パーソナルリカバリー リレーインタビューVol.4 看護師・保健師

看護職として、総合病院の看護師、日本人学校の養護教諭、大学保健センターの保健師を経て大学院で精神看護を学び、現在は看護学生への教育や精神科におけるShared decision making(SDM:共同意思決定)に関する研究を行う傍ら、精神科訪問看護に従事するなど、幅広くご活躍の青木裕見先生にお話を伺いました。看護師・保健師の視点から、うつ病当事者との向き合い方、SDMやその補助ツールであるディシジョンエイドを活用した取り組みなど、パーソナルリカバリーの達成にもつながる当事者主体のアプローチについて、お話しいただきました。

青木 裕見 先生
(聖路加国際大学大学院看護学研究科 准教授)
(聖路加国際病院訪問看護ステーション 訪問看護師)


―先生が「リカバリー」や「パーソナルリカバリー」について考えるきっかけになったことについて教えてください。

「リカバリー」という概念は、私が学部教育を受けた2000年前後はまだ一般的でなかったように思います。卒後10年程経って、大学の保健センターの精神科外来で保健師として勤務することとなり、この「リカバリー」という考え方が精神医療の中心概念になっていることを知りました。私は卒後、総合病院の腎センター(透析部門)で看護師としてのキャリアをスタートさせ、その後、集中治療室に異動したのですが、そのときにリカバリー室(術後回復室)から戻ってくる患者さんの看護をしていた経験から、精神科外来で働き始めた当初は、リカバリーとは麻酔後のケアの印象が強く、精神科におけるこの概念は私にとって身近なものではありませんでした。

精神科外来では、悩みを抱えてやってくる学生さんに最初にお会いし、話を聴くのが私の役目で、大学生の年代は種々の精神疾患の好発年齢のため、初発のケースを多く経験しました。人生の進路を決める時期であり、ご本人と卒後の目標を含めた将来についても話し合い、ご家族や教職員とも連携しながら関わっていましたが、手探りの部分も多かったように思います。このときの経験と、卒後約10年を経て精神医療を取り巻く環境も大きく変化していたことから、精神看護について学び直しが必要と考え、大学院に進学しました1。そこで「リカバリー」概念と出会い、精神疾患に対する捉え方や向き合い方が深まっていったように思います。

元来「リカバリー」や「パーソナルリカバリー」は当事者発の概念です。現在は、医療を提供する側においても、これらの概念が重んじられるようになり、治療やケアのゴールとして、「パーソナルリカバリー」に焦点があてられ、その過程においてもご本人の主体性が重視されるようになっています。今後もこうした考えがより一層広がっていくことと思います。

 

精神科受診者にはご本人の言葉を受け止め、辛さに共感することが求められていると思います。

―リカバリー支援において、医療者にはどのようなことが求められているのでしょうか。

外来でお会いする学生さんは、はじめて精神科を受診する方々が大半でした。相談先として知っていたけれども、「あそこに行ったら負けではないか」「行ったら就職できなくなるのでは」など、症状の辛さに加え、様々な迷いや葛藤を経て、やっとの思いで来るといったことも多く、ご本人たちにとっての精神科受診へのハードルの高さを身に染みて感じました。

また、うつ病の認知の特性もあり、「自分の性格のせい」「自分が弱いから」「自分がいけないから」など、自身を責め、理由や原因は自分の内側にあると捉えていることも多く、薬物療法に対しては、「今の状態を薬で治せるとは思えない」といった声もよく耳にしました。

したがって、まずは来談してくれたことを丁寧に労い、ご本人の言葉を受け止め、辛さに共感すること、さらに、治療に対する疑問や迷い、不安など、率直な思いを打ち明けることのできる機会を意識的に作る、そういった役割が求められていると感じました。医療者から受け入れられたという受容の感覚は、その後の治療関係や信頼関係につながり、治療の経過やリカバリーの過程にも大きく影響するのではないかと思います。

 

精神科受診時の不安を払拭するためには、最初の面談がとても大切だと思っています。

—うつ病の当事者の方からも、自己受容がリカバリーにとって重要であるというお話がありました。実臨床で青木先生が当事者と接する際、どのような点に重きを置いていますか。

まず、先ほどの話題にも通じますが、最初の面談(initial contact)はとても大切だと思っています。特に、精神科の受診が初めてという場合、「どんな治療をするのだろう」「何を言われるのだろうか」と不安を覚えるのも無理のないことです。最初にお会いするときは、「よく勇気を出して来てくださいましたね」とお伝えして労うこと、そして、何かお手伝いできることがあれば、一緒に考えたいという姿勢を示すことを心がけています。

さらに、ご本人がもつ強み(ストレングス)やその人らしい良い面を大事にし、それを積極的にご本人に伝えるようにしています。治療の場面では、ともすれば、問題になっていることやご本人のできない面に注目しがちですが、“できないこと探し”ばかりしてしまうと行き詰まってしまいます。ご本人の強みは、身体面や社会的な側面からも探すこともできます。身体合併症がなく身体が元気なこと、経済的に裕福であることなどもストレングスになり得ます。病気の特性や症状の影響もあって、自己肯定感が低くなりがちですので、「こんな素晴らしい強みがありますよ」「この強みは活用できますよ」と言葉でお伝えしていくことはとても大事なことだと思っています。

訪問看護でご自宅に伺う際、お話を聞きながら、毎回小さなことでもご本人の強みを見つけ、言葉にして表現するよう心掛けています。先日、高齢の母親と二人暮らしの方のご自宅に訪問した際、ご本人から、母親が体調を崩し、どう対処したらよいかわからなかったため、地域包括支援センターのスタッフに電話して相談した、という話を伺いました。周囲に助けを求められるというのは、ご本人の大きな力であり、ストレングスですので、「自分では対応できないと判断したこと、そして電話で相談することができたのは、とてもよかったですね」とご本人にお伝えしました。

私たちも同じですが、案外、自分では自身の強みには気づきにくいものです。こちらが言葉にしてお伝えし、強化していくことで、ご本人が「これでいいんだ」「やってよかったんだ」と思え、自信にもつながります。大学の授業や実習指導で学生さんにも、どんな小さなことでもいいので、対象者のバイオ・サイコ・ソーシャルの各側面を広く見渡し、ストレングスを隈なく探しましょうとお話しています。

ご本人が強みを発揮するために、私たち医療者がご本人の力や可能性を信じて、フラットな関係で向き合っていけるといいと思っています。

 

抑うつ状態ではSDMの実施は難しいと思われがちですが、手法の工夫により症状の改善にもつながり得ます。

—パーソナルリカバリーに関連して、先生が研究されているshared decision making (SDM:共同意思決定)やディシジョンエイドについてご説明いただけますか。

SDMは、ご本人と医療者が治療に関する選択肢を共有し、一緒に話し合いながら今後の治療法を選ぶ、医療における意思決定の手法です2。ディシジョンエイドは、SDMのサポート役として、ご本人と医療者の対話の促進を目的とした情報ツールです。意思決定にあたり必要な選択肢およびそれらの長所・短所が、図や表も活用しながら平易な言葉で説明されており、これを読むことでご本人が自身の価値観を明らかにしながら意思決定に参加できるのが特徴です3-9。ご本人の積極的な治療参加が促せるという点で、「パーソナルリカバリー」の促進にもつながる手法であると考えています。

はじめは、「抑うつ状態では、思考力や判断力が低下するため、SDMの実施は難しいのではないか」という懸念を抱くことがあるかもしれません。私はこの方法を医師と協働して外来診療に導入し、実践してきましたが、大半の方々が、受診前に自身の状態について検索してから来院されるため、医療者側が疾患や治療に関する適切な情報をご本人とわかりやすい形で共有することの大切さを痛感していました。当事者にとって、診察室という空間は緊張がつきまとうものですから、プレッシャーのない環境でじっくり検討できる熟考時間は大切だと思います。1回の面談では結論を出さず、持ち帰ってディシジョンエイドを眺めながら考えていただく、熟考の時間を大切にし、切迫した自殺念慮があるなどの場合は除き、こうした持ち帰り型のSDMを実践してきました10。持ち帰って何か疑問や質問があれば、医師との診察の前に保健師に会って相談できる機会も作っていました10。こうした枠組みを作ることにより、ご本人が積極的に治療の意思決定に参加してくれますし、検討の過程で何か有害なことが発生するということもありませんでした10。持ち帰って検討した次の診察時には、治療開始前にも関わらず、抑うつの症状が改善していた10こともわかり、SDMは症状の改善にもつながり得る可能性が示唆されたことは、興味深いと思っています。

なお、ツールの活用にあたって、これを手渡してご本人に決めてもらうというのではなく、このツールを活用しながら「一緒に話し合う」という点を大切にしています。ディシジョンエイドには、検討の過程で考えたことや感じたこと、疑問に思ったことなどを書き込んだり、選択肢の特徴に対して数字や星(★)の数で重みづけをしたりする内容が含まれており、コメントや重みづけに対し、その理由を尋ね、深堀りして聴いていくことで、望んでいることや大切にしたいこと、また譲れないと思っていることなど、つまりご本人の価値観が整理され、それを共有できるという利点があります3-10。ご本人が自身の目標に近づくために、どの治療に取り組みたいと考えるのか、その検討のプロセスを共にしながら一緒に考えていきます。このような作業もまた、パーソナルリカバリーにつながるのかもしれません。

先ほど、医師との診察の前に保健師に質問できる時間を設けたと申し上げましたが、SDMを多職種で展開、発展させるために、ディシジョンコーチングという役割に注目しています。ディシジョンコーチングとは、ご本人と治療者が、診察でどの治療法を選択するかの最終的な決定を行う前に、ご本人の疑問や質問に答えながら情報の整理をし、一緒に意思決定の診察に向けた準備をするのを手助けする役割のことで、看護師のほか、薬剤師や心理士などの職種によって実践されるようになってきています11,12。ディシジョンコーチングは、どの選択肢に対しても中立な立場をとり、非指示的な態度で、ご本人が自身の価値観を明らかにするのを手助けするのが特徴です。2022年に諸外国のSDMやディシジョンエイドの研究者らと一緒に、このディシジョンコーチングに関する文献レビューに取り組み、メンタルヘルスの領域を含む様々な疾患の治療選択に関する27件のディシジョンコーチングの実践について、そのメカニズムを分析しました12。そこでは、当事者を含めた多職種チームでSDMの理念を共有しておくこと、コミュニケーションのスキルを積極的に活用していくことなどが強調されていました12。ご本人が自身の価値観を明確にしたうえで、治療者との診察に臨み、さらに納得のいく意思決定につながるよう看護職によるディシジョンコーチングの役割の普及をはかっていければと考えています。

—当事者と医療者では知識の差があり、ご本人にとって、治療の選択肢を診察室で初めて聞き、そこで選ぶというのはハードルが高そうです。「先生が決めてください。お任せします」と言う方もいると思うのですが。

何もない所からの選択はもちろん難しいでしょう。そのためにディシジョンエイドのようなツールやディシジョンコーチングといった役割が有用であると考えています。SDMのプロセスにおいて、治療に関するご本人の最初の好み(initial preference)は、意思決定に必要な十分な情報と検討のための熟考の時間を経て、情報にもとづく好み(informed preference)に変化し、この情報にもとづく好みによって選択された内容こそ、納得した意思決定につながるとされています13。選択肢に関する情報を十分に共有していない状況下での「お任せします」なのか、情報共有がなされて納得した上での「お任せします」なのかは、意味合いが大きく異なるのです。それぞれの選択肢の内容とご本人にとってのメリット・デメリット、また選んだ先にどのようなことが起こり得るのか、そういった事柄を十分に比較検討したうえで、やはり決めかねるので治療者の推奨する方を選びたいといった意向であれば、それが尊重されることもあると思います。しかし、情報共有や検討の過程を経ずに他者に委ねてしまう場合、後々、想像していなかったことが生じた場合など、他者のせいにしたり、または治療中断にもつながったりすることがあるかもしれません。SDMの話し合いは、治療の導入時だけ行うものではありません。納得して決めた結果でも、時にはうまくいかないこともあるでしょう。その時は、次の一手をまた一緒に話し合い、考えていくことが大切ですね。

—ご本人が「情報にもとづく好み」によって意思決定するために、どのようなかかわりが大切でしょうか。

こちらがお伝えした情報について、ご本人の受け止め方や理解の程度をきちんと把握することですね。何かこちらが説明したことに対し、「わかりましたか?」と質問すると、多くの方々は「わかりました」と言いますし、「ご質問がありますか?」と尋ねても、「大丈夫です、ありません」との返答が返ってくることが多いのではないでしょうか。診察室では緊張もしやすいですし、実際には半分も理解できていなかったということもあるかもしれません。そこで、相手の理解の程度を確認する方法として、ティーチバックという方法が推奨されています14。これは、こちらがお伝えした内容を、ご本人に自分の言葉で説明し返してもらう方法で、「今申し上げたことをもう1回、ご自分の言葉でご説明してもらえますか」と尋ねてみるのです。ただし、中には理解度を測るテストのように受け取られる方もいらっしゃるかもしれません。「今のお話をご自宅に持ち帰って、ご家族にどのように説明できそうでしょうか?」と問いかけるのも1つですね。心理的な負担をかけずに理解度を把握することができます。

—最後に、看護職としてのリカバリー支援に対するお考えを聞かせていただけますか。

体のケアもできることが看護職の強みだと思っています。訪問看護でご自宅にうかがっている利用者さんにも、身体の疾患も併せもっている方が複数いらっしゃいます。リカバリーは、精神疾患をもっていてもその人らしく主体的に生きていくことを意味しますが、糖尿病や高血圧など、日々のコントロールが大切になってくる身体疾患についても、当てはまることだと思っています。疾患をもっていても、上手に付き合いながら、仕事や生活、趣味や人付き合いなどに生きがいややりがいを見出し、その人らしく暮らしていけるよう傍らで見守る、そんな役割が求められている気がしています。

本日は、私が研究テーマとしているSDMやディシジョンエイドについてもご紹介しましたが、SDMは「ツールがないとできない」「こうしなければならない」という、1つの型にはまったものではありません。施設の特徴や多職種チームのメンバー構成など、それぞれのチームの特性をいかしながら、ご本人主体の意思決定のために、チームでどのような取り組みや工夫ができそうかを考えていただく一助になりましたら幸いです。

患者中心の医療や患者中心のケアといった言葉も広く普及してきました。英国では、SDMの普及にむけ、「No Decision About Me, Without Me(私のいないところで、私の決定をしないで)」というスローガンを掲げた取り組みが行われています15。また、患者さんのいないところで、患者さんのことを話し合わないという考えから、ご本人不在のカンファレンスは行わない、看護のシフト交代のときの申し送りもベッドサイドで、ご本人のもとで行うといったアプローチも始まり、患者評価が高いとされています16。ぜひそういった要素も参考に、SDMやディシジョンコーチングの取り組みを続け、ご本人のパーソナルリカバリーの達成に貢献できるよう努めていければと思っています。

 

<プロフィール>

看護師 青木 裕見 先生
聖路加国際大学大学院看護学研究科 准教授
聖路加国際病院訪問看護ステーション 訪問看護師

1999年国際基督教大学教養学部社会科学科卒業後、同年聖路加看護大学(現聖路加国際大学)に学士編入。卒後、聖路加国際病院腎センター、集中治療室に勤務。立教英国学院養護教諭、早稲田大学保健センター保健師を経て、2017年より聖路加国際大学大学院看護学研究科・聖路加国際病院訪問看護ステーション(兼務)。2020年聖路加国際大学大学院看護学研究科博士後期課程修了。2022年より聖路加国際大学大学院看護学研究科准教授、杏林大学医学部精神神経科学教室非常勤講師。専門は精神看護学。精神科における意思決定支援や精神科訪問看護の質向上、SDMの臨床実装と普及にむけた活動に尽力している。
看護師・保健師・精神保健福祉士。

 

取材/撮影:ルンドベック・ジャパン Progress in Mind Japan RC
取材日:2023年10月20日
取材場所:ルンドベック・ジャパン(東京都港区)

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参考文献

  1. 青木裕見:看護研究. 2015; 48(4): 327-331.
  2. Aoki Y et al.:Cochrane Database Syst Rev. 2022; 11(11): CD007297.
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  15. Snowden A et al.: J Clin Nurs. 2013; 22(9-10): 1353-60.
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