パーソナルリカバリー リレーインタビューVol.3 公認心理師・臨床心理士

うつ病のパーソナルリカバリーでは当事者の思いを引き出すことが非常に重要であり、当事者自身の自己理解を促すことでよりよい治療へとつながります。そこで、公認心理師・臨床心理士の越川陽介先生に、当事者の自己理解を促すために用いられるアプローチ方法と心理援助職(公認心理師・臨床心理士)の役割についてお聞きするとともに、心理援助職の立場から見たパーソナルリカバリーの評価についても、お話を伺いました。

越川 陽介 先生
(関西医科大学 医学部精神神経科学講座)

 

パーソナルリカバリー実現のために、当事者自身がどのように生きていきたいか、その意味を見つけるため一緒に模索しています。

―はじめに、公認心理師・臨床心理士としてパーソナルリカバリーについてどのようにお考えか、教えてください。

私自身、初めて「パーソナルリカバリー」という言葉を聞いたときには新しいものとして聞こえたのですが、その概念を知ると、どちらかというとなじみ深いものだと感じました。

というのも、私が学んできたPerson-Centered Approach(パーソンセンタード・アプローチ)という考え方は、病気イコール患者さんではなく、病気自体もその人の一部であり、その方がどう生きてくか、生きている中でどのように自己実現をしていくか、そして人として成長していくのかということを大事にしています。この点がパーソナルリカバリーとは近縁性があると思いました。

パーソナルリカバリーというのは当事者自身の思いが大事になりますので、医療者が無理やり引っ張っていくようなものではありませんし、当事者の方だけでパーソナルリカバリーを実現させるというものでもありません。当事者自身がどのように生きる意味を見つけていくかは、カウンセリングを行う上で大切な考え方のひとつです。医療者と当事者がそのつらさを共有し、その中で生きていくことを模索するお手伝いができたらいいのかなと思います。公認心理師・臨床心理士は伴走者の一人として、当事者の方とパーソナルリカバリーをどうしていきたいか模索していく、そんな時間を共有していく立場だと考えています。

 

カウンセリングでは、自身が体験したことを表現し、新たな理解を見つける自己理解の方法である、フォーカシングという手法を用いています。

—当事者の自己理解を促すために、カウンセリングではどのようなことを行っているのでしょうか。具体的に教えてください。

カウンセリングによって当事者が自分自身のことを振り返ってみるとき、それを”思うだけ””考えるだけ”ではなく”言葉にする”こと、つまり言語化していくことが自己理解を促すために大切だと考えています。言語化することによって改めて「自分がこういうふうに考えていたのだ」ということの理解につながると思うので、それを一緒に模索していくのが心理援助職の役割なのではないかと考えています。

私が学んできたアプローチとして、「フォーカシング」という手法があります1

この手法では、当事者が体験したことを自身の言葉で表現することによって「ああ、そういうことだったんだ」と理解を促し、理解をしたことでまた体験し直すという過程を辿ります。このような循環的行為を重ねていくことによって自己理解が深まるとされています。これは、体験して、表現して、理解するという「解釈学的循環」の取り組みを心理療法に用いたアプローチ方法です。

パーソナルリカバリー支援では、当事者がどのように生きたいのか、どのようなことを大事にしているのかを知ることが大事ですが、フォーカシングによって公認心理師・臨床心理士が当事者の感じられていることを追体験し、そこで出てきた感覚や気持ち、思いなどを同じように感じることで当事者の思いを理解しようとしています。 

うつ病の当事者に対して、フォーカシングをどのように使われているのかお聞かせください。

うつ病当事者の方は、「こう考える」「こうだと思う」というような、考えで物事を理解する方が多い印象です。「これはいけない」「こうである」「こうすべきだ」といった思考の癖のようなものもあります。

フォーカシングでは、頭でどう考えたかではなくて、どちらかというと自分自身の気持ちはどう感じているのかを大切にします。例えば「今日のお昼ご飯はピザの感じかな、いや和食が食べたい感じかな」など、こうした自らの実感に焦点をあてます。

フォーカシング手法を用いたカウンセリングでは「自分の実感としてはどのように感じているのか?」と、事あるごとに聞いていきます。自分の気持ちについて尋ねたとき、最初は「全然分からないです」「よく意味が分からないです」と答える方も、フォーカシングを重ねていくと「羽が生えた卵みたいなのがあっち行ったりこっち行ったりしているような感じの焦り」などと、その時感じられていることに注意を向けられるようになったり、自分の言葉で表現してくれるようになります。現代社会では、論理的に説明することを重視する風潮がありますが、それ一辺倒になってしまうと、自分がどう感じているのかは見えにくくなってしまいますし、結局そこが見えないと、自分が“どう生きたいか”は分からないのかもしれません。

フォーカシングでは、言葉できない「感じ」を探す沈黙の時間をも大事にしています。

—うつ病当事者の方からは「自分のつらさを言葉にして伝えるのが難しい」というお話がありました。そのような場合はどのようにアプローチされているのでしょうか。

フォーカシングは、「なかなか言葉にできないものを、どんなふうに表現したらぴったりなのだろうか」ということを模索するようなアプローチになりますので、簡単には言葉にできない「感じ」を大事にしています。現在のしんどい気持ちや、もやもやした気持ちは一体どのようなものだろうか、と考えると、当事者が沈黙してしまうこともしばしばありますが、うまく言葉にできない「沈黙」の時間をも大事にして、当事者の方と時間を共有しながら探っていきます。

また、一人で考えて導き出せる言葉は、ある意味では一面的で限定的だと思うのですが、心理援助職が存在することで、その人自身が体験したことであっても、他者が違う角度で話すことによって、その体験がより広がって豊かになっていくということがあります。第三者と話すことによって、本人が気付けない部分にも光が当たればいいなと考えています。

うつ病の治療・支援において、パーソナルリカバリーの意義や課題はどの辺りにあるとお考えでしょうか。

精神疾患の中でも、うつ病は誰でもなり得る可能性がありますが、「自分がまさかうつ病になるとは」と考える方たちも一定数いらっしゃいます。病気である自分をなかなか受け入れられなかったり、そういう自分を認められなかったりということがある上で、その経験をどう自分の人生の中で意味付けていくのか、価値付けていくのか。ネガティブな体験であっても、そこにどんな意味を見出していくのかが、うつ病当事者のパーソナルリカバリーを実現するために必要なことであり課題であると感じています。

評価尺度は数値化して評価をするのが目的ではなく、コミュニ―ションを図るためのツールと考えていただきたい。

—パーソナルリカバリー支援の評価を行うためにさまざまな尺度が登場しています。公認心理師・臨床心理士の立場から、注目している評価尺度があれば教えてください。

私が使用している評価尺度は2つあり、1つは治療ゴール達成度をみるGAS-D(Goal Attainment Scale for Depression)2、もう1つは生活の質をみるSEIQoL-DW(The Schedule for the Evaluation of Individual Quality of Life: a Direct Weighting procedure for Quality of Life Domains )3, 4です。

GAS-Dは、実際に本人が改善していきたい目標を具体化できる点で優れています。具体化し、スマート(SMART)目標に準じて設定をするので、本人としてもより現実的な視点で自分のことを自分事として捉えることができます。

一方SEIQoL-DWは、人生において大事にしているものを振り返るときにすごく役立ちます。元々QOLを評価する尺度なので、自分の人生全体を振り返る良い機会になります。

どちらも、柔軟性が高いことが有用性として挙げられます。パーソナルリカバリーを数値化するとき、できるだけその人にパーソナライズされたものを、数値に落とし込めることが望ましいと思っています。また、本人にとって何が大事なのかを振り返り、それを基に「どうしていきたいのか」と考える点がパーソナルリカバリーを考えるきっかけ作りになるのではないでしょうか。

ただし、例えばSEIQoL-DWで人生の中で大切なものを5つ選んでもらうとき、単に選択するだけではあまり意味がありません。ご本人にとって、どうしてその領域が大事なのかということを話してもらい、検討していかないと選定が甘くなります。

評価尺度を使用するにあたり考慮すべき点としては、杓子定規にやらないこと、当事者と一緒に共創していくというマインドを評価者が持っていること、が必要だと思います。数値化して評価することが目的なのではなく、むしろ当事者とコミュニ―ションを図るためのツールと考えていただくとよいでしょう。パーソナルリカバリーを前面に押し出すよりも、「良くなっていくために3か月後にどうしたいですか」などという題材があると、コミュニケーションが取りやすいのではないでしょうか。

うつ病治療における多職種連携に関して、先生のお考えをお聞かせいただけますでしょうか。

多職種連携に関しては2つのことを申し上げたいと思います。まず一つめは、カウンセリングの時間を確保していただきたいということです。心理援助職の良さは、当事者の方の言語化や自己理解を促せることです。医療経済上実現が難しい点は承知しておりますが、カウンセリングの時間を確保した上で、時間的な制約の中で語られなかった当事者の思いや要望をすくい上げて、医療職内で共有するというのが一つの多職種連携のあり方だと考えます。

もう一つは、心理援助職が行っている心理アセスメントの結果を、他職種の方々が当事者との会話や支援の中で活用していくということです。例えば、医師が診察の中で、看護師が処置の時に、あるいは作業療法士が作業の中で、支援の方向性や声掛けなどに役立ててもらえるのではないかと思います。心理検査を通した当事者への理解の共有は、多職種連携の方向性として可能性があると思います。

最後に、パーソナルリカバリーの実現に向けて、明日の臨床に活かせるようなアイデアがありましたらお願いいたします。

実臨床にすぐ活かしていただけるかはわかりませんが、まず治療者自身が、フォーカシングをできるようになることは結構大切なことかもしれません。

フォーカシングというのは、我々治療者が当事者に対して行うものではなく、当事者の方に自らしてもらうものです。当事者自らフォーカシングしてもらうのを、手助けするのが治療者(聞き手側)になります。

その方のパーソナルリカバリーを理解するときに、まず治療者自らが、自身の実感にちゃんと注意を向け、取り扱えるようになることはとても大事なことです。

毎日の診療や生活の中では、どうしても感覚より論理が強くなってしまう傾向があると思いますので、こういう手法があることをまずは知っていただきたい。そして関心を持っていただくだけでも、明日からの実臨床の第一歩になるかなと思います。

<プロフィール>

公認心理師・臨床心理士 越川 陽介 先生
関西医科大学 医学部精神神経科学講座

関西大学臨床心理専門職大学院修了後、関西医科大学医学部精神神経科学教室へ入局(博士後期課程)。2016年に博士号(医学)取得。現在、同教室の研究員として精神疾患患者のリカバリーやQOLに関連する神経認知、社会認知、社会機能について研究を行っている。また精神科クリニックに勤務し、社会人を対象としたカウンセリングやリワーク運営により復職にむけたサポートなどに力を入れている。The International Focusing Institute認定 フォーカシング指向心理療法家 (Certified Focusing Professional, Focusing-Oriented Therapy)。

 

取材/撮影:ルンドベック・ジャパン Progress in Mind Japan RC
取材日:2023年11月14日
取材場所:ルンドベック・ジャパン(東京都港区)

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参考文献

  1. 越川陽介: 日本未病学会雑誌. 2021; 27(3): 58-62
  2. McCue M, et al.: Neurol Ther. 2019; 8: 167-176
  3. 日本語版SEQoL-DW. https://seiqol.jp/ (2023年12月27日閲覧)
  4. 越川陽介ほか: 精神医学. 2022; 64(3): 271-278