高齢のうつ病患者における臨床的特徴と診療のポイント、治療ゴール設定について 精神医学クローズアップ Vol.12
伊賀 淳一 先生(愛媛大学大学院医学系研究科 精神神経科学 准教授)
日本うつ病学会が2020年に発表した「高齢者のうつ病治療ガイドライン」1は、高齢のうつ病患者の発見、鑑別診断、治療効果判定について、他の世代とは異なると考えたほうがよい点があることを指摘しています。
高齢のうつ病患者の診療に携わってこられた愛媛大学大学院医学系研究科 精神神経科学 准教授の伊賀淳一先生(同ガイドラインのドラフト作成ワーキングメンバーの1人でもあります)に、高齢うつ病患者の受診までの過程、鑑別診断および症状評価のポイント、治療のゴールなどについて伺いました。
―うつ病診療では、診断、治療、環境等の側面から、小児や高齢者といった患者さんの特性や留意事項としてどのような点が上げられるか、お聞かせください。
小児の中でも中学生以降に発症する思春期のうつ病には独特の背景因子があると言われており、いじめや虐待などの外的要因がうつ病を引き起こしているのか、ストレスによる適応障害のような状態なのか、貧血などの身体的な問題からの抑うつ状態なのかの的確な鑑別診断が重要とされています。また、思春期のうつ病に対しては薬物治療が奏効しにくいことが多いようであり、患者さんが置かれた環境を改善させることが鍵になると考えています2。
高齢者のうつ病にも独特の背景因子があると考えられます。退職に伴う経済的な不安や、配偶者を亡くすなどの喪失体験がうつ病の原因になることもあり得ます。こうした外的要因によるうつ病に対しては環境の改善が必要になってきます。患者さんが寂しい状態に置かれているのであれば、寂しくならないような環境を整える必要があるでしょう。また、身体的な疾患を治療することでうつ病が改善することもあります。もちろん、内因性のうつ病に対しては薬物療法も導入されます。
―高齢者がうつ病を発症してから受診するまでの過程についてお聞かせください。
私が携わっている認知症コホート研究の「中山町研究」*では、地域住民の交流が受診のきっかけとなって、うつ病患者の発見につながるケースに遭遇しています。例えば近隣住民が日常会話の中でご本人に「最近、元気がありませんね。いつも診ていただいている先生に相談したらどう?」と勧めたことで受診に結びついたりしています(図1)。このように潜在患者と周囲との交流があれば発見が早くなる可能性があることから、私は高齢者はできるだけ地域の集会などに参加したほうがよいと思っています。日常的に人と話をすることで心理状態が活性化されてうつ病予防に結びつくことも期待できるでしょう。
一般的に人間関係が希薄になりがちな大都市であっても、日常的に近隣との交流が保たれていれば早期発見に結びつく可能性があります。独居高齢者のうつ病患者の発見は遅れる傾向があり、自験例の中には発見が遅れたことで衰弱して救急搬送されてきた方もいます。この問題に対しては、訪問看護スタッフや地域の民生委員などの役割が重要になってくると思います。
中山町研究では研究に携わっている内科医がうつ病発見に一役買うこともあり、「体重が減少した人に特に身体的な疾患が認められなければ、うつ病を疑って紹介している」と言っています。歯科医からも「普段はよく話している方があまりしゃべらなくなった」、「会計の際に、以前は細かい金額まで出していた方が、この頃はいつも1万円札で支払うようになった。計算ができなくなったのかもしれない」といったように、うつ病または認知症を疑って情報提供していただくこともあります。
高齢者は自分から「落ち込んでおり、つらい」と打ち明けないことも多いようであり、ご家族がうつ病に気付くポイントを挙げるとすれば、普段やっていることをしなくなることです。意欲が落ち込み、身の回りのことに興味・関心が持てなくなっていると考えられ、うつ病または認知症によるアパシーである可能性もあります。
図1 うつ病・認知症に対する中山町での取り組み
*中山町研究:日本人の生活環境と体質に適した認知症とうつ病の予防対策法の確立を目指して、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の認知症研究開発事業としての一環として行われているコホート研究。全国8地域の約13,000人を対象にした「健康長寿社会の実現を目指した大規模認知症コホート研究」の1つとして、愛媛県中山町の65歳以上の約1,500人を対象にして行われている5。
―鑑別診断と症状の評価の際に、高齢者の特性について考慮すべき点をお教えください。
高齢者の診療時では、患者さんが診察室に入るまでの歩行の様子や身だしなみなども観察しています。認知症では歩行障害が出ることがあり、薬物の副作用でも小刻み歩行になってしまうことがあります。また、髪の手入れや女性の化粧が行き届いていなければ、うつ病の影響で身だしなみへの関心が低下していることも考えられます。反対に、過剰に派手な服や化粧で来たりすれば、双極性障害の躁状態である可能性も示唆されます。
その上で鑑別診断を進める際は、まずは他の疾患および薬物の影響を除外することが先決と考えています。例えばパーキンソン病などの神経疾患は身体の動きが悪くなることで、しばしばうつ病のようにも見えます。心不全や腎不全も倦怠感に結びつくことがあります。また、ステロイドを投与されていたり、飲酒歴がある方であれば、ステロイドやアルコールによる抑うつ作用の可能性を排除する必要があります。アルコール依存により気分が落ち込んでいる方もおり、鑑別には注意が必要です。
こうして他の疾患であることが否定され、薬物の影響も除外できたら、次はうつ病か認知症かの見極めです。これについては私も確実な鑑別は難しいことを自覚しながら慎重に診ています。認知機能低下はうつ病が原因であることもあり、私は判断に迷ったときにはうつ病と想定して抗うつ薬の投与を試みています。それによってもなかなか改善せず、数回の診療で認知症に特徴的な症状が出てきた場合には認知症の治療に切り替えています。
認知症による認知機能障害は近時記憶と見当識に、うつ病による認知機能障害は計画性や集中力に影響すると推測されています。また、これまでの経験から、うつ病患者は自責的になることが多いのに対して、認知症患者では自責的になることは多くない印象です。不眠についても基本的には認知症患者よりもうつ病患者の方が多いと感じています。
加えて、問診で病識について尋ねると、うつ病の患者さんは「落ち込んでおり、つらい」と回答する方が多いのに対し、認知症の患者さんは一見、元気がなさそうに見えても、あまりつらいとは感じていない方が多いようであり、鑑別診断でのポイントのひとつにしています。
さらに、認知症の患者さんは質問に対して「あれ? 何だったかな?」とご家族に尋ねるなどの「取り繕い反応」が見られるのに対し、うつ病の患者さんにはあまり見られず、「わかりません」と答える傾向がある印象です。こうしたことを診療中に観察しながら、時間をかけてうつ病か認知症かを鑑別診断しています。
―治療における加齢の影響についてお教えください。
一般に高齢者は薬物の血中濃度が上昇しやすく、副作用が発現しやすいため、抗うつ薬の投与については、効果を確認しながら慎重に進めることが大切です。
しかしながら、高齢のうつ病患者では薬物治療による寛解率は高くはなく、場合によっては心理療法を加えることも必要になってきます3。抗うつ薬がなかなか奏効せず、それでも早く改善させたい場合には修正型電気けいれん療法(m-ECT)も用いています。理由は解明されていませんが、m-ECTは高齢うつ病患者に効果があることがわかっており4、全身状態不良の場合は早く入院させて積極的にm-ECTを選択する方針としています。うつ病が長引く高齢患者は食事や水分が十分に摂れなくなり、活動性がさらに低下していく可能性があります。
―高齢うつ病患者の治療のゴールについて、お考えをお聞かせください。何をもって治療のゴールとしているのでしょうか。
私は原則として、患者さんの年齢にかかわらず、うつ病であればそれを治療することで本来の状態に戻すことを目標としています。
高齢であっても典型的なうつ病症状が認められる患者さんであれば、もちろん寛解を目指しており、薬物療法が奏効しにくいながらも根気強く、時間をかけて治療しています。
しかしながら、高齢者はうつ病でなくても身体機能が低下しており、認知症を併発していれば本来の状態に戻ることがさらに難しくなることで、実際には患者さんごとに治療ゴールを設定せざるを得ません。たとえば独居を続けることが難しい患者さんにはご家族との同居あるいは施設への入所を目標にしています。したがって、高齢のうつ病患者の診療では、患者さんの家族関係なども把握しておく必要があります。
治療においては、ご家族にも高齢者のうつ病について説明して理解していただくことが重要になってきます。ご家族も高齢だから動かなくなってしまっていると誤解していることが少なくないようであり、私は、年齢が原因で動けなくなっているわけではなく、うつ病を改善させることで、ある程度までは戻る可能性があることを説明しています。
また、例えば「改善後はご家族や周囲の人と一緒に過ごす場を設けてあげてください」、「配偶者を亡くされた喪失感がうつ病の要因になっていると思われます。できればご家族で過ごす時間を増やしてください」、「ご家族でも定期的に様子をチェックしてみてください」といった形で、治療への協力をお願いすることもあります。
―高齢うつ病患者を継続的に診療していくうえで配慮されていることをお教えください。
退院後にご家族と一緒に過ごすことが好ましい患者さんもいれば、家族間の葛藤からうつ病になった患者さんもおり、後者の場合は退院後の入居先についても配慮する必要があります。高齢のうつ病患者さんの診療では多くの情報を得て、それに基づいて適切な治療介入を行っていく必要がありますが、医師だけではそのための時間を十分に作れないのが実情です。
私は「医師にできることはとにかく治療にベストを尽くすこと」と考えており、患者さんについての情報収集と患者さんが置かれた環境の改善については看護師、介護士、ソーシャルワーカーなどに協力していただいています。たとえば、診療に付き添っている介護士に患者さんの最近の様子を尋ね、今後について相談しています。
医療従事者からの協力を得ることで、患者さんについての情報が集まり、その実像が見えてくると考えています。例えば中山町研究実施地域の医療従事者と住民では認知症やうつ病に対する理解が高まっており、情報収集に貢献してくれています。中山町研究のようなコホート研究が契機となってうつ病患者の周辺環境が向上すれば、治療のゴールもより高いものを目指せるかもしれません。
―愛媛大学医学部附属病院は認知症疾患医療センターと老年期の精神疾患を対象とした精神科の専門外来を設置しています。診療の特徴についてご紹介ください。
愛媛大学認知症疾患医療センターは県内各地の認知症を扱う医療施設を統括し、情報を交換して地域の認知症診療の質を高める役割を担っています。治療が難しい患者さんも各地域から紹介されてきます。愛媛大学では精神科、神経内科、脳神経外科が認知症に取り組んでおり、相互に非常に協力的です。鑑別診断が難しい患者さんについては神経内科にも協力していただいており、うつ病疑いの患者さんを紹介していただいたこともあります。また、水頭症が原因と考えられる抑うつ症状を呈する症例や、硬膜下血腫が原因と考えられる認知機能低下例については、脳神経外科に診てもらっています。
3科がそれぞれの強みを活かして協同で取り組んでいることで、愛媛県における認知症診療は比較的うまくいっていると思っています。
老年期の精神疾患を対象とした専門外来は、愛媛大学の精神科が長年、認知症診療に力を入れてきた伝統から生まれたものであり、高齢患者についてきめ細かく長期的なフォローアップができていると考えています。一般的には、特に急性期の患者は大学病院で鑑別診断をつけた後に地域の施設がフォローアップすることが多いのですが、それでは大学病院側で患者の経過を十分に把握できません。愛媛大学ではしばらく観察を続けて長期経過について情報を蓄積しており、研究にも結びつけています。
ひとりひとりを長期的に診ていくことで受け持つ患者さんは多くなるのですが、できるだけ多くの患者さんを長く診るようにしています。
―高齢のうつ病患者の診療に当たっておられる精神科臨床医にメッセージをお願いいたします。
高齢患者の診療でもっとも大切なのは「尊敬」と「愛」だと思って、日々の診療に当たっています。どの患者さんもそれまでの人生を懸命に生きてきたのであり、ひとりひとりの人生に対する尊敬の念をもって診療していく必要があると考えています。また、お年寄りを愛おしいと思えること、お年寄りからも好感をもってもらえる人柄であることも高齢患者を診る精神科医として重要な資質になってくると思っています。
かつては「老年期精神障害」と一括りにされていたこの分野の解明が進んだ現在、高齢者のうつ病と認知症は現在、診断法の研究・開発が進み、認知症の新薬が登場するなど、非常にホットな分野になっています。是非とも多くの先生方に興味を持って取り組んでいただき、共に治療の発展を目指していければと願っています。
取材/撮影:ルンドベック・ジャパン Progress in Mind Japan RC
取材日:2023年10月5日
取材場所:愛媛大学大学院医学系研究科 精神神経科学
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