくなるというリスクがあります。このようなバイアスを考慮して適切な臨床試験を遂行する試みとして、医師評価データをQIDSのような自己記入式の評価データで重症度の一致や症状の変動を比較検討すると、適切な評価判断に有用と考えられます。

また、日常臨床において、QIDSは治療法の選択や治療経過のモニタリングに役立ちます。QIDSの合計点が10点以下の正常~軽度と判定された患者さんに対してはカウンセリングなどで対応し、中等度以上(11点以上)と判断された患者さんに対しては薬物治療をはじめとした治療を考慮します。そして、QIDSの変動から治療経過を患者さんとともに認識できます。

QIDSは厚生労働省のウェブサイトにも掲載されており、自由に使用することができますし、バリデーションが行われている評価尺度なので、日常臨床で論文作成を目指すような臨床研究にも推奨できます。

―QIDSのメリット・デメリットを教えていただけますか。

QIDSのメリットとして、まず約5~7分の短時間でうつ病の重症度を評価できることが挙げられます。従来の医師評価による評価尺度であるHAM-DやMADRSの構造化面接は、標準化・定量化されていますが、20分以上の時間を要するため、診察時間が限られる日常臨床の中での導入はとても難しい状況です。しかし、QIDSは患者さんの記入によるため医師やスタッフの負担が軽減され、かつ、短時間で評価できるので患者さんにとっても大きな負担にはなりません。また、質問項目に回答するだけのシンプルな評価方法なので導入が容易ですし、標準化され臨床試験にも用いられているため実臨床研究への応用や比較の参考にもなります。

対面で話しにくい事項を汲み取ることができることもQIDSを用いる大きなメリットです。たとえば、話を切り出しにくい自殺の話題があります。QIDSには自殺念慮・企図の質問項目があり、その点数で患者さんの自殺についての考えを確認できますので、点数に応じて患者さんの話を十分に伺い「自殺は絶対にしないでね」と約束できます。自殺のリスクは見逃せない事象のため自己記入式のQIDSならではのメリットだと思います。

さらに、治療経過で患者さん自身が症状の変化を認識できるというメリットもあります。患者さんは正直で、効果があったという感触がないと治療を肯定的に考えることができません。QIDSのような自己記入式評価のスコアが改善していることが可視化されると治療効果を実感でき、治療継続のモチベーションにもつながります。

一方で、QIDSのデメリットとしては、患者さんごとで評点にずれを生じることです。真面目に取り組む患者さんでは、信頼度の高い結果が得られますが、点数を誇大化して自身のうつ病が重症であることをアピールするようなケースでは医師の見極めが重要となります。また、QIDSはうつ病の中核症状の評価に役立ちますが、うつ病に不随する不安の評価ができません。不安については別途HAM-Aなどを用いて評価する必要がでてきます。

精神科領域では、これまでに多くの評価尺度が開発されてきましたが、どのような評価尺度であっても用途の目的を理解し、メリット・デメリットを把握した上で使用することが重要であると思います。

―日常臨床において、先生は自己記入式の評価尺度をどのように使用されているか教えていただけますか。

私の施設では、患者さんの来院時に必ず実施してもらう、独自に用意した自己記入式の抑うつ症状と不安を評価するシステムを組み込んでいます。それは、自己記入式の評価尺度の結果を、主治医、医療スタッフと患者さんをつなげる、共通言語のようなものとして捉えているからです。日常臨床での変化を主治医だけでなく、医療スタッフ、さらに患者さん自らも含めて関係者全員が把握できます。

具体的には、来院・受付時に毎回、自己記入式の抑うつ症状と不安の評価尺度がインストールされたiPadを渡し、診察までの待ち時間で全ての項目に対し回答していただいています。回答は、即座に電子カルテに反映されるよう設定され、当施設の全スタッフが参照可能で、来院ごとに評価しているので症状の経過を確認できます。iPadを患者さんに渡すだけなのでスタッフの負担はほとんどありません。

自己記入式の評価結果に基づき、点数が改善され特に問題がなさそうであれば、あまり時間をかけずに診察を終え、点数が悪化している場合や何か問題がありそうな場合は時間をかけて話を聞くなどのように、診察にメリハリをつけることができます。普段、特に問題もないときの診察時間と比べて点数が悪化しているときに話す時間を厚くすると、患者さんも「今日は丁寧に話を聞いてくださってありがとうございます」と、きちんと話を聞いてもらえたことに満足して帰られます。このように、必要なときに患者さんの話をきちんと聞き、患者さんの満足度を上げられることは、治療継続にも一役買っていると思います。

そして、診療ではその評価の評点を目標値として共有しています。治療継続にあたり、何も目標を立てずに継続を促すよりも、目に見える着地点を設定して継続を促すほうが、患者さんのモチベーションを維持しやすいと考えています。自己記入式の評価尺度が寛解に該当する閾値より低くなることを目標として設定し、その目標を達成したら新たに「7月まで治療を継続して、再発がなければ薬を止めましょう」というように、さらに次の目標や期限を明確にします。再発がないことを確認できたら約束通り薬物治療を中止し、再発した場合の治療再開の重要性をきちんと理解してもらい、その先のケアも行います。点数が悪化してきた場合には治療を再開し、新たに目標を設定します。具体的な治療目標の設定において自己記入式の評価尺度の点数化は治療の理解促進にも有用であると考えています。

読者の先生方も、QIDSのほか、ご自身で診療上使いやすいと感じた自己記入式の評価尺度をぜひ日常臨床に取り入れ活用していただけたらと思います。

 

[略号]
QIDS:Quick Inventory of Depressive Symptomatology
DSM-IV:Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fourth Edition
HAM-D:Hamilton Depression Rating Scale
MADRS:Montgomery-Åsberg Depression Rating Scale
HAM-A:Hamilton Anxiety Scale

 

取材/撮影:ルンドベック・ジャパン Progress in Mind Japan RC
取材日:2021年3月30日
取材場所:ルンドベック・ジャパン株式会社 本社

参考文献
  1. 東京女子医科大学附属膠原病リウマチ痛風センターIORRA委員会. http://www.twmu.ac.jp/IOR/iorra19.html(2021年6月確認)
  2. Yuko Matsuda, et al.  Arthritis Rheum 2003;49(6):784-788.
  3. Warden D, et al. Curr Psychiatry Rep. 2007;9:449-459.
  4. Rush AJ, et al. Biol Psychiatry. 2003;54:573-583.
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