現在の統合失調症の概念を再考すべきか
最近、パリ・フランスで開催された欧州精神医学会議(European Congress of Psychiatry, EPA2023、2023年3月25日~3月28日)において、「現在の統合失調症の概念を再考すべきか?」という質問を参加者へ投げかけたところ、賛否を二分する結果となりました1。このトピックには考慮すべき要素が数多くあり、一つの明確な答えはないという性質上、白熱した議論となりました。しかしながら、それでもなお統合失調症の診断や治療、転帰に対して広範な影響をもたらすことを考えれば、この議論は重要です。
現在の統合失調症の概念
精神科医のEugen Bleulerが初めて「統合失調症」という用語を導入して以来、それを定義しようとする試みが数多く行われてきました。最新の説明は、世界保健機関(WHO)の国際疾病分類(ICD)とアメリカ精神医学会(APA)の精神障害診断・統計マニュアル(DSM)の各最新版に記載されています2。
Bleulerは「統合失調症(schizophrenia)」を単数の用語とする意図はありませんでしたが、代わりにいくつかの精神病性障害を包括する用語として「統合失調症群(Groups of schizophrenias)」を用いました2。現在のICDやDSMの「統合失調症」は、単数の「schizophrenia」から複数の「schizophrenias」にすらその定義が変わっていないことから、障害の多様性が十分に認識されていないと批判しています。多様なサブタイプを特定することにより問題を解決しようと試みられていますが、統合失調症には、すべてを結びつける中核的な症状があるという概念は臨床的な根拠が乏しい可能性があります2。
統合失調症は「Groups of schizophrenias」として、いくつかの精神障害を包括する用語とされていた
統合失調症を統一する単一の中心症状を特定する試み
脳の感情、社会的機能、実行機能には、脳の異なる生物・行動モジュール間の緻密に統制された相互作用パターンが要求されます。統合失調症のような疾患では、これらの機能不全を特徴とする臨床的な表現型が認められます3。精神疾患の症状に影響を及ぼす遺伝要因には重複があり、このために重複する合併症の間に「ぼんやりとした境界」が作り出されることから、統合失調症の診断で単一の中心症状を特定することが困難になります4。
その結果、統合失調症と診断するための「一級症状(first-rank symptoms, FRS)」の診断精度には、広範な不確実性があると言えます。これらの症状には、以下のものが含まれます:5
- 聴覚的および/または身体的幻覚
- 思考の撤回、挿入、中断
- 考想伝播
- 妄想知覚
- 外部の要素によって制御または影響を受けたと感じられる感情や行動
DSM-IVおよびICD-10の診断基準ではいずれも、これらの症状は統合失調症に特異的ではないものの優先的に取り上げられました。しかし、複数の研究によれば、FRSは感情障害の患者の29%にも見られることがあり、症状がしばしば不安定であり転帰の予測因子としては不十分です2。
感情障害の患者の29%で一級症状が見られるも、症状が不安定であり転帰の予測因子としては不十分である2
統合失調症を取り巻くスティグマ(偏見)と誤解
現行の概念を放棄するうえで考慮すべき別の懸念要素は、「精神分裂病」という用語が長い歴史の中できわめて深刻なスティグマ(偏見)と関連していることです。しばしば「人格の分裂/多重人格」と誤解され、統合失調症と解離性同一性障害の混同を招き、この複雑な障害に対する誤解をさらに悪化させています。患者や介護者は、医療者も含めて配慮の欠如についてしばしば不満を表明しており、用語の変更はこういった問題への対処の一助となり得ると考えられます2。
現在の統合失調症の概念の重要性
統合失調症を定義する試みは、たとえそれが不完全であっても、治療に好影響を与えていることは否定できません。現在の診断基準により、特に構造化面接を用いた場合に、医療システム全体でより信頼性の高い診断を確立することができるようになりました。また、診断基準は、診断・治療のガイドラインを策定したり患者の転帰に関する情報を提供する際に、利用可能なエビデンスとなります。さらに、医療者、患者、家族の間のコミュニケーションに生じる曖昧さを軽減し、教育・研修の目的にも役立っています2。
現在の統合失調症の概念の更新と再構築
Silvana Galderisi教授(Psychiatry, University of Campania Luigi Vanvitelli)によれば、現在の統合失調症の概念を破棄するには時期尚早、との一方で、ICD-11の精神病性障害ワーキンググループのChairであるWolfgang Gaebel教授(Psychiatry, University of Dusseldorf)は、今こそ概念を更新する時期、としています。
このプロセスはすでに始まっており、DSM-5でもICD-11でもFRSに診断的優先順位を与えていません。さらにICD-11では、認知症状が臨床的に重大な機能障害と密に関連しているとの説得力あるエビデンスがあるとして、認知症状を統合失調症の症状として盛り込むという改訂がなされました。
研究領域基準(Research Domain Criteria;RDoC )プロジェクトでは、現行の定義は有用である一方、患者の状態の生物学的および病態生理学的性質が十分に捉えられていない、としています6。RDoCは、行動と脳との橋渡しがうまくできるような、臨床的予測や生物学的研究のための機能データを定量的に評価できるフレームワークを提供することを目指しています6。
将来に向けて
「現在の統合失調症の概念を捨てるには時期尚早だが、その準備は整えておくべきである」(Galderisi教授)
近い将来、新たなデジタルヘルス・テクノロジーを利用して、統合失調症治療の総合的な取り組みに必要とされる追加データの収集が可能になるかもしれません。スマートフォンを利用した調査やウェアラブルセンサーにより、各患者の状態についてより深い洞察が得られる可能性があります。また、人工知能(AI)や機械学習は将来的に精密な精神医学に貢献するものと考えられます7,8。
現在の統合失調症の概念が良し悪しについて医師間でこれだけまだ大きな意見の不一致がある限り、必要な変更を実施することは困難と言えます。Galderisi教授の「私たちは現在の統合失調症の概念を破棄するには時期尚早だが、その準備は整えておくべきである」との見解は妥当と思われます。
Our correspondent’s highlights from the symposium are meant as a fair representation of the scientific content presented. The views and opinions expressed on this page do not necessarily reflect those of Lundbeck.