マルチオミックス解析がPTSDとMDDの生物学的メカニズム解明に新たな視点をもたらす
ストレス関連障害である心的外傷後ストレス障害(PTSD)と大うつ病性障害(MDD)において、脳の複数の領域で、遺伝子やタンパク質の発現、メチル化、エピジェネティクスなどの異なるレベルのオミックスの解析を総合的に進めなくては、一般的で衰弱性の疾患の分子基盤の理解は進まない。そこで、マルチオミクス解析を行ったところ、両疾患で共通する、あるいは相違する分子の調節不全を特定できたとする研究結果が、「Science」に2024年3月24日掲載された1。
米ハーバード医学大学院精神病学分野のNikolaos P. Daskalakisらは、PTSD患者およびMDD患者と、神経学的機能が正常な対照群(neurotypical control;NC)それぞれ77人ずつ(計231人)の死後脳検体を用いて、脳の3つの領域〔扁桃体中心核(CeA)、内側前頭前野(mPFC)、海馬歯状回(DG)〕におけるマルチオミックスデータを収集。このデータを用いて、遺伝子、エキソン、エキソン間結合部、転写産物(トランスクリプト)のRNA発現、CpGサイトとその周辺領域のDNAメチル化、タンパク質およびペプチドの発現について調べた。
対象を2群に分け(150例と81例)、それぞれの結果をメタ解析した結果、PTSDでもMDDでも、偽陽性率(FDR)5%以下を満たす発現変動遺伝子(differential gene expression;DGE)信号の多くはmPFCで認められた。DNAメチル化については、PTSDではメチル化差異部位(differentially methylated position;DMP)がDGで多く認められたのに対し、MDDでは少なかった。同様に、メチル化差異領域(differentially methylated region;DMR)は、PTSDでは主にDGに95カ所確認されたのに対し、MDDではCeAに17カ所、DGに13カ所が確認されたのみであった。異常発現タンパク質(DEP)とペプチドについては、PTSDの方がMDDよりもわずかに少なかった。
次に、男女別、また小児期のトラウマの経験、自殺例に着目してサブ解析を行ったところ、女性のみを対象にした解析では、PTSD、MDDともに、それぞれ、主解析と中程度の相関(0.3<ρ<0.6)を示したのに対し、男性では、PTSDでは中程度の相関、MDDでは強い相関(ρ>0.6)が見られ、性差が疾患リスクの根底にあることが示唆された。また、小児期のトラウマ経験と自殺も、PTSDとMDDの双方で、それぞれの主解析と強い相関を示した。さらに、GSEA(gene set enrichment analysis)により疾患の発症に関連するパスウェイの特定などを試みたところ、パスウェイは、免疫機能、神経またはシナプスの調節、ストレスホルモンのシグナルと関係するものであった。加えて、UKバイオバンクの5万人超の血液蛋白と脳のマルチオミックスとの関係を調べたところ、脳-血液マーカーとして、有意な関連を有するものやオーバーラップするものなどが見つかり、将来的に血液バイオマーカーを開発する助けとなる可能性が考えられた。
著者らは、「PTSDとMDDには、共通する、あるいは異なる分子病理学的メカニズムがあること、特に内側前頭前野が冒されること、またそれには小児期のトラウマや性差も関わることなどが判明した。この変化が、免疫機能や神経やストレスホルモンの動きに影響を与えているのかも知れない。今回の結果は、今後の治療法やバイオマーカー開発の一助となり得るだろう」と述べている。(編集協力HealthDay)
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