メタボリックシンドロームを合併する精神疾患患者に対して精神科医はどうアプローチするか 〜現状と課題を踏まえての今後目指すべき方向性〜 精神医学クローズアップ Vol.10
古郡 規雄 先生(獨協医科大学精神神経医学講座 主任教授)
うつ病や統合失調症などの精神疾患の患者さんでは、脳・心血管疾患による死亡率が一般集団よりも高いとされており、その背景として精神疾患とメタボリックシンドローム(以下、MetS)が相互に影響を及ぼしあう可能性が指摘されています1。このような問題意識から、『統合失調症に合併する肥満・糖尿病の予防ガイド』2の作成委員長を務める古郡先生に、MetSを合併する精神疾患の患者さんに対し、精神科医はどのようなサポートが求められているのかについて、現状と課題を踏まえてお話を伺いました。
―精神疾患の患者さんでは、一般集団に比べて寿命が短いのでしょうか。
精神疾患の患者さんは、一般集団に比べて平均寿命が短い傾向にあります3,4。例えば、デンマークでは一般集団における平均寿命は延びている傾向にありますが、1995~2014年に統合失調症または双極性障害と診断された患者の標準化死亡比(SMR)を検討した、全国規模の患者レジストリを用いたコホート研究の結果、20年間にわたり統合失調症ならびに双極性障害のSMRが増加し続けていることが示されました3。デンマークは国民登録制度が導入されていることで、信頼性の高い疫学データが得られる基盤が整っていると思います。
また、統合失調症患者を対象とした、損失生存可能年数と平均余命に関する13報(研究11件)のメタアナリシスの結果では、一般集団に比べて平均余命が約14.5年短いことが示されています4。
―精神疾患の患者さんの寿命が短い理由について教えてください。
精神疾患の患者さんの寿命が短い理由として、おもに自殺が挙げられますが、最近では脳卒中や心筋梗塞など、脳・心血管疾患を原因とする死亡の影響も大きいと考えられます。
私の臨床実感では、MetSを合併する精神疾患の患者さんでは高血圧を呈するケースは少ない印象です。ということは、精神疾患の患者さんの脳・心血管疾患を招く主たる基礎病態は糖・脂質代謝異常であることが考えられます。
研究結果を見ると、うつ病や統合失調症の患者さんにおいては一般集団に比べて、MetSを有する割合が高いことがメタアナリシスの結果として報告されています5,6。
―MetSを合併する精神疾患の患者さんの特徴を教えてください。
私の臨床実感としては、MetSを合併するうつ病の患者さんは女性が多く、うつ病発症に先行してMetSを発症するケースが多いと考えられます。
統合失調症に関しては、MetSを合併する患者さんや、MetS増悪を呈する患者さんは外来通院する若年男性が多く、腹部が突き出た肥満が特徴的であるという印象です。
国内で20歳以上の統合失調症の外来通院患者5,441例、入院患者14,237例、および一般集団5,985例を対象として、肥満や脂質代謝異常、糖尿病の有病率が比較されました。その結果、BMI≧25kg/m^2の割合は、外来通院患者では48.9%と、入院患者の23.1%、一般集団の24.7%に比べて有意に高率でした(p<0.05、χ^2検定)。糖尿病(空腹時血糖≧126mg/dL)の合併割合も、外来通院患者では16.8%と、入院患者の7.1%、一般集団の10.9%に比べて有意に高率でした(p<0.05、χ^2検定)7。
これらの差は、入院患者さんでは栄養や運動の管理が行われるのでMetSが問題になるケースは少ないのに対し、外来通院の患者さんでは、患者さん自身が生活習慣の是正を行うのは難しいためと考えられます。
―精神症状がMetSに及ぼす影響を教えてください。
私の臨床実感として、うつ病の患者さんも統合失調症の患者さんも意欲の低下がライフスタイルに影響を及ぼす結果、MetSの発症・増悪につながる可能性が考えられます。統合失調症の患者さんの場合、とくに陰性症状がきっかけとなるケースが多いと思います。
精神疾患の患者さんでは、意欲の低下によって活動性が低下することで運動不足になりやすく、カロリー消費が少なくなっていきます。また、身の回りの家事や入浴、洗顔となどの自己管理ができなくなったりします。このようにして、不規則で偏った食生活に陥りやすくなることが、MetSの発症・増悪に影響する可能性が考えられます。
加えて、意欲の低下や活動性の低下、対人緊張の影響などによって健康診断やがん検診を受けなくなる患者さんは少なくありません。実際、その結果として疾患を早期発見できずに、治療のタイミングを逃してしまった患者さんを経験しています。
また、うつ病の患者さんでは肥満を呈するケース、痩せるケースの両方が見られると思います。肥満に関しては、うつ病のストレスに対処するために過食に陥ってしまうことが影響として考えられます。痩せるケースに関しては、うつ病の症状である食欲不振が影響することが考えられます。痩せるタイプの方には低血糖に注意が必要です。
これまでの研究報告と臨床実感から、精神疾患の患者さんでは、精神症状とMetSが双方向的に影響を及ぼしあうことで、負のスパイラルに陥ってしまうことがあると思います。例えば、MetSの発症・増悪によるストレスがうつ病発症に影響を及ぼし、うつ病がライフスタイルに影響を及ぼすことによって血糖値がさらに上昇していくといった悪循環が考えられます。その結果として、脳・心血管疾患の発症や死亡リスクの増大に関係している可能性が推察されます。
とくに先述の通り、外来通院する精神疾患の患者さんでMetSを合併しやすい傾向にあることが問題です。外来通院をきっかけに活動性の向上や、社会参画につながるようにする働きかけを含め、医療従事者がどのようなサポートを提供できるのかを課題として考えていきたいと思います。
―MetSが疑われる精神疾患の患者さんに対し、精神科医はどのようなことを把握すべきでしょうか。
精神症状についての問診と併せて、MetSに関する症状、既往、患者さんの職種や嗜好、そして特に家族歴などについては留意して聞き取りを行います。
MetSが疑われる精神疾患の患者さんには、定期的に採血を行って検査値を把握するようにしています。血糖値に関しては、精神科医は空腹時血糖値まで測定する必要はないと考えています。私は、随時血糖値、もしくは採血が不要で簡便な尿糖を測定しています。尿糖測定に関しては、陽性反応は血糖値が高い状態ですので、内科へ紹介する段階であると考えられます。
脂質に関しては、LDLコレステロール値だけではなく、活動性の指標となるHDLコレステロール値にも注目するようにしています。
―精神疾患の患者さんのMetSの改善に向けたアプローチとして、精神科医が患者さんの日常生活に対してアドバイスするコツを教えてください。
私は、活動性に着目したアドバイスとして散歩を勧めています。ただし、脂質や血糖関連の数値が高いことを理由としたアドバイスをしないよう心がけています。精神症状の改善目的で受診している患者さんには、散歩の重要性が伝わらない可能性が高いと思います。
MetSの側面からではなく、患者さんが困っている精神症状の改善につながるためのアドバイスが効果的です。MetSを有する精神疾患の患者さんが不眠に悩まされている場合、散歩によって適度に疲れると眠りやすくなるという動機付けを行います。アドバイスによって運動習慣をつけてもらうことで、MetS改善にもつながることが期待できます。
また、患者さんには体重測定を勧めています。当院では、自己管理が難しい患者さんには、来院時に体重を測定してもらいます。診察時に医療従事者、患者さんともに体重の推移を共有したうえで、例えば「ここ3ヵ月で数kg太ったようですね」と伝え、散歩などをするようアドバイスしています。
採血結果でHDLコレステロール値が上昇している場合は、患者さんが散歩や運動を実践した効果が現れているので、患者さんには励ます意味を込めて検査値を伝え、運動習慣の動機付けに結びつけるようにしています。
―MetSへの早期の治療介入のために内科医と連携する重要性について教えてください。
精神疾患の患者さんに合併するMetSは、内科医が治療管理を行うほうが良いと考えています。私が治療介入を行って血糖値が改善しなかった患者さんがいますが、内科に紹介したことで血糖コントロールが良好になったという経験があります。
また、精神症状の治療目的で精神科を受診する患者さんは、MetSのほうに目を向けにくい傾向があると思います。内科を受診したほうが、MetSに対する治療へのモチベーションが高くなると考えられます。
精神科医は体重や糖・脂質代謝異常のモニタリングを定期的に行い、必要性が生じた場合は内科に紹介することが望まれます。
―精神科医が内科医へ早急に紹介すべき急性疾患について教えてください。
患者さんが受診したときに、ぼーっとしている状態が見られる場合、精神疾患だけではなく、軽度の脳卒中や、糖尿病の急性合併症を来している可能性があることに注意してほしいと考えています。
糖尿病の急性合併症による高血糖に陥っている患者さんは、軽い昏睡状態のほかにも口渇、多飲、多尿、体重減少、体力低下、易疲労感、易感染といった症状が特徴です。これらの臨床症状の出現に注意を払うことで、重篤な急性疾患の可能性を疑うようにしてほしいと考えています。また、糖尿病の急性合併症である糖尿病ケトアシドーシス、高浸透圧高血糖状態は高度のインスリン不足により急性代謝失調を起こし、意識障害が重度の場合は昏睡、死亡に至るケースがあります2。
―内科医へ紹介する際、精神科医が伝えるべき精神症状について教えてください。
患者さんの主要な精神症状(幻覚、妄想、意欲の低下など)に加え、それらの症状の影響により理解力が低下している可能性や、治療を自己中断してしまうリスクがあることについて伝えます2。一部の患者さんで大量服薬歴や自殺未遂歴、希死念慮などがある場合は、診療上の注意点も伝えるようにします。例えば、希死念慮がある患者さんにインスリン自己注射製剤を処方すると、自殺企図で過量の自己投与を行う可能性があるため、大変危険です。内科医に、精神症状が及ぼすリスクについて十分に理解してもらうことが重要です2。
―多職種協働ケアの重要性について教えてください。
MetSを管理するうえで、管理栄養士により食事内容の見直しを含めた栄養指導を行ってもらうことが重要だと考えています。
私たちは、肥満の統合失調症患者265例を対象に、精神科医による簡便な減量指導群、管理栄養士による毎月1回30~40分の個別指導群、対照群に割り付け、介入12ヵ月後における体重変化などを比較したランダム化比較試験を実施しました。
その結果、12ヵ月間の介入を完遂したのは、精神科医による簡便な減量指導群では67例、管理栄養士による個別指導群と対照群はいずれも61例で、管理栄養士による個別指導群のみ介入前に比べて有意な体重減少が認められました(p<0.001、対応のあるt検定)8
管理栄養士による個別指導群では介入前に比較して平均3.2±4.5kgの体重減少、対照群では平均0.5±5.1kgの体重増加で、介入前後の体重変化量は両群間に有意差が認められました(p<0.001、Bonferroni法)。また、精神科医による簡便な減量指導群では、介入前に比較して平均0.4±3.9kgの体重減少でした8。
多職種協働ケアによる身体管理を早期に行うことの重要性が推察されました。一方で、精神科医が栄養指導を行うことの難しさもうかがえます。精神科医向けに栄養や体重を管理するための指導ツールを開発することが課題と考えています。
―患者さんのサポート体制の現状と今後の取り組みについて、先生のお考えをご教示ください。
国の政策として、退院のために支援を必要とする精神疾患の入院患者さんを対象に、地域生活への移行支援の事業(以下、地域移行)が強力に推進されています。一方で、食事や栄養の管理などをセットにして地域移行の体制整備が進められているのかどうかは疑問です。
先述のデンマークの報告に関して、同国では1980年代から地域移行が推進されてきましたが、1995~2014年における統合失調症や双極性障害の患者のSMRを検討した結果、20年間にわたり上昇し続けていることが報告されました3。
日本では、デンマークに遅れて最近において地域移行が推進されています。したがって、今後の予測として身体合併症を有していながら、食事・栄養といった面でのサポートが十分に行われていない精神疾患の患者さんが増え続けていく可能性が考えられます。
精神疾患の患者さんの身体管理のサポートが不十分な状況であるなら、地域移行を推進していっても、将来は脳・心血管疾患による死亡率がますます上昇していくのではないかと危惧しています。
当事者である患者さんや家族へのサポートが必要だと考えています。現在、日本精神神経学会、日本糖尿病学会、日本肥満学会の3学会合同による『統合失調症に合併する肥満・糖尿病の予防ガイド』2の患者・家族向けガイドを作成しているところです。精神疾患の患者さんやその家族にもMetSの改善を意識してもらいたいと考えています。
心と身体、双方の健康を保つことが、真の意味での健康につながっていくと考えています。今後も、患者さんをサポートするための取り組みを推進していきます。
取材/撮影:ルンドベック・ジャパン Progress in Mind Japan RC
取材日:2023年4月27日
取材場所:獨協医科大学精神神経医学講座(栃木県下都賀郡)
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