精神疾患ゲノム研究の現状と今後 精神医学クローズアップ Vol.13

池田 匡志 先生
(名古屋大学大学院医学系研究科 精神医学 教授)

精神疾患については、操作的診断法の開発により診断の均一化が試みられ、また薬物療法も一定の成果が得られているなか、ヘテロな特徴を持つ精神疾患に対する診療のさらなる発展を目指して、ゲノム研究が注目されています。精神疾患のゲノム研究は、全ゲノム関連研究(genome-wide association study: GWAS)が主体となって以降、統合失調症、双極症やうつ病などの疾患感受性遺伝子の同定に大きく貢献してきました。精神疾患ゲノム研究のABCおよび現時点で解明できていること、疾患ごとの研究動向および今後の展望などについて、池田匡志先生にご解説いただきました。

—現在、精神科医が均一化された診断基準に基づき行っている診断の問題点が、ゲノム研究によってどう解決されると期待できるのかについてご解説ください。

精神疾患の分野では、疾患の発症要因が不明な部分が多いことから、診断の不確定性はいまだ存在し、全く異なる病態を一つの症候群として捉えている可能性が高いと考えています。例えば、統合失調症は主に現れる症状や病気の経過によって緊張型、妄想型などに分類されることも多いですが、症候論のチェックリストではすべて統合失調症と診断されています。薬物療法の効果も限定的である場合がしばしば認められます。

精神疾患のゲノム研究の進展は著しく、多くの疾患感受性遺伝子を同定するなど基礎研究としては十分な成果を上げています。ゲノム研究により、個々人の疾患発症のリスクおよびそのメカニズムをスクリーニング的に把握するためのアプローチが可能になり、病型分類や薬の反応性といった診療指針を与える可能性を秘めていると思われます。

「GWASは、精神疾患の疾患感受性遺伝子の同定や、薬剤反応性および副作用出現を予測する薬理遺伝学での関連遺伝子の同定を可能にするなど、大きな成果をあげている方法論です」

―精神疾患のゲノム研究において主体となっているGWASとは、どのような研究アプローチなのか教えてください。

GWASではゲノム全体を巨視的に見渡し、ヒトゲノム全体をほぼカバーする1000万ヵ所以上の一塩基多型(single nucleotide polymorphism: SNP、ある集団内における変異型の頻度は遺伝子座により一般に1%以上50%未満とばらつきがあります)のうち50万~100万ヵ所の遺伝型を決定します。主にSNPの頻度と病気や量的形質との関連を統計的に調べ、例えば非患者群よりも患者群で有意に高頻度に認められるといった特定の疾患と連動するSNPを見つけ出し、その近傍に存在すると推測される疾患感受性遺伝子をリスト化していきます。GWASは、十分なサンプル数で生物学的仮説を前提とせず純粋に統計学的な解析を行い、再現性が一定程度確かめられていることから、信頼に値する方法との評価が得られています。ただし、そのSNPが特定の精神疾患と有意に関連していたとしても、その疾患に対する変異型の効果は小さいと考えられます。したがって現状では、GWASによるSNP解析が直接診断などへ臨床応用される可能性や、SNP自体の機能変化が精神疾患の発症メカニズム解明や新規治療薬の開発につながる可能性については困難であると考えられます。

―ゲノム研究と薬理遺伝学の関係、これらが精神疾患の診療に与える影響や現状得られている成果、また期待も含めた先生のお考えについてお聞かせください。

GWASは疾患感受性遺伝子の探索だけでなく、薬理遺伝学(pharmacogenomics: PGx)にも用いられています。精神科領域におけるPGxでは、非精神科領域のそれと同様に、副作用に関連する研究が先行しています。例えば、治療抵抗性統合失調症に適応がある唯一の抗精神病薬であるクロザピンのPGxでは、GWASによりクロザピン誘発性顆粒球減少症・無顆粒球症のリスク遺伝子がヒト白血球抗原(HLA)領域で同定されたという報告があります1。また、GWASによって見出された薬物代謝酵素CYP2D6の遺伝子多型は、抗うつ薬や抗精神病薬の血中濃度に影響し、種々の副作用リスクの上昇につながることが示唆されています2。GWASの研究アプローチにより、精神疾患の薬物治療に関するPGxの今後の臨床展開が期待されています。

―精神疾患ゆえのゲノム研究の難しさ・問題点についてお話しください。

糖尿病や高血圧などの非精神疾患は、明確なバイオマーカーや連続量を測ることで診断できる「ピュアな集団」ですが、精神疾患は、統合失調症なのか双極症なのかわからない、あるいは前述の緊張型、妄想型などが一括りに統合失調症と診断される「ヘテロな集団」であるため、ゲノム研究が最も難しい疾患だと思います。しかし、精神疾患のGWASは2010年前後から数多く報告されるようになり、世界中から結果が集約されるPsychiatric Genomics Consortium(PGC)を中心に、GWASによる実り多い結果が報告され続けています。

「うつ病は、統合失調症や双極症に比べて異質性が高い疾患ですが、精神疾患に共通する遺伝要因とスペクトラム的構造をどのように捉え分類するかは、これからの課題です」

―精神疾患におけるゲノム研究の現状や、それに対する先生の所感についてお聞かせください。
まず、統合失調症についてご解説ください。

統合失調症は精神疾患の中で最もゲノム研究が進んでいる疾患であり、最新の結果では、統合失調症76,755例と対照243,649例を用いたGWASで、約300の統合失調症感受性遺伝子が報告されています3。また、ヒトのゲノムは2コピーを持っていますが、特定の領域で欠損して1コピー以下になったり、重複して3コピーになったりするコピー数変異(copy number variant: CNV)も、以前から統合失調症などの精神疾患発症への関与が指摘されています4。我々は、さらにサンプル数を増やして疾患と確実に関連する遺伝子やその変異に伴う機能異常を見つけ、そこを治療ターゲットとして補正するような薬剤開発を目指してゲノム研究を行っています。しかし、ゲノム研究の成果を治療や創薬に結び付けるまでには多くのハードルがあると予想され、今後、さらなる産官学の連携が重要になってくると考えています。

―次に、双極症についてご解説ください。

双極症では、双極症41,917例と対照371,549例を用いたGWASで60個近くの双極症感受性遺伝子が同定されています5。我々は、双極症と関連するfatty acid desaturase(FADS)1/2/3遺伝子の多型を同定しました6。FADSはω3/6不飽和脂肪酸の代謝酵素であり、ω3ではDHA/EPAへ、ω6ではアラキドン酸へ至るカスケードで重要な役割を果たしています。双極症患者では、この遺伝子の特定のアレルについて保有率が高く、それに伴ってFADSの発現の低下、その結果としてDHA/EPA、アラキドン酸の血中濃度の低下が認められます。双極症と関連するFADS1/2/3遺伝子多型は、日本人だけでなく民族を超えてアジア人や欧米人でも同定されており、遺伝学的には非常に強固な結果であると考えられます。メタ解析ではDHA/EPAのadd-on治療は症状の有意な改善を示しており7、FADSを治療ターゲットとして補正するような治療法が見つかれば、ゲノム研究にとって大きな進歩となるのではないかと期待しています。今後、どの分子がどのように影響して双極症の原因となっているのかを慎重に調べていきたいと思います。

―最後に、うつ病についてご解説ください。

うつ病では、うつ病246,363 例と 対照561,190 例という膨大な症例数を対象としたGWASで102 個の有意な領域が報告されています8。統合失調症や双極症と比べ、うつ病発症には適応障害的要素やストレスなどの環境要因の影響が大きく、遺伝的背景を持つ要因としては、物事を真面目に考えすぎる性格傾向・気質やレジリエンスの低さと関連する心理指向性・行動特性などが考えられます。

一方、環境要因も加味した遺伝環境相互作用がうつ病発症に及ぼす影響についての研究も進行しています。我々は、大学病院に勤務する看護師を対象にして、個人に与える環境要因をある程度均一にした約1,000人のコホートを抽出し、うつ病発症に対するストレスフルライフイベントの有無と遺伝子多型との相互作用の影響をGWASにより探索し、新規リスク領域を同定しました9。今後は、100万人規模のコホートを対象に、ストレスフルな環境要因を加味した解析を進めていくべきだと思います。うつ病の新たな予防・治療法を開発するための手がかりとして、確実な「遺伝環境相互作用関連遺伝子」を同定することが我々の役割だと考えています。

さらに、PGC Cross-Disorder Groupにより、統合失調症、双極症、うつ病、自閉症スペクトラム、注意欠陥・多動性障害の発症と関連する遺伝要因の共通性探索が行われました10。その結果、統合失調症、双極症、うつ病は共通する遺伝的リスクを持つことが報告され、現在使用されている臨床診断単位を超えた精神疾患共通の発症メカニズムの存在が示唆されました。ゲノム研究により、異質性の高いうつ病の発症メカニズムを解明していくことが可能だと思います。

―精神科領域全般におけるゲノム研究への期待・可能性について、どのようにお考えでしょうか。

まず、遺伝要因で決まってくる可能性のある吐き気や眠気といった薬の副作用のリスクを包括的に評価していく薬理遺伝学的手法の開発は一刻も早く進める必要があると思います。

さらに、疾患への効果が小さい多数の感受性SNPsを足し算的に捉えることで疾患の発症リスクを評価する方法であるPolygenic Risk Scoreを活用することで、精神疾患の分類をより正確に評価できる可能性があると考えています。

また、統合失調症、双極症、うつ病、自閉症スペクトラム、注意欠陥・多動性障害といった臨床診断単位をスペクトラム的に捉え直し、民族の多様性を鑑みながらベースとなる遺伝要因の探索を進めていく必要があると思います。

「薬理遺伝学への研究着手は喫緊の課題ですので、この領域に関わる先生が増えることを期待しています」

―最後に、ゲノム研究によって精神疾患の病態生理の解明が進んできた成果を臨床研究にどう活かしてほしいか、若い精神科医に先生からのメッセージをお願いいたします。

若い時に臨床に一生懸命取り組むことと並行して、精神分析学や精神病理学の先生方にお話を聞くなど、多方面からさまざまなヒントを得ることが非常に重要だと考えています。PGxについては、すぐにでも臨床に役立つ領域であることを念頭に置いて、多くの若手精神科医が幅広いコラボレーションを通じて研究を進めていくことを期待しています。
 

sensei

 

 

取材/撮影:ルンドベック・ジャパン Progress in Mind Japan RC
取材日:2024年4月16日
取材場所:名古屋大学大学院医学系研究科 精神医学

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参考文献

  1. Saito T et al. Biol Psychiatry 2016; 80(8): 636-42.
  2. Milosavljević F et al. JAMA Psychiatry 2021; 78(3): 270-80.
  3. Trubetskoy V et al. Nature 2022; 604: 502-508.
  4. Marshall CR et al. Nat Genet 2017; 49: 27-35.
  5. Mullins N et al. Nat Genet 2021; 53: 817-829.
  6. Ikeda M et al. Mol Psychiatry 2018; 23: 639-647.
  7. Kishi T et al. Bipolar Disord 2021; 23: 730-731.
  8. Howard DM et al. Nat Neurosci 2019; 22: 343-352.
  9. Ikeda M et al. J Clin psychiatry 2016; 77: e29.
  10. Cross-Disorder Group of the Psychiatric Genomics Consortium. Lancet 2013; 381: 1371-1379.