うつ病診療において認知機能障害に着目する意義 ~脳画像研究の知見も含めて 精神医学クローズアップ Vol.2

松尾 幸治 先生(埼玉医科大学医学部精神医学教授/埼玉医科大学病院神経精神科・心療内科診療部長)

うつ病(Major Depressive Disorder)の認知機能は急性期で低下し、うつ症状の寛解後にも残存することが知られています1。また、うつ病の認知機能障害は、うつ病による生産性の低下や、休職後の社会復帰に影響する可能性があることから、その程度や機能的な寛解をどのように評価するかに注目が集まっています。うつ病診療で認知機能障害を評価する意義や実臨床での評価の実際について、脳画像研究に関する知見を交えながら松尾幸治先生にご解説いただきました。

うつ病における認知機能障害とは、どういった症状として現れますか。

うつ病診療では日常的に、「頭の回転が鈍くなった」、「物覚えが悪くなった」といった訴えに遭遇します。こういった訴えが示す症状は、うつ病の診断基準の一つである精神運動抑制にも見られますが、その中で何らかの認知機能検査の結果により認知機能障害と評するのだと考えています。

うつ病の認知機能の有無や程度を測定するために、各種認知機能検査研究が数多く行われていますが、実臨床で安定的に使用できる評価ツールの確立には至っていません。

―うつ病の認知機能障害を評価するツールが確立されていない理由は何でしょうか。

認知機能障害はうつ病で高頻度に発現する症状であり、実行機能(executive function)、処理速度(processing speed)、作業記憶(working memory)などの認知ドメインが障害されることや1、寛解状態にあっても、それらの障害はしばしば残存することが報告されています2。しかし、認知機能障害の研究に用いられる評価ツールは研究ごとに異なっていて、研究間の比較は容易ではありません。それぞれの研究で明らかにされた認知ドメインの障害が、実臨床で遭遇する症状とそのように対応付けられるかが不明瞭に感じられることも、実臨床と研究結果が連動性を持ちにくい要因と考えています。

また、うつ病の症状バリエーションの豊富さが、評価をより困難にする一因でもあります。例えば、うつ病の認知機能障害には、認知症の記憶機能のように経時的に低下するといった特定のパターンが明らかになっていないため、特定の評価ツールによる継続的な評価が、必ずしも症状の変動を反映するとは限りません。さらに、寛解するとうつ病の認知機能障害の多くは日常生活に大きな支障を来さない程度であるため、結果の解釈が難しくなることや、同じ検査を繰り返すことにより、慣れや学習効果により成績が上がってしまうという問題もあります。

―実臨床では、認知機能障害をどのように評価されているのでしょうか。

うつ病診療の基本ではありますが、問診により患者さんの日常生活の機能を丁寧に確認することで評価をしています。そのためには、現在の仕事の調子や、以前と比較して改善しているのか悪化しているのか、変わらないのかなど、発症前後で生じた変化を聞き出す必要があります。周囲(会社同僚や家族など)への聞き取りで客観的な事実を知ることも可能ですが、「以前にはこういったことができていたが、今は思うように進まない」「以前は締め切りに余裕をもって仕上げることができていたが、最近は締め切り間近になってしまう」など、患者さんご自身でしか感じることのできない変化を拾い集める必要があります。

就労されている方であれば業務の状態をベースに聞き出すことも可能ですが、家事のようにオンとオフの境を区別しにくい場合、評価は容易ではありません。家事の中では炊事が最も認知機能の影響を受けると考えており、病前のようにメニューにバリエーションがあり、要領よく品数を揃えられるようになると、かなり機能が回復したとみてよいように思います。

―うつ病の認知機能障害を評価する意義は何でしょうか。

認知機能障害の程度が、再発の予測因子や社会復帰の可否を判定する指標の一つになりうることです。寛解後にも残存する認知機能障害は、うつ病の再発のリスクや3、職場で十分なパフォーマンスを発揮できない要因であること4が知られています。

従来、うつ病の寛解は抑うつ症状の低減で判断されていましたが、症状の寛解が必ずしも機能の回復と一致しないという理解が社会的にも進んだことで、復職プログラムを用いた段階的な復帰の必要性が認められつつあります。

ただし、復帰後にも継続する不調は認知機能障害の残存によることもあれば、うつ病自体が寛解していなかった可能性もあります。現時点ではそれらを明確に区別できる客観的な指標は見当たらず、患者さんの訴えをよく聞き、行動観察することで評価していくことが非常に重要です。その重要性は、何らかの評価ツールにより、認知機能障害の変動を数値で確認できるようになったとしても変わりません。

―松尾先生は脳画像検査を用いて、認知機能障害を視覚的にとらえる研究を行っていらっしゃいますが、脳画像検査ではどういった見解が得られていますか。

N-back課題遂行時のパフォーマンスはうつ病の重症度と逆相関すること5に着目し、私たちはfMRI(Functional Magnetic Resonance Imaging)を用いて、未治療のうつ病患者さんと健常者を対象に、N-back課題遂行時の脳血流の変化の解析した研究を行いました6。その結果、課題の成績自体はうつ病患者さんと健常者で同等でしたが、課題遂行中のうつ病患者さんの背側前頭前野は、健常者の同部位よりも過活動であったことを示しました。SPECTによる先行研究で、うつ病患者さんでは前頭葉の血流量が低下し、寛解期には増加したことは明らかにされていましたが7、課題遂行と前頭前野の活性化の関連性について一致した結論は得られていませんでした。前頭前野の脳血流が悪く、成績も悪いという報告が一般的ですが8-10、今回の私たちの結果は、うつ病患者さんが健常者と同等のパフォーマンスを維持するには、前頭前野の活動を亢進させる必要があると解釈し、うつ病の前頭葉機能不全という病態仮説を支持するものでした。

他のグループによる研究では、抗うつ薬の投与により、N-back課題遂行中の右背外側前頭前野と左海馬における活動性が低下したことを示しました11。先ほどの私たちの研究結果と合わせて考慮すると6、この結果は、抗うつ薬はうつ病患者さんの前頭葉機能回復に役立つ可能性があることをfMRIで示したといえるでしょう。

―うつ病患者さんの脳画像解析研究には、他にどういったものがありますか。

MRIによる研究で、双極性障害患者さんの背外側前頭皮質および前帯状皮質は、うつ病患者さんの同部位よりも小さいことを示したものがあります12。このことは、うつ病と双極性障害の鑑別診断のための新たなバイオマーカーや、治療方法の開発のヒントとなりえます。

また、安静時の脳血流を測定することで脳内ネットワークの活動を見るResting-state fMRIの研究が活発化していて、AIによる機械学習法を適用した、脳回路からうつ病を見分けるバイオマーカーの開発が進んでいます13。さらに、うつ病治療そのものへの応用を目指した研究も進んでいます。難治性のうつ病患者さんの脳血流をリアルタイムで確認しながら刺激や課題を与え、低下した前頭葉の活動を意図的に高める脳活動制御(ニューロフィードバック)訓練の、非侵襲的なうつ病治療としての展開が期待されています14

―脳画像研究などの発展は、今後のうつ病診療にどういった変化をもたらすでしょうか。

問診による診断が主体のうつ病診療では、評価スケールや脳画像検査のような客観的な指標を望まれる患者さんが多くいらっしゃいます。保険収載されている光トポグラフィー検査を埼玉医科大学病院で導入した際、患者さんからの問い合わせが多かったことからも、その期待の高さがうかがえます。ただし、光トポグラフィー検査はあくまでも補助的な検査であり、それのみに基づいて診断するものではないという声明が、日本うつ病学会からも公式に出されています15。抑うつ症状について十分な臨床評価を行ったうえで、診断に迷った方を対象に行う検査であることに注意が必要です。

うつ病の診断は、診断基準を満たすかを慎重に評価して行われるものですが、患者さんによっては「話をしただけで診断された」と感じられる方もいらっしゃいます。認知機能障害の評価ツールや脳画像検査による客観的な指標を日常診療に導入することが可能となれば、問診による評価を補強するとともに、患者さんが診断結果や治療効果を受け入れやすく、患者さんが積極的に治療参加するきっかけとなるような有力なツールになるものと考えています。

 

取材/撮影:ルンドベック・ジャパン Progress in Mind Japan RC
取材日:2022年3月4日
取材場所:埼玉医科大学(埼玉県入間郡毛呂山町)

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参考文献
  1. Rock PL, et al., Psychol Med. 2014; 44(10): 2029-2040.
  2. 堀輝. 日本生物学的精神医学会誌. 2015; 26(4): 218-222.
  3. Majer M, et al., Psychol Med. 2004; 34(8): 1453-1463.
  4. Adler DA. et al., Am J Psychiatry. 2006; 163(9): 1569-1576.
  5. Harvey PO,et al., J Psychiatr Res 2004; 38: 567–576.
  6. Mastuo K, et al., Molecular Psychiatry 2007;12: 158-166.
  7. 大瀧純一. 杏林医学会雑誌 1992; 23(4): 589-602.
  8. Okada G,et al., Neuropsychobiology. 2003;47(1): 21-26.
  9. Elliott R, et al., Psychol Med. 1997; 27(4): 931-942.
  10. Audenaert K, et al., Nucl Med Commun. 2002; 23(9): 907-916.
  11. Smith J, et al., Mol Psychiatry. 2018; 23(5): 1127-1133.
  12. Matsuo K, et al., Cereb Cortex. 2019; 29(1): 202-214.
  13. Yamashita A, et al., PLoS Biol. 2020; 18(12): e3000966.
  14. Young KD. et al., Am J Psychiatry. 2017; 174(8): 748-755.
  15. 日本うつ病学会. 双極性障害およびうつ病の診断における光トポグラフィー検査の意義についての声明, 2016年11月29日.
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