パーソナルリカバリー リレーインタビューVol.1 当事者(前編)
うつ病当事者を経験し、現在はうつ病の方々の支援活動を精力的に行っているお二人に、パーソナルリカバリーの実現に関わる、当事者と医療者とのコミュニケーションの難しさや課題、精神科医療へ従事されている医療者への要望などを語っていただきました。
小林 宣文 さん
(メンタルヘルス支援団体Re 代表)
ゆま さん
(自助グループReOPA 代表)
(50音順)
―はじめに、お二人のうつ病発症のご経験について教えてください。
ゆま 私は昔から“何かを生み出していないと自分には価値がない”という価値観を持っており、それが自分自身を追い詰め、うつ病を発症する要因の1つとなりました。
うつ病の兆しがあっても無理して仕事を続けていたのですが、ある日ベッドから起きられず、会社にも行けない状態となってしまい、さすがに観念してその日に受けられるメンタルクリニックを泣きながら探して受診しました。
小林 私は学生時代に精神疾患当事者の社会復帰を支援した経験から、精神疾患関連の創薬に関わる会社を創業・経営していたのですが、社内トラブルをきっかけにうつ病を発症しました。
思考低下や睡眠障害、食欲不振による体重減少などがありましたが、自分自身では自覚がないうえにメンタルの異変にすら気づいておらず、行動を不審に感じた周囲の方から精神科の通院を勧められました。仕事柄、精神科に足を運ぶことも少なくなかったにもかかわらず、いざ自分が当事者になると受診に対するハードルや、服薬することへの不安がありました。ただ、うつ病という診断がつくと「ああ、やっぱりそうだったんだな」という、肩の荷が下りるような安心感もありましたね。
ゆま そうですね。私も認めたくなかったけれど、診断を受けて「もう、そうなんだ、しょうがない、受け入れよう」という気持ちになりました。
ただ、抗うつ薬を処方されて休職をしても、生来の“働かざる者食うべからず”というマインドが抜けなかったので、少し回復したら復職してはまた休職するというのを繰り返していました。ひどいときには引きこもって何もできない時期もありましたが、”駄目な自分”がなかなか受け入れられず、暗い部屋で寝ているだけ、息をしているだけの自分をどう肯定するのかというのは本当に難しかったですね。
小林 私は治療開始直後が最も症状が重かったのですが、治療を開始してもすぐには回復せず、もがいてもがいて落ちて行ったという感じです。
「うつ病は症状が可視化できないので、自分のつらい思いを伝えることが難しい病気だと思います」(ゆまさん)
―このようなご経験から、うつ病治療においてどのような課題を感じていますか?
ゆま 私がうつ病の治療を受けた経験から感じたことは、うつ病当事者がつらさや思いを医療者に伝えることが難しいな、という点です。これは医療者と当事者のどちらかが悪いというわけではなく、例えば高血圧症のように可視化・数値化できないという、うつ病の特性でもあります。また、診療時間が短いという物理的な側面もあります。このように医療者と当事者の情報交換が不足していることで、相互の関係性が十分に構築されていないという “医療者と当事者のコミュニケーション不足”があるのではないかと考えています。
特にうつ病の急性期では当事者は話を聞く、考える、決めるという作業がしにくい状態です。なんとか病院にたどり着いたときにはぐったりと疲れており、診察室のドアを開けたときにはエネルギーの90%ぐらいを使い切っている方も多いのではないでしょうか。その状態で医師の説明を聞いたり、「どんな治療を選択しますか?」と質問されたりしても、すぐに対応することは難しいように思います。私自身も初めて精神科を受診したときには、ほとんどコミュニケーションが取れませんでした。このような点をどう解消するかが課題だと思います。
小林 たしかに、医療者と当事者のコミュニケーションや関係性構築の問題は大きいですね。たとえば風邪のような症状で病院を受診した場合、「あなたはインフルエンザですね」などと診断されて、処方された薬をもらってきて服用します。このように、病院というのは“医師の言う通りに薬を服用して治す場所”というイメージが染みついてしまっており、治療の主体は自分(当事者)で、治療方針も含めて自分自身が関わっていくという意識が持てていないケースも多いのではないでしょうか。
ゆま “いい患者でいたい”と気を使いすぎて、本当はもう限界なのに「まだ頑張れます」と言ってしまうこともあります。
小林 精神科では他の診療科と比べても、Shared Decision Making(SDM:共同意思決定)みたいなものが特に大事になってくると思うのですが、当事者から率先して自分の希望を医師に伝えて、これからどうしたいのかを医師と話し合って決めていく、ということは難しいように思います。
私も受診当初の体調では、医師とディスカッションして治療を決めていくというのが難しかったと感じています。ですから急性期は薬物治療で、トラウマのような自分の脳にダメージを与えるものを緩和してもらい、少し元気になってきて話ができる状態になってから、治療方針として、本日のテーマでもあるパーソナルリカバリーの説明や、「どんな自分になりたいですか」といった当事者の希望を聞くことを医師側から投げかけてもらえるとすごく助かります。また、このような投げかけは、治療経過に応じて何度も行ってほしいと思います。
ゆま 医師からの投げかけは重要ですよね。当事者にとっていちばん不安なのは、将来的な見通しがないままに薬を服用し続けることではないでしょうか。私も治療中は「自分は薬を飲み続けているけれど、いつまでこの状態が続くのだろう?」という不安がありました。
「当事者と医師の間で時間軸のずれがあり、それぞれが大切に感じていることにギャップが生じているのでは」(小林 宣文 さん)
小林 私は、当事者と医師の間には時間軸のギャップがあるのではないかと感じています。医師は当事者を多く見ているので、うつ病治療では3か月や半年は当然の治療期間と考えて経過をみているかもしれませんが、当事者としてはかなり長い時間です。特に若者では青春の大事な期間ですので、本当に治るのか、と先の見えない不安を感じてしまいます。同じ処方薬のまま半年以上 “悪くなっていないけれど良くもなっていない”という状態が続くと、医師に対して不信感につながってしまうこともあります。
薬を変えないで様子を見るのであれば、その理由を明確に伝えてほしい。例えば “○○のような状態にまで元気になったら、次はこのようにしたいと考えています”といった、具体的なタイムラインのようなものを繰り返し示してもらえると、当事者にとっては見通しが得られ安心感があります。
―当事者にとって治療のステップや見通しとは、どのようなことを話してもらいたいのでしょうか?
ゆま 初診のときは、とにかく「よく生きていてくれた」「来てくれてありがとう」と当事者を肯定してほしいです。日本の場合は、自分の悩みを初めて外在化する場所が医療機関になるので、まずは見守って存在を受け入れてほしいと望みます。ファーストタッチという意味では電話口や受付の方も該当するので、ぜひ対応を考慮していただきたいです。
小林 当事者として自分を認めてもらえるのは嬉しく感じます。当事者の自己肯定感を上げる精神療法的なことをしてもらえるといいですね。また、ある程度マニュアル化しても構わないので、当事者に応じて励ましてもらいたい人は励ます、不安を感じている人には見通しを示すなどの対応をとっていただけると嬉しいです。
見通しについては、治療の最後に目指す大きなゴールがあって、そこから逆算して「このように治療を進めていきたいと考えていますが、あなたはどう考えますか?」ということを医師からお話をしていただけるといいですね。治療のプロセスとして大きなゴールと小さなゴール、つまり長期的・短期的な見通しを提示していただくと治療へのモチベーションが上がるのではないでしょうか。
ゆま 「まずは外に出られるようになりましょう」ですとか、「お薬を減らしていきましょう」といった、具体的な短期および長期のゴールを医師と当事者が共有できるとよいですね。小さなゴールでいえば、とりあえず最初は、「部屋から出て、玄関まで行ってドアノブに手をかけることができたら今日は100点」のようなイメージです。どんな小さなゴールでも構わないと思います。私の場合は、引きこもりでベッドから動けなかったので「部屋から出て玄関まで行った」「靴を履いた」「外に出た」「家の周りを歩いた」といった行動を小さなゴールとしていました。症状の可視化が難しいので、成功体験を積み上げて自分の成長を確認するという感じでしょうか。もちろん、なかなかできないことも多く、何度も繰り返してやってみることもありました。自分で自分を「よくやった!」と肯定しないと、ついつい否定してしまうので、労働生産性といった社会通念からは少し距離を置いて、“ここまでできた!” “一歩進んだ!”という小さなゴールにフォーカスして、それを少しずつ積み重ねていくことが大切だと感じます。
小林 私の場合は、体が動かないことはあまりなかったのですが、その分、メンタル的な症状の方が重かったですね。ですから回復の目安として、「つらかった事象を思い出すのが週5回から3回に減った」「数日に1回になった」など、外から見える変化ではなく、喜怒哀楽の感情が戻ってくることを目安に小さなステップを踏んでいたように思います。
私は自分が負担にならない程度にノートで自分の記録を取っていたので、先週と今週の自分を見返して、気が付きにくい症状の変遷を自分の回復として測っていました。症状が重いときには理由もなくモヤモヤとした発作のようなものが起こるのですが、「発作のたびに服用していた頓服薬を1日5回飲んでいたものが1回に減った」といったことも指標になります。ノートを見返すことで、「つらいことを書く頻度が減ったな」「つらさとは違うことを書くことが増えたな」など、自分が変わっていっていることが分かります。1年経つとだいぶ変わるので、階段を少しずつのぼって変化した自分を実感することができます。
ゆま 自分の悪いところを確認するのはとてもつらい作業になりますので、「これがしたい」という未来志向の尺度で測るといいですね。症状の可視化は難しいですが行動は可視化できるので医師との共通認識にもなりますし、自分の成長が見えると安心してモチベーションが高まります。定期的に小さなゴールと大きなゴールを医師と確認して、治療の見通しを相談できる雰囲気が作れるとよいと思います。
小林 先ほど話した時間軸のギャップにもつながりますが、私のうつ病治療時や当事者支援時の経験で、当事者が医師に治療について希望を伝えたときに、「今(急性期)は無理です」という言葉が返ってくることがありました。そのように言われてしまうと、当事者は口をつぐんで下を向いてしまいます。急性期では難しいと判断することは理解できますが、「今は、まだ急性期で相当難しいと思うので無理かもしれないけれど、やりたいことがあれば相談に乗りますよ」など、希望をもてるような声かけがあるといいですね。このひと言があるだけで当事者は救われます。
<プロフィール>
小林 宣文 さん メンタルヘルス支援団体Re 代表
メンタルヘルスのバイオベンチャー、株式会社RESVO/元CEO。在任中にうつ病を発症し、2020年2月に退任。学生時代から14年間ほど精神疾患の患者支援に携わり、このとき初めて当事者を経験する。2021年12月に挑戦する人のメンタルヘルスを支援するReを創業、事業を開始した。
ゆま さん 自助グループReOPA 代表
社会人2年目のころにうつ病を発症。回復への途上で自助グループと出会い、助けられたことから、2012年にReOPAの前身団体「東京うつ病友の会」を立ち上げる。2018年には、新たにReOPAを設立。ReOPAでは「こころトーク」という当事者の集まりを開催している。
取材/撮影:ルンドベック・ジャパン Progress in Mind Japan RC
取材日:2023年9月5日
取材場所:ルンドベック・ジャパン(東京都港区)
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