うつ病に対する脳深部刺激(DBS)療法 ~臨床的有用性の最新知見と倫理的課題~

パーキンソン病や本態性振戦などの治療に使用される脳深部刺激(deep brain stimulation:DBS) 療法。海外ではうつ病に対する臨床的有用性の知見が蓄積され、新たな治療法として期待されていますが、国内での臨床使用には倫理的課題の検討が必要不可欠です。

DBS療法とは

近年、デバイスを用いて神経組織を刺激し神経ネットワーク機能に干渉する方法(ニューロモデュレーション)が発展しており、難治性疾患への治療応用が期待されています。ニューロモデュレーションは刺激部位・方法が多岐にわたり、神経系疾患をはじめ内臓疾患や炎症性疾患の治療にまで適応が広がりつつあります1。ニューロモデュレーションのひとつであるDBS療法は、電極リードを脳深部の治療ターゲット部位に挿入・留置し、リードに接続したデバイスから発生させた電気刺激パルスを持続的に送りこむことで、異常をきたした脳の機能を修正し症状をコントロールします2。DBS療法はデバイスや電極リードを体内に埋め込む必要がありますが、埋め込んだ後でも刺激のon-off切り替えや刺激強度などの条件調節ができるといった、外科的治療としてはまれな可逆性・調節性の特徴を有しています。そのため、治療経過中に病態の変化や予期せぬ副作用発現がみられても、治療を継続しやすいと考えられています2

DBS療法の作用機序と適応疾患

DBS療法の作用機序は未だ明らかではありませんが、電気刺激により電極周囲の神経核や神経線維に抑制的に働くことで、異常なネットワークの機能を調整し治療効果をもたらすとされています3。DBS療法の主要な刺激ターゲットとして、淡蒼球内節(globus pallidus pars interna:GPi)、視床下核(subthalamic nucleus:STN)、梁下帯状回(subcallosal cingulate gyrus/cortex:SCG/SCC)が知られています。GPi、STNは脳の運動・認知・情動機能の中で重要な役割を担う皮質-線条体-視床-皮質(cortico-striato-thalamo-cortical:CSTC)ループの構成要素であり4、SCG/SCCは認知・情動機能に関与する大脳辺縁系の神経回路の結節点であると考えられています5。各疾患にDBS療法を適用する場合、多くはこのCSTCループや大脳辺縁系を基盤とした神経回路仮説に基づき刺激部位を決定しています。
DBS療法は、パーキンソン病、本態性振戦、ジストニアといった不随意運動疾患や、神経障害性疼痛を中心とした難治性疼痛に有効であることが知られており6、既に国内外で臨床使用されています*。また、動物実験を用いた基礎研究の結果から、アルツハイマー病や薬物依存症、難治性高血圧、肥満、意識障害などの疾患・病態に対してDBS療法が有効である可能性が示されており、これらに対する適応拡大が海外で検討されています6
 

*:国内では振戦、パーキンソン病の運動障害、ジストニアが保険適応となっています。

うつ病に対するDBS療法の有効性と安全性

海外では精神疾患に対するDBS療法の有用性が期待されており、これまでに治療抵抗性うつ病(TRD)を対象としてDBS療法の有効性および安全性を検討した多くの報告があります。2017年までに報告された臨床試験14報を対象としたメタ解析では、SCGや内包腹側/腹側線条体(ventral capsule/ventral striatum:VC/VS)、側坐核(nucleus accumbens:NAcc)、内側前脳束(medial forebrain bundle:MFB)といった刺激部位ごとにTRDに対するDBS療法の有効性が解析されました(各77例、55例、14例、11例)7。その結果、いずれの刺激部位においても刺激後のハミルトンうつ病評価尺度(Hamilton Rating Scale for Depression:HDRS)のスコアは刺激前と比べて有意に減少していました(刺激前後のスコアの標準化平均差 [95%信頼区間(CI)]:SCG -3.02[-4.28~-1.77]、Z=4.71、p<0.00001;VC/VS -1.64 [-2.80~-0.49]、Z=2.78、p=0.005;NAcc -1.30 [-2.16~-0.44]、Z=2.97、p=0.003;MFB -2.43 [-3.66~-1.19]、Z=3.85、p=0.0001;両側χ2ベースQ検定)。
しかし、SCGとVC/VSについては、既報の多施設共同二重盲検sham対照無作為化比較試験(RCT)それぞれ2報と1報で、DBS療法による抑うつ症状スケールの有意なスコア改善は認められませんでした8-10
他方、腹側の内包前脚(ventral anterior limb of internal capsule:vALIC)を刺激部位として検討した多施設共同二重盲検RCTでは、DBS療法の手術後1年間の最適化期間が完了したTRD患者25例(平均年齢[SD]:53.2[8.4]歳)のうち16例を対象に、1期6週間の2群2期クロスオーバー試験が行われました。試験デザインは、刺激先行群の1期目で刺激on、2期目で刺激off、sham先行群の1期目で刺激off、2期目で刺激onとしました。その結果、刺激off時と比較して刺激on時のHDRSスコアの有意な減少が認められました(HDRS平均スコア[SD]:刺激off 23.1[5.1]、刺激on 13.6[7.8]、p<0.001;混合モデル)11。最適化の1年間およびクロスオーバーの12週間における重大な有害事象は、手術関連の事象が1件、DBS療法との関連性が不明な事象が7件確認されましたが(自殺未遂5件、入院を要する自殺念慮2件)、いずれもDBS療法の最適化期間で生じたものであり、DBS療法の有効性と安全性が示されています。
これまでに得られた試験結果を総合すると、DBS療法の有効性を結論付けるには十分とは言えないものの、刺激部位によってDBS療法の有効性が異なる可能性が示唆されます。そのため、うつ病に対するDBS療法の有用性については、刺激部位などの実施条件も含め、更なる検討を重ねる必要があります。

うつ病に対するDBS療法をめぐる倫理的課題と今後の展望

前項で紹介したように、うつ病に対するDBS療法の臨床研究は海外では活発に行われています。これに対し、かつて精神外科が犯罪者や反社会的行動の抑制としても用いられていたことや、ロボトミー手術に代表される精神外科の過去の反省から、国内では社会的・倫理的な問題の発生を危惧してDBS療法の臨床研究がほとんど手つかずの状態にあります2。2014年に国際定位・機能神経外科学会などにより発表された『精神疾患に対する定位的脳神経外科治療のガイドラインに関するコンセンサス』では、精神疾患に対する外科治療実施の倫理的課題として、インフォームド・コンセントの取得や治療適応の判断の正当性が挙げられています12。DBS療法を実施する際は、意思決定能力のある患者からインフォームド・コンセントを得ること、政治的目的・処罰の目的・社会的目的では決して行われてはならず、苦悩や苦痛を軽減させるという治療目的を持って行うことが必要であると指摘されています12。国内でのうつ病に対するDBS療法の臨床使用にあたっては、これらの課題について、今後あらためて議論を進めていく必要があると考えられます。
TRDの治療で用いられる修正型電気けいれん療法(modified-electroconvulsive therapy:mECT)は、外科的手術を必要としないニューロモデュレーションであり、『日本うつ病学会治療ガイドライン』では精神病性うつ病の治療法として推奨されています13。しかし、mECTは認知機能低下のリスクが指摘されているだけではなく5、再発・再燃率の高さも課題として挙げられており13、DBS療法を含めた新しい治療戦略が必要との意見もみられます5。うつ病に対してより有用性の高い治療法を確立するためにも、精神科医療における倫理的課題について十分に検討しながら、国内でのDBS療法の実施の可能性について議論が進展することが期待されます。

参考文献

  1. 鮎澤 聡, ほか. 脳神経外科ジャーナル. 2017; 26(12): 864-872.
  2. 深谷 親, ほか. 脳神経外科ジャーナル. 2013; 22(3): 200-206.
  3. 高宮 彰紘, ほか. 精神科. 2017; 75(10):1606-1611.
  4. 深谷 親, ほか. 脳神経外科ジャーナル. 2016; 25(2): 137-142.
  5. 高宮 彰紘, ほか. 最新医学. 2014; 69(9): 1872-1876.
  6. 大島 秀規, 臨床神経生理学. 2015; 43(4): 154-159.
  7. Chanjuan Zhou, et al. Prog Neuropsychopharmacol Biol Psychiatry. 2018; 2(82):224-232.
  8. Dolors Puigdemont, et al. J Psychiatry Neurosci. 2015; 40(4): 224–231.
  9. Paul E Holtzheimer, et al. Lancet Psychiatry. 2017;4(11):839-849.
  10. Darin D Dougherty, et al. Biol Psychiatry. 2015;78(4):240-248.
  11. Isidoor O Bergfeld, et al. JAMA Psychiatry. 2016;73(5):456-464.
  12. Bart Nuttin, et al. J Neurol Neurosurg Psychiatry. 2014;85(9):1003-1008.
  13. 日本うつ病学会治療ガイドライン Ⅱ.うつ病(DSM-5)/ 大うつ病性障害 2016
    https://www.secretariat.ne.jp/jsmd/iinkai/katsudou/data/20190724-02.pdf
    (2020年8月28日閲覧)