
うつ病と認知症の関連性を考える ~臨床と研究の両側面から~ 精神医学クローズアップVol.21
馬場 元 先生
(順天堂大学医学部附属順天堂越谷病院 メンタルクリニック
順天堂大学大学院医学研究科 精神・行動科学
順天堂大学医学部精神医学講座 教授)
現在、多くの疫学的調査において、うつ病と認知症の関連性が示されています。超高齢社会を迎えているわが国において、うつ病と認知症の関連性は重要なトピックと言えます。
本稿では、うつ病の認知機能に関する研究、うつ病と認知症との関連性に関する研究に取り組む傍ら、豊富な臨床経験を有する馬場元先生に、うつ病と認知症の関連性についての話題や臨床医が注意すべきポイントについてお聞きしました。
「われわれの研究では、うつ病寛解後も認知機能障害が残存する可能性が認められました」
うつ病の認知機能障害
―はじめに、精神疾患領域において理解しておくべき認知機能の定義について教えてください。
馬場 認知機能は一般的に、「神経認知機能」と「社会認知機能」に分けられます。神経認知機能は記憶機能や遂行機能といった脳の高次脳機能に関わる認知機能であるのに対し、社会認知機能はより複雑で高度な認知機能を指します。例えば、相手の表情から感情や思いを読み取る、しぐさから思考を推し量るといった「社会知覚」などが含まれており、他者とコミュニケーションを図るうえで重要な機能と言えます。認知症では神経認知機能が、自閉スペクトラム症では社会認知が、うつ病や統合失調症では神経認知機能と社会認知機能の両方が障害されます。それぞれの認知機能がさまざまな疾患により障害されるので、分けて考えることが重要だと捉えています。
―うつ病の認知機能障害にはどのような特徴がありますか。
馬場 うつ病では神経認知機能と社会認知機能の両方の認知障害が起こると言いましたが、統合失調症では両方の研究が進んでいるのに対し、うつ病における社会認知機能の研究はまだ少なく、これから発展していくのではないかと思います。
神経認知機能に関しては、アルツハイマー病と同様にうつ病においても海馬の萎縮が観察されており、記憶機能が全般的に低下することが特徴の1つです。ただ、アルツハイマー病は変性によって海馬が萎縮するため元の状態に戻らないのに対して、うつ病の場合は、神経新生や神経栄養の問題で海馬領域の神経細胞が成長を阻害されることによって生じる萎縮だと考えられていて、抗うつ薬の使用によって萎縮が回復することが確認されています1。
―うつ病が回復すれば、認知機能も本来の状態に回復するということですか。
馬場 実は、うつ病寛解後も認知機能障害が残存する可能性があることがわかっています。私がリーダーをしているJuntendo Mood Disorder Project(JUMP)(注)の研究2,3では、複数のうつ病エピソードを持つ患者さんでは、寛解した3年後にも認知機能障害、特に記憶障害が残存していました。うつ病のエピソードが単回だった群と複数回の群を比較すると、複数回の群、つまり再発を経験した人たちの方が記憶機能障害が残りやすく(図1)、また、高齢者の方が回復に時間がかかる傾向がみられました。寛解後の認知機能についての大規模なメタ解析では、病相期間が長い人、発症からの期間が長い人の方が認知機能障害が残りやすいという結果が出ています4。再発を繰り返したり、長く病相にさらされたりすると、海馬の萎縮の回復が難しいことが示唆されます。記憶機能障害の残存を防ぐためにも、初発時のうつ病の治療と再発予防が重要であると言えます。
(注)順天堂大学が行っている気分障害を対象とした包括的臨床研究プロジェクト。2004年のスタート以来,600例を超える症例データの蓄積がなされ、縦断的な追跡調査が継続されている。
図1 うつ病のエピソード数別の記憶テストの結果
試験概要:
【対象】単回のうつ病エピソードを有する患者30名、複数回(2回以上)のうつ病エピソードを有する患者38名、コントロール(健常者)群57名
【方法】寛解直後(T0)および縦断的追跡調査(平均3.2年、T1)の時点で改訂版ウェクスラー記憶尺度(WMS-R)により記憶機能を評価した
Maeshima H et al.: J Affect Disord. 2012; 143(1-3): 84-88.より作図
「うつ病治療をきちんと行えば、認知症のリスクを下げられる可能性があることを伝えていくことが大切です」
うつ病と認知症の関連性
危険因子か前駆状態か
―うつ病と認知症の関連性はどこまで分かっているのでしょうか。
馬場 多くの疫学的調査でうつ病と認知症の関連性が示されています。うつ病と認知症には関連があることはほぼコンセンサスが得られていると言えます。JUMPでも、うつ病患者さんにおける認知症関連のバイオマーカーについて検討してきましたが、アルツハイマー病に関連するアミロイドβ5、レビー小体型認知症に関連するタンパクであるαシヌクレイン6、前頭側頭型認知症の一部で発現が増えているTDP-437のいずれについても、うつ病患者さんの方が健常者に比較して高いという結果が出ています。
ただ、海外の疫学的調査においては危険因子という言葉が用いられている点は注意が必要です。本来、危険因子と前駆状態は別物であり、厳密には分けて考えるべきものだと考えています。
そのうえで、うつ病が認知症の危険因子なのか、それとも前駆状態なのかという議論には結論が出ていませんが、最近の総説を見ると、うつ病は認知症の危険因子でも前駆状態でもあるのではないかという意見が多くなってきました。私も同様に考えています。
―うつ病から認知症へ移行しやすい要因としてどのようなことが考えられますか。
馬場 うつ病から認知症への移行の機序はまだはっきりとは解明されていませんが、うつ症状の再発と認知症発症リスクを追跡した大規模な疫学的調査で、うつ症状のエピソードが増えると認知症を発症する確率が高くなり、1回のうつ症状のエピソードごとに14%リスクが増えることが報告されています8。逆に言えば、再発の防止が認知症発症リスクの低減につながるということです。
うつ病は認知症の危険因子もしくは前駆状態というデータがある一方で、うつ病治療をきちんと行えば認知症のリスクは下げられる可能性があることをしっかり伝えていくことが大切だと考えています。
―実臨床におけるうつ病と認知症の鑑別について、どのようなことに注意すべきでしょうか。
馬場 うつ病の急性期では「うつ病性仮性認知症」と呼ばれるほど認知機能が大きく低下するため認知症との区別がつきにくいことがありますが、実は、うつ病と認知症の鑑別はそれほど重要ではありません。うつ病の急性期に認知機能検査をしても、本来の認知機能が評価できないだけでなく、患者さんの負担にもなってしまいます。認知症は急激に進む疾患ではないので、まずはうつ病があるかどうかを見極め、うつ病があったらまずその治療をして、その後で認知症があるかどうかを診ればよいのです。
それよりも重要なのは、アパシーと抑うつ状態の見極めです。というのも、抑うつ状態とアパシーではアプローチが正反対だからです。抑うつ状態のときは休ませることが必要ですが、アパシーの場合は行動を活性化させなければいけません。薬物療法も方向性が違うので、この見極めは重要です。アパシーも抑うつ状態も「意欲障害」といわれますが、抑うつ状態が「動機(motivation)はあるのに行動できない」のに対し、アパシーでは「動機が欠如」しています。この点に着目して患者さんを観察することが鑑別のポイントです。
「将来の認知症人口を減らすことに貢献するためにも、患者さんにしっかり向き合ってうつ病を治療していこうと考えています」
高齢者のうつ病治療―認知症のリスクを減らすためにも
―超高齢社会において、今後ますます、高齢者のうつ病が増えることが予想されます。高齢者のうつ病は、若年者のうつ病とどのような違いがあるのでしょうか。
馬場 高齢者のうつ病は、若年者と比べて心気的になりやすいことや身体愁訴や焦燥感が多いことが、年齢層別にハミルトンのうつ病評価尺度を比較したメタ解析で示されており9、臨床場面でも実感するところです。また、データとしては出ていませんが、自殺のリスクが高いことは臨床的にコンセンサスを得られています。
―高齢のうつ病患者さんを診療する際のアドバイスをいただけますか。
馬場 うつ病に限りませんが、最初の対応が肝心です。高齢の方は特に、第一印象が強く残る傾向があるので、初診でまず患者さんとの信頼関係を築くことがとても重要です。信頼が生まれると、治療に対して期待をもってくれるようになります。この期待がプラセボ効果の大きな要因なのです。高齢者のうつ病治療のポイントはプラセボ効果をいかに引き出すかであり、信頼関係を構築することが治療の成否を分けると言ってもいいと思います。
私の場合は、初診では1時間以上かけて、患者さんとじっくり関係性をつくることに注力します。その際に大切なのは、徹底したパーソン・センタード・ケアを実践することです。特に、ご家族が同席されていても患者さんに向かって話し続けることと、患者さんの回答をじっくりと待つことを心がけています。なかなか話してくれなかったり、理解してくれなかったりしても、決して患者さんを蚊帳の外にはせず、ひたすら語りかけていきます。1時間かけてじっくり患者さんと向き合うと、患者さんの表情や態度などから信頼してくれたことが伝わってきます。いったん信頼関係を築くことができれば、2回目以降は短い時間でもスムーズに診療が進みます。
うつ病を減らしていくことは、将来の認知症人口を減らすことに大きく貢献するのではないかと考えます。そのためにも、患者さんにしっかり向き合って治療していこうと思っています。
取材/撮影:ルンドベック・ジャパン Progress in Mind Japan RC
取材日:2025年1月28日
取材場所:AP東京八重洲(東京都中央区)
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