科学的側面からみたマインドフルネスとその実践【前編】―概念・実践方法・治療効果―

マインドフルネスは今や医療現場のみならず、教育現場や企業からも注目を集めていますが、実践に向けてその本質を正しく理解することが大事です。
マインドフルネスへの理解を深めるため、本邦におけるマインドフルネス研究の第一人者である、早稲田大学 人間科学学術院 教授 熊野宏昭 先生にお話を伺いました。

―はじめに、「マインドフルネス」の定義について、お聞かせください。

マインドフルネスは一般的に,
「今、この瞬間の体験に意図的に意識を向け、評価をせずに、とらわれのない状態で、ただ観ること」と定義づけられますが1、私が学生に講義する際には「今の瞬間の現実に常に気付きを向けて、その現実をあるがままに知覚する。そして、それに対する思考や感情にはとらわれないでいる心の持ち方、ありよう」と伝えています。
なお、「マインドフルネス」という単語は文脈によりいくつかの意味で使われます。思考や感情にとらわれのない状態、その状態を体得するための訓練法の呼称として使われるほか、自身の思考や感情にとらわれた「反芻」状態にあることに気付くことやその時の心の状態、あるいは気付きの訓練を重ねていった結果得られるパーソナリティー特性の変化を意味する言葉としても、使われることがあります。

―熊野先生がマインドフルネスにご興味を持たれたきっかけは何ですか。

マインドフルネスがそれまで行われていた瞑想とは異なる流れで派生した、従来とは異なる瞑想法であったことが興味を持ったきっかけです。
精神医療の現場で行われる瞑想は仏教の瞑想法を基に発展したものですが、ヨガや自律訓練に代表される従来の瞑想は、リラクセーション反応を作り出すために集中する瞑想(集中瞑想)です。一方、マインドフルネスにおける瞑想とは、瞑想を通じて現実に気付いていく、ありのままに気付くという「観察瞑想」になります。
マインドフルネスが本格的に日本に上陸した2005年頃、私は臨床現場で認知行動療法(CBT)を実践していましたが、当時行っていたプログラムはほぼ完成段階にあり、それ以上の進展に伸び悩んでいた時期でもありました。CBTの目的はうつ病や不安障害などにつながる非適応的な思考パターンや行動を、セルフマネジメントによって修正するものでしたが、マインドフルネスをベースとした認知行動療法(MBCT)は、心に浮かんだ感情や思考に抗うのではなく、今自分が行っていること、やりたいことに対して重点的に注意資源を割くことで治療へとつなげるという新しい概念でした。そのため、自身のCBTにマインドフルネスを取り入れることへ大きな可能性を感じ、研究を開始しました。

―マインドフルネスの実践がパーソナリティー特性に影響を及ぼすとされているのはなぜでしょうか。 

例えばうつの場合、何らかのきっかけで気分が落ち込んでしまい、思考が悲観的な方向に自動的に進んでしまうことがあります。そして、本来は自分の頭の中だけにしか存在しないはずの悲観的な考えを現実そのものとして捉えてしまい、さらに落ち込んでいくという悪循環に陥ります。同様に、不安症の場合は物事を大袈裟に考えすぎてしまって、現実が見えなくなってしまいます。
こういった状態を改善するために、マインドフルネスでは現実のありのままの姿に気付くことを重要視します。訓練の繰り返しによりそのような気付きを得るための心のありように慣れていくことで、常にありのままの現実に根付いた生活を送れるようになることが期待できます。結果として、パーソナリティー特性、ひいては生き方そのものに変化が現れるのだと考えています。

―熊野先生もマインドフルネスを実践されているのですか。

実践しています。指導者の立場として、患者さんに指導する瞑想方法を実践することはとても重要です。マインドフルネスを導入する以前には、臨床現場で携わる機会が多かった自律訓練を、毎朝15分、16年間継続して行っていました。
また、受験を控えた高校生のときにヨガを始めてみて、記憶力が向上したという経験があります。大学在学中には東京大学医学部附属病院 心療内科 初代教授である石川 中先生が治療に導入されていた、ヨガのグループ療法に参加させていただいていたこともあります。在学中の1年時、3年時にはインドの寺院で数週間、現地の僧侶から直接ヨガについて学びました。

―簡単に取り入れやすいマインドフルネスの実践方法はありますか。

マインドフルネスをプログラムで行う場合、前半は集中瞑想、後半は観察瞑想の二段階で行います。代表的な集中瞑想には呼吸法があります。呼吸をすることだけに集中し、雑念が浮かんできたら、再度呼吸に集中し直すという方法です。
後半の観察瞑想では注意を分割する訓練を行います。体全体を感じる、周りの空間を感じる、音を感じる、浮かび上がってくる思考も感じ取る…というように、注意を外に広げていく練習です。臨床現場で比較的取り入れやすい方法には、歩行瞑想(ウォーキング・マインドフルネス)、音を使った注意訓練などがあります。

―本格的なマインドフルネス・プログラム(MBPs)を導入するために、まずはどのような準備が必要でしょうか。

マインドフルネス・ストレス低減法(MBSR)やMBCTに代表されるMBPsは、複数人のセッションを通常8週間かけて行います。また、マインドフルネスの専門的な技能を持つ公認心理師や臨床心理士などのスタッフを集め、チーム医療として取り組むための体制を整える必要があるため、各施設で導入するには十分な準備期間が必要です。
そのため、実臨床にマインドフルネスの導入をお考えの場合、まずは近隣でMBPsを実践している医療施設を見学させてもらい、連携診療として自施設の患者さんを紹介させてもらうとともに、自施設のスタッフをプラグラムの実施に合流させてもらう形で導入するのも一つの手ではないかと思います。

―MBPsの効果には、どのような報告がありますか。

マインドフルネスの歴史は、米国のJon Kabat-Zinn博士による、慢性疼痛に対するMBSRの報告(1982年)から始まりました。このプログラムでは1回につき2時間のセッションを10週間継続し、セッションとセッションの間に自宅で課題を行った結果、参加者の65%で苦痛の度合い(PRI: Pain Rating Index)が33%以上の減少、参加者の50%でPRIが50%以上の減少を示したと報告しています2。2002年には英国のJ. Mark G. Williamsらは、MBCTによるうつ病の再発予防効果について報告しています3
また、小規模で検討の余地はありますが、10名の前立腺がん患者を対象に食事療法とMBSRを併用し、がんの進展を観察した報告では、8名の患者で前立腺がんの腫瘍マーカーであるPSA増加率の値が有意に減少し(p=0.01,符号付順位和検定)、腫瘍倍化時間は介入前の6.5ヵ月(95%CI:3.7ヵ月-10.1ヵ月)から17.7ヵ月(95%CI:7.8ヵ月-無限大)に変化しました4

―精神症状に対する効果について詳しくお聞かせください。

マインドフルネスの効果は、特に精神症状に対する有効性について複数のメタ解析で報告されています。Khouryらが2013年に発表した、209の研究、12,145名を対象としたメタ解析では、気分障害、不安障害、がん、疼痛、肥満、社会不安障害、HIV、PTSDなどに伴う精神症状あるいは身体症状に対するマインドフルネスに基づく介入(Mindfulness-based therapy:MBT)の効果を検証しています5。その結果、精神症状に対するMBT前後比較の効果量(Effect Size:ES)は、うつ症状0.66(n=6、Hedges’ g;95%CI:0.50-0.82)、不安症状0.72(n=10、95%CI:0.58-0.86)、MBT群と待機群との比較では、うつ症状0.53(n=8、 95%CI:0.32-0.73)、不安症状1.00(n=4、95%CI:0.78-1.22)と中等度から大きな効果が示されました。一方、身体症状に対する介入前後比較により求めた効果量は0.43(n=19、95%CI:0.35-0.51)と小さいものでした。
うつ病患者に対するMBCTの介入によるうつの再発予防効果についても、Individual Patient Data(IPD)に基づくメタ解析によって確かめられています。MBCTによる介入を行った患者群について60週間のフォローアップ期間におけるうつ病の再発リスクを、薬物治療を含めた他の介入方法(active treatment群)と比較した結果、MBCT実践群ではうつ病再発リスクが有意に低下していました(vs active treatment群:HR 0.79、95 %CI:0.64-0.97)6

(中編に続く)

取材、撮影:ルンドベック・ジャパン Progress in Mind Japan RC
取材日:2020年6月23日
取材場所:オンライン形式

 

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参考文献
  1. 日本マインドフルネス学会. https://mindfulness.jp.net/concept/(2020年8月閲覧)
  2. J Kabat-Zinn. Gen Hosp Psychiatry. 1982; 4(1): 33-47.
  3. Segal, Z. V., Williams, J. M. G., & Teasdale, J. D.: Mindfulness-based cognitive therapy for depression: A new approach to preventing relapse. New York: Guilford Press, 2001.
  4. Saxe G. A, et al. J Urol. 2001; 166(6): 2202-7.
  5. Khoury B, et al. Clin Psychol Rev. 2013; 33(6): 763-71.
  6. Kuyken W, et al. JAMA Psychiatry. 2016; 73(6): 565-74.
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