働く世代のうつ病と最新の認知行動療法(CBT)
復職後に抑うつ症状の再発により再び休職してしまうケースが多いことが報告されており1、復職のみを目標とするのではなく、就労の継続や再発予防も視野に入れたうつ病治療が重要視されてきています。
働く世代へのうつ病治療における認知行動療法
働く世代のうつ病が日本の社会問題のひとつとなって久しく、うつ病治療では症状改善のための薬物療法や心理療法だけでなく、復職を目標とするリワークプログラムの提供も積極的に行われています。しかし、復職後に抑うつ症状の再発により再び休職してしまうケースが多いことが報告されており1)、復職のみを目標とするのではなく、就労の継続や再発予防も視野に入れたうつ病治療が重要視されてきています。
『日本うつ病学会治療ガイドラインⅡ.うつ病(DSM- 5)/ 大うつ病性障害 20162』では、回復期・維持期にあるうつ病患者に対して、再発・予防効果に優れていることが立証されている精神療法として、CBTが挙げられています。2010年にCBTが保険収載されたこともあり、近年では職場での問題を積極的に扱うことで、就労の継続や再発予防を目指すCBTが提供されるようになってきました。
働く世代のうつ病治療において、認知行動療法(CBT)は就労の継続・再発予防への有用性が期待されていますが、現状では課題もあります。
就労の継続や再発予防も目標としたCBTの有用性
兵庫教育大学の伊藤大輔氏らは、うつ病が主診断で復職を希望している成人16人を対象に、従来の認知・行動的技法に、復職後に想定される問題や復職に関する不安への対処スキルの習得を付加した対面での集団CBT(WF-CBGT)を行い、その有用性について検討しました3。WF-CBGT介入後、参加者のうつ・不安、社会適応状態、職場復帰後の困難感をそれぞれK64、SASS5、DRW6の評価指標を用いて介入前と比較し、うつ・不安(t検定、p<0.01)、社会適応状態(t検定、p<0.05)、DRWのうち職場復帰後の対人面の困難(t検定、p<0.01)と職務に必要な認知機能面の困難(t検定、p<0.01)において、有意な改善がみられました。さらに、参加者16人中15人が復職し、12人は復職後3カ月就労が継続したと報告されています。
対面CBTにおける課題
うつ病の認知療法・認知行動療法治療者用マニュアルでは「治療は対面式の面接が中心」と記載されており7、日本におけるCBTは対面で提供されることが多いと予想されます。先に紹介したように、対面でのCBTは有用性が多数報告されている一方で、下記のような課題も指摘されています8。
- セラピスト数の不足により、患者が長期間待機しなければいけない場合がある
- 治療費用が高い
- 患者がスティグマを感じる場合がある
また、CBTは面接を16週以上継続する必要があることから7、上記に挙げた課題に加え、働く世代、特に在職中の患者に対する治療では、長期化する可能性のある治療期間内においての治療時間の確保も課題となります。
インターネットやAIを介したCBT (ICBT, ICBT-AI)は対面CBTの課題を解決することができ、働く世代のうつ病にも有用な新しい治療法となる可能性があります。
新しいCBT~ICBTについて~
そこで注目されているのが、インターネットを介したCBT(以下、ICBT)です。英国国立医療技術評価機構(NICE)の成人のうつに病に関する臨床ガイドライン(CG90) では、軽度~中等度の抑うつ症状を呈する患者には、ICBTを提供することが推奨されており9、日本でも徐々に普及してきています10。東京大学の今村恭子氏らによる、在職のうつ病患者762人を対象としたICBTの有用性を検討した無作為化比較試験では11、介入群における12カ月間の大うつ病エピソードの発生率は、待機群と比較し有意に低率であったと報告されています(CIDI Version3.1を用いたLog-Rank検定、p < 0.01)。
これまで報告されているICBTのメリットとデメリットを下記にまとめます。
ICBTのメリット12
- インターネットにアクセスできる環境であれば時や場所を選ばず提供可能
- 治療の均一性が保たれる
- 対面CBTと比較し、治療費用が抑えられる
ICBTのデメリット13
- 治療経過の観察が不十分となる場合がある
- 抑うつ症状の悪化に対応していない
- 治療効果が長期的に持続しない
- 脱落率が高い
- 社会機能の改善に繋がらない
新しいCBT~ICBT-AIについて~
ICBTの課題解決を目指し、近年開発が進められているのが自然言語処理技術(NLP: natural language processing)による対話エンジンを応用したICBT-AIです14。ICBT-AIでは、コンピューターの画面上にバーチャルなセラピストが登場して、患者に共感の言葉を示したり、患者の認知行動に基づく不適切な入力に対してアドバイスを行ったりすることで、対面のようにCBTを提供することが可能となっています。慶応義塾大学の宗未来氏らによる、成人うつ病患者1187人に対するICBT-AIの有用性を検討した無作為化比較試験では14、ICBT群と比較しICBT-AI群では脱落率が低率であったと報告されています(t検定、p<0.005)。筆者の宗氏は、従来のICBTと比較するとICBT-AIは適切なCBTの遂行を促すことが可能となり、さらに患者の治療意欲も増進させたと述べています。
ICBT・ICBT-AIにおける課題と展望
国内のICBT、ICBT-AIに関する報告は増加傾向ではあるものの、エビデンスは十分といえず、ICBTの有用性を示す論文の中にはプログラムの一部をメールや電話におきかえたり、実際には対面式治療との併用をしていたりするものもあるため12、より厳密な方法でのさらなる検証が望まれます。また、働く世代のうつ病に対し、就労の継続や再発予防も目的として、職場での問題を積極的に扱うICBTやICBT-AIを提供する場合、患者の年代や職種に適したプログラムが必要となるため、様々なケースに対応可能なプログラムの開発およびエビデンスの確立が求められます。一方で、ICBT、ICBT-AIは、インターネットにアクセスできる環境であれば、時や場所を選ばず受けることが可能というメリットから、仕事などの理由により治療時間の確保が難しい患者や、通院していることを周囲に伏せている患者、地理的に通院が困難である患者、対面のCBTでは心理的な負担が大きい患者などにとって、有用となり得ると考えられます。
監修者:国立精神・神経医療研究センター 名誉理事長・一般社団法人日本うつ病センター 名誉理事長 樋口輝彦先生
Our correspondent’s highlights from the symposium are meant as a fair representation of the scientific content presented. The views and opinions expressed on this page do not necessarily reflect those of Lundbeck.