科学的側面からみたマインドフルネスとその実践【中編】―他の心理療法との比較から理解する―

医療現場のみならず、教育現場や企業からも注目を集めるマインドフルネス。
前編ではマインドフルネスの定義や期待できる効果をお伺いしました。
中編では、他の心理療法との関係性や共通点について、早稲田大学 人間科学学術院 教授 熊野宏昭 先生に詳しくご解説いただきました。

マインドフルネス認知行動療法(MBCT)は、なぜうつ病の再発予防に効果的なのでしょうか。

うつ病の再発には「反芻」の習慣が関係します。過去に起きた嫌な経験を思い出した際に、それと関わることを繰り返し考え続けしてしまうことで連鎖的に気分が落ち込み、うつ病の再燃に至ります1。これに対しマインドフルネスの実践とは、現実そのものを感じ取る練習です。MBCTの実践により、現実を見つめる習慣が身に着くことで、過去の反芻から抜け出しやすくなり、再燃へのプロセスを止めることにつながると考えられます。
特に、2回以上再発している患者さんでは、何らかのきっかけで過去にうつ病になったときのことが思い出され、それをきっかけとして反芻が止まらなくなり、気分が落ち込んでいくという習慣が形成されることで、再発リスクが高まります。MBCTは、このような反復性うつ病の患者さんには高い効果を期待できますが、反芻の習慣がない、再発が1回目までの方に対する効果はそれほど期待できません2

MBCTの対象となるうつ病患者さんの重症度は、従来の心理療法と異なるのでしょうか。

従来の心理療法の多くは軽度から中等度の患者さんを対象としていて、重症化した場合には投薬や入院治療へ移行しますが、マインドフルネスは再発を繰り返す重症例(の寛解期)の方がよい対象となりうる点が異なります。

対象となる患者さんの重症度以外に、他の心理療法と大きく異なる点は何でしょうか。 

従来の心理療法ではさまざまなリラクセーション法が大きく活用されてきましたが、リラクセーションは集中瞑想と関連が深く、マインドフルネスは観察瞑想と関連が深いことが異なっています。
集中瞑想は、意味のない対象に注意を1点集中することで、五感から脳幹網様体賦活系に入力する信号を減らしてリラックスを促します3 4。一方、観察瞑想では注意を分割する訓練を行うことで視野を広げ、自分と周囲の世界との関係性を捉える「気付き」を増やしていきます。

集中瞑想を行った場合と観察瞑想を行った場合で起こりうる変化は異なるのでしょうか。

集中瞑想では五感に基いて働く意識の浅い層の働きを鎮めることで、意識の深い層からさまざまな記憶やそれに伴う情動が引き出される反応が起こりやすくなります(これが集中しようとするときに不可避的に起こる「雑念」の正体です)。代表的なリラクセーション法である自律訓練法を実施する際に認められる自律性解放もそういった現象で、統合失調症などでは妄想や幻覚を悪化することもあるとされていますが、観察瞑想は、「現実そのもの」をありのまま感じ取る行為ですので、自律性解放のような特別な現象は起こりにくいと考えられます。

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他の心理療法に加えてマインドフルネスを日常臨床に導入していくまでには十分な理解と実践が必要そうですね。実施していくうえで、気を付けたほうが良いことはありますか。

マインドフルネスは、現実をありのままに捉える練習です。正しく実践していけば非常にリスクの低い治療法と考えていますので、是非取り入れてほしいと思っています。ただし、患者さんが「この状態から早く良くなりたい」、「早くこの症状をなくしたい」という思いに執着している場合、変化は難しいところがあります。また、継続も大切で重要なポイントとなります。マインドフルネスは、うつや不安に陥りやすい生活・思考・行動のパターンから抜け出すことを目的としているため、患者さん自身が実践し、継続していく必要があります。これらのことから、毎日行うことが好ましいですが、中断しても気付いたら再開すればよいということを強調することが大切です。
実は、日本人の精神科・心療内科の先生方には、知らず知らずのうちにマインドフルネスの概念と同等の療法を実践されている方は大勢いらっしゃいます。そういった先生方がマインドフルネスについて学ぶことで、ご自身が経験的に行っていた手法を体系化された方法論として理解することが可能になり、臨床の幅が広がるのではと期待しています。

マインドフルネスと認識せずに行っていると考えられる治療法には、どのようなものがありますか。

具体的な治療法で共通性が高いものとしては、森田療法が代表的だと思いますが、わが国の精神医療や心身医療の臨床感覚の中には同じようなスタンスが広く認められると思います。その一方で、認知行動療法の発展形の1つであるアクセプタンス & コミットメント・セラピー(ACT)などでは、個人療法の中で意図的にマインドフルネスを活用しています。

それらの治療法との関係性をお教えください。

森田療法がマインドフルネスを取り込んだというよりも、森田療法に特徴的な概念や介入法と、マインドフルネスが問題と見なす状態と、そこから抜け出すための方法との間に共通性があると捉えることができます。イメージとしてはマインドフルネスを取り入れた認知行動療法であるACTに近いかと思います。

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※現実の中で自分が何をしようとしているのか、その目的を見極め、感情や落ち込みに左右されずに、目的の達成を目指した生活を送ることを指し、
そのためには自己の感受性を高め、現実の隅々までに注意を払い、感じ取る必要があるとする。

森田療法における病理を示す概念に、「とらわれ」および「はからい」があります。これらの概念はACTにおける、「認知的フュージョン」および「体験の回避」にそれぞれ相当します。「とらわれ」、「認知的フュージョン」は、思考と現実・自己を混同する行動を意味し、「はからい」、「体験の回避」は、苦痛に感じる思考や感情から逃げようとする行動を意味します5
そして、これらの概念が示す状態はマインドフルネスの逆の状態である、「マインドレスネス(心ここにあらずの状態)」と一致します。

マインドレスネスとはどういう状態なのでしょうか。

マインドレスネスを簡単に表現すると「心ここにあらず」の状態で、より具体的には「心を閉じるか、(自分の思考や感情に)呑み込まれている」状態といえます。
マインドフルネスは、「集中する」ことでも「ストレスがない」状態でもなく、今、この瞬間の現実を等身大で捉えている状態を指します。マインドレスネスではその逆に、反芻によって自分が考えた世界に呑み込まれて、思考と現実を混同してしまいます。そうなると、自分にとってネガティブな体験を回避しようと心を閉じてしまい、さらに目の前の現実が見えなくなり、今、この瞬間の現実が全く捉えられなくなってしまうのです(図)。

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マインドレスから脱するにはどうしたらよいのでしょうか。

マインドフルネスの前半は「気付く」ための訓練を行います。訓練によって気付けるようになると、次は「気付いたら、どうすればよいのか」という疑問が自然に生じてきますが、気付いたという状態を「そのまま」にしておくこと、アクセプタンスの訓練を行います。これは森田療法における、「はからい」およびACTの「体験の回避」の反対に相当します。
マインドフルネスを構成する、「気付き」と「アクセプタンス(受容)」は、マインドフルネスを脳科学の観点から研究するためにも重要な要素となります。

(後編に続く)

取材、撮影:ルンドベック・ジャパン Progress in Mind Japan RC
取材日:2020年6月23日
取材場所:オンライン形式

 

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参考文献

  1. Nolen-Hoeksema S. Journal of Abnormal Psychology 1991; 100: 569–82.
  2. Kuyken W. et al. JAMA Psychiatry. 2016; 73(6): 565-74.
  3. Evans B. M. Neurophysiol Clin. 2003 ; 33(1): 1-10.
  4. ハーバート・ベンソン著、中尾睦宏、熊野宏昭、久保木富房訳:リラクセーション反応.2001年、星和書店.
  5. 園田順一ほか. Jpn J Psychosom Med 2017; 57: 329-34.