患者のリカバリーについての理解と治療介入における課題

経済協力開発機構(Organization for Economic Co-operation and Development, OECD)に加盟している国々において国内総生産(GDP)の約9%が医療システムに割り当てられていることを踏まえれば1、医療システムが効果的に患者のニーズに応えているのを確認することがいかに重要かということが容易に理解できるというものです。最近の欧州精神医学会議(第31回欧州精神医学会 EPA2023、2023年3月25日~3月28日、パリ、フランス)では2、患者報告式評価尺度の利用についてのパネルディスカッションが行われ、個々の患者にとってリカバリーとは何を意味するのか、またそのような尺度を医療システム全体で実施する際の課題について専門家らが検討しました。

臨床的リカバリーとパーソナル・リカバリーの比較

OECD加盟国はGDPの約9%を医療システムに費やしている

従来、統合失調症における臨床リカバリーは、完全な症状の消失、常勤または非常勤での就労、独立した生活等とこれまで定義されてきました3。しかし、Mike Slade教授(Mental Health Recovery and Social Inclusion、University of Nottingham、イギリス)はこの定義に疑問を呈しています。これは「通常の生活」に戻れた患者だけが真のリカバリーであると仮定しているため、彼自身が「この解釈をほぼあらゆるレベルで学び直す必要があった」と述べています。

Slade教授によれば、精神疾患に罹患した人の言葉に耳を傾けてみたところ、彼らはパーソナル・リカバリーについて話しており、これをきっかけに彼のチームはCHIMEフレームワークの開発を行ったと言います4。CHIMEとは、患者自身がリカバリーにおいて重要と考える5つのプロセスにちなんで名付けられており、それはすなわち、他者とのつながり(Connectedness)、将来への希望と楽観(Hope and optimism)、アイデンティティ・自分らしさ(Identity)、生活の意義・人生の意味(Meaning and purpose)、およびエンパワメント(Empowerment)です。

統合失調症患者を対象とした縦断的研究では、パーソナル・リカバリーが臨床的リカバリーよりも転帰の予測因子となることが示されています5, *a。さらに、パーソナル・リカバリーが患者のウェルビーイングにより大きな影響を与えると考えられています6, *b。ほとんどの患者が症状そのものをリカバリーの中心には据えていませんでした4

 

統合失調症患者において、パーソナル・リカバリーの方が臨床的リカバリーよりも転帰の予測因子となり得る5

患者報告式評価尺度の標準化

経済協力開発機構(OECD)の医療政策アナリストKatherine de Bienassisは、「意味と目的」や「社会的包摂」といった患者報告式評価で用いられる用語を測定可能な定量化されたデータとする方法を見出そうとしています。

患者報告アウトカム評価尺度(PROMs)と患者報告経験評価尺度(PREMs)は、医療における患者の視点を数量化する貴重なツールです。しかし、これらの利用は現在、一部の国と環境に限定されています7。公共医療サービスの改善と人々の健康とウェルビーイングの最大化に向けてより価値のある洞察を得るためには、これらのツールの国際的な調和が必要です7

この目標を達成するために、PaRIS(Patient-Reported Indicator Surveys)イニシアチブが2017年1月に開始されました。同プログラムの目的は、複数の国の医療システムで標準化された患者報告指標を開発、テストし、実施することです7

イニシアチブの初期段階では、専門家パネルが初回のパイロットデータ収集で用いるPREMsとPROMsの優先領域を特定しました。PREMsについては、次の主要な3分野が取り入れられました。

1)敬意と尊厳に配慮した治療

2)共同意思決定

3)患者と医療ケア提供チームとのコミュニケーション

PROMsについては、「ウェルビーイングの回復」のみが焦点となりました。

 

現在、精神保健ケアにおける患者報告式評価尺度は、ごく一部の国でしか利用されておらず、調和的なアプローチによってさらなる洞察を得ることが可能になり、医療サービスへの理解の促進や向上が実現すると考えられる7

初回データ収集の結果

初回のパイロットデータ収集フェーズでは総勢12カ国の多数の施設から新たにデータを収集することができ、この分野での国際的なベンチマーキングが可能であることが証明されました。この進展は、「PROMsとメンタルヘルス・ケアの調和を改善する大きな第一歩」と見なされています。

今回の会議では、Sainte-Anne Hospital(パリ、フランス)の臨床研究者Elisabetta Scanferlaがフランスの公立精神科病院での患者報告式評価尺度の実施方法について報告し、詳細に議論されました。その結果、患者の到着時と比べて退院時にPROMs領域のすべての指標で改善が認められました8

PROMs領域の改善率は平均して10~15%であり、ベルギー、日本、ポルトガルなどPaRISプログラムに参加している他の国々の調査結果と一致していました。ウェルビーイングの回復度の10%増加といえば雇用獲得で認められる数値であり9、アセスメントで見られる変化としては重要な変化です。

患者の到着時と退院時を比較すると、PROMs領域ではすべての指標で改善が見られた8

PREMsドメインは全体的にすべての指標で高い満足度が報告された一方、「臨床医と患者の対話時間」と「患者の治療への参加」で最低の結果が認められました8。これらは、臨床医の日常診療を改善へと導く指標になり得るものと考えられます。さらに、Elisabetta Scanferlaの研究では、主観的なウェルビーイングのPROMsとPREMsの間に有意な相関関係があるものの、PREMsの結果からPROMsを予測することはできないことが示されました。8

 

PROMsPREMsの実施における課題

主観的ウェルビーイングのPROMsとPREMsの間には有意な相関関係があるものの、PREMsのデータからPROMsを予測することはできない8

PaRISイニシアチブの初回のデータ収集では肯定的な結果が示されましたが、医療システムに落とし込んでPROMsとPREMsを実施するには、依然、制限や課題があります。この研究ではPROMsの主要な1領域のみが利用されましたが、メンタルヘルス・ケアにおいてPROMsを関連付ける場合には、国際レベルでの開発がさらに必要であることが示されました。

また、Elisabetta Scanferlaは、PROMsの臨床診療への統合が不十分な場合にデータ収集にかかるコストや負担は増加するであろうと指摘しています。さらに、Ulm Universityの研究者Bernd Puschner博士(Department of Psychiatry、Ulm University、ドイツ)によれば、しばしば課題として見過ごされがちな、これらの調査を複数の言語に正確に翻訳するという作業には、データ収集や解析にかかったよりもさらに大きな労力が必要です10

パーソナル・リカバリーはアウトカム予測において有用であることが示され、国際的なベンチマーキングが可能であることが証明された5-7

PaRISイニシアチブは、OECDのメンバーによって成功した取り組みと総合的に評価され、2023年には第2のデータ収集フェーズが開始されました2。次のフェーズの目的は、さまざまな医学的疾患に対するPROMsのデータ収集を標準化し、パイロットフェーズで1つのPROM領域のみを含めるという制約に対処することです。とはいえ、パーソナル・リカバリーがアウトカムを予測するうえで価値があること5,6や国際的なベンチマーキングが可能であること7が認識されたことは、PROMsのメンタルヘルス・ケアへの統合における大きな第一歩です。

 

a)
試験概要:
[対象・方法および検討内容]
英国REFOCUS試験に参加した統合失調症患者(n = 403)を対象に、「患者評価によるパーソナル・リカバリー」、「患者評価に基づく臨床的リカバリー」、および「スタッフによる臨床的リカバリー」に関する評価系のベースラインと1年後のスコア変化について検討した。
[結果・考察]「患者評価によるパーソナル・リカバリー」に関する評価系(Questionnaire of the Process of Recovery[QPR]、Herth Hope Index [HHI]、Mental Health Confidence Scale [MHCS]、Warwick-Edinburgh Mental Well-Being Scale [WEMWBS])のみが有意な変化を示した一方(z = 3.1、p = 0.002; 効果量 = 0.13)、「患者評価に基づく臨床的リカバリー」(z = 0.6、p = 0.58; 効果量 = 0.04)および「スタッフによる臨床的リカバリー(z = 1.7、p =0.09; 効果量 = 0.11)は有意な変化を示さなかった。

b)
試験概要:
[目的、対象]
中国・香港の統合失調症患者(n=181)を対象に、ウェルビーイングと臨床的、機能的、パーソナル・リカバリーとの相関寄与を調べ、臨床的、機能的、パーソナル・リカバリーが重症度や機能レベルが異なる患者に与える効果について検討した。
[方法]臨床的リカバリーに関する尺度(Scale for the Assessment of Positive Symptoms[SAPS]とScale for the Assessment of Negative Symptoms [SANS]46)、機能的リカバリーに関する尺度(Social and Occupational Functioning Assessment Scale [SOFAS)47]と簡易版University of California,San Diego, Performance-Based Skills Assessment [UPSA-B])、パーソナル・リカバリーに関する尺度(Recovery Assessment Scale [RAS])、およびウェルビーイングに関する尺度(Mental Health Continuum-Short Form [MHC-SF]を使用)を用いてベースライン時および6ヵ月後に評価。臨床的リカバリーと機能的リカバリーは1つにグループ化し、パーソナル・リカバリーは単体でウェルビーイングへの寄与を検討した。
[結果・考察]ウェルビーイング予測への寄与について、臨床的リカバリーと機能的リカバリーを合わせた場合に11.7%(△R2=0.12、階層的重回帰分析)であり、パーソナル・リカバリーでは26%(β=0.55、P<0.001、△R2=0.26)であった。

Our correspondent’s highlights from the symposium are meant as a fair representation of the scientific content presented. The views and opinions expressed on this page do not necessarily reflect those of Lundbeck.

参考文献

  1. OECD Health Statistics 2022. Available at https://www.oecd.org/health/health-data.htm. Accessed April 2023.
  2. The assessment of therapeutic interventions using PROMs and PREMs. Online session at: 31st European Congress of Psychiatry; 2023 March 28; Paris and virtual.
  3. Liberman RP & Kopelowicz A, International Review of Psychiatry 2002;14(4):245–55.
  4. Leamy M, et al. The British Journal of Psychiatry 2011;199(6):445–52.
  5. Macpherson R, et al. Schizophr Res 2016;175(1-3):142–7.
  6. Chan RCH, et al. Schizophr Bull 2018;44(4):778–86.
  7. de Bienassis K, et al. 2022. “Establishing standards for assessing patient-reported outcomes and experiences of mental health care in OECD countries: Technical report of the PaRIS mental health working group pilot data collection”, OECD Health Working Papers, No. 135, OECD Publishing, Paris.
  8. Scanferla E, et al. Eur Psychiatry 2023;66(1):e26.
  9. Subjective well-being and satisfaction with work-life balance, OECD Family Database 2015. Available at https://www.oecd.org/els/family/LMF_2_7_Subjective_well-being_and_satis…. Accessed April 2023.
  10. Charles A, et al. BMJ Open 2022;12(1):e058083.