社会的ストレスは外側中隔核を変化させ、社会的交流で得られる報酬を減少させる

ストレス耐性の低い個体において、社会的ストレスは脳の外側中隔核の特定の神経回路を変化させ、その結果、有益であるはずの社会的交流を自身にとって報酬だと評価できなくなる可能性があることが、マウス研究で示唆された。詳細は「Nature」2023年1月26日号に掲載1

ヒトではトラウマとなるような社会体験が脳の報酬系を損傷し、社会的な行動がもはや報酬と感じられなくなることで、重度の社会的回避に陥る可能性があると言われている2,3。米マウントサイナイ・アイカーン医科大学のLong Liらは今回、社会的ストレスと報酬系の損傷に関連する神経回路を特定するため、マウスモデルを用いた検討を実施した。

最初に、マウスにおける社会的ストレスと報酬の関連を評価した。まずマウスを10日間連続で攻撃的な行動を取るマウス(攻撃的マウス)に曝露し、慢性的な社会的敗北ストレスを経験させた後、別の攻撃的マウスに曝露し、接近して社会的交流を持つ時間の比率が低かった個体を「ストレス感受性」、高かった個体を「ストレス耐性」と定義した。その後、各群のマウスを、脅威とならない若年マウスと同じカゴの中で交流させたところ、ストレス耐性マウスや対照マウスはその場所を好むようになったが、ストレス感受性マウスはそうした嗜好を生じなかった*a。このことから、ストレス感受性マウスでは社会的ストレスの経験後、若年マウスとの社会的交流が報酬として機能しなくなったことが示唆された。

次に、ストレス感受性群と耐性群の間で、脳領域ごとの変化について全脳Fosマッピングを用いて比較した。その結果、ストレス感受性群では気分4-7や動機8, 9などを司る外側中隔核(LS)において、ニューロテンシン(NT)を発現する神経細胞が活性化していることが判明した*b。このNT陽性LS神経細胞において、活動電位から評価した興奮性はストレス感受性群においてストレス耐性群より高かった*c。また、同細胞のCa2+活性は、若年マウスとの社会的交流中、ストレス感受性群のみで有意に上昇し*d、その反応は攻撃的マウスへの曝露や疼痛刺激を受けた場合と似通っていた。

最後に、NT陽性LS神経細胞が社会的行動に及ぼす影響を調べるために、同細胞の活動性を調節する介入を行った。その結果、ストレス耐性群では同細胞を活性化するとストレス感受性が増大し、ストレス感受性群では同細胞を阻害するとストレス耐性が増大する*eという双方向の関連性が認められた。また、社会的ストレス後の若年マウスとの社会的交流、さらに社会的交流を経験した場所に対する嗜好で評価した社会的報酬機能に対しても、同細胞の活性化と阻害が双方向的に影響していた*f。さらにNT陽性LS神経細胞から投射される下流領域として、内側外側視索前野、側坐核、前視床下部核、外側視床下部、中脳水道周囲灰白質、内側扁桃体が特定された。

こうした結果から、著者らは「ストレス感受性の個体ではNT陽性LS神経細胞の活動性が亢進し、社会的報酬を状況に応じて適切に得ることができなくなる。その結果、以前は報酬となっていた社会的交流を脅威に感じてしまう可能性のあることが示唆された」と結論付けている。(編集協力HealthDay)

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注釈

*a
社会的条件付け場所嗜好テスト、ペア条件チャンバー対非ペア条件チャンバー、two-way repeated-measures ANOVA followed by Šídák’s multiple-comparisons test
メス対照マウス、F(1, 18)=7.023、P=0.0163、n=10
ストレス耐性マウス、F(1, 22)=4.598、P=0.0433、n=12
ストレス感受性マウス、F(1, 22)=0.08155、P=0.7779、n=12

 

*b
NT陽性神経細胞のFos発現、one-way ANOVA
メスF(2, 6)=7.887、P=0.0209、各n=3、three slices per mouse
オスF(2, 10)=13.13、P=0.0016、対照n=3、ストレス耐性マウスn=4、ストレス感受性マウスn=6、three slices per mouse

 

*c
ストレス感受性マウスの神経細胞n=55対ストレス耐性マウスの神経細胞n=19、two-way ANOVA、P<0.0001
 

*d
paired two-tailed t-test、ストレス感受性マウスのメス、t4=3.772、P=0.0196、n=5、オス、t4=4.844、P=0.0084、n=5
 

*e
two-way repeated-measures ANOVA
メス F(2, 53)=9.785、P=0.0002、hM3Dq n=18、hM4Di n=20、 mCherry n=16
オス F(2、64)=12.96、P<0.0001、hM3Dq n=30、 hM4Di n=20、 mCherry n=17

 

*f
two-way repeated-measures ANOVA
social investigation:メス F (2, 25) = 5.807、P=0.0085, オス F (2, 20) = 19.46, P < 0.0001
social avoidance:メス F(2、25)=5.906、P=0.0079、hM3Dq n=9、hM4Di n=10、mCherry n=8、オス F(2, 20)=10.12、P=0.0009、hM3Dq n=8、hM4Di n=8、mCherry n=7
Social preference rescued by inhibition of NTLS neurons in susceptible (SUS) mice:メスclozapine N-oxide (CNO) F(1、14)=7.272、P=0.0174、n=8、vehicle F(1、14)=0.3070、P=0.5883、n=8、オスCNO F (1, 14) = 4.710、P=0.0477、n=8、vehicle F(1、18)=1.627、P=0.2183、n=10
Activation of NTLS populations in resilient (RES) メスCNO F(1、18)=0.1653、P=0.6891、n=10、vehicle F(1、18)=8.490、P=0.0093、n=10、オスCNO F1、14)=0.2221、P=0.6447、n=8、vehicle F(1、16)=9.283、P=0.0077、n=9

 

参考文献

  1. Long Li, et al. Nature. 2023 January;613(7945):696-703
  2. Rappaport, B. I. et al. Front. Behav. Neurosci. 2019;13, 120.
  3. Ethridge P, et al. Soc Cogn Affect Neurosci. 2018 Dec 4;13(12):1259-1267.
  4. Borie AM, et al. J Clin Invest. 2021 Jan 19;131(2):e144450.
  5. Wong LC, et al. Curr Biol. 2016 Mar 7;26(5):593-604.
  6. Leroy F, et al. Nature. 2018 Dec;564(7735):213-218.
  7. Menon R, et al. Trends Neurosci. 2022 Jan;45(1):27-40.
  8. Vega-Quiroga I, et al. Neuropharmacology. 2018 Jan;128:76-85.
  9. Besnard A, et al. Mol Psychiatry. 2022 Aug;27(8):3119-3128.