"痛いからうつになる"だけなのか?ー片頭痛とうつ・不安の実際
片頭痛の患者さんの「最近気分が落ち込みがちで」「なんとなく不安で」といった精神的な症状は、単に頭痛の辛さに起因する二次的な反応ではないかも知れません。近年の研究から、片頭痛とうつ病・不安障害の関係は、従来考えられていたよりもはるかに複雑で双方向性を持つことが明らかとなりつつあります。
片頭痛とうつ・不安の併存
片頭痛患者における精神疾患の併存率について、大規模な疫学調査によると、片頭痛患者がうつ病を併存するリスクは一般人口と比較して約2倍に上ることが報告されています1。16件の研究を統合したメタアナリシスでは、片頭痛患者のうつ病併存リスクがオッズ比1.95(95%信頼区間1.61-2.35)と有意に高いことが示されました1。不安障害に関しても同様の傾向が認められており、特にパニック症との関連が強く、片頭痛患者におけるパニック障害の生涯有病率は一般人口の1.5-3.5%に対し、5-17%(慢性片頭痛では25-30%)に達します2。さらに、慢性片頭痛や前兆を伴う片頭痛では、これらの精神疾患の併存率がより高くなることが知られています3。片頭痛と精神疾患の併存が偶然の一致ではなく、何らかの共通した病態基盤を持つ可能性も示唆されます。
双方向性の関係
片頭痛とうつ・不安の関係は、「頭痛が辛いからうつになる」という一方向の因果関係で理解されがちですが、実際はより双方向性の関係である可能性があります。Breslauらの縦断研究4では、うつ病が存在する場合の2年後の片頭痛新規発症リスクがオッズ比3.4(95%信頼区間1.4-8.7)であり、逆に片頭痛が存在する場合の将来のうつ病新規発症リスクがオッズ比5.8(95%信頼区間2.7-12.3)であることが示されました。さらに双方向性の関係は片頭痛特有の現象であり、他の重篤な頭痛では認められず、片頭痛発作の頻度や持続時間、関連する障害の進行とうつ病は関係ないことが示されています。つまり、単純に「痛み→うつ」の直線的関係ではないことが示唆されます。
また、片頭痛とうつ・不安の併存のケースでは、頭痛症状は悪化しているものの、標準的な予防治療を行えば、併存のない患者と同様に十分な改善が得られることが縦断研究で報告されています5。つまり、うつ・不安の併存があって片頭痛の症状が悪化していたとしても、治療反応の可能性は十分にある事が示唆されます。
共通の病態メカニズム
では、なぜ片頭痛とうつ・不安が併存しやすいのか?その理由について、現在までの研究では複数の生物学的メカニズムが提唱されています。最も注目されているのは神経伝達物質の関与です。セロトニン系の異常は両疾患に共通して認められ、片頭痛患者では発作時にセロトニン濃度が上昇しますが、発作間欠期には慢性的に低下しており、これが片頭痛の病因の生化学的基盤を形成することが知られています6。またセロトニントランスポーター遺伝子の多型が片頭痛とうつ病の両方に関連することも報告されています7。
ドーパミン系の関与も指摘されており、ドーパミンD2受容体の特定の遺伝型が前兆を伴う片頭痛、うつ病、不安障害の併存と有意に関連することが示されています8。さらに、GABA系の関与の可能性もあり、うつ病を合併した慢性片頭痛患者では脳脊髄液中のGABA濃度が有意に低下していることが報告されています9。
遺伝学的研究では、双子研究により片頭痛と不安を伴ううつ病の共通する遺伝的脆弱性が約54%存在することが示されており10、大規模ゲノムワイド関連解析では片頭痛が他の神経疾患よりも精神疾患との遺伝的相関が高いことが明らかになっています11。
脳画像研究が示す共通の神経基盤
神経画像学研究の進歩により、片頭痛とうつ・不安障害が共通の脳内ネットワークの異常を示すことが明らかになってきました。メタ解析では、背内側前頭前野/前帯状皮質、島皮質などのデフォルトモードネットワークおよびサリエンスネットワークに属する脳領域において、慢性疼痛とうつ・不安で共通の構造的変化が認められており12、片頭痛においても似たような領域での変化が示唆されています13。これらの領域は疼痛処理と情動処理の双方に深く関与しており、疼痛と情動が共通の神経基盤を持つことを示唆しています。
特に注目されるのは、神経辺縁系疼痛ネットワークの機能不全という概念です14。このネットワークの異常により、疼痛の処理と情動の調節が同時に障害され、片頭痛と精神症状の併存が生じるという仮説が提唱されています。これは、「痛みがあるから気持ちが落ち込む」という単純な心理的反応を超えた、共通の病態メカニズムの存在を示唆するものと考えられます。そして、このメカニズムは、片頭痛患者の生活の質を低下させ、さらにスティグマを助長する要因となっています15。
心身相関としての片頭痛
これらの知見は、片頭痛を、精神(うつや不安)と身体症状(痛み)の相互連関、つまり「心身相関」の中で捉える必要性を示しています。ストレスや睡眠は片頭痛の重要な誘因であると同時に、うつ病発症の危険因子でもあります16。また、神経症傾向などの性格特性が片頭痛とうつ病の併存に関与することも報告されています17。
日本の頭痛診療ガイドライン2021でも、片頭痛の共存症として高血圧、心疾患とともにうつ病、双極性障害、不安障害が挙げられており18、これらの併存を考慮した包括的な治療アプローチの重要性が強調されています。
今後の展望と課題
片頭痛とうつ・不安の関係についての理解は深まりつつありますが、現在研究で明らかになりつつある遺伝的背景、併存疾患の重症度、ライフスタイル要因などを総合的に考慮した個別化医療の実現が今後の目標となるものと思われます。
片頭痛とうつ・不安の併存は、単純な「痛いからうつになる」という関係を超えた双方向性の関係が背景にあることが明らかになりつつあります。この理解に基づいた包括的な治療アプローチにより、頭痛症状の改善のみならず、患者さんの生活の質全体の向上がもたらされることが期待されます。


