日常診療での摂食障害に対するアプローチを考える ~神経性やせ症を中心に~ 精神医学クローズアップVol.15
摂食障害は一般精神科医を受診し診断されることが多い疾患ですが、特に神経性やせ症(AN:anorexia nervosa)は、遷延化、長期化しやすく死亡リスクも高いため、治療に苦慮されている先生方も多いと思います。
今回は、多岐にわたる精神疾患の診療に携わってこられた鈴木健文先生を聞き手とし、摂食障害のエキスパートである中里道子先生に、ANを中心とした摂食障害の診療のポイントと最新の知見について伺いました。
鈴木 健文 先生
山梨大学医学部精神神経医学講座 教授 <聞き手>
中里 道子 先生
国際医療福祉大学医学部医学科精神医学 教授(代表)
鈴木 私は一般精神科医として摂食障害の患者さんを診る機会が多いのですが、摂食障害のなかでも特に神経性やせ症(AN:anorexia nervosa)については、患者さんもご家族も本当に苦労されていて、治療に難渋するという印象があります。本日は、摂食障害の治療と患者さん・ご家族の支援に長年携わってこられた中里先生にお話を伺いながら、疾患についての理解を深め、診療のポイントを探っていきたいと考えています。
AN患者さんの特徴や疾患背景とは
鈴木 ANの患者さんは、どのようなきっかけで受診されるケースが多いのでしょうか。
中里 ANは思春期が好発年齢ですが1、発症して間もない方の場合には、実はご本人はやせてきたことにあまり困っておらず、ご家族や支援者の方がやせや食行動の問題を心配して一緒に来院されるケースが多くみられます。ただ、ご本人によく話を聞いてみると、日常生活で息切れがするようになった、勉強に集中できなくなったなど、全身のいろいろな症状で困っていらっしゃることがあります。
一方で、最近では中高年の患者さんも増えています。思春期、青年期に発症したものの治療に至らなかったり、治療が途絶えてしまい、その結果、やせや食行動の問題、心身の症状が遷延し、生活に何らかの支障が出て、「このままではいけない」と受診される方が多いようです。
鈴木 患者さんによって、困っていることや背景はさまざまだと思うのですが、共通する思考のくせや性格傾向のようなものはあるのでしょうか。
中里 一般的にいわれている性格特性や思考の傾向、くせのようなものとして、「やせていることに価値がある」という強い信念が挙げられますが、その背景としては、もともと頑張り屋で、少しでも失敗したら「自分はだめだ」と思うような完璧主義の性格傾向、白黒思考といった思考のくせのある方が多い印象があります。
鈴木 そのような思考の背景として、家庭環境の影響は考えられますか。
中里 一緒に来られるご家族のなかには、「私の育て方のせいでしょうか」とおっしゃる方も少なくないのですが、医療者としては「決して家庭環境だけが原因というわけではない」とお伝えするようにしています。患者さんのご家族や支援者も、病気の症状への対応に苦慮しておられるということも少なくありません。家族や支援者は病気の原因ではなく支援、治療の協力者であり、摂食障害が引き起こす複雑な悪循環を打ち破るために、家族にも支援のスキルを身につけ実践していただくことが重要と考えられています2。
鈴木 精神疾患全般に共通することだと思いますが、患者さん自身や家族だけで何とかしようと(過剰適応)すると、頑張りすぎが原因で悪循環に陥り、破綻してしまうことは少なからず経験します。できれば早めにプロが介入するといいのですが、なかなか医療にアクセスできずに困っていらっしゃるケースも見受けられます。
患者さん本人の困りごとを拾い上げて治療につなげる
「まずは患者さんを労い、つらさや困難さを傾聴して、ともに考えるという姿勢を見せることが大切です」(中里先生)
鈴木 実際の診断や治療について伺いたいのですが、中里先生は、問診の際にどのようなことに気を付けていらっしゃいますか。AN患者さんを診察した際に、やり取りに苦労した経験があるので、ぜひコツなどをお聞きしたいです。
中里 私自身も日々、試行錯誤しながら患者さんと向き合っています。まず、初診の際にはANの診断基準3に当てはまるかどうかを確認します。低体重だけでなく、拒食や過食などの食行動の問題や自己誘発嘔吐、下剤の乱用といった代償行動、体重が増えることへの恐怖があるかなどを聞き取ることが必要です。ただ、尋ね方には配慮するように心がけています。患者さんは対人関係の中での過敏さ、評価に対する敏感さをお持ちの方もおられるので、言葉のかけ方や態度から批判されたように感じてしまうこともあります。だからこそ、まずは「よく来てくれました」と来院してくれたことを労い、そのうえで、ご本人が困っていることを何か一つでも引き出し、「一緒に考えていきましょう」という姿勢を示して次の診療につなぐことを心がけています。
初診に限らず、ご自分の症状をあまり自覚していない方や、言語化に難しさを感じている方の場合は、ご家族や支援者から聞き取りをすることも有益です。そのほか、自分のつらい気持ちや日常生活で困っていること、回復してどのような生活をしたいか、といったことを書いてきてくださいというと、意外と書いてきてくれるので、情報の共有だけでなく、治療に向き合う心構えができるように思います。
鈴木 自分のことを話すのが不得手だったり、医師の前では優等生になって頑張ってしまったりする方も多いので、いろいろな面から情報を拾い上げることが重要ですね。自分のことを事前に書いてきてもらうというのは、限られた診療時間をより有意義にすることに役立つので私も時々使っている方法です。
中里 小児・思春期の患者さん、成人の患者さんも、初めにご家族に同席いただいて話を聞いた後、ご家族に退室していただいてからご本人にお話を聞くと、ご家族に話していないような学校や対人関係の困りごと、摂食障害の症状について打ち明けてくれることもありますね。
動機付けして症状を外在化する
「AN患者さんは自分を責めてしまいがちですが、症状の外在化という手法は、心の負担を減らすことにつながりそうです」(鈴木先生)
鈴木 続いて、ANの治療について伺います。なかなか思うように治療が進まない場合もあり、一筋縄では行かないなと感じることも多いのですが、患者さんにどのようにアプローチするとよいのか、専門家の視点からポイントとなる部分を教えていただけますでしょうか。
中里 治療を深めていくためのポイントとしては、3つあると考えています。1つ目は動機付けをしっかり行うことです。患者さんは、初期の段階では特に「このままでもいい」という気持ちが強いのですが、その一方で、やせたことで疲れやすくなったり、気持ちがイライラしたりして、「本当にこのままでいいのか」という考えも自分のなかに共存しているアンビバレントな状態です。後者を最初から引き出すのは容易ではありませんが、病気の心と健康な心の両価的な面を共有しながら、健康な心の方はどうしたいのかを少しずつ掘り下げていくようにしています4。
2つ目が症状の外在化です。やせていることに過剰な価値を置く考え方や食事へのこだわりはあくまで「病気の症状」で、回復していきたい、という健康な心の部分に気づくように手助けをしていくことです。病気の症状や問題行動に「エディ」などとあだ名を付け、問題を切り離して考える技法2,4を用いています。症状による行動や考えに対しては、患者さん自身から切り離して、治療者と協働作業で、症状を改善するための対処の仕方を一緒に考えていきます。この取り組みは治療同盟を作るうえでも役立っていると考えられます。
3つ目は、その方が持っている治療のリソースを把握し、広げていくことです。リソースには、ご家族や友人、支援者のサポート、利用できるオンラインのツールなどさまざまなものがあります。例えば、「やせたい」という気持ちが強くなって運動を過剰に行いそうになったときには、自分の好きな音楽を聴いて対処するといったこともリソース活用の一例です。根気がいることではありますが、そのリソースを徐々に広げていくことも治療においては重要だと考えています。
鈴木 「動機付け」「外在化」「リソースの活用」ですね。特に外在化については、患者さんは自分を責めてしまいがちなので、「これは病気の症状なのだ」という事実を介在させることは、心の負担を減らしていくことにつながりそうです。
モーズレイ神経性やせ症治療(MANTRA)とは
「MANTRAはワークブック形式を用い、適切な対処法やANに代わる価値を見出し、回復へと導くように設計されています」(中里先生)
鈴木 摂食障害の治療では認知行動療法などの精神療法が中心になると思います。中里先生は、ロンドン大学精神医学研究所・モーズレイ病院 摂食障害ユニットで認知行動療法を学ばれたとのことですが、当時のイギリスの精神医療の印象はいかがでしたか。
中里 イギリスに限らず、欧米諸国では当時から、認知行動療法への取り組みが進んでいて、対面式だけではなく、ガイデッド(指導付き)セルフヘルプやオンラインのツールなどを用いた認知行動療法が広く行われていました。また、これらの有効性を検討するランダム化臨床試験なども実施されています。イギリスをはじめ諸外国では、摂食障害から回復するための取り組み、支援のリソースを提供するBeat(Beating Eating Disorders)という組織があります。治療や支援の専門家と患者さん、ご家族が協力して、摂食障害の病態や治療に関する研究に取り組み、そこで得た知見をまた治療や支援に活かしていく体制が構築されていることにも感銘を受けました。モーズレイ神経性やせ症治療 (MANTRA:The Maudsley Model of Anorexia Nervosa Treatment for Adults)も、そうした背景のある中で、最新の知見と臨床研究の成果に基づき、改訂を重ねて開発されたものです。
鈴木 私もモーズレイ病院を訪問したことがありますが、精神科チーム医療の先駆け的存在であった印象ですね。さて、中里先生は帰国されてからMANTRAの普及に尽力され、『モーズレイ神経性やせ症治療 MANTRAワークブック 日本語版』4をはじめとする手引書の翻訳にも携わられています。このMANTRAとはどのような治療法なのでしょうか。
中里 MANTRAは成人のANを対象としたマニュアルベースの精神療法で、認知対人関係理論5に基づき、ANに価値を置く性質、柔軟性の乏しさや細部にこだわりすぎるような思考のスタイル、感情や情動の困難さ、対人関係といったAN維持要因にも焦点をあてたものです。イギリスの国立医療技術評価機構(NICE:National Institute for Health and Clinical Excellence)のガイドライン6、アメリカ精神医学会(APA:the American Psychiatric Association)ガイドライン7などでは、成人のANに対するエビデンスに基づく標準的な治療法として、強化された認知行動療法(CBT-E:Enhanced Cognitive Behavior Therapy)、専門家による支持的臨床管理(SSCM:Specialist Supportive Clinical Management)とともに、エビデンスに基づく治療法として推奨されております。SSCMとのランダム化臨床試験(MOSAIC 研究)では、1年後の有効性は両群で同等8で、また、MANTRAはSSCMと比較して、症状維持要因にフォーカスしながら柔軟に治療をすすめられるという利点が見られています9。
MANTRAではマニュアルとワークブックを用い、モジュール(段階)に沿って治療を進めていきます10。導入期には動機付けをしっかり行います。その後、発症背景と維持要因について定式化(フォーミュレーション)を行ってから、治療モジュール(図1)へと進み、思考スタイルの特徴や感情の扱い方、対人関係などの悪循環を理解し見直します。後半には、ANを乗り越えて自分らしさを再構築できたらどんな生活が待っているかのイメージを膨らませ、治療で獲得したスキルや考え方を定着させ「好循環の花」のイメージを発展させていきます。セッションは個人療法で行い、基本は週1回50分、20週間行いますが、BMI(Body Mass Index)が15を下回る場合には30~40回を原則としています4。全体に、書き記す作業を重視していて、当事者がワークブックに記入し、治療者がフィードバックの手紙を書くというやりとりを繰り返しながら、共同作業で少しずつ、回復への道を歩んでいけるように設計されています。
図1 MANTRAワークブックの治療モジュール構成
中里道子ほか監訳:モーズレイ神経性やせ症治療 MANTRAワークブック. 東京, 南山堂, 2021.より作成
鈴木 こうして定式化によって背景や維持要因を筋道立てて整理することで、安心し納得して前に進んでいけるのですね。素晴らしいです。個人療法でこれだけ時間をかけて行うのは相当に労力を要すると思いますが、患者さんの混乱して絡まった心の紐をほどいてやわらげていくには、それぐらいしっかりやることが必要なのでしょう。
中里 日本摂食障害学会などの関連学会でもMANTRAの研修会などを開催しています。こうした機会を活用していただけると取り入れやすくなるのではないかと思います。
AN患者では、灰白質の広範囲にわたる減少と重症度の関連が明らかに
「ANの病態生理の研究が一歩進み、さらなる解明が期待されます」(鈴木先生)
鈴木 体形や食事のことを気にする方は少なくないと思われますが、その中でANを発症してしまうのはなぜなのでしょうか。ANの発症には心理社会的要因のほか、バイオロジカルなベースがあるのではないかと感じています。中里先生は最近、機能的磁気共鳴機能画像法(fMRI:Functional Magnetic Resonance Imaging)を用いた、大規模脳機能の研究結果11を発表されましたが、この研究についてご紹介いただけますか。
中里 摂食障害の病態生理に関する脳画像研究は、統合失調症や気分障害などの精神疾患と比べるとデータの蓄積は多くはないのですが、近年の画像解析技術の進歩によって、AN患者さんの脳活動や脳神経機能の変化などについての研究が進んでいます11-13。
神経性やせ症の病態には多因子が関連し、未だに明らかではありませんが、その脳神経基盤として、前頭葉の背外側の領域を中心とした神経ネットワークと、報酬系に関連する腹側の領域とのバランスの不均衡が関与することが示唆されてきました12。しかし、これまでの脳画像研究は、サンプルサイズの小ささなどの限界があり、関心領域(ROI: Region of Interest)と全脳との間での安静時機能的結合の異常を調べる研究は十分に行われていませんでした。今回の研究11は、100名以上のAN患者さんと健常対照群を対象とした日本の多施設共同研究で、AN患者さんの脳の背外側前頭前野領域は、健常者に比べて活動が亢進していること、小脳、側頭極、海馬傍回などの領域において活動の低下が認められました。背外側前頭前野は、食行動の抑制や否定的な情動に対する過剰な認知的制御などに関わっている可能性があります。
最近の脳形態画像研究13では、日本の国内で、摂食障害の治療施設かつ脳 MRI データを収集できる多施設共同研究で、患者さんのご協力を得て、AN患者さんの臨床症状と、脳のMRI画像を100例以上収集し、健康な対照群と比較して解析しました。その結果、先行研究で示されていた脳の灰白質の広範囲にわたる減少が改めて認められました。さらに、今回得られた画期的な知見として、腹側前頭前野(感情や報酬に関連する領域)と後部島皮質(味覚や内受容感覚に関連する領域)の体積が、症状の重症度と正の相関を示しました。今回の研究は、ANにおける脳灰白質体積の変化と症状の重症度との相関を十分な妥当性をもって初めて明らかにしました。これらの研究成果は、ANの病態生理の理解を深める新たな一歩であり、これからの治療を考えるきっかけにはなるのではないかと考えられます。
鈴木 それだけ多くの症例数を収集され、信頼度の高い結果を出されたことに感嘆しました。異常シグナルや重症度と関連する部分が、病気の原因なのか、それとも結果としての現象なのかがこれからの研究課題になると思いますが、いずれにせよ関連する部位が明確になった意義は大きいと思います。
多職種連携ネットワークで摂食障害を支援
「摂食障害は多職種の連携が必要とされており、現在、マニュアル作成やシステム構築が進められています」(中里先生)
鈴木 最後に、摂食障害の治療における多職種連携について先生のご意見をお聞かせください。
中里 摂食障害は、心と身体、そして社会生活に影響する疾患ですので、医師、看護師、薬剤師、栄養士、臨床心理士、公認心理師、作業療法士、ケースワーカーら、多職種の支援が必要です。また、早期介入のためには、医療関係者のみならず、学校関係者、特に養護教諭と医療機関の連携が求められます。病歴の比較的長い患者さんにはとりわけ、訪問診療やリハビリにおいても地域のネットワークを基盤とした包括的支援をしていくことが重要です。ただ、連携の重要性は認識していても、実際どうやって進めていったらいいかわからないという声もいただきます。そうしたニーズに対応するために、厚生労働省の研究班14では、多職種に対する支援マニュアルの作成と研修システムの構築研究に取り組んでいます。ANに対するMANTRA、CBT-E、児童思春期ANに対する家族をベースとしたFBT(Family based treatment)の治療者向けマニュアルも作成し、摂食障害全国支援センターのHP15にも公開予定です。ぜひご活用いただいて、少しずつでも多職種連携のネットワークを広げていただくことを期待しています。
鈴木 ありがとうございます。私も含め、摂食障害の支援のための多職種連携をどう実践するか模索している人にとって、こうしたマニュアルは大きな助けになります。しっかり活用して知識を得て、患者さんに還元していきたいと思います。
本日は診断から治療のポイント、さらに最新の知見まで、非常に幅広いお話を聞けて大変勉強になりました。ありがとうございました。
中里 私も、先生からご質問やコメントをいただいて勇気づけられるとともに、大切なポイントにあらためて気づくことができました。ありがとうございました。
取材/撮影:ルンドベック・ジャパン Progress in Mind Japan RC
取材日:2024年6月6日
取材場所:ルンドベック・ジャパン株式会社(東京都港区)
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