COVID-19感染拡大の影響による自殺を予防するために精神科医ができることとは~COVID-19感染拡大を精神科医の視点で考える Vol.4

張 賢徳 先生(帝京大学医学部附属溝口病院 精神科 教授)

2020年の日本の自殺者数の変動にはCOVID-19感染拡大の影響が指摘されており、感染終息が見通せない状況下で今後の自殺者数の増加が懸念されています。今回、一般社団法人日本自殺予防学会の理事長も務められている帝京大学医学部附属溝口病院 精神科 教授 張 賢徳先生にお話を伺いました。

―臨床では、COVID-19感染拡大の影響でメンタルヘルスの不調が出現したケースはみられていますか。

帝京大学医学部附属溝口病院精神科(以下、当院)ではCOVID-19感染拡大下でのメンタルヘルスへの影響からうつ病に罹患する、いわゆる「コロナうつ」と呼ばれるケースが6月頃からみられています。日本での感染拡大初期から緊急事態宣言が発令されていた4~5月に、感染に対する不安や、自粛による孤立感・閉塞感などによってうつ病に罹患した人が潜在的に増加したと推測しています。5月下旬に緊急事態宣言が解除され、人々は徐々に活動を再開しましたが、うつ病に罹患した人は以前のように活動ができないことで異変に気づき、6月以降の受診行動に結びついたと考えています。

―COVID-19感染拡大下で日本の自殺者数に変化はみられているのでしょうか。

警察庁の発表によると、日本の自殺者数は7月以降増加傾向を示し、8月は1889人と対前年同月で18%増加しました(図1a)1,2。注目すべきは女性の自殺者数で、7月以降急増しており、8月は660人と対前年同月で42%増加しました(図1b)。コロナ禍で女性のストレスの増大が懸念されます。家庭をもつ女性はテレワークや休校によって家族との在宅時間が増加していたと思います。しかし日本では、共働きであっても「家事は女性がするもの」という風潮が根強く残っているなかで、在宅中の家事や育児などによる女性の身体的・精神的負担は増加していたと推測しています。また在宅時間が長くなることは、子供への虐待やDVリスクの増加にもつながります。このように、家庭内のさまざまな問題が悪化し女性に深刻なストレスとしてのしかかった結果が、女性の自殺者数の顕著な増加として表れていると考えています。

(a)

(b)

図 1 2020年1月以降の日本における月別自殺者数(a)総数、(b)女性

 

―COVID-19感染拡大に関連して増加傾向を示した自殺の予防について、張先生のお考えをお聞かせください。

自殺に至るプロセスでは、うつ病をはじめとした精神疾患が存在すると考えています(図2)。自殺者の約90%が精神障害を有していたとの調査結果の報告があり、その精神障害の内訳をみると、気分障害が35.8%と最多で、次いで物質関連障害、パーソナリティー障害、統合失調症でした(図3)3。この結果から、精神障害と自殺は切り離せない問題であり、精神科医として自殺予防の重要性を再認識することができます。
自殺を防ぐためには、相談できる場や周囲のサポートが重要になります。しかし、日本には「恥の文化」や精神論が根付いており、とりわけ男性は周囲にSOSを出しづらい文化的背景があると思います。つい最近の自験例ですが、自営業の方がご家族に付き添われて夜間救急で来院しました。この患者さんは他院で受け入れ拒否されるほどの亜混迷状態を呈した重度のうつ病に罹患しており、精神科の受診歴はありませんでした。COVID-19感染拡大の影響によって経営不振に悩んでいたようで、うつ病性亜混迷になるまで誰にも相談せず我慢してしまったのだと思います。治療介入されなかった場合、自殺に至っていた可能性もあると思います。このようなケースでの自殺を予防していくためには、「相談してもいいんだ」、「SOSを出すのは恥ずかしくないんだ」と考えられるような、人々の意識の変化が必要であると思います。この意識変化を目的とした具体的な取り組みとして、学校現場では「SOSの出し方に関する教育」が始められており、とてもよい動きだと思っています。 精神科医には可能な限り、自殺予防を見据えた公衆衛生向上のための地域の取り組みに参加するなど、できることを行ってほしいと思っています。そして、少なくとも診療時間内は希死念慮をもつ患者さんに向き合い、自殺予防のために最善を尽くしてほしいと思います。希死念慮をもつ患者さんの診療には時間や覚悟、根気が必要になりますが、精神科医1人1人が意識して取り組むことで精神医療の質を向上させ、自殺予防に成果を上げていくことができるのではないかと考えています。

図 2 自殺プロセス

 

図 3 自殺者が罹患していた精神障害の内訳

1959年から2001年に報告された31の論文、15,629名の自殺者を対象としたシステマティックレビュー3より

―張先生は診療時、希死念慮のある患者さんにどのように対応されているのですか。

希死念慮「死にたい」という言葉に対する傾聴を一番大切にしています。「死にたい」という患者さんからの言葉は「死にます」という意味ではなく、「死にたいくらいつらい」というサインです。私は約30年精神科医として診療をしていますが、いまだに「先生、死にたいです」と言われると動揺します。それでも出来るだけ落ち着いて、「死にたい」=「死にたいくらいつらい」と置き換えて、「それだけつらかったんですね」と言葉をかけて、患者さんの話を傾聴します。限られた診療時間のなかで10分でも患者さんの話を聞くことで、患者さんは徐々に落ち着きを取り戻し、得られた情報から問題点や介入の糸口も見えてきます。希死念慮は大きく慢性と急性に分けられます。慢性の希死念慮はパーソナリティー障害などで多くみられ、慢性的に希死念慮を有していますが、過度なストレスを感じたり、抑うつ気分が強くなったりすることで希死念慮が強くなり自殺のリスクが増加します。急性の希死念慮は双極性障害などでよくみられ、急激に抑うつ気分が強くなり、切迫した希死念慮を呈します。このような希死念慮の種類もふまえて、診療時は治療の提案などを行っています。
患者さんに「なぜ生きなければならないのですか」と問われ、答えに窮することもあります。その問いの背景には、患者さんのつらい人生が現実問題として存在しているからです。そのような場合は、まずはそのつらい状況について「本当につらかったですね」と言葉をかけます。そのようなつらい状況を受容することは、容易ではなく苦痛も伴いますが、回を重ねて、患者さんがつらさを受容できるようにサポートします。そして「これからは自分で自分の人生をつくっていきましょう」と私は患者さんに言葉をかけています。生きる意味は私には分かりません。その問いに答えることは精神科医としての領域を超えていると思います。時には、言葉を失うようなケースもあります。それでも精神障害が孕む自殺のリスクを考えると、覚悟を決めて患者さんに向き合い続けなければならないと思っています。またその際には、患者さんに寄り添うネガティブ・ケイパビリティ4の視点が必要になります。

―自殺者のさらなる増加も懸念されるこれからの「with コロナ時代」について、張先生のお考えをお聞かせください。

日本自殺予防学会のホームページに「Social DistanceではなくPhysical Distance、Stay at HomeではなくStay at Home and Stay in Touch」と題したメッセージを5月に掲載しました。依然日本ではSocial Distanceが一般的に使用されていますが、Social Distanceという言葉は「人と関わらないほうがいい」という印象を与える可能性があると考えています。感染対策に必要なのはPhysical Distanceであるため、これからは人との関わりは維持したうえで、Physical Distanceを意識してほしいと思います。同様に、日本ではStay at Homeだけが強調されていましたが、在宅時間が長くなることは先に述べたようにDVや虐待のリスクを増加させるだけでなく、孤立感や閉塞感をもたらす可能性があるため、周囲とのつながりは維持するようStay in Touchも同時に意識するべきだと考えています。
英国国民保健サービス(NHS)ではCOVID-19感染拡大下でStay at Home だけでなく、Stay in Touchも併せて呼びかけていました。このような英国の取り組みには、キリスト教の教えである隣人愛などの文化的思想も関係していると考えています。世界保健機関(WHO)が発表した宗教圏別自殺率では、無宗教圏の自殺率が最も高く、自殺を禁止または罪としているキリスト教やイスラム教、ヒンズー教では低率を示していました(図4)5。この数値はあくまで報告数であるため、正確な自殺者数ではありませんが、自殺やメンタルヘルスにはその国や人々の宗教や文化、思想も関係していると考えられています。この自殺率の差もふまえ、宗教の英知を日本の精神医療に活かしたいと思い活動をしていますが、無宗教の人が多い日本では少し難しさを感じています。しかし、この「with コロナ時代」と呼ばれる、感染終息の見通しが立たない困難な状況下では、隣人愛のような気持ちをもってお互いに気づかい、力を合わせることが必要だと思います。そのような人々の意識は、増加傾向が懸念されている自殺の予防にもつながっていくと考えています。

図 4 宗教圏別自殺率(100,000人当たり)

世界保健機関(WHO)の加盟国がWHOへ報告した自殺者数に基づき算出5

 

取材/撮影:ルンドベック・ジャパン Progress in Mind Japan RC
取材日:2020年10月7日
取材場所:ルンドベック・ジャパン株式会社

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参考文献
  1. 警察庁ウェブサイト「令和2年中における自殺の状況」( https://www.npa.go.jp/publications/statistics/safetylife/jisatsu.html [2020年10 月7日時点])
  2. 警察庁ウェブサイト「令和元年中における自殺の状況」(https://www.npa.go.jp/safetylife/seianki/jisatsu/R02/R01_jisatuno_joukyou.pdf
  3. Bertolote JM, Fleischmann A. World Psychiatry. 2002 Oct;1(3):181-5.
  4. 帚木 蓬生. ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力. 朝日新聞出版, 朝日選書, 2017.
  5. Bertolote JM, Fleischmann A. Suicidologi. 2002; 7: 6-7.
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