うつ病に対する認知行動療法~行動活性化療法を中心に 精神医学クローズアップ Vol.7
中尾 智博 先生(九州大学大学院医学研究院 精神病態医学 教授)
日本人の約15人に1人が経験する1と言われているうつ病に対しては、さまざまな治療が行われています。物事に対するとっさの見方・考え方(認知)は気分や行動に影響を与えると考えられており、否定的な認知―気分―行動―身体反応の4領域の症状の悪循環が続くと、うつ病の発症やその持続に関連すると言われています1。より柔軟な考え方や行動ができるように、認知に働きかけて修正を図っていく認知行動療法は、注目されている精神療法の1つです。うつ病に対するもう1つの精神療法として行動活性化療法が取り上げられ、嫌悪状況や社会的状況からの回避行動がうつ症状の持続要因となっている症例においては、行動活性化療法が十分な有効性をもつ可能性が示されています。うつ病治療の全容、うつ病治療における認知行動療法および行動活性化療法の位置づけ、治療仮説、治療内容や今後の展望・課題について中尾智博先生にお話を伺いました。
―うつ病治療の三本柱である休養、薬物療法、非薬物療法の位置づけ、および精神療法において認知行動療法が注目されている経緯・背景やその有用性についてご解説ください。
うつ病治療では、重症度や臨床症状(抑うつ気分、意欲低下、焦燥)など、病態によって、休養、薬物療法、非薬物療法を柔軟に使い分けています。十分に休養してエネルギーを補充することは必要ですが、休養だけでは回復しない場合には、主に抗うつ薬を中心とした薬物療法を行います。非薬物療法で欠かせないのが精神療法で、支持的精神療法と系統的精神療法があります。支持的精神療法は、患者さんを受容的に受け止めて共感を示しながら悩みなどを聴き、サポーティブに取り組む治療で、受容、傾聴、共感は精神科診療の基礎であり、すべての治療において最も基本的な治療者の態度です。支持的精神療法によっても病状が持続し、患者さんの性格や考え方の影響が大きい場合には、治療仮説に基づく心理学的介入である系統的精神療法が必要となります。系統的精神療法には、無意識の世界に連想によって接近し、患者さんが抱えている対象関係の問題を修正する精神分析、神経症に「とらわれの機制」を見いだし、とらわれから脱却しあるがままの心を身につけることを目指す森田療法、状況に対する思考、感情、行動、身体の反応を分析し、さまざまな方法によって新しく、適応的な思考や行動を身につけていくことを目標とする認知行動療法などがあります。
うつ病では、悲観的、否定的な思考が主体となり、考え方に柔軟性がなくなり、それまでの経験や知識を活かした合理的な考えや判断ができなくなっています。認知行動療法では、思考と結びついている行動、感情、身体の変化に着目し、思考(認知)も含め、この4つの要素にさまざまな方法でアプローチすることで適応的な思考や行動を増やし、気分の改善をもたらすことができます。
―精神療法の中で認知行動療法から行動活性化療法が派生した経緯・背景、治療仮説や特徴についてご解説ください。
認知行動療法では、変化と関連した認知的メカニズムを仮定し、行動を変化させることは信念を変えるための手段と考えているのに対し、行動活性化療法は、行動における正の強化*aが気分の変化を引き起こすという仮説に基づいています。
行動活性化療法は、初期の行動理論における「行動機能分析に基づく抑うつにおける回避行動の概念化」2と「抑うつを導くメカニズムは快事象の減少もしくは不快事象の増加にある」という理論3に基づいています。その後1970~90年代にかけて、行動活性化療法は台頭してきた認知理論の枠組みから説明されていましたが、うつ病に対する認知行動療法の構成要素研究により、行動的技法が認知的技法に劣らないこと、うつ病治療に認知的な介入が必ずしも不可欠な要素ではないことが示唆されました4。そして、2000年代以降、認知行動療法の枠組みにおける行動的技法としてではなく、「正の強化を受ける行動を同定し、それを増やすことにより目標の達成や感情調節に前向きな態度をとることは、症状を緩和するのみならず、正の強化を通して前向きな行動レパートリーをさらに増加させる」という行動自体で定義できる行動活性化療法が提唱され、その治療マニュアルが作成されました5。
―行動活性化療法は、どのような精神疾患に対して有効と考えられているか、その中でうつ病に対するアプローチとして有効な理由などお聞かせください。
不安障害に対する認知行動療法の技法である曝露反応妨害法*bや行動実験*cは、いずれも回避行動が病態に大きく関与すると考えている点で、行動活性化療法と似た要素をもっています。うつ病における活動性低下、引きこもり、社会活動低下といった行動は回避行動と捉えることができるので、うつ病は行動活性化療法のよい適応と考えられます。
行動活性化療法では、気分に従って行動する(inside-out)のではなく、まずは行動することで気分が変わる体験を積む(outside-in)ことを重視しています。うつ病では、いやな気分を回避するための行動、例えば「ベッドの上で横になって過ごす」「テレビをぼーっと見る」などのうつ行動が増え、これらの回避行動は、長期的にはさらなるうつ症状の持続を招きます。「決まった時間に起きる」「外出する」「趣味の活動をする」といった行動課題を設定し、健康行動を増やすことは、結果的に気分、うつ症状の改善につながります。
―行動活性化療法のエビデンスについてご解説ください。
ワシントン大学で大うつ病性障害患者(241名)を対象に、行動活性化療法、認知行動療法、薬物療法およびプラセボを比較した大規模な無作為化比較試験が行われました。その結果、Beck Depression Inventory(BDI)およびHamilton Depression Rating Scale(HDRS)の改善率は、中等度以上の患者(HDRS≧20)では、認知行動療法と比べて行動活性化療法(p=0.029(BDI)、p=0.038(HDRS)、コクランマンテルヘンツェル検定)および薬物療法(p=0.007(BDI)、p=0.022(HDRS)、コクランマンテルヘンツェル検定)で有意に高く、行動活性化療法と薬物療法に有意差は認められないことが示されました6 。
―行動活性化療法の治療内容について解説ください。
行動活性化療法では、”inside-out”行動(気分に従った回避行動)を特定し、”outside-in”行動(気分を改善するための行動)を計画・実行し、その随伴性を観察していくことが治療の中心となります5。”inside-out”行動の理解としてTRAPモデル、”outside-in”行動の理解としてTRACモデルが提唱されています。TRAPモデルでは、きっかけ(Trigger:起床)、反応(Response:抑うつ気分)、回避行動(Avoidance Pattern:横になって過ごす)を行うと、結果的に抑うつが持続します。一方TRACモデルでは、きっかけ(Trigger:起床)、反応(Response:抑うつ気分)、回避行動に代わる対処行動(Alternative Coping:朝食を食べる)を行うことで、抑うつ気分が軽減しTRAPの悪循環から抜け出すことができます7。このような取り組みを継続していくために、すべての行動の機能をチェックし(Assess)、回避か活性化のどちらであるかを選択し(Choose)、選択した行動を試し(Try out)、新しい行動を取り入れ(Integrate)、結果を観察し(Observe)、そして、この繰り返しを決してあきらめない(Never give up)というACTIONモデル5に従い、試行錯誤しながら適応的な行動を見つけていきます。
具体例として、まず患者さん自身による活動モニタリングを実施し、例えば「起床時に抑うつ気分が強くなる」ので回避行動として「二度寝」することでTRAPの状態になっていることが特定された場合、回避行動の機能分析と活動スケジュールの策定において、「二度寝」をせずに対処行動として「散歩に出かける」と気分が改善することを実感することでTRACへ変わることができます。このような作業を繰り返しながら、患者さんの価値に沿った行動、目標に向かう活動を活性化し、あるいは抑うつを持続させる要因となる回避行動に代わる活動を活性化することでうつ症状の改善を図ります。
―多様性のあるうつ病に対して、行動活性化療法がどの程度普遍的な効果を示せるのかなど、今後の展望と課題についてお聞かせください。
認知行動療法では認知の変容を重視してきましたが、行動活性化療法では行動と気分の相関により重点を置いています。特に、うつ病における回避的な行動パターンに注目し、その変容によってうつ症状の改善を目指すところが行動活性化療法の特徴です。回避行動がうつ症状の遷延化を招いているディスチミア親和型うつ病や、自閉スペクトラム障害や注意欠如・多動性障害などの発達障害による人間関係や仕事の適性などから回避的な行動パターンになっている場合には、行動活性化療法が有用だと思います。
行動活性化療法では、うつ病とは何か、病状はどうなっているのかを患者さんに理解してもらうための心理教育が重要です。心理教育に基づいて、患者さん自身が活動モニタリングを行い、活動と気分の関係性を把握できるように治療者がガイドしていくことが必要です。治療の進行に伴って患者さんが治療の主体となり、治療が終結した時には患者さんご自身が治療者になるというのが理想形です。薬物療法と比べて精神療法、特に系統的精神療法のメリットは、患者さん自身が治療で学んだことを実践できるようになり、自身の考え方や行動の癖を学んで理解することで再発が起きにくくなることです。不安が高まる現代社会で、行動活性化療法の実践・普及を期待しています。
*a:ある行動を行ったことで、行動の前になかった望ましい結果が得られ、その行動が増加・維持されること。
*b:患者が回避している刺激状況に対しあえて自らを曝し(曝露)、不安が高まっても強迫行為を行わずにいる(反応妨害)と、時間経過につれて不安が自然に収まってくることを繰り返し体験することで、不適切な不安の学習を解除する方法。
*c: 社交不安症などにおいて、患者が持つ特定の思考や予測が、実際にそうなるかどうかを確かめる実験を計画して、実行すること。自分がありのままでも受け入れられるという気づきを得ることを目的とする。
取材/撮影:ルンドベック・ジャパン Progress in Mind Japan RC
取材日:2023年1月18日
取材場所:九州大学大学院医学研究院 精神病態医学/九州大学病院 精神科神経科 教授室
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