睡眠の量と深さを制御する脳のシグナル伝達系が明らかに、マウス研究

提供元:AJ Advisers LLCヘルスデージャパン

脳のニューロンにおいて、睡眠の量と深さを制御しているシグナル伝達系を特定したという2報の論文が、「Nature」2022年12月15日号に掲載された1, 2。筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構の柳沢正史氏および船戸弘正氏らが、北京生命科学研究所のQinghua Liu氏らとの共同研究で明らかにした。

近年の研究では、睡眠の制御に関わる神経回路の解明が進んでいるが、どのような分子がそれを担っているのかは、未だ大部分が謎に包まれていた。柳沢氏と船戸氏らは以前の研究で、リン酸化酵素であるSIK(salt-inducible kinase)3がその鍵になることを報告していたが3、この酵素がどこでどのように働いているのかは不明であった。

そこで今回の研究で、柳沢氏と船戸氏らはマウスの睡眠の表現型を調べることにより、その詳細の解明を試みた。その結果、SIK3を中心としたニューロン内のシグナル伝達系を特定し、それらが働く機序の一端を明らかにしたという。

具体的には、まずランダム変異を生じさせたマウスの睡眠スクリーニングを行い、長時間睡眠を呈するSleepy2家系を確立。この家系のマウスを調べたところ、Hdac(ヒストン脱アセチル化酵素)4遺伝子の変異が見つかり、この遺伝子のハプロ不全を再現するとマウスの睡眠が増加することが確認された*a。HDAC4は、細胞核の内外を往復して遺伝子転写を調節すると考えられ、夜間になると核内で増加した*b。また、HDAC4はSIK3によってリン酸化される基質であり、このリン酸化を防ぐ変異を生じさせるとマウスの睡眠は減少した*c。一方、SIK3の活性化に必要なLKB1をニューロン内で欠乏させると、マウスの睡眠は減少した*d。こうした結果から、LKB1-SIK3-HDAC4というシグナル伝達系が、睡眠を調節していることが示された1

さらに同研究では、ニューロンのタイプや脳領域で分けてSik3遺伝子やHdac4遺伝子を操作した。その結果、例えば大脳皮質の興奮性ニューロンでSIK3を欠乏させると、睡眠の量は変わらないが*e、睡眠の深さは減少した*f。一方、視床下部の興奮性ニューロンでSIK3を欠乏させると、睡眠の深さは変わらないが*g、睡眠の量は減少する傾向が見られた*h。こうした結果から、睡眠の深さは大脳皮質の興奮性ニューロンで制御され、睡眠の量は視床下部の興奮性ニューロンで制御されていることが示された1

もう一つの研究でも、同じシグナル伝達系をアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターによって操作し、マウスの睡眠と転写制御への影響を調べた。その結果、成体マウスの脳にLKB1のキメラ型欠損を生じさせると、睡眠の量と深さが減少することが明らかになった*i。同様に、HDAC4/5の機能喪失はマウスの睡眠を増加させ*j、機能獲得は睡眠を減少させた*k。こうした変化はHDAC4/5のリン酸化の日内変動によってもたらされていると考えられ*l、特に視床下部の後部において、睡眠の量の調節に関与していることも確認された*m。さらに、こうした転写調節と睡眠制御には、HDAC4に加え、さらに下流に位置するCREBが共に働いていることも明らかになった2

柳沢氏と船戸氏らは「睡眠の量と深さは、異なる脳領域において、共通したシグナル伝達系により調節されていることが分かった」と結論付けた。その上で、「SIK3シグナルは睡眠や覚醒を促す新規医薬の標的となるだけではなく、睡眠の質や量を人為的に変化させるためのハブとなる可能性がある。睡眠を操作できるようになることは、ヒトのパフォーマンスを高めるとともに、気分障害や認知症などの疾患の新しい治療介入法の開発につながる」と、プレスリリース4で語っている。(編集協力HealthDay)

 

注釈

*a
睡眠の量:Hdac4+/+対Hdac4SA/+、各n=26、Two-way ANOVA with Tukey’s test、P<0.0001
図1f
睡眠の深さ:Hdac4+/+対Hdac4SA/+、各n=26、unpaired t-test、P=0.026

 

*b
ZT6対ZT12.5、各n=9、Mann–Whitney U-test、一次運動野でP=0.004、一次体性感覚野でP=0.0005

 

*c
睡眠の量:Hdac4 mice +/+対S245/+、各n=35、n=20、two-way ANOVA with Tukey’s test、P<0.0001
図2k
睡眠の深さ:Hdac4 mice +/+対S245/+、各n=35、n=20、unpaired t-test、P<0.0001

 

*d
睡眠の量:Syn1creERT;Lkb1flox mice
+/+対flox/flox、各n=9、n=14、Two-way ANOVA with Tukey’s test、P=0.0007
図3c
睡眠の深さ:Syn1creERT;Lkb1flox mice
+/+対flox/flox、各n=9、n=14、unpaired t-test、P<0.0001

 

*e
Foxg1cre;Sik3+/+対Foxg1cre;Sik3flox/flox、n=8、n=11、Two-way ANOVA with Tukey’s test、P=0.17

 

*f
Foxg1cre;Sik3+/+対Foxg1cre;Sik3flox/flox、各n=8、n=11、unpaired t-test、P=0.0010

 

*g
Foxd1cre;Sik3+/+対Foxd1cre;Sik3flox/flox、各n=10、n = 14、unpaired t-test、P=0.13

 

*h
Foxd1cre;Sik3+/+対Foxd1cre;Sik3flox/flox、各n=10、n = 14、Two-way
ANOVA with Tukey’s test、P=0.055

 

*i
睡眠の量:ABC control対ABC-Lkb1KO、各n=11、n=12、Two-way ANOVA with Sidak’s test、P<0.0001
睡眠の深さ:ABC control対ABC-Lkb1KO、各n=11、n=12、two-tailed unpaired t-test、P=0.0013

 

*j
睡眠の量:ABC-Hdac4WT対ABC-Hdac4KO、ABC-Hdac5WT対ABC-Hdac5KO、 各n=10、n=9、n=11、n=8、Two-way ANOVA with Sidak’s test、P<0.0001
睡眠の深さ:ABC-Hdac5WT対ABC-Hdac5KO、 各n=11、n=8、mixed-effects model、P=0.0007

 

*k
睡眠の量:C57BL/6J mice injected with AAV-hSynmCherry対AAV-hSyn-HDAC4CN、各n=9、n=8、two-way ANOVA with Dunnett’s test、P<0.0001
睡眠の深さ:AAV-hSynmCherry対AAV-hSyn-HDAC4CN、各n=9、n=8、mixed-effects model、P=0.0002
図g、h(HDAC5)
睡眠の量:C57BL/6J mice injected with AAV-hSyn-mCherry対AAV-hSyn-HDAC5CN、各n=18、n=9、two-way ANOVA with Dunnett’s test、P<0.0001
睡眠の深さ:C57BL/6J mice injected with AAV-hSyn-mCherry対AAV-hSyn-HDAC5CN、各n=18、n=9、mixed-effects model、P<0.0001

 

*l
ZT2対ZT14、各n=3、two-tailed unpaired t-test、P=0.0077

 

*m
視床、視索前野、視床下部後部の比較
C57BL/6J mice injected with AAV-hSyn-mCherry(各n=6、5、6)対AAV-hSyn-HDAC4CN(各n=5、6、3)対AAV-hSyn-H4N/H5N-VP16(各n=5、5、5)、two-way ANOVA with Dunnett’s test、視床下部後部のみで有意差P<0.0001、P=0.0006

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参考文献

  1. Staci J Kim, et al. Nature. 2022 December;612(7940):512-518
  2. Rui Zhou, et al. Nature. 2022 December;612(7940):519-527
  3. Funato, H. et al. Nature, 2016 November;539(7629):378-383
  4. 国立大学法人筑波大学・東邦大学・国立研究開発法人日本医療研究開発機構プレスリリース、2022年12月8日、https://www.amed.go.jp/news/release_202201208.html (2023年3月24日閲覧)