メンタルヘルス不調に対する偏見(スティグマ)の低減に「社会的接触」が有効
メンタルヘルスの不調を経験した人々(people with lived experience of mental health conditions;PWLE)は、原疾患による影響だけでなく、あらゆる形態の偏見(スティグマ)や差別に直面している1。それを受け、英キングス・カレッジ・ロンドンのGraham Thornicroftを筆頭として組織されたランセット委員会は、PWLEに対する偏見や差別の実態およびその低減のための介入の現状を評価し、偏見の根絶に向けた推奨事項をまとめた報告書を作成した。同報告書は、「The Lancet」に2022年10月9日掲載された2。
この報告書では、偏見を4つに分類し、その成因や影響を整理した。(1)PWLEが自身に向ける自己偏見3、(2)家族など近しい人に対して向けられる関連性偏見4、(3)世間の人々から向けられる社会的偏見5、(4)PWLEに不利な制度や慣習といった構造的偏見6である。偏見が重度になると、支援や医療サービスを受ける可能性が低く7,8、教育や雇用の場などにおける積極的な社会参加も妨げられる7,9,10,11など、深刻な影響を被るとした。
また、偏見に対抗する介入の有効性を評価するため、アンブレラレビューを実施し、系統的レビュー216件を特定した。例えばあるレビューでは、東アジアの複数国で、偏見を減らすためにschizophreniaの名称が統合失調症へと変更され、それにより診断が増えた12ことが分かった。7件のレビュー13-19では、偏見が精神科医療の受診を妨げる障壁になっていることに対処するためのさまざまなアプローチが検討されていた。偏見に対する介入手法は、アドボカシー(権利擁護)、地域ベースの協働ケア(自助グループなど)、ゲートキーパー訓練(自殺・自傷リスクのある人などと接する人に対する支援)、心理教育(家族やPWLEに対する情報提供)、社会的接触(特定の人々とPWLEの肯定的な対人接触の機会創出)などに分類された。偏見の低減に最も効果的なのは社会的接触であり20,21、その手段は対面でもオンラインでも、ビデオでもよいことが示された22。
さらに、大規模な偏見対抗プログラムのケーススタディ10件を報告した。例えばニュージーランドの「Like Minds, Like Mine」プログラムは世界で最も長く実施されているプログラムの一つである。PWLEのオンライン調査や2021年世界精神医学会(WPA)国際会議の記録の質的解析などの結果から、こうしたプログラムは、PWLEがあらゆる段階で主導的に関わり、対象となるグループと内容や実施方法を協議し、プログラムが長期にわたり持続する場合に特に効果的だった。
また、メディアによる偏見への影響を検討するための系統的レビューも実施し、研究24件が最終分析に含まれた。例えばスペインのニュース報道の分析では、その4分の1には固定観念である「精神疾患は予測できない、危険」といった表現を用いて偏見をあおる内容が含まれていたという23。一方で、メディアがメンタルヘルスに関連する回復の表現や有名人の開示について報じたり、社会的接触に寄与したり、ソーシャルメディアがメンタルヘルスに関する対話に利用されたりする場合、偏見への対抗に好ましい効果をもたらしていた24-27。
さらに今回、世界各国のPWLEや活動家を対象として多言語でのオンライン調査を実施し、45カ国・地域の391人が回答した。その結果、回答者のうち93%は「PWLEは身体疾患を持つ人と同等に扱われるべきだ」という項目に同意または強く同意し、90%は「偏見と差別はほとんどのPWLEに悪影響を及ぼす」「メディアは偏見と差別を減らすために大きな役割を果たせる」に、80%は「偏見と差別は精神疾患自体よりも悪影響を及ぼし得る」に同意または強く同意した。
こうした調査結果に基づき、同報告書では国際機関、政府、雇用主、ヘルスケア/ソーシャルケア部門、メディア、PWLEおよび地域/市民社会に対し、実践のための8つの提言を行った。ヘルスケア/ソーシャルケア部門に対しては、「ヘルスケア/ソーシャルケア関連のあらゆる資格の教育課程では、提供者の偏見の軽減に関するエビデンスに基づいたセッションを含めるべきであり、患者やクライアント、その他の受益者における偏見と差別の経験に対して、提供者が対応するのを支援する必要がある」とした。
Thornicroftらは「今回の報告書ではPWLEの個人的経験も掲載した。このことは『nothing about us without us(私たちのことを私たち抜きに決めないで)』という原則28から正しいと考えている。さらに今回のエビデンスから、PWLEの社会的接触が偏見の低減に最も有効であり、PWLEはそうした変革の主体者となるべきことが判明したため、われわれの実践の上でも正しいことと言えるだろう」と述べている。その上で、「メンタルヘルスとは人間であることの一部だ。偏見を止めてPWLEを包括する社会をつくるために、今すぐ行動すべきだ」と呼び掛けた。(編集協力HealthDay)
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