てんかん発作に反応して自律的に活性化する遺伝子治療法を開発
提供元:AJ Advisers LLCヘルスデージャパン
神経細胞の過剰興奮に反応して自律的に活性化する遺伝子治療法を開発したという研究報告が、「Science」2022年11月3日号に掲載された1。研究を実施した英ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのYichen Qiuらによると、この治療法は脳の神経回路障害に対し有望であり、さまざまな神経発達障害や神経精神障害に応用できる可能性がある。
てんかんなどの神経疾患に対する遺伝子治療は、神経細胞の興奮性を制御できる可能性があるが、発作に関わる神経細胞にも健常な神経細胞にも区別なく影響してしまうことが障壁となっている。本研究では、神経細胞の活動性に反応してオンオフされる転写領域(プロモーター)である最初期遺伝子c-Fosを、神経細胞の発火を検出する「スイッチ」として採用。これに神経細胞の興奮性を制御する治療用遺伝子を組み合わせることで、異常興奮が発生したらオンになり、異常興奮が抑制されたらオフになる治療法を開発した。
治療用遺伝子としては、カリウムチャネルKv1.1をコードするKCNA1遺伝子にコドン最適化や再活性化を容易にする変異などを施したものを採用した。この改良型KCNA1遺伝子は、転写を増大させると設計型カリウムチャネル(Engineered K Channel;EKC)を過剰発現させ、これにより神経細胞の過剰興奮を抑制し、シナプスの神経伝達物質を低下させる作用を有するため、てんかんの治療用遺伝子として注目されている2-6。
最初に、成熟するとバースト活動を呈する神経細胞モデルにおいて、c-Fosの下流に蛍光マーカーを導入した。薬剤でてんかん発作様のネットワーク活動性を上昇させると、同時にc-Fos発現量も増大する*aことが確認できた。次に、この神経細胞モデルにおいて、c-Fosの下流に蛍光マーカーとEKC発現遺伝子を導入した(cfos-EKC)。蛍光マーカーのみを導入した対照細胞と比べた結果、このcfos-EKC細胞はネットワーク活動性が低く、スパイク頻度、平均バースト率、バースト当たり平均スパイク数を有意に抑制していた*b。さらに、薬剤でネットワーク活動性を上昇させた場合も、cfos-EKC細胞では対照細胞よりも発火率の最大値が有意に抑制されていた*c。
この治療法の生体内での有効性を検証するため、成体マウスの脳の海馬に対し、遺伝子治療と蛍光マーカー(cfos-EKC)または蛍光マーカーのみ(対照)を導入して比較した。腹腔内に薬剤投与して単発の全身けいれん発作を惹起したところ、cfos-EKCマウスでは対照マウスと比較して、蛍光マーカーの導入された神経細胞の興奮性が有意に抑制されていた*d。一方、c-Fosは記憶や学習といった生理的行動にも関与するため、この遺伝子治療によりEKCが過剰発現し、正常な行動まで阻害する可能性がないかも調べた。その結果、cfos-EKCマウスでは対照マウスよりも全身けいれん発作後の記憶想起の低下が有意に少なく*e、行動課題の結果にも差は見られなかった。さらに、てんかん重積状態を惹起した薬剤耐性てんかんのマウスモデルでも、cfos-EKCマウスでは対照マウスと比較して、全般発作を生じる累積回数が有意に減少した*f。
最後に、c-Fosがヒトの神経細胞のてんかん発作様の活動でも活性化されるのかを調べるため、ヒトの脳皮質の神経回路モデルを作成し、cfos-EKCを導入した。その結果、この神経回路モデルにてんかんを惹起する薬剤を投与するとc-Fosが活性化され*g、さらにcfos-EKCを導入した場合、ネットワーク活動性が全体的に減少していた*h。
Qiuらは、「最初期遺伝子のプロモーターを用いることで、神経細胞が異常な活動性を示している間だけカリウムチャネルを発現できた。これにより、てんかん発作に関連した神経細胞の異常興奮を低減し、正常な行動を妨げずに持続的な抗てんかん効果を得た」と結論。「こうしたネットワーク動態を正常化させる細胞自律型制御ツールは、神経回路の過剰興奮を特徴とする他の神経精神疾患にも臨床応用できる可能性がある」と述べている。(編集協力HealthDay)
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注釈
*a
蛍光マーカーの発現している細胞量の薬剤処理前との比較;P<0.01、P<0.001;one-way ANOVA followed by Bonferroni multiplecomparison test
*b
Student’s t test corrected for multiple
Comparisons、α=0.02、スパイク頻度;P=0.01、平均バースト率;P=0.01、バースト当たりの平均スパイク数;P=0.02
*c
cfos-dsGFP(n=5)対cfos-EKC(n=6)、 Mann-Whitney U test、P=0.008
*d
Number of action potentials evoked by
increasing current steps;P=0.002
Maximum number of evoked action potential;P=0.0002
Current thresholds;P=0.009
Voltage thresholds;P=0.59
Input/output、two-way ANOVA;other
Graphs、Student’s t test corrected for multiple comparisons、α=0.02
*e
Percentage of freezing time for naïve or PTZ-treated mice injected with either cfos-dsGFP(n=7 and 8、respectively) or cfos-EKC(n=7 and 9、respectively)during fear conditioning、fear recall、and in a new
Context、Two-way ANOVA followed by Bonferroni multiple-comparison test
*f
cfos-dsGFP対cfos-EKC、P=0.04、Two-way ANOVA
*g
Student’s t test、P=0.02
*h
Student’s t test、P=0.01
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