不知火病院におけるリワークを見据えたうつ病治療【前編】~リワークに関する現状と課題、それに対する不知火病院の取り組み~

うつ病罹患により休職した勤労者に対する復職支援の取り組みは、社会からのニーズの高まりを背景に、リワークプログラムとして近年、発展を遂げてきました。うつ病の入院治療を目的とした日本初のストレスケア病棟を設立し、また、不知火病院と福岡市の不知火クリニックの両施設でリワークプログラムを実施して多くの知見を蓄積・発信されてきた医療法人社団新光会 理事長 徳永 雄一郎先生と、多くの精神疾患患者のケアに携わってきた同法人 不知火病院 看護部長 原 恭美氏にお話を伺いました。

様々な内容・治療形態・頻度で行われているリワークプログラム

徳永:うつ病による休職者に対するリワークプログラムは、日本うつ病リワーク研究会による活動が社会からのニーズの高まりに呼応する形で全国的に普及が進んできたと思います。各施設での実施プログラムは、基本的には認知行動療法を中心とした各種手法を取り入れた集団療法であり、治療形態・頻度は診療報酬上の精神科デイ・ケアの区分で週4、5回、あるいは集団精神療法の区分で週2回2時間など、様々な形が採られています1。プログラムの治療効果に寄与する要因としては、実施内容や治療形態・頻度とともに、その中で他人と語りあえる環境があるかどうかや、スタッフがいることで安心感が得られるかどうかといった点がより重要なのではないかと考えています。

原 :私は当院の看護部長として患者さんのケアに携わっています。当院のストレスケア病棟のナースステーションはデイルームが視界に入る場所に位置しており、声掛けや見守りによってうつ病入院患者さんに安心感を与えられるよう心がけています。

徳永:一方で、精神科施設でリワークプログラムを導入する場合、人口の少ない地方都市圏では、大都市圏と比べプログラム参加者の患者さんを継続的に確保して収益を安定的に維持することが難しい現実があります。現在、人口約11万人の大牟田市に立地する不知火病院(以下、当院)では精神科デイ・ケアとして、また博多駅前に立地するサテライトクリニックの不知火クリニックでは週2回2時間の集団精神療法として、それぞれリワークプログラムを実施しています。当院では最近こそ外来患者数約150人、うちプログラム参加者約20人で継続的に推移していますが、参加者が0人になった期間も何回か経験しています。これに対し不知火クリニックでは、参加者の集患に有利な立地で、省スペースで集団精神療法としてプログラム提供することにより、効率的な収益確保を実現しています。ただし大都市圏での立地の場合も、近隣への競合施設参入によって参加者確保が困難になる可能性もあり、安定的な運営は常に課題となっています。

 

看護部長 原 恭美氏

 

社会の変化を背景に高くなりつつある企業側の復職へのハードル

徳永:うつ病治療の一環としてのリワークプログラムでは、うつ病の症状からの回復にとどまらず、職場復帰して業務を遂行するための機能面の回復を達成することが目標となります。その際、うつ病治療の原則として、患者さん1人ひとりの病態とライフヒストリーの違いを前提とした個別化医療が求められることを念頭に置く必要があります。したがってリワークプログラムを集団療法として実施するにあたり、それら患者さん自身の個別性に加え、職場環境条件の個別性についても理解したうえで行うことが求められると考えています。

近年、企業を中心とする事業場側では次第にリワークのハードルが高くなりつつあることを感じます。背景として、多くの企業が収益性確保の厳しさに直面する中、従業員の休職による経済的損失を軽視できず、休職者に対し、復職後は本来の通常業務が果たせることを求めざるを得ない実情があると思われます。一部の事業場では就業規則の変更により、休職期間上限の規定を厳格化し、以前は復職後、一定期間就労継続できれば再休職しても前回休職期間はカウントされなかったのが、変更後は通算した休職期間合計が一定に達した時点で退職となるルールを導入しています。こうした就業規則は事業場により異なるため、リワークプログラムを実施する精神科医は、参加者ごとにそれらを把握して対応することが求められます。

原 :近年では長期間の休職が受け入れられないケースが多く、そのうえで限られた休職期間内に通常業務が可能なレベルまで回復するよう求められている印象ですね。

徳永:うつ病による休職者のリワークに対する企業側のハードルが上昇しているもう1つの要因として、私の臨床経験から、社会の変化や産業構造の変化に伴ってうつ病の病態が変化していることも関係しているように感じています。以前多くみられたメランコリー親和型うつ病では、几帳面で真面目な性格の方が多いため、比較的復職を歓迎されやすかった印象です。しかし近年では、外責性を示す自己愛型が多くみられ、こうした患者さんでは休職前の攻撃性がしばしば職場の負担となるため、事業場側が復職に対して消極的になりがちなのではないかと思います。

 

復職判定における課題と対策としてのブルドン抹消検査

徳永:うつ病リワークにおける別の課題として、精神科医が出す復職可能の判断と企業が求める患者さんの機能面の回復が一致しないケースがあります。つまり、うつ病の症状が寛解に達していることを根拠に復職可能と判断しても、実際には企業が求める通常業務に支障を来す場合があります。この不一致が起きてしまう原因として、厚生労働省が提示する職場復帰可否の判定基準2は「労働者が十分な意欲を示している」や「業務に必要な作業ができる」などとされており、明確な客観的基準がないことが挙げられます。うつ病診療の現場では症状評価を目的としてハミルトンうつ病評価尺度3(以下、HAM-D)が使用されてきましたが、業務遂行能力の評価に直結しておらず、復職可能の判定には十分ではないと考えられます。また、1960年に作られた評価尺度のため、先ほど述べたうつ病の近年の病態変化も考慮すると、現代型のうつ病に対してはHAM-Dの適用はますます難しいと感じます。

そこで当院ではうつ病患者の業務遂行能力の回復を測定、数値化する目的で、ブルドン抹消検査4を復職可能の判定基準に応用しています。この試験はもともと前頭葉機能検査として使用されてきました。結果が被験者の学歴に左右されず計算能力も問われない点で臨床現場で使いやすいことが特徴であり、現代社会は就業人口の大多数を第3次産業が占め、業務のIT化も進んでいることで、多くの職業では集中力や判断力の持続が重視されており、これらの機能面の評価により適した試験であると考えています。当院では本検査の一往復ごとの作業時間が平均20秒短縮されると集中力や判断力の回復が得られたものとして、復職可能と判断できると考えています1

復職判定の妥当性をめぐって事業場側と認識の不一致を生じることを避けるため、私は患者さんが復職可能であると判断する際には、その客観的根拠としてHAM-Dやブルドン抹消検査を含む全ての評価結果を事業場側に開示することが重要と考えています。また、私は事業場の産業医として、休職している従業員の復職判定に関わることがありますが、厚生労働省の『心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き』2に従って設置された復職判定委員会で、医師、保健師、人事労務管理スタッフが合議のもと組織的に判定することにより、医師1人に復職判定の責任が集中しない形を採ることも重要と考えます。

 

不知火病院のストレスケア病棟におけるうつ病治療

徳永:当院は1989年に、うつ病患者さんの入院治療を行うストレスケア病棟を国内で初めて開設し、これまで5000例以上の患者さんを診てきました。豊かな自然環境に恵まれ、医療スタッフが常時ケアできるストレスケア病棟での入院生活では、うつ病患者さんが安心して周囲に依存できる環境に身を置くことができます。その結果、どこかのタイミングで患者さんが抑圧してきた感情や攻撃性を表出するようになることをしばしば経験しています。当院の入院治療では、これらの表出のタイミングをきっかけとして感情の処理を習得させることにより、内省と人格の成長を促しうつ病患者さんを回復に導いています。

原 :そのため、治療方針としてうつ病患者さんが感情や攻撃性を表出したタイミングを、逃がすことなく受け止めることを重視しています。これを医療スタッフ全員で徹底的に共有し実践しています。患者さんには頼りたいけど頼れないという感情があり、感情抑圧の背景に攻撃的感情があることをチームとして理解しています。

徳永:ストレスケア病棟の建築上の特徴も、患者さんの安心できる環境を実現するうえで重要な役割を果たしていると考えています。開設当時、私の治療方針を建築士に共有して様々なアイデアを出してもらい、日光の入り方や風の通り方が患者さんに与える影響などを綿密に計算して設計してもらい、ベストと思える治療環境を整えることができました。

後編では、不知火病院のストレスケア病棟におけるうつ病治療について、より詳細にお話ししていただきます)

取材/撮影:ルンドベック・ジャパン Progress in Mind Japan RC
取材日:2020年11月26日
取材場所:不知火病院(福岡県大牟田市)

 

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お話の内容は、すべての患者様や医療従事者に当てはまるものではなく、またそれらの内容は弊社の公式見解として保証するものではありません。

参考文献
  1. 徳永雄一郎. 最新精神医学. 2018; 23(3): 177-183
  2. 厚生労働省 中央労働災害防止協会. 心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き~メンタルヘルス対策における職場復帰支援~
  3. Hamilton M. J Neurol Neurosurg Psychiatry. 1960; 23(1): 56-62
  4. 徳永雄一郎ほか. 日本社会精神医学会雑誌. 2014; 23(3): 231
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