認知行動療法を日常診療で実施するために ~医療現場のニーズに応える、さまざまな認知行動療法~ 精神医学クローズアップ Vol.18
久我弘典 先生
(国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター 認知行動療法センター センター長)
認知行動療法(Cognitive Behavior Therapy:CBT)はうつ病をはじめとした精神疾患に対する効果が認められている治療法であることから、更なる普及が期待されています。
さらに近年ではCBT研究が進み、現場のニーズに対応したさまざまなCBTが開発・検証されるなど、日常診療でCBTに準じたケアを提供するための試みが行われています。
今回は、CBTに造詣の深い久我弘典先生に、現在におけるCBTの課題とその取り組み、近年登場した新しいCBTの概要について、CBTの概念・考え方を実臨床ですぐに活用できるアイデアを含めてお話しを伺いました。
これまでの認知行動療法(CBT)の課題
―はじめに、CBTの現状を教えていただけますか。
CBTは、2010年にうつ病等の気分障害に対して診療報酬が算定できるようになり、今では6つの精神疾患に保険が適用されています。うつ病をはじめとした精神疾患の症状改善に対するエビデンスがある治療法ですので日常診療でのニーズも高いと思われますが、実際には病院、クリニックや診療所では十分にCBTが行われているとは言えない状況です。
―現在のCBTをとりまく課題とは何でしょうか。
我が国における一番大きな課題は、CBTを行える人材不足であると考えています。CBTを実施できる方が少ないため十分に患者さんに届いていないのです。そこで、私がセンター長を務めている認知行動療法センターでは人材育成に力を入れています。そもそも厚生労働省は、1990~2000年代に社会問題になっていた自殺対策の一環として、海外におけるうつ病治療の第一選択であるCBTを日本でも提供できるようにすべく、2011年より認知行動療法研修事業を開始しました。同年に我が国初の認知行動療法の研究・研修を行う施設として当センターが設立され、指導者・セラピストを育成する役割を担ってきました。
また、CBT実施施設は都市部に多いことから地域間格差が大きいという課題も挙げられます。厚生労働省のレセプト情報・特定健診等情報データベース(National Database:NDB)によると、認知療法・認知行動療法の算定回数について都道府県別に検討したところ、算定回数がゼロ、すなわちCBTが行われていない県もあるのです1。これには診療報酬などの医療経営上の課題も影響しているとも考えられます2。
CBTを学びたいと考える先生方は多く、CBTに明るい未来があるという実感があります。(久我先生)
―CBTに対する医療者側のニーズについては、どのように捉えていますか。
ニーズは大いにあると感じています。当センターの研修の募集はすぐに定員に達しますし、若い先生だけでなく大学教授の先生方も研修に参加されています。このようにCBTを学びたいとお考えの先生は多くいらっしゃいますし、CBTに明るい未来があるという実感はあります。
エビデンスが示されているにもかかわらず、これまで日本でCBTがあまり普及していなかった一因として、比較的新しく開発された治療法で海外から持ち込まれたことが挙げられるかもしれません。CBTが日本へ紹介された当時は、精神分析が主流の先生方にとってCBTという考え方になじみが薄く、CBTとアプローチ法が異なる日本生まれの精神療法である森田療法が広く知られていたように想像します。ただ、山登りに例えるなら、これらの治療法はルートが異なるだけであって、山頂(=目指すところ)は「患者さんの症状を改善し苦悩を減らすこと」で同じですから、いずれも重要な治療法だと考えます。
CBTの知見が蓄積してきた現在では、治療選択肢のひとつとして多くの先生方に興味を持っていただけていると感じています。
CBTの普及のために、教育システムの構築とともに現場のニーズに合わせた新たなCBTの開発・検証を行っています。(久我先生)
現場のニーズに応える、新しいCBT
~限られた時間で実施が可能なLow-intensity CBT~
―CBTが普及し、実臨床に活かしていくために必要なことは何でしょうか。
教育システムが整っていないこと、実臨床でCBTを行う時間が取りにくいことが問題で、打開策が必要です。
教育に関しては、厚生労働省の認知行動療法研修事業において、英米に倣い2段階での教育を実施しています。つまり、まずはコミュニケーションやCBTに対する基礎研修を行い、次にスーパービジョン(監修付きの実践)を軸とした研修となっています3。講習を2段階としているところがポイントで、運転免許の教習所をイメージしていただくと良いと思いますが、学科講習を受けたうえで、教官とともに技能演習を受けることで実践的な運転技術を習得することができます。CBTの習得も同様と考え、実際に好評をいただいています。CBTの創始者であるAaron T Beckも言っているように、「肌を通して体験し考えを確かめる」ことがCBTでは重視されますが、CBTの習得においても経験を積んでいただくことが重要だと考えます。また、CBTを学ぶ環境を整えることが難しい場合もありますので、そのような方には同様の研修を遠隔で提供できるようなシステムの構築を検討しているところです。
実臨床でCBTを実施しやすくするためには、現場のニーズに合わせたCBTも必要です。
英国では、一般市民に心理療法を提供するためにImproving Access to Psychological Therapies(IAPT)という国民保健サービスがあります。これは、40~50分かけて1対1で行うCBTを提供するHigh-intensity CBT(高強度認知行動療法)と、インターネットなどを利用して自宅で患者さん自身が短時間で行うLow-intensity CBT(低強度認知行動療法)の2つを医師が選択できるようになっています。長時間のCBTを受けられない患者さんには負担の少ないLow-intensity CBTを提供するなど、状況に応じて医療者が柔軟に対応できる枠組みです。
Low-intensity CBTは10~15分ほどで行うことができ、例えば軽症や閾値下のうつ病患者さんなどには「自宅で取り組める短時間のセルフヘルプCBTを処方しますので、1週間後に感想を聞かせてくださいね」というふうにすることでCBTによる介入が可能になります。
このような取り組みを参考に、私たちはLow-intensity CBTを日本で提供しやすくするため、より短時間で効果的に実施できる効率型CBT(Streamlined CBT: SCBT)を開発しました(図1, 2)4,5。
『CBTマップ(https://cbtmap.jp/)』には、検証されたSCBTの方法やマテリアル、SCBT関連の解説動画が掲載されていますので、ぜひご活用いただき、CBTを行うきっかけとしていただくことを期待しています。
図1 定型的なCBT(左)とSCBT(右)のセッション時間の違い
久我弘典先生ご提供
CBTマップ:セッションで役立つツール
https://cbtmap.jp/material/useful-tools/?_material_category=useful-tool…(2024年12月24日閲覧)
図2 SCBTのセッションとアクションプランの進め方
久我弘典先生ご提供
CBTマップ:セッションで役立つツール
https://cbtmap.jp/material/useful-tools/?_material_category=useful-tool…(2024年12月24日閲覧)
また、Aaron T Beckが晩年に開発した、リカバリーを目指す認知療法(Recovery-oriented Cognitive Therapy:CT-R)も、注目すべき心理支援方法です6,7。患者さんの強みやポジティブな側面、アスピレーションズ(夢や希望)に焦点を当てたCBTで、今後High-IntensityとLow-Intensityの双方で重要になると思います。当センターにおいても、現在、我が国におけるCT-Rの適応に関して、個人や集団、さまざまなセッティングでの検討を行っています。
―モバイルアプリやデジタルデバイスを介したCBTの取り組みは進んでいるのでしょうか。
CBTに限らず、メンタルヘルス改善や精神疾患向けのモバイルアプリやデバイスは、日本でも多くの企業が参画しています。当センターにおいても、企業との共同研究により周産期うつやADHDに対する医療機器デジタルデバイスの開発を行っています。これらもLow-intensity CBTに位置付けられますね。
ただし、アプリやデバイスが乱立すると、ユーザーが「どれが良いものか」わかりにくくなりますので、安全性や医療ネットワークとの連絡方法などについて、しっかりと検討・検証することが重要だと考えています。
DX(Digital Transformation:デジタル変革)に関連して、オンライン診療にも触れておきましょう。オンライン診療については、新型コロナウイルス感染症の流行をきっかけに需要が増し、精神療法においても診療報酬の算定が可能になりました。CBTもオンライン化することで患者さんに提供しやすくなることや、離島などの遠隔地でも治療を受けられるなどのメリットがあることから、安全性や効果が検証されれば、DXは今後CBTへのアクセス改善につながると思っています。
Low-intensity CBTの考え方を応用することにより、日常診療にCBTに取り入れることは可能です。(久我先生)
日常診療でCBTのような支援を行うために
―CBTの概念や考え方を日常臨床に活かすために、アドバイスをいただけますか。
医療機関が診療報酬を請求するにはCBTを30分以上行うことが必要であり、敷居が高く感じられるかもしれません。しかし、やり方を工夫することで日常診療の中でLow-intensity CBTに準じたケアを行うことは可能です。私からは、短い診療時間を前提に3つのアイデアをご紹介したいと思います。
① 患者さんの困りごとを聞き、共感し、共通の目標を持つこと
共通の目標があれば、短い診療時間でも同じ方向を向いて治療ができると考えます。私の場合は患者さんと「最近どんなことをやっているの?」「どんなことがやりたい?」「この先どうしたい?」などと話していく中で、目標を同定していくことが多いですね。
ただ、目標が大きければ当初の目標は小さく設定し、段階的にステップを踏むことをお勧めします。近年ではパーソナルリカバリーが注目されていますが、CT-Rを意識して大きな目標(夢や希望)を唐突に聞いても患者さんは戸惑ってしまうこともあるので、病気によって消えてしまった「元々やりたかったこと」をもう一度思い起こしてもらうことも一案です。
② 診療時間内に話すことを1つに決める
目標は複数あっても構いませんが、短い時間でCBTの考えを用いるならば優先順位を決めて、その日に話し合うことを1つに決めると良いでしょう。短時間の中では複数の事案に対応するのが難しいからです。例えば、家で行えそうなアクションプラン(ホームワーク)を一緒に考えるだけでも構いません。精神疾患の患者さんは視野が狭まり、ネガティブ思考に陥りがちです。そのため、患者さんは不安から多くのことを訴えることもありますが、限られた診療時間の中で優先順位を決めて一つずつ解決していくことも、問題解決のためには重要であることを知っていただくと良いと思います。
③ アクションプランを決めてCBT関連の各種資材を活用する
一緒に設定した目標に少しずつ近づくように、自宅でやれそうなアクションプランを設定することが重要になってきます。難しすぎず8−9割くらい達成できそうだと思えるものが良いでしょう。アクションプランを決めたら、『CBTマップ』にある関連動画を利用して「家でできるツールもあるので、やってみませんか」「一緒にやりませんか」と提案してみてはいかがでしょうか。今は簡易的なCBTやセルフヘルプに関する書籍も多く出ていますから、使いやすいものを選んで活用いただくと良いと思います。
短い診療時間で大勢の患者さんに対応するために、日々苦慮されていることと思いますが、①~③をヒントにしていただき、是非、実臨床でCBTを取り入れていただきたいと思います。
―最後に、CBTおよび精神疾患の治療に関して今後の展望を教えてください。
うつ病などの精神疾患に対する効果として多くのエビデンスを持つCBTですが、実はまだ機序が解明されていません8。近年、脳画像等を用いた研究が数多く行われており、徐々に解明が進められていくと考えます。
うつ病に限ってみても、薬物療法やCBTで全ての患者さんが改善するわけではありません。今後、科学の発展により血液検査やニューロイメージング、AIなども組み合わせて治療予測ができるようになり、精神疾患でもprecision medicine(精密医療)が可能になるのではないかと期待しています。どのようにCBTを治療に組み込むと良いのか。あるいは、どこに焦点を当てたCBTが有効なのか。それぞれの患者さんに合った、テーラーメイド的な治療ができるようになることを願っています。
取材/撮影:ルンドベック・ジャパン Progress in Mind Japan RC
取材日:2024年10月1日
取材場所:コモレ四谷 タワーコンファレンス(東京都新宿区)
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