うつ病の精神療法の“効く力”を見える形に:作用機序の解明を目指して 精神医学クローズアップVol.24
片山 奈理子 先生
(慶應義塾大学 保健管理センター 専任講師・医学部 精神・神経科学教室 兼担講師)
うつ病における認知行動療法(Cognitive Behavioral Therapy:CBT)は、臨床試験において薬物療法と同等の有効性が認められている治療法です1。しかしながら、CBTを支える作用メカニズムは未だ解明されていないのが現状です。
本稿では、精神科医として臨床に携わる傍ら、脳画像を用いて精神療法の効果を可視化する研究を重ねておられる片山奈理子先生に、これまでの研究からみえてきたCBTの作用機序や研究の今後の展望についてお話しいただきました。
また後半では、精神科領域において女性医師の割合が徐々に増えるなか、どのようにキャリアや働き方を構築していけばよいかについてお考えを伺いました。
「脳画像で心の状態が可視化できる面白さにのめり込みました」
脳画像を用いたCBTの効果可視化に向けた研究
―精神療法と脳画像をつなげる研究を始められたきっかけを教えてください。
もともとは精神療法に関心があったのですが、夫の仕事の関係でハワイに行くことになり、縁あってハワイ大学の脳画像研究のラボで仕事を始めたのがきっかけです。これまでニューロイメージングとは全く縁がありませんでしたが、脳画像で心の状態が可視化できるとはなんて面白いのだろうとのめり込み、計4年間アメリカで脳画像の研究をしました。
帰国して大学に戻ったのが2014年で、日本で認知行動療法(CBT)の効果が認められ始めた頃でした。当時の教授であった三村將先生(現・慶應義塾大学名誉教授)から、せっかく脳画像を勉強してきたのならCBTの効果を脳画像で可視化してみてはどうかと助言をいただき、中川敦夫先生(現・聖マリアンナ医科大学神経精神科学教室教授)をご紹介いただいて研究が始まりました。といっても、先行研究や具体的な仮説があったわけではなく、多方面の専門家の方々と話し合いながら手探りで進めていきました。当時は、病院の臨床用MRIを研究に活用するため、紙やガムテープを使ってMRI内で使える(非磁性体の)スクリーンを手作りしていたのも今振り返ると懐かしい思い出です。
―これまでの研究成果をご紹介いただけますか。
最初に取り組んだ大きなプロジェクトは、脳画像を用いて、うつ病に対するCBTの効果を「未来性思考」の視点から検討するというものでした。CBTの創始者であるアーロン・ベックが提唱する「否定的認知の三徴(negative cognitive triad)」 のひとつとして、うつ病の患者さんは、未来に対して悲観的になることが知られています2。研究で実際に脳画像を解析したところ、うつ病の方が未来のことを考えるときには、未来性思考に関わる前頭極(BA10)と呼ばれる領域の活動が高くなっていることがわかりました2。
次のステップとして、CBTによってBA10の活動状態がどのように変化するかを調べるために、うつ病の患者さんを、週1回約50分のCBTを計16回受ける群(CBT群)と、認知の変容を促さないカウンセリングを受ける群(talking control群:TC群)にランダムに割り付け、比較試験を行いました。その結果、TC群では治療前後でBA10の活動に変化が見られなかったのに対し、CBT群ではBA10の活動が低下(正常化)していました3。さらにCBT群では、両側のBA10と側坐核(報酬に関わる領域)の機能的結合が強まっており、この変化は治療から1年後の症状の改善とも関係していることがわかりました4。その後、うつ病の遷延や再発に関連する、グルグルと考え込む「反芻思考」に注目した臨床研究を実施し、反芻思考に関連する脳内ネットワークが治療によりどのように変化するのかをCBTと薬物療法と比較し発表しました5。
―研究の結果、CBTはどのような機序で効果を発揮しているとお考えでしょうか。
まだ完全に解明できたと言える段階ではありませんが、現実的な問題を整理し、目標を立て、問題解決を促すCBTのセッションにおいて未来を想像することが可能になったり反芻が改善したりすると、脳の機能も変化していることがわかってきました3,5。CBTが前頭葉にアプローチして脳機能を改善していることは間違いないと考えており、薬や外部刺激を用いず、「言葉」を用いる治療が前頭葉にアプローチできることはCBTのもつユニークな特徴でしょう。
「研究によってうつ病は脳の病気であり、CBTにより改善することを患者さんに伝えやすくなったことはひとつの前進」
うつ病治療の作用機序解明のこれから
―CBTの効果を脳画像によって可視化することで、臨床にはどのような影響がありましたか。
うつ病の患者さんの脳画像を撮像することで状態を把握し、「脳の状態からも徐々に良くなっています」など、根拠をもって患者さんに伝えられるようになるのが診療の場面における目標ではありますが、残念ながらそこまでは至っていないのが現状です。ただ、いくつか良い影響があったと感じています。今はかなり状況が変わりつつあるものの、「うつ病は気の持ちようだ」という誤解も未だ根強くありますが、脳画像によってうつ病の状態やCBTの効果を可視化することにより、「うつ病は脳の病気」であり、CBTにより改善するということを伝えやすくなりました。当院では、外来に置いている患者さん向けのCBTに関するパンフレットに、CBTによる脳機能の変化についての説明も盛り込んでいます。患者さんに「うつ病は脳の病気、それは精神療法でも治療可能」と科学的根拠をもって伝えられることはひとつの前進ではないかと思います。
また、CBTをはじめとする精神療法を行っているセラピストの先生方からは「CBTが脳の機能を変えていると認識できて自信につながった」と言っていただき、それはとても嬉しいことでした。
私自身もこの研究を通して、うつ病の治療における未来思考の重要性にあらためて気づくことができました。うつ病の臨床と言うと、過去を分析したり、ネガティブなものを取り除くことだけにフォーカスしがちですが、治療者としては患者さんのポジティブな未来を一緒に考えていくことも大切ではないかと思います。その気づきを臨床の場面でも意識して患者さんに向き合うことを心がけています。
「各種治療法の作用機序を脳画像を通じて明らかにし、将来的には患者さん一人ひとりに合った効果的な治療選択につなげたい」
―今後の研究の展望を教えていただけますか。
これまでは主にfMRIを用いた研究を行ってきましたが、さらなる分子的な構造から変化を捉えるためPET研究にも挑戦していきたいです。また、今後はCBT以外の他の治療法の作用機序にも注目していきたいと考えています。各種薬物療法や経頭蓋磁気刺激(Transcranial Magnetic Stimulation:TMS)、電気けいれん療法(Electroconvulsive Therapy:ECT)など、アプローチは異なっていても、最終的に「うつ病の寛解」という同じゴールにたどり着くのは非常に興味深く、その背景にある機序を、脳画像を通して明らかできればと考えています。作用機序の違いだけではなく、異なる治療法を組み合わせたときの相乗効果もあると考えており、将来的には、患者さん一人ひとりに合ったより効果的な治療選択につなげていくことを目指しています。
「自分の裁量で進めることができる研究は、意外と子育てと両立しやすい。実績として“可視化”されるのも大きな励みになります」
女性医師の働き方、キャリア像
―女性医師として研究と臨床、そして家庭・子育てを両立しながらキャリアを築いてこられたお立場から、後進の先生方にアドバイスをいただけますか。
この10年で産育休が取得しやすくなるなど、女性が働く環境は大きく変わっています。とはいっても、実際に出産や育児を経験する中では、いろいろな苦労や葛藤もあると思います。私自身も、「働くことも、子どもへの関わりもすべてが中途半端な気がして申し訳ない」という気持ちになることがよくありましたし、お子さんがいる女性医師の多くが同じような思いを抱えているのではないでしょうか。それでもあきらめず、「仕事も子育てもどちらも大切で、両方やりたい」という気持ちを持ち続けてほしいと思います。必ずしもフルタイムで働き続ける必要はありません。キャリアを途切れさせないように何らかの形で仕事を続けていくことで、将来の選択肢が大きく広がります。
私はよく後輩の女性医師から相談を受けた際、「研究と子育ては意外と両立しやすい」とアドバイスをしています。臨床は時間や場所の制約が大きく、たとえば子どもが急に熱を出したときには対応が難しいですが、研究は自分の裁量で進めることができます。子どもの面倒をみながら頭の中で考えたことを、子どもが寝たときに調べたりもできますし、自分で仕事の時と場所をコントロールできるのです。私自身は子どもが小さいときに研究をしていてよかったと思っています。
育児や臨床と違って、研究は結果が出て、評価をされるのも利点です。実績として“可視化される”のは大きな励みになります。
また、妊娠、出産、育児、更年期などの女性ならではの経験を活かすことができるのは、精神科の特徴だと考えています。精神科は女性の患者さんの割合が多い診療科であり、患者さんの悩みや気持ちがわかることが日常臨床の場面でプラスに働くことは少なくありません。他の診療科ではディスアドバンテージになってしまう女性ならではの人生経験が、患者さんの気持ちをより深く理解するための貴重な糧になります。大変なときでも諦めずに、「今できることを、できる範囲で、一生懸命に取り組む」という姿勢で、少しずつでもキャリアを積み重ねていっていただければと思います。
取材/撮影:ルンドベック・ジャパン Progress in Mind Japan RC
取材日:2025年7月3日
取材場所:ルンドベック・ジャパン株式会社(東京都港区)
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