国際学会へ参画する醍醐味とは ~ネットワークを広げ、見識を高める~ 精神医学クローズアップ Vol.17
内田 裕之 先生
(慶應義塾大学 医学部精神・神経科学教室 教授)
2024年5月、国際神経精神薬理学会(Collegium Internationale Neuro-Psychopharmacologicum: CINP)世界大会が日本で開催されました。日本神経精神薬理学会(JSNP)/日本臨床精神神経薬理学会(JSCNP)との同時開催ということもあり、日本国内からも多くの臨床家、研究者、製薬関係者らが参加し、盛況のうちに幕を閉じました。
今回は、2024年5月にCINP のSecretaryとして就任された内田裕之先生をお迎えし、CINP 2024の振り返りとともに、ご自身の海外での体験談を交え、研究や成果を国際的に発信する意義についてお聞きしました。
CINP 2024を振り返って
「学会では、勉強だけでなく、組織の枠を超えた国際的なつながりを築く醍醐味を感じてほしい」(内田先生)
―2024年5月、34年ぶりに CINP世界大会が日本で開催されました。振り返っての感想をお聞かせください。
内田 今回日本で開催され、世界中から多くの先生が参加されたことは、日本のみならずアジア医療界のプレゼンスを高めるうえで大きな意義があったと思っています。
また、新型コロナウイルス感染症の流行以来久しぶりに大勢の人が集まり、お祭りのような雰囲気で学会ができたのも嬉しいことでした。学会というのは、もちろん勉強する場ではありますが、セッションの合間や懇親会などでの交流によって学校や組織の枠を超えた国際的なつながりができていくのも醍醐味です。今回、若い先生方からも「国際交流ができて楽しかった」という感想をたくさんいただけたことは、ひとつの成果ではないかと考えています。
―気になった演題や印象に残ったトピックスがあればお教えください。
内田 依存症についての話題が多く取り上げられていて、社会的なニーズの高まりを感じました。また、今までよりも基礎研究と臨床が近づいている印象を受けました。病態の解明はもちろん、そこから治療に結び付ける動きが薬理学界の今後の流れになっていくのだろうと感じています。
―精神科領域の国際学会はいくつかありますが、その中でCINPはどのような役割を担っているのでしょうか。
内田 精神薬理の分野においては、⽶国精神神経薬理学会 (American College of Neuropsychopharmacology: ACNP)、欧州神経精神薬理学会(European College of Neuropsychopharmacology: ECNP)、アジア神経精神薬理学会(Asian College of Neuropsychopharmacology: AsCNP)など、地域ごとに学会があって、それぞれに強みがありますが、CINPの一番の特徴は、地域の枠にとどまらず、世界全体を視野に入れた活動をしていることです。方向性についてはまさに今議論しているところですが、活動の大きな柱のひとつに、世界全体のメンタルヘルスの臨床や研究の底上げに向けた教育活動の充実が挙げられます。新しいミッションステートメントでも「Advancing worldwide neuroscience and education for brain and mental health.」と謳われています1。
また、国際的なネットワーキングのプラットフォームを提供することもCINPの重要な役割であると考えています。すでに前理事長のときから、興味を同じくする方々が交流しやすいよう、「Precision Psychiatry」「Digital Intervention」「Difficult To Treat Depression」といったテーマごとにGlobal Networking Communities(GNCs)というコアグループが構築されています2。ネットワーキングというのは本来、誰かに与えられて行うものではないかもしれませんが、こうした仕組みがあることがきっかけになって促進される部分もあるのではないかと思います。
「若手の先生方には、どんどん海外に出て、そこで得た交流と知識を循環していただくことを期待しています」(内田先生)
国際学会に参画することの意義 ご自身の経験から
―先生は、現在は運営側として国際学会に携わっていらっしゃいますが、いつごろからこうした国際学会に参加されるようになったのでしょうか。
内田 国際学会に初めて参加したのは2002年のCINPのモントリオール大会で、博士課程の頃でした。知覚変容発作という症状の罹患率に関するポスター発表を行いました。当時はまだ日本でしか報告されておらずマイナーな研究発表だと思っていたのですが、いろいろな方が興味をもって質問をしてくださり、Poster Awardをいただきました。初めての学会参加は勉強になったのはもちろんですが、セッション後に街を探索するのも楽しくて、どちらかというと課外活動のような気持ちで参加していました。
その後もしばらくはそうした社会見学的な学会参加を続けていましたが、2010年のオーストラリアでの学会参加をきっかけに、意識が大きく変わりました。その学会中に、トロント大学に留学していたときの上司で私の人生の師匠のひとりであるShitij Kapur先生(現・King's College London学長)と会食したのですが、そのときに「これからは役割者として国際学会に参加していきなさい」というアドバイスをいただいたのです。自分の名前と研究を知ってもらうことができるし、先輩の先生方とつながることができる、またとない機会だから、と。それで、その教えのとおり、高名な先生方にご協力を打診しながらシンポジウムを主催し、さまざまな国際学会に参加しているうちに、「この間の学会でもやっていたね」と声をかけていただくことが増えていきました。学会で知り合った先生から別の学会にお誘いをいただいて、そこでまた多くの先生方とお会いすることができ、自分の研究の進め方やキャリアについての助言をいただいたこともあります。
―先生が先ほど「学校や組織の枠を超えた国際的なつながりができていくというのも、学会参加の醍醐味」とおっしゃっていた意味がよくわかりました。
内田 よくネットワークが大切だといいますが、ネットワークをゼロから自分で構築することは難しいことです。学会は、いってみれば先人たちが作ってくれたネットワークですから、それを活用させていただきながら自分でも広げていくという姿勢が大切であると思います。
―近年、海外へ留学する方が減っているといわれていますが、先生はどのようにお感じでしょうか。
内田 コロナ禍の影響かもしれませんね。今後、変化が起こることを期待しています。外といろいろ連携していかないと地盤沈下を起こしていってしまいますから、特に若手の先生方には、どんどん海外に出てそこで得たパワーを持ち帰ってきていただいて、また海外に出るというような、交流と知識の循環を進めていただきたいです。国際学会への参加も、そのきっかけのひとつになるのではないでしょうか。
―先生がトロント大学に留学されたのは、どのようなきっかけだったのでしょうか。
内田 私がトロント大学に留学したのは、ひとえにKapur先生のもとで勉強したかったからです。博士課程のころに先生の論文を読んで感銘を受けて、絶対にこの先生のもとで勉強したいと思っていました。そのようなときにたまたま先生の講演会が日本で開催されたので、そこに参加して、先生がお帰りのところを追いかけて、「私の論文を読んでください」とほとんど押し付けるような形で受け取ってもらいました。その後も何度もメールを送り「先生の下でポスドクをやりたい」という熱意を伝えていたら、「ジョブインタビューを受けに来なさい」と言われて、夢がかなったという感じです。
Kapur先生からは、研究や学会への取り組み方だけでなく、いろいろなことを教わりました。「トロントにいる間は知性を磨く期間だと思いなさい。トロントやカナダの文化や伝統、歴史を知ることによって日本のことも分かるから」と言われたことも印象に残っています。研究分野は当時と少し変わってきましたが、根本的な考え方や進め方は当時に先生から教えていただいたことが、今でも私の核になっています。
若手の先生方に伝えたいメッセージ
―最後に、若手の先生方に向けてのメッセージをお願いします。
内田 人生は1回きりですから、やりたいことをやることです。私は、学会参加でも留学でも「やりたいことは躊躇せずに何でもやってみよう」と考え、実践しています。また、学会に参加したときには、どんどん質問することをお勧めします。参加したら1回は質問するぐらいのルールを自分に課してしまえば緊張感をもって参加できます。質問することで理解も深まりますし、演者との距離も近くなり、自分でも考えていないような世界やネットワークが広がるかもしれません。
それから、自分で限界設定をしないということが大切だと思います。自分が限界だと思っているところは、実は限界ではないのですよということを強くお伝えしたいと思います。
取材/撮影:ルンドベック・ジャパン Progress in Mind Japan RC
取材日:2024年9月6日
取材場所:ルンドベック・ジャパン株式会社(東京都港区)
Progress in Mind Japan Resource Centerは、会員の皆様が安心して自由に意見交換できる場を提供することを目指しています。
本コンテンツに登場する先生方には、Progress in Mind Japan Resource CenterのWebコンテンツ用の取材であることを事前にご承諾いただいたうえで、弊社が事前に用意したテーマに沿ってご意見・ご見解を自由にお話しいただき、可能な限りそのまま掲載しています。
お話の内容は、すべての患者様や医療従事者に当てはまるものではなく、またそれらの内容は弊社の公式見解として保証するものではありません。