第8回「うつ病患者の復職 産業メンタルヘルスのエキスパートが複眼的に考える」

テーマ

第8回 Progress in Mind Japan RC Webinar

「うつ病患者の復職 産業メンタルヘルスのエキスパートが複眼的に考える」

開催日時 2024年2月9日(金)18:30~19:30
座長

加藤正樹先生

(関西医科大学医学部医学科 精神神経科学講座 准教授)

演者

堀輝先生

(福岡大学医学部精神医学教室 准教授)

阿竹聖和先生

(NTT西日本 健康管理センタ(九州エリア担当) 産業医(医長))

 

プログラム

第1部 講演

第2部 ディスカッション

ウェビナー振り返り

 

 

第1部 講演
 

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「うつ病患者の復職の実際 ~精神科医の悩み事~」 堀輝先生

日常臨床の中でよくある悩みを8つの視点から紹介した。

  1. 診断書:初診時では薬剤などによる治療の反応性などがわからないため、休職期間の判断が難しい。またどのくらいの間隔で診断書を記載するのが適切かという問題もある。患者さんが突然会社への復帰を希望し、復職可の診断書を出したものの、復帰直後に再度休みだすケースもある。
  2. 残遺症状:うつ病の症状がすっかり良くなって職場に戻っていくのが望ましいが、抑うつ、意欲低下、不眠などの症状や認知機能の低下が残った状態で、復職を目指すケースが少なくない。これらの残遺症状以外に、発達障害や身体疾患などの併存症があった場合には、復帰の際に工夫が必要になるのではないかと考える。
  3. リハビリ出勤:リハビリ出勤が望ましいが、エビデンスは乏しい。また、リハビリ出勤は会社ごとに制度が異なるため、場合によってはリハビリ出勤がないことを前提に治療を組み立てていかなければいけない。
  4. 残休職期間:休職期間満了が迫っているケースでは、症状が残っているにも関わらず、復職を急ぐ傾向がある。このため、精神科医は残休職期間を事前に知っておかないと、復帰後に再度休みだす可能性がある。
  5. キーパーソン:何か困ったときに、誰に相談すれば良いのかが決まっていることは大事なポイントである。常勤の産業医がいない職場の場合、主治医として誰と連携すれば良いのか、また患者さんが復職後に相談できる相手を作っておくことも重要である。
  6. 復職時判断:職場から残業、出張、休日出勤や運転業務に関して可能なのかの判断を求められることがあるが、ケースバイケースとなるため、その判断が難しい。
  7. リワーク:基本的にリワークを必須としている企業もあるが、リワークはある程度の期間が必要となる。リワークに関する対応は会社によって異なり、期間や内容面での課題が多い。また、利用しにくい地域もある。本当にリワークが必要な患者さんにリワークを提供する必要がある。
  8. 職場連携:産業医の大半は嘱託の医師であり1、また多くの先生は精神科医ではないため、精神疾患の多様性、症例の特異性は理解されにくい。

 


 

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「うつ病患者の復職の実際 ~職場で起こっている困り事~」 阿竹聖和先生

産業医としてよく経験するケースをもとに、うつ病患者さんと職場の心理を踏まえて復職後の困り事を紹介し、改善策を提案した。

【休職中のうつ病社員の心理と復職後の経過】

  • 1~2ヶ月の休養が必要との診断が出るだけでも、長く休み過ぎていると自責される方が多い。
  • 療養が長くなるほど復帰が難しくなるのではないかと焦る。また休職中の収入減を目の当たりにして経済的な不安も増してくるため、早く会社に復帰しなければという気持ちが強くなり、主治医に対して不調よりも好調を伝えたくなる。
  • 主要な不調さえ改善していれば復職できる、復職直後から元気だった頃と同じような業務ができる、と考えている。
  • 主治医に無理を言って復職可の診断書を得ている人もおり、実際には思うように業務がこなせず、症状が再燃するケースが少なくない。

【休職社員を持つ上長や職場の心理】

  • 診断書に記載されている療養期間で復職すると思っており、療養期間延長の診断書が出る可能性は考えていない。
  • 短期間なら休職社員の担当業務を分担できるが、休職期間が長くなると職場の負担が大きくなり、次第に陰性感情が生まれてくる場合もある。
  • 職場では早期の復職を期待しており、復職直後から休む前と同じ業務をしてもらえると考えている。
  • 復職後の社員に対して、フォローが必要である、再発の可能性がある、という考えは乏しい。


◇ よりよい復職・就労継続のために

  • 元気だった頃と同じように働けるまでにどのような回復過程(図参照)をたどるのか、どの程度の期間を要するのか、という情報提供を、患者さんと職場の方に対して最初に行うのが良いと考える。
  • 主治医は症状が寛解したあたりで復職可の診断書を出すことがあるが、注意力・集中力や情報処理・記憶力といったいわゆる「職場機能」は、寛解後徐々に改善してくるのが一般的であり、そこまで回復してからの復職が望ましい。
  • 患者さんは「復職すること」を目標とするのではなく、「復職後再発することなく元気に働けること」を第一に考え、療養中はよりよい復職の準備期間と捉えるべきである。抑うつ症状が改善したら、復職後を想定した生活リズムの確立を目指し、認知機能の回復度の確認(例えば計算ドリル、クロスワードパズルなどアウトプットを伴う活動)を行うことが望ましい。
  • 職場の人たちは患者さんの復職を焦る気持ちに寄り添い、保証を与えてほしい。復職後は小まめな状態観察とコミュニケーションを行い、就業リズムや環境への適応具合と不調の有無を確認する。業務パフォーマンスを求めるのは就業リズムを確立した後になるであろう。

 

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第2部 ディスカッション

 

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視聴者より事前に質問を受け付け、さらに本ウェビナー中にいただいた質問や第一部の講演を踏まえてディスカッションした。

 

Q. うつ病患者の休職期間は一般的にどのくらいが妥当か

堀先生:休職を考えるのは症状が少し重い場合が多く、薬剤への反応性を判断するためにもある程度の期間が必要です。1剤目で寛解すると考えても1~2ヵ月、プラス復職準備に1~2ヵ月で、最低でも3~4ヵ月になるのではないでしょうか。しかし、いきなり3~4ヵ月休むように言われても、納得できない患者さんも多いため、最初の診断書には2ヵ月程度と記載し、「経過を見ながら早く回復すれば復職時期を早めましょう」「しっかり準備しないとまた悪くなってしまいますよ」と伝えています。患者さんは長くても1ヵ月くらいと思っているようですが、それでは、十分な回復ができないと思います。

阿竹先生:職場としても最初に2~3ヵ月の診断書をいただくほうが有難いです。実際には1ヵ月という診断書が多く、「それなら現状のメンバーでカバーしよう」と考える職場が多く、休職が延長されると疲弊してしまいます。また、本人も診断書の期間を復帰の期限と思い、焦って十分な休養が得られません。けれども、最初に2~3ヵ月と書いていただければ、他担当にヘルプを依頼するなどの職場環境調整が入りやすくなりますので、休職中のうつ病患者さんも戻りやすい環境になると思います。前述の図には、寛解まで3~6ヵ月と少し長めに記載しましたが、症状が重い場合はそれくらいかかることもありますし、認知機能が回復して本来の能力が発揮できるまでには1~2年かかることも報告されています2,3

加藤先生:私も堀先生と同じで、診断書には大体2ヵ月と書きます。それを2~3回繰り返してトータルの休職期間は4~6ヵ月。重度の難治性うつ病でなければ、そのくらいが妥当な線ではないでしょうか。

 

Q. 休職中はなるべく会社と距離を取りたいが、定期的な連絡がルールとなっている場合、どうすれば良いか

阿竹先生:会社のルールとなっている場合は従っていただくしかありませんが、職場の上長から患者さんへの連絡はごく簡単に、事務的なもので良いと思います。上長も何を聞いたら良いのか分からないようですが、その場合は受診のタイミングなどに「主治医とどのような話をしましたか」など近況をお聞きするのが良いと思います。

加藤先生:主治医としては、例えば、診察時に患者さんと「今日の会社からの連絡には、こんな風に答えてみたら?」などと話し、患者さんが考えなくてもよいようにすることも一つの方法でしょう。

堀先生:患者さんの中には自宅で仕事のメールチェックをする方もいますから、本当に距離を取ったほうが良い場合は、会社にも患者さんご本人にも連絡を取らないようにお伝えします。一方で、全く連絡を取らずに急に復職すると言われると、職場も困る場合がありますから難しいところです。

 

Q. うつ病患者の認知機能はどのように回復してくるのか。また認知機能が回復するまで職場でどのように対処するのが良いのか

堀先生:希死念慮などの抑うつ症状の回復は比較的早い印象がありますが、認知機能に関しては、抑うつ症状と同時に回復してくる人と、抑うつ症状が治ってから認知機能が遅れて回復してくる方がおられるような気がします。

加藤先生:意欲低下や抑うつ気分などが良くなってきても認知機能の低下が残っている。だから身体はある程度動かすことができ、家でもある程度楽しむことができるが、いざ仕事に戻ると前ほど能力が発揮できないという方も一部いらっしゃると思います。認知機能のリハビリ期間として、リハビリ出社や期限を設けずに単純作業のような仕事から始めてもらうと、精神科医としてはありがたいです。

阿竹先生:産業医としても同感ですが、会社の規模や社員の契約などにより様々です。例えばコールセンターでのオペレーション業務をされている場合には、単純作業自体がないということもあります。リハビリ出社の制度がない場合もありますので、産業医との連携が重要になってくると思います。

 

Q. 認知機能を簡単に評価する方法はあるか

堀先生:診療目的でiPad版のTHINC-itを用いて認知機能を評価し、休職や復職の判断の目安としています。

阿竹先生:職場では、そうした認知機能の評価ツールなどを使うのが難しいので、面談の中で認知機能の回復具合を推し測れる質問をすることが多いです。例えば、読書をしている人であれば「どのくらいの時間続けて読めますか」と伺ったり、テレビ見ているのであれば「2時間のドラマや映画を最後まで集中して見られますか」などと伺ったりしています。

Q. 復職の判断をする際に気を付けていることはあるか

堀先生:私は、職場や産業医に対して、患者さんが復職することを納得してもらえるような資料を提出するようにしています。例えば、先ほどの認知機能評価もそうですが、患者さんに睡眠・覚醒リズム表をつけてもらい、生活リズムや復職準備が整っていることの裏付けとしています。

阿竹先生:睡眠・覚醒リズム表に日常行動が記載されていると、復職時面談で具体的な質問がしやすいので、産業医としては助かります。復職に際しては、例えば、毎日朝9時から昼までの3時間、机に向かって何かに集中できるか、といった視点で状態を評価することも重要と考えています。私見ですが、日によって違う行動をするよりも、自分で決めたスケジュールを実行できるかどうかを重視しています。

 

Q. コミュニケーションが苦手でうつ病を発症したケースでは、発達障害などの併存症の鑑別も含め、どのように対応すべきか

堀先生:仕事の悩みを相談できるキーパーソンを設定することで、意思疎通がスムーズになり、混乱を回避できる場面も多いと思います。併存症の鑑別については精神科医が得意とする分野ですが、日本ではまだ検査バッテリーが十分ではありません。今後、検査バッテリーの充実に取り組み、より具体的なアドバイスを職場に対してできるようになればいいなと考えています。

阿竹先生:職場からも、うつ病の症状なのか他の併存症によるものなのかという質問を受けることがあります。外部の主治医からは、職場でどのようなコミュニケーションが必要で、どういった困り事があるかなど見えにくいと思います。そのあたりを職場側からお伝えし、密に連携することが大切だと思います。

加藤先生:もし職場に精神科の知識がある産業医がいれば、主治医と連携して、業務内容や人事のアドバイスができるのですが、主治医は、職場でどのようなスキルが必要かまではなかなか見え難いので、職場での患者さんのエピソードは、鑑別や治療のヒントになります。

 

Q. 上司からの叱責などがトラウマとなり、現職復帰をしぶる患者さんには、どのように対応するのが良いか

堀先生:本来はトラウマも克服し、現職復帰を目指すのが基本ですが、直接的なストレスが強く、適応障害からうつ病を発症したようなケースでは、職場異動を検討することもあります。

加藤先生:(うつ症状の一つである)認知のゆがみによって、過敏に反応しているケースもありますが、産業医としては職場の問題とどう向き合っていますか?

阿竹先生:まずは休職中の社員さんの意見を聞いたうえで、上長さらに関連部署の方々に客観的な意見を聞き、事実確認を行い、その内容を主治医と情報共有できればと考えています。ただし、症状が良くなれば見方が変わることもあるため、最初から配置転換ありきで考えるのではなく、職場側には慎重に判断するようにお話しすることが多いです。

 

 

ウェビナー振り返り

 

「常勤の産業医が不在の場合、職場の状況などに詳しい産業保健師や人事スタッフをキーパーソンに」
・・・堀先生

 

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堀先生: 産業医との連携が大事というお話がありましたが、産業医がいても嘱託の場合が多い1です。常勤の産業保健師がいれば職場のことも分かっていますし、診察に同行してくれたりしますので、キーパーソンになっていただけると頼りになります。職場に保健スタッフがいない場合は、人事スタッフに復職の手順などを確認する際に、業務に必要なスキルなども合わせてお聞きすると良いでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

「残休職期間にもよりますが、フルタイム勤務ができるくらいまで回復してから復職するのが理想」
・・・阿竹先生

 

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阿竹先生:産業医から主治医の先生にお願いしたいこととしては、リハビリ出社や時短勤務は上手くいかないことも少なくないので、復職可の診断は、できればフルタイム勤務を前提としていただきたいということです。休職期間満了が迫っていたりすると、ある程度症状が回復していれば、会社に委ねる形で診断書を出すケースもあるでしょう。その場合、最初から元通りに働けるわけではないと伝えていただくことも、大事だと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「症状の再燃を防ぐためにも、復職直後は、今あるエネルギーの半分くらいでできる仕事量から」
・・・加藤先生

 

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加藤先生:私が復職可の診断書を出すときは、患者さん自身が今あるエネルギーの半分くらいでできる仕事量から始めさせてもらえるように職場へお伝えし、患者さん本人にも十分に余力を残しておくようにアドバイスしています。中には、休んでいた分、復職したら120%の力で働こうとする人がいます。無理をすると症状が再燃する恐れもあるので、やりすぎても6~7割くらいに留めておくのが良いでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

参考文献

  1. 日本医師会.産業医活動に対するアンケート調査の結果について.平成27年9月25日.
  2. Hammar A, et al. Front Hum Neurosci. 2009 Sep 25;3:26.
  3. 島野 嵩久ら. 精神神経学雑誌. 2019特別号. S447-S447.